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take7:今日はお散歩です

 3人と6匹が暮らす大所帯となった3LDKの一室だが、それによってこの生活が騒がしくなったかと言えばそういうことはなく、どちらかと言えば静かになった方かも知れなかった。

 次女はローテーブルの前で胡坐をかいて虚空を見つめ、ボウとし、雨の日どころか室内での日向ぼっこという新たな境地を開拓しつつあった。ちなみに組んだ足の上には灰ネコが丸まり、背中では白ネコが彼女のポニーを前足で気にし、残りの白、黒、茶ネコは彼女の隣で団子を作っていた。

 三女はグレートデンのさわり心地が気にいった様子で、散歩から帰って来てからはこのように、枕にしてスヤスヤ昼寝している。グレートデンは彼女を起こさぬよう、大人しく身を横たえたままである。たまに思い出したようにアクビをした。

 長女はローテーブルに顎肘をつきつつ、妖しく細めた目線をグルメ雑誌に落とし、今晩のメニューを考えていた。

「ねぇアザカ」

「如何した姉上?」

「今また昔話を思いついてしまったのだけれど、良かったら付き合ってくれるかしら?」

「ほう、ではでは一服頂こうか」

 アミは静かに目を閉じた。茶ネコがネコ団子を離れてグレートデンの方に寄って行った。

「むか~しむかし、あるところに。大層腕の良い鍛冶屋がいました」

「ほう、鍛冶屋とな。その職業からしてだいたいの時代は推定できそうだ」

 アザカはいつものように合いの手を入れる。

「鍛冶屋は自らの事を、セバスティーノ高岡と名乗っていました」

「むむぅ、時代はともかく場所の推定は困難な模様」

「セバスティーノ高岡はある日、自らが鍛えた新作の武具を手にして街の広場に向かい、行きかう人々に声をかけました」

「新作のPR活動と見て間違いないだろうが、さて」

 茶ネコがグレートデンの鼻先を触り始めた。寝ていたグレートデンは少しだけ目を開けたが、ネコを認めると再び目を閉じた。アミは続ける。

「セバスティーノ吉岡は、新作の盾を人々に見せながらこう言います」

「名前が変わったのは気のせいだろうか」

「『この盾の頑丈な事、どんな矛が来ても防いで見せよう』と。そして今度は新作の矛を持ってこう言います。『この矛の鋭い事、どんな盾が来ても貫いて見せよう』と」

「むむぅ、察するに、これは『矛盾』の語源となった昔話がベースになっているようだが、さて」

「誇らしげに言うセバスティーノ吉岡の元へ、青い服を着た男がやってきて彼にこう言いました」

「原作ではここで男が『その盾とその矛を突き合わせたらどうなるのか?』と問いかけて、鍛冶屋の矛盾を指摘する場面なのだが、さて。どうなるのか。期待してみる」

 アミは妖しく目を細めた。

「『銃刀法違反の疑いがあるので署まで来てくれる? あ、これ任意じゃないから』と」

 次女があまりに絶望的な表情をしたので、アミは目を流した。アザカは顔に両手を当ててシクシクシクと肩を揺すった。

「ううう、ひどいよ姉上、ひどいよ。そんな時代設定じゃどれだけ良いものを作ってもセバスティーノ吉岡さんが報われないよ」

「何を言っているのかしらアザカ。セバスティーノ吉岡は偽名を使って日本に不法就労していた悪質なドミニカ共和国出身の男なのよ。情けなんて無用だわ」

「ううう、ドミニカ共和国出身なんてそんな設定、初めて出て来たよ姉上。しかも地理的にどのあたりにあるのかピンと来ないよ」

 長女はしっとりと溜息を吐いた。

「大アンティル諸島のイスパニョーラ島の東にある共和制国家よ。これ豆知識ね」

「ううう、そもそも大アンティル諸島がどこか分らないよ。ていうか吉岡さんは遥々何しに来たんだよ」

 ふや~~~、と、三女が目を覚ました。クリクリの目がパチクリとマバタキ。長女が流し目。

「おはようミミ。気持ち良く眠れたかしら?」

 三女は長女の声を聞くとパァっと明るくなった。

「うん!!!! デンデンベッドすごく気持ちよかった!!!!」

 言葉が分るのか、グレートデンは「バウ」と一鳴きした。

「ううう、姉上ちなみにそのセバスティーノ吉岡さんはその後どうなったの?」

「さぁ、滅べば良いと思うわ」

「ううう、だめ私もう耐えきれないよ」

 次女はペターと大の字になった。そしてカーペットが気持ちいいのでそのまま健やかに目を閉じた。ネコが五匹とも我先に駆け寄って、彼女の顔の周りを囲う様にネコ団子を構成する。

「あ~~~、(ぬく)い」

 次女は至福だった。

 ネコに触発された三女もアザカの頭に近寄って、彼女のポニーテールをぐいぐいぐい。

「ああううう、引かれる引かれる」

 長女は時計を見た。針は午後2時を指している。そろそろ三時のオヤツの支度をしなくては。

 彼女は赤い髪をサラサラサラと流してから、その手をおもむろにグレートデンにやった。黒犬の毛並みがゾワゾワゾワっと逆立った。不敵な笑みを長女が浮かべる。

「お昼はチョロスでも揚げようかしらね」


 オヤツが済むと、ミミはグレートデンを連れて勢いよく出て行った。

 ソファーではアミがしなやかに横になって寝息を立てている。アザカは足元に五匹のネコを纏わりつかせながら三人分の皿を洗っていた。

 ゴシゴシゴシと、シンクを泡だてながらふと思った。

 手を止め、虚空を見つめる。

 口に出す。

「明日の朝食は、トーストにマーガリンを塗ってみよう」

 決意し、頷いた。

 食器洗いを再開した。

 足元の黒ネコがアクビをした。


 グレートデンがミミに対してどのような感情を抱いているのかは分からないが、少なくとも客観的に判断する限り、この黒犬はさながらボディーガードのように見えた。

 歩く時はリードを握る彼女の真横に侍って足並みを合わせ、赤信号に面したらミミの前で止まってお座りし、同じように散歩している犬と擦れ違うと、例え向こうがキャンキャンと吠えようと応じずに、ただひとにらみで黙らせる貫禄を見せつけた。

 さらには独りごとの多いミミなのだが、時々この黒犬に語りかけることがあり、その内容を理解しているのかいないのかは不明だが、必ずと言っていいほどミミの問いかけには「バウ」と返事をした。

 三女は元気よく通学路など歩きながら問いかける。

「デンデンはミミの事好きなのか!?!?」

「バウ!」

「じゃぁアザカの事も大好きだな!?!?」

「バウ!」

「ねーちゃんもすっごい好きだな!?!?」

「バ、バウ!」

「じゃぁミミと一緒だな!!!」

「バウ!」

 散歩の時、ミミはいつもアザカが日向ぼっこしている公園に寄る。そして自分もその日向ぼっこの奥義を会得せんがためなのか、ミミは決まってベンチに座って時間を過ごした。グレートデンはその間、大人しく彼女の足元で座って待っている。

 三女は次女に習った手順通り、まずは目を半分閉じた。

「トロ~ン」

 それから遠くを見た。

「ぼ~」

 そして、ほへ~、っとした。

「ほへ~」

 ボウと脱力し、スズメのさえずりなどをBGMに穏やかな時間を過ごした。

 グレートデンもお座りから身体を丸め、目を閉じた。

 しばらくすると、五匹のネコを伴って次女が現れた。

「……」

 ベンチで居眠りしている三女を認めると、彼女はそろりそろりと歩み寄り、自分の甚平を脱いで彼女にかぶせた。アザカの甚平の下は『禅』と書かれた白のTシャツだった。

 アザカはミミの隣に座り、ボウとした。グレートデンは一度だけ目を開けたが、やってきたのがアザカだと認めると再び目を閉じた。

 彼女が目をトロンとさせたまま、空を見上げた。

 葉の共ずれの音も心地よい、穏やかな風がそよいだ。

 アザカが誰とになく呟く。

「私はお前を捨てた人がどんな人なのか知らない。そこにどんな事情があったのか、それも知らない。もしかしたら止むを得ない理由があったのかもしれないし、同情に値する背景があったのかもしれない。……あるいは私達三人がそうであったように」

 グレートデンは少しだけ目を開けて、アザカの方を見上げた。彼女はボウとしたままだった。

「ともあれお前について何も分からない私ではあるが、これだけは言っておこうと思う」

 その目が、黒犬に向けられた。

「私達を信じてくれてありがとう。家族になってくれてありがとう。ミミを守ってくれてありがとう。そしてらこれからも宜しく。デンデン」

 言葉を理解しているのかいないのか、グレートデンは彼女の言葉にアクビを返した。次女はニコリと笑った。そこへ今度は、長女のアミが現れた。どうやら夕飯らしかった。いつの間にかカラスが鳴き始めた。


END

 

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