take9:今日はマナミです
最近、スピノザが次女や三女の外出に同伴するようになった。
休日のお昼時になると、アザカはちょくちょく日向ぼっこをしに近くの公園にトボトボと向かうのだが、彼女の後は五匹のネコのみならず、キウイ色の大蛇までがウネウネと続くようになったのである。
また、ミミがデンデンのリードを握って散歩に向かう時も、やはりスピノザは同伴し、しかしその時はデンデンの身体に巻き付いてという格好が定着しつつある。パっと見、派手なマフラーを身体に巻いてように見えるかもしれない。
そんな感じに、アザカはネコ五匹とヘビ一匹を従えて日向ぼっこに向かう最中なのだが、道中で同級生のマナミに出会った。
彼女はアザカを認めると小走りに駆け寄り、
「いよーアザカ! いやいやいや、こんなときこんなところでお前に出会うとは、ワタシもまだまだ捨てたものではないな!」
腰に手を当て勝気スマイルを浮かべるツインテールに、アザカは小さく手をあげる。
「よー えしゅてーと、マナミ」
「ぐってんたっく! アザカ!」
小さくタッチし合う。
「ところでマナミよ。自分を投棄してしまいたくなるようなさもしいイベントとはいったいなんだ?」
「いやいやいや別にさもしくはないのだが、実はついいましがたにワタシ一人では解決困難な問題を抱えてしまってな」
「ほぅ、解決困難とな」
「そう。だからぜひともその件について頭のキレるやつに相談したいと思ってこうして外を徘徊していたわけなのだが、しかし果たしてこれは一体どういう巡り合わせか」
マナミはフン、と鼻息を鳴らしてからアザカを指をさし
「ワタシはこんな場所でアザカという世にも希な賢者と、その弟子と思しき五匹のかわゆい子猫達と、えっと……それから……それから」
明朗快活にしゃべっていた同級生が、スピノザの琥珀めいた瞳と目が合うと、その場で固まった。
アザカは友人とヘビとをトロンとした目で見比べつつ
「ああ、うん。マナミはまだ知らなかったのだな。この子はウチの新しい家族だ。名をスピノザと言う。一見無口で無愛想なのだが、実は寂しがりやかつ家族思いの優しいヘビなのだ。あと大根に目がない」
「さ、寂しがりやで家族思いで、だ、大根に目がないのか?」
舌をチロチロやってはマバタキしてるキウイ色の大蛇に、マナミが喉を鳴らせばアザカは大きくうなずいた。
「左様。スピノザは夜など常に目を光らせて舌をチロチロさせつつ、朝までしっかりとうちの警護を担当している――つもりになっている。たまにキャベツの丸呑みにもチャレンジするし、ミミ曰く最強のカラーリングである緑なところも見逃せない」
「き、キャベツ関係ねぇ」
「まぁ私などが講釈せずとも、少しばかり付き合ってみればマナミもスピノザの滲みでるような癒しのオーラに気付くに違いない。マナミのことだ。たちどころにこの子をディアマイフレンドにしてしまうことだろう」
アザカはそう言った。マナミはそれを聞いて、ふむ。他ならぬアザカが言うのであれば、とアゴに手を当て、スピノザを見下ろしながら検討し始めた。
「この子、噛む?」
「ミミの方が噛む」
「この子、巻いて来る?」
「ミミの方が巻いて来る?」
「この子、大人しい?」
「私より動かないらしい」
ふむ。とマナミはツインテールを払ってからスピノザの前にしゃがみ込み、おそるおそる手を伸ばしてみた。
「……」
指先でスピノザの頭とかチョンチョンしてみた。
「……」
マナミはマジマジと見つめている。スピノザも見つめている。
「どうだマナミ? 怖いか?」
アザカが問うと、マナミは素直に感想をもらした。
「怖いと言うか、思ったより温かい?」
「あ、うん。私も最初はそれに驚いた。他の蛇はどうか知らないが、スピノザはポケットに入れていた掌ぐらいのちょうど良い暖かさなのだ。あと、家にいる時は四六時中、姉上に巻きついてるから匂いが移ってる」
スンスンスン、マナミは鼻を鳴らした。
「 ……ほんとだ。アミ姉様のシャンプーと同じ匂いだ」
「左様。まとめるとスピノザは温かくて良い匂いがして、寂しがりで家族思いで、そして大根に目がなくてキャベツにチャレンジングな蛇なのだ。どうだ、可愛いだろ?」
「そう言われてみると、そんな気もしてくる」
少なくとも恐怖心は消えたようで、マナミは結構遠慮なしにグリーンパイソンの蛇の頭を撫でていた。スピノザは大人しくしていた。けれども少し、自分の尻尾を『差し押さえ』とばかりに踏んでいる茶ネコが気になっていた。
「私はこれから日向ぼっこに向かうが、マナミもどうだ? その解決困難な問題の相談とやらも、ぬるい日差しをぽかぽか浴びつつほへ~と考えたら、一計を案じられるやもしれない」
「あ、うん。そうだな。そうしよう。ていうかもう、ワタシの悩みは半分ぐらい解決したも同然なのだ」
言いながらマナミは立ち上がった。
ヘビは向きを変えて再びアザカの後ろにうねって戻った。ポジションには拘りがあるらしい。
「むぅ、それは重畳だが、しかしどのような問題を抱えていたのだ? 今しがたまで」
トロンと目を向けてくるアザカに、腰に手を当て勝ち気スマイルを浮かべるツインテール同級生。
「ズバリ退屈だったのだ!!!」
「は?」
「退屈だったのだ!!」
「へ?」
「つまり、遊び相手が欲しかったのだ!!」」
「……」
一瞬、アザカがこの世の終わりを迎えたかのような表情をしたので、「アザカ?」と問いかければ、この次女は両手を顔に当ててしくしくしく。
「ううう、ありがちだよマナミ。ありがち過ぎるよ。途中から私もそんなような気がしてたけど、『いやいくらノーテンキでパッパラパーなマナミンでもそれはなかんべ、プクーw』と自分を偽り続けてきたのに予想そのまんまだったよこの展開、ううう」
「お~いアザカ。アザカはいま『泣いてる女の子』にカテゴライズされるのでワタシは責めたくても責められないが、しかし何か途中でワタシを大層傷付けるような言葉を放たなかったか?」
公園に着くと、ベンチでアザカとマナミは並んで座った。
五匹のネコは彼女達の膝上や両サイド、あるいは足元に丸まって大人しくしている。
スピノザは何か思うところがあるのか、スベリ台を滑ってはうねって登り、滑ってはうねって登りを繰り返している。
マナミは膝上の白ネコのノドを指で擦りながらスピノザを見ている。確かに遊具と戯れるグリーンパイソンという構図はレアかもしれない。
「あ、そういえばアザカ。アミ姉様は今日はどちらにおられる?」
「姉上か。姉上は今ミミとデンデンを連れてホームセンターに行ってる」
「ホームセンターか。日曜大工でも始められるのか?」
「かもしれぬ。先週、ゴミ箱にセンギリにされたステンレス板など入ってたし」
あれがかつてマナイタだったと知る者はここにいない。
「ん~、さすがはアミ姉様。何をやってもソツがなく多彩だな」
マナミは腕を組んで頷いた。
と、噂をすれば影がさす。
公園にアミとミミが、グレートデンを連れて入ってきた。
マナミは二人を認めるや否や立ち上がり
「ちわっすミミタンコ! そしてご無沙汰してますアミ姉様!」
と、挨拶すれば、まずはミミがグレートデンを連れてダッシュ。
「マナミか~!? 今日も耳の上のバズーカすごいな!? 」
と飛び付き、マナミはそれをぎゅっと抱き止め
「はっはっはっは!! そうだぞ~! すごいぞ~!! このマナミ様の頭に着いてるバズーカーはティラノサウルスぐらいはデロデロに溶かしてしまうんだぞ!」
「は~~~!!! すごいな!!! 目と歯が飛び出たブタのすごいヤツも溶けるのか!?!?」
「溶ける溶ける! 溶けるぞ!」
とかやってる間にデンデンはダッシュの勢いそのままにアザカの腹に突っ込ん――
「ぶ!」
三姉妹とマナミがベンチに座り、五匹のネコはどういうつもりか、全てがスピノザと交差するように寝そべっている。
グレートデンのデンデンはマナミの相手をしていた。
「……つまりあのグリーンパイソンは、アミ姉様が一目惚れして勢いで買ってきた、という感じなのでしょうか?」
デンデンの顔を両手で挟みながら言うマナミに、アミは妖しく細めた目を流して頷いた。それに気付いたマナミは少し赤面した。
「ええ。本当は新しく増えた家族達のエサを買いに行ったのだけれど、そこで抗うべくもない圧倒的にして運命的な出合いがそこに待ち受け――あ、そうだわ」
言いさして、今度は次女の方に妖しく目を細めた。
「ねえアザカ」
「何だろうか姉上」
トロンと目を流す。
「そろそろこの可愛いニャンニャン達に名前をつけてあげないのかしら?」
問いかけに、アザカは腕を組んだ。ミミはマナミの肩にもたれて寝ていた。マナミはこっそりとミミの口に小指を含ませてニタニタしていた。
「名前、名前、名前……」
トロンとした目を、空に向けた。
「名前、名前、名前……」
空は青ペンキで塗られた様に真っ青で、角のほうにワタガシみたいな雲が少しだけ散っていた。
それが流れて行く様を、次女はトロンした目で追っていく。
「名前……」
やがて結論に至った。
「……ネコでいいかも」
ボソリと、そう呟いた。
長女は不敵に笑んでから、しっとりと溜息を吐いた。
吊られてグレートデンがアクビをした。
マナミはアミがいたのでガマンした。
スピノザは、何時の間に自分の上で寝息を立てているネコ達の下で、ゆっくりとマバタキしていた。
END