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take5:今日はお買いものです

 キッチンで包丁を手にしていたアミは、自らのおかした失態に気付いてしっとりとした溜息を吐いた。

「大変よアザカ。大変。一大事件。考え事をしながらキュウリを刻んでいたらうっかりとマナイタごと切ってしまったわ」

「……ほう。それはそれは、なんとも難儀なことが起きてしまったな」

「ええ、本当に。どうしようかしら。マナイタに予備なんてないし、まだまだこれからわたしには切り刻まなければならない食材が山ほどあると言うのに、大層困ったわね」

「時に姉上」

「なにかしらアザカ?」

「そもそもマナイタとは、そのようにズッパリと切れる様なものだっただろうか?」

 次女が指差す先には、シンクで両断されている元マナイタが置かれていた。アミは妖しく目を細める。

「まさか、そんなことは断じてないわ。切れてたまるものですか。だからこれはマグレなのよ」

「ほう、マグレとな」

「ええ。純然たるマグレね。奇跡と言っても過言ではないわ」

「ところで姉上」

「なにかしらアザカ?」

「そのキュウリは今日の夕食に、果たしてどのような形で絡む予定だったのだろうか」

 長女は不敵に微笑んだ。

「薄く輪切りにしたトマトと合わせて良く冷やし、ネギを添えてにんにく醤油とゴマ油をかけるのよ。このサラダはコクとシャキシャキ感において他の追随を許さないわね」

 アザカは、むぅ、と腕を組んだ。

「ひとまずその半分に切れたマナイタを小さなマナイタに見立てて、ホソボソと食材を切るしかないのではなかろうか?」

 長女は流し目した。

「その案頂くわアザカ」

「ぜひぜひどうぞ」

 そうして再び、アミは包丁を振るった。

 数分後。

「大変よアザカ。大変。一大事件。考え事をしながらトマトを薄切りにしていたらうっかり――」


 翌日のワンシーン。学校帰りのアザカはスーパーに寄り、調理器具売り場で店員に尋ねていた。

「あの、つかぬ事をお伺い致しますが宜しいでしょうか?」

「はいはい。何でしょうか?」

「ここに包丁で切れないマナイタは置いてませんか?」

「はいはいはい。え~っと……はい?」


 同日のワンシーン。学校帰りのミミはスーパーに寄り、調理器具売り場で店員に尋ねていた。

「キュウリとトマトでマナイタがな!!!!」

「え? えっと、はい」

「爆発する前に切れるとすごいな!?!?!?」

「え、……はい」

「おいてるな!?!?」

「へ!? えっと……はい?」


 同日のワンシーン。学校帰りのアミはスーパーに寄り、工具売り場で店員に尋ねていた。

「すいません。厚さ1cmのステンレス板はおいてますか?」

「はいはい。こちらになります」


 三姉妹の中では、比較的宇宙人めいた素質のある三女ミミだが、しかしアザカの血を引いている影響か、いつの間にか例のグレートデンとはお友達になっていた。

 スーパーを出てからさらに寄り道として公園に入り、ベンチへ着席。すると、見計らっていたかのようにグレートデンはハッハッハッハとよって来る。

 自分の前でお座りした黒犬に、三女はクリクリの目を輝かせた。ちなみに最近のブームは芸を仕込むことである。

「デンデン!! お手!!」

「バウ!」

 黒犬は右前足を差し出した。

「デンデン!! おかわり!!」

「バウ!」

 黒犬は左前足を差し出した。

「デンデン!! ねんねん!!」

「バウ!」

 黒犬は寝転がってお腹を見せた。

「デンデン!! アザカ!!」

 黒犬はそのまま目を閉じて、すやすや寝息を立て始めた。

「デンデン!! ねーちゃん!!」

 黒犬はそのまま動かなくなった。

 

 しばらくすると、公園にアザカが入ってきた。

 右手には制定カバンを持ち、左手にはスーパーの袋を提げていた。三女は次女の姿を認めると、そのクリクリの目をキラキラとさせて

「アザカ~!!! おかえり~!!!」

 ズダダダダダ、っと走ってお出迎えした。

 次女は目の前で急ブレーキをかけて止まった三女の頭をなでりなでり、アホ毛をいじいじ。

「ただいまミミ。そしておかえりミミ。今日も元気そうでなによりである」

「ミミは元気だ!! 明日も左も元気だ!!」

 ひだり? とアザカは小首をかしげつつも

「ふむ。元気なのはとても大事なことだ。良い良い良い」

「大事だ!!! 一大事だ!!!」

 一大事? とアザカは小首をかしげつつも

「ところであのグレートデン、すっかりとミミに懐いてしまったようだな」

 未だ白目を剥いて痙攣し、自らの芸を貫く黒犬をトロンと見ながら、次女はそう言った。たぶんそろそろ解除しないと危ない。

 しかしミミは、アザカの持っているスーパーの袋に興味津津のご様子。次女はそんな三女の視線に気付いて

「ああ、これか。これは姉上の為に買って来たステーキ用の鉄板なのだ」

「鉄板か!!! すごいのか!??」

「うむ。すごい。これならどんな奇跡が起きたところで包丁で切断されるという悲劇は起こらない」


「…………」

 一方その頃、アミはキッチンで、真っ二つになった厚さ1cmのステンレス板を、妖しく細めた目で見つめていた。


「すごいなアザカ!!!! すごいもの買ったなアザカ!!!」

「うむ、我ながらなかなか良い買い物をしたと自負している。時にミミよ」

「なにか!?!?!?!」

「ミミも何か買っているようだが、果たしてそのベンチに置いているのは何だろうか?」

 と、アザカが指差す先――ベンチには、確かにランドセルの横にスーパーの袋が置いてあった。ミミは目をキラキラとさせて答える。

「体重計!!!!!!!!」


「…………」

 一方その頃、アミはキッチンで、二つ重ねたせいで四等分された厚さ1+1cmのステンレス板を、妖しく細めた目で見つめていた。


「なるほど。さすがはミミ。痒いところに手が届くな。確かにウチの体重計は奇跡的な上に世にも希な壊れ方をしていたから実に良い買い物だ」

「やっぱりな~!!! やっぱりな~~!!! ね~ちゃんだけ重くなるもんな!!!」

「!」


「……」

 一方その頃、アミはキチンで、センギリになった厚さ1cmのステンレス板を、ゴミ箱に捨てていた。


 アザカは手をかざし、夕暮れの茜空を見上げた。

「むぅ、日はすっかりと黄昏て、カラスは寂しくカァカァと遠鳴きしているな。ミミよ、そろそろ家に帰らないか?」

 と言えば、三女は夕日にいっそう輝いた目を向けて

「うん!! 帰る!! アザカと一緒に手を繋いで帰る!」

 そしてミミは未だ死体状態なグレートデンにグリンと振り返り、大きな声で言った。

「デンデン!! ミミ!!」

 途端に黒犬は飛び起きて、ダダダダっとアザカに駆け寄り「バウー!!!」とミサイルのように突っ込ん――

「ぶ!」


 END 

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