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take4:今日はプールです

 実はアミは、三女のミミについて気になっていることがあった。それは彼女の髪についてである。

 一緒にお風呂に入って、そのショートの髪をシャンプーし、トリートメントでケアし、ぬるま湯で流し、タオルで水気を取り、ブラッシングしてやりながらドライヤーを当てる。

 そうすると彼女のショートボブは実にツヤツヤとした輝きを放つのだが、もちろんそれは良い。気になるのはその後である。

「ぱーーーー!!! 満タンだーーーー!!」

 と、三女がヘアドライ完了の儀式として万歳したら、あれだけ丁寧に整えた髪から『みょみょ~~~~ん』と、ショッカクのようにアホ毛が二つ飛び出してくるのである。毎回。


「――とこの現象についてアザカ、貴方は何か思うところがあるかしら?」

 ローテーブルを挟んでトイメンに座り、今日も甚平に胡坐、ロングポニーにクロフチ伊達メガネというエントロピーの高い格好の次女に問えば

「ふむ。私もそれについては常々疑問に思っていたところである。故に実は壁に耳あり障子に目ありな具合でミミを観察していたのだが」

「随分と周到なのねアザカ」

「やるときは徹底的故な。そして私が、ミミのアホ毛がセパーンと飛び出てくる理由として考えられるのは――」

 セパーンに長女は引っかかったが、本質ではないので黙っておいた。

「――次の二つであると結論付けた」

「それは何かしら?」

「ふむ。まず一つ、あのショッカクのような形状から判断して、あれは深海魚アンコウなどに搭載されている疑似餌の類ではないかというもの」

 アミは妖しく、その目を細めた。

「疑似餌? あの子はそれで一体何を釣ろうと言うのかしら?」

 次女は頷いた。

「あれに吸い寄せられ、かつ陸地で捕獲可能なものとは何だろうか。私はそこに注意を払い、あの二つの疑似餌に最も関心を払っているものはなんだろうかと観察を続けたのだが――」

 アミはそこでふと思い出した。そういえばアザカって意識的にも無意識的にも、たびたびミミのアホ毛を摘まんだり口に含んだり、あるいはちょうちょ結びしてマッタリしてはいなかったかと。お気に入りじゃなかったかと。

「残念ながらあれに関心を払っている存在というものは確認できなかった」

 次女は腕を組んで言った。長女は別に、いや、おまえが捕獲されてたよ、とは突っ込まずただシットリとした溜め気を吐いた。

「……それで、二つめは何かしら?」

「むぅ、これは私の口から言うにはなかなかハバかることなのだが、覚悟はあるか姉上?」

 アミはトロンとした眼差しを向けてくるアザカに不敵な笑みを浮かべ

「もちろんよ。私は例えミミがペテルギウスからやってきた地底人だと聞かされたとしても生涯愛していく自信があるわ」

「姉上、ペテルギウスからやってきたらそれは地底人じゃなくて宇宙人かと」

「もし嫉妬したらいけないから言うけれど、アザカ、貴方もよ。私は例えアザカが肉から生まれた肉太郎だと聞かされても、最後のひとくちまで美味しく頂く自信があるわ」

「えへへへ、それは――え? 頂く?」 

「それで話を戻すとして、あなたは肉太郎なの?」

「も、戻ってない戻ってない」

「白状しなさい、頂くわよ?」

「頂かないで下さい。ていうかあのお話ちょっとトラウマなので許して。……えっと、とにかく話を戻そう」

 コホン、と咳払い。そしてアザカは告げる。

「実は、あのショッカクこそがミミの本体ではないかというものなのだ」

「……何ですって?」

 アミはショックのあまりか、目を妖しく細めてしまった。いや、何時も通りか。

「そう。実はミミ本体だと思っていた方がショッカク的な何かで、あのショッカクっぽい二本のあれが実は本体なのかもしれないという驚くべき仮説だ」

「有り得るのかしら? そんな世にも希な事が?」

「有り得るだろう。なにせこの家には姉上が乗ると体重が500グラム増え、私が乗ると正常で、ミミが乗ると10キロ増えると言う体重計があるぐらいだ」

「…………なるほど。あり得てもおかしくないわね。もし仮にそうだとすれば、わたし達はあの二本についてはことさら注意を払わなくてはいけないのね?」

「その通り。もしも迂闊に散髪などであのショッカク――じゃなくて本体を切断などしてしまったら……」

「切断などしてしまったら、ミミは一体どうなってしまうのかしら?」

 アザカは重苦しい溜息を吐いてから首を左右にふりふりふり、そしてトロンとした眼差しを長女に向けた。

「ミミはただのショートボブになってしまうだろう」

 アミはショックのあまりか、目を妖しく細めてしまった。いや、何時も通りか。

「……それは一大事ね」

 さらにシットリと溜息を吐いて、顎肘をついて言った。

「彼女を構成する主要成分の4割が失われてしまうわ」


 アザカは基本的に動かない生き物だった。

 公園に来ても休み時間が来ても、あまつさえアミに付き合ってジムに来ても静止していた。その意味で、アザカは動物と言うより植物なのかも知れなかった。あれも日向ぼっこと言うか光合成かも知れなかった。


 今日、三姉妹は市民プールに来ていた。言いだしたのはアミで、賛同者はミミで、二人についてきたのがアザカである。

 三姉妹はまず、プールサイドでストレッチを始める。

 足を開けば前後左右に180度、上体を曲げれば下半身につき、反らせば美しいブリッジ、というしなやかなさを見せつけるのがアミ。

 足を開けば前後左右に90度ちょい、上体を曲げれば下半身とほぼ並行、反らせばただの昼寝、という矯正の必要な盆栽ぶりを見せつけるのがアザカ。

 体操とかおかまいなしにプールでキャーキャーやってるのがミミ。

 三姉妹はそして、泳ぎ出す。

 ハイスピードレーンを鮮やかなバタフライで切りさき、クイックターンからはバサロ、背泳というコンボで周囲の視線を集めているのがアミ。

 歩行者専用レーンを秒速15cmで練り歩き、ターニングポイントで後ろの人に「あ、お先どうぞ」し、帰りは背面歩行で秒速10cmなのがアザカ。

 謎の推進力で魚雷やってるのがミミ。

 三姉妹はそして、サウナに入る。

 開始5秒で飛びだすのがミミ。

 開始10分で出て行くのがアミ。

 出る気配がないのがアザカ。

 そして三姉妹は、バスタブに落ち着く。

 両腕を出して足を組んでいるのがアミ、首までつかって胡坐をかいてるのがアザカ、浮かんで漂っているのがミミ。

「最近の市民プールはなかなか設備が充実してるわね。これならたまにジムを休んで来てもいいぐらいだわ」

 長女は心地よい疲労を感じながら溜息を吐いた。

「うむ。私としてもあれだっけしっかりとしたサウナがあるのは有難い。あの保温性なら一日中籠っていられる」

 次女は観葉植物みたいな事を言って目をトロンとさせた。

「ミミはもうちょっとで空も泳げる!!!!」

 三女は有り得ない何かを達成しようとしていた。

「時に姉上質問が」

「何かしらアザカ?」

「私は何をどうやっても水に浮かぶ気配がないのだが、果たして何かコツでもあるのだろうか?」

 アミはその問いに「ん~」と顎に手を当てて、「そうね」と目を妖しく細めた。

「基本的には浮かぼうとすれば沈む、沈もうとすれば浮かぶ、っていう話は良く聞くわね」

「ふむ。私もそれに思い当たって一度トライし、全力でプールに沈むよう心がけて見たのだが」

「どうだった? やっぱりうまくいかなかったかしら?」

「むぅ、何と言うべきか」

 アザカは遠く、天井の方に眼差しを向けた。

「水と一体になれそうだった」

 その目は青く澄んでいた。

「……そう」

 しっとりとした息を、アミは吐いた。ミミは漂う事五周目だった。謎の浮力と推進力である。しかしその頭をよくよく見れば、二つのアホ毛が微妙に水をかいてるように見えた。

 長女は不敵な笑みを浮かべ、

「……なるほど」

 一人呟いた。

 

 END

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