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take3:今日は平日です

「姉上。朝が来たぞ」

 平日午前7時。次女のアザカは、まだベッドでだらしない格好で寝ているアミを起こしに寝室へとやって来た。

「もの申しさぶらわん。おどろかせたまえ(訳:もしもし。おきなさい)」

「……zzz」

 コホン、と次女は咳払い。

「姉上。簡素ながら既に朝食も用意してある。今から起きて食べ始めなければ、午前中は腹の虫と格闘する事になるぞ?」

「……zzz」

 長女は依然健やかな寝息を立て、起きる様子は微塵もなかった。

「むぅ、止むをえぬ」

 強硬手段。アザカは近寄ってカケブトンをズラして中途半端な隙間を作り、カーテンも微妙に明けて朝日をアミのマブタに当たるよう調節した。そしてビシっと指差す。

「いかが姉上。この午前七時が可能とする朝の爽快ダブルインパクトは? 流石の睡魔も吹き飛んだであろう?」

「……zzz」

 アザカは腕を組んだ。これは困った。自分にはもうこれ以上の効果がある攻撃手段が見つからない。どうしたものか。

 ズダダダダダ、と騒々しい足音。ミミがものすごい勢いで部屋に入って来て跳躍。そして腕を組んでいるアザカの前でフライングボディー――

「ねーちゃん朝だ~!!!!!!」

「ふぐぅ!?」

 ――プレス。


 三姉妹、ローテーブルを囲んでの朝食開始。

「アザカ。そこのマーガリンをとってくれるかしら?」

「うむ。……これにて」

「ありがとう。……アザカはいつもチョコレートバターを塗っているけれど、朝からそんなに甘いものを食べて平気なのかしら?」

 長女が尋ねると、アザカは頷いた。ミミはご飯をかきこんでいる。

「うむ。朝一番の糖分は一日の活力だからな。むしろこういう甘いものは、晩や夜食に取ってしまうと体重が危うくなるものだ」

 そう言ってトーストをかじる次女に、アミが「へぇ」と妖しく目を細めた。

「もし仮によアザカ」

「ふむ、仮に?」

「ある人がね。夜寝る前に食べるワンカップのフルーツゼリーに、日々の生活におけるささやかな喜びと幸せ、さらに言うなれば人生における意義までを見出していたとするわね」

「うむ。なかなか共感を得やすい幸せだと思う。私もたまに、小腹が空いた夜など冷蔵庫を漁って誰のものとも知れぬヨーグルトをこっそり摂取したりする故」

 後でアザカを問い詰めねばならない事項が、アミにヒッソリと追加された。妖しく微笑む長女に小首を傾げる次女。

「そしてそのささやかな幸せを続けて行くうちにね、その人の体重が、あろうことかなんと500グラムも追加されるというとてつもない悲劇が訪れたとするの」

「ふむ。それはそれは乙女には悩ましい問題かと。しかし私には縁のない話だな」

 後でアザカになずべき事項が、アミにヒッソリと追加された。妖しく微笑む長女に小首を傾げる次女。

「そして貴方がそんな人に対して一声かけてあげるとするなら、果たしてなんて言うのかしら?」

「アザカおかわり!!!」

 空になったオワンを差し出してくる三女。ミミはご飯派なので朝はひと手間かかるのだ。次女はそれを受け取って、傍らのオヒツからすくいつつ

「ふむ、一声……。一声。一声」

 ゴハンをよそおってミミに渡しつつ

「一声……ふむ」

 ようやくアザカは思い至ったらしく、頷いた。

「散りも積もれば山となる?」

「容赦ないのね貴方?」

「身から出た錆?」

「血も涙もないのね貴方?」

「太っても良いじゃない、人間だもの」

「慰めになってないわよ?」

「逆に考えるんだ、1kg太って500グラム痩せたと」

「ゼリーでそもそも1キロ太らないわ」


 学校帰りの公園。午後4時半。今日も公園のベンチでアザカは明鏡止水の境地で日向ぼっこしていた。膝の上には猫、肩にはスズメ。足元には首輪付きグレートデン。隣に長女。

「……悪くないわね。こうして夕涼みするのも」

 アミは妖しく細めた目線を、グレートデンに向けた。すぐにゾワゾワゾワっと、犬の毛並みが逆立って行く。

「ねぇアザカ。貴方って視力いくつだったかしら?」

「むぅ、確か前の視力検査では右が0.8で左が0.9だったかと」

「……そう。0.1ズレてるのね」

 しっとりとした溜息をアミは吐いた。

「けれどもアザカのその0.1の視力差は、いったい何に起因するものなのかしらね?」

 アザカの膝上安定とばかりにくつろいでる猫に、アミがそっと手をやれば、ネコもゾクゾクゾクと総毛立った。次女はその猫のノドを指で擦って気を落ち着かせる。

「むぅ。改めて言われると気になるな。私としては右目も左目も、普段から均等に使っているつもりなのだが、もしかしたら知らぬところで偏っているのかもしれない」

 クイと、メガネのフチを指であげる。ちなみに伊達である。

「時に姉上、視力は?」

 トロンとした目を流す。アミは妖しく目を細めて言った。

「右はなかなか、左はそこそこ……かしらね」

「……」

 次女が絶望的な表情を一瞬だけ浮かべたので、

「なに?」

 とアミが問えば、アザカは顔を両手で覆ってシクシクシクと肩を揺すり始めた。

「ううう、アバウトだよ。すごいアバウトだよ姉上。私の左右の視力差0.1は気にしてるのに、自分の視力に対してはすごいアバウトだよ姉上。ううう。なかなかそこそこってあんまりだよ。ううう」

「……ごめんなさいねアザカ。実は正直なところ、自分でも良く分からないの」

「ううう、姉上、健康診断など受けられた事は?」

 アミは頷く。

「したわ。もちろん視力検査も。だけれどいつも一番下まで見えちゃってつまらないから、最近は後半適当に答えているのよ」

「……」

 手を離し、トロンとした目を向けてくる次女に、長女は小首を傾げた。そこへ、ズダダダダダダっと賑やかな足音がして、二人して目を向ければ三女のミミがこちらに猛チャージしていて

「ねーちゃん!! アザカ!! ただいま!!!」

 目前で急ブレーキ――した際に、足元でくつろいでいたグレートデンの尻尾を足でペシャーン、

「キャヒン!!」


 自宅にて、アザカとミミがローテーブルを挟んで向かい合い、今日もまたぬるい議論を交わしていた。

「私はベタではあるが。ライオンをおしておこうか。あの堂々としたタテガミ、たくましい四肢、群れを従える貫禄。なにより百獣の王と呼ばれているからな。動物最強にふさわしいのではあるまいか」

「ミミはワニ!!! ワニが強い!!! 口がグバーって開くしギザギザしてるし緑色だし!!」

 緑色? と、次女は首かしげつつも

「ふむ、ワニか。確かに川を渡ろうとするウシの群れなどを襲う様は、テレビで見ていても相当な迫力があるな」

「尻尾もすごい!!! 尻尾もすごい!! そこから火が出そうになる!! 火が出そうになる!!」

 出そうになる? と、次女は首をかしげつつも

「しかしだミミよ。ワニもカバにはかなわないのだぞ?」

「カバ!?!?!? あの目と歯が飛び出ているブタのすごいやつか!?!?!?」

「まぁ……そうだな。例えばクロコダイルでも、カバの縄張りをあらしたり子供を襲おうとすると、あの強靭なアゴでだいたい手痛い返り討ちにあうものだ」

「すごいなカバ!!! 爆発するのか!?!?!?」

「え? たぶんしないけど……」

「じゃぁアザカの方が強いな!!!」

「!」

 そこへパスタ三皿を乗せたトレイをアミが運んでやってきた。

「二人とも何か面白い話をしているみたいね。良かったらわたしにも教えてくれるかしら?」

「もちのろんである。ぜひ姉上の意見を聞きたいのだが、動物界で最強の生き物とは何だろうか? ちなみに私は象徴的な意味も込めてライオンに一票」

「ミミはブタ!!! ブタがすごい!!!」

 え、ブタ? とアザカは頭にハテナを浮かべる。

「一番強い動物ね~」

 アミはテーブルに皿を並べつつ言った。

「左様、最も強い動物とは?」

「ミミはブダ!! 火が出そうになる目が飛び出たブタがいい!!」

 え、ファンタジー? と次女は首を傾げる。アミはフォークとスプーンも並べ終えてから、妖しく目を細めた。

「ところで最近、公園にいるグレートデン。可愛いと思わない?」

 次女と三女の顔がサーーーっと青ざめた。

「「……」」

 アミは二人に尋ねた。

「デザートは何が良いかしら?」

「チーズケーキ!!」

「私は焼きりんごなど」


END

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