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take2:今日は公園です

「これは一体全体、どういうことなのかしら?」

 脱衣所。バスタオルを胸に巻いて体重計に乗っているアミは妖しく目を細めて呟いた。

「如何した姉上? 何かその機器に不具合でもあるのだろうか?」

 タイミング良く入ってきたのは、バスタオルを脇に抱いた入浴順番待ちのアザカだった。アミは流し目。

「ねぇアザカ。最近ウチの体重計が本当の体重+500gで表示されると言う怪現象があるのだけれど、何か思い当たることはあるかしら?」

「ほう、それは珍妙な。しかし残念ながら私にはピンとこない」

 アゴに手を当てて彼女は言った。

「ちょっと乗って見てくれないかしら?」

「仰せのまにまに」

 アザカはアミと入れ替わって体重計に乗った。

「どうかしら?」

 針を見つめる次女に問う。

「私はいつもと変わりない様に見える」

「……」

「……」

「やはり故障したようね」

 こころなし気まずい沈黙を破ったのは長女のアミだった。む、故障? と首を傾げる次女。アミが頷く。

「ええ、故障。それも私の体重だけが+500gだけされるというイヤガラセのような世にも希な壊れ方よ」

「むぅ。それは確かに世にも希だ。前例を聞いたことがない」

 アザカはバスタオルをひとまずカゴにおき、腕を組む。アミはしっとりとした溜息を吐いた。

「あるいは、貴方だけが正常な体重を表示されるという奇跡的な壊れ方ね」

「それも確かに奇跡的だ。やはり前例を聞いたことがない」

「果たしてこの体重計はどちらかしらね?」

 アミの問いに、アザカは体重計から降りて首を傾げた。そこへ、ドタドタドタと派手派手しい足音が鳴り響き、アザカが振り向けばミミが飛び込んで来てそのまま「は~~!!!」と彼女の腹にミサイルのように突っ込んだ。

「ぶ!」

「アザカげきちん!! アザカげきちん!! アザカげきちん!!」

 勝鬨をあげる三女の前で、次女は蹲ってうめいている。長女は思い立つ。

「ねぇねぇミミ。ちょっとその体重計のって見てくれるかしら?」

 ぐりん、とミミは振りむいて目をキラキラさせた。

「体重計!? ミミが乗ったら爆発するのか!? 爆発するのか!?」

「爆発しないわ」

「じゃぁアザカが爆発するのか!?」

「なきにしもあらずね」

 顔をあげるアザカ

「分った!! じゃぁ乗る!!」

 額に青線落としているアザカ。ミミは勢いよくジャンプし、そのまま体重計めがけてダーン!!!! と仇敵を踏みつけるかのようにカカトから着地した。

「「「……」」」

 メーターに、亀裂が入った。針はかつてないぐらい回った。

 やがて回転速度を落とし、三人が見守る中静止。

 体重はそして。

「すごいすごいすごい増えた増えた!!」

 ミミは大喜びだった。

「いくら増えたのかしらミミ?」

「10キロ!! 10キロ増えたぞねーちゃん!!」

 アミはその答えを聞くと、赤髪をサラサラサラと手の甲で流して

「やはり壊れていたのね、この体重計。私が乗ると+500グラム、アザカが乗ると正常。ミミが乗ると+10キログラム」

 えー、という何か言いたげな顔をしているアザカ。ミミはまだテンションあげあげなようで

「ねーちゃんも乗って!! ねーちゃんも乗って!! ねーちゃん乗ってアザカ爆発!!」

 えー、と何か言いたげな次女。アミはクスクスと笑ってから

「はいはい」

 と三女にせがまれるまま体重計にそっと乗った。

「……」

 立ちあがったアザカが問いかける。

「どうだろうか姉上?」

 アミは目を妖しく細め、そして何か不敵に微笑んだ。

「ええ。やはり壊れてるわ。今度は10キロと500g多いもの」


 理由は分からないが、アザカは幼い頃からとにかく動物に好かれていた。

 平日の午後三時、例えばこうして公園のベンチに座って、静かに目を閉じているだけでもネコは5匹からすり寄ってくる。

「……」

 明鏡止水の境地。一切の邪念なく、彼女はいま実に澄んだ心持ちで日向ぼっこしていた。ネコは足元に二匹。膝上に一匹。両サイドに一匹ずつである。それぞれ丸まっていた。ちなみにネコがいないとスズメとか肩に止まりに来る。

「……」

 目を閉じているが、決して寝ているわけではない。単にボウとしているだけである。

「あ~~!!! アザカいた~~~!!!」

 ドタタタタタタという足音。学校帰りのミミが全力疾走でベンチに駆け寄って来て、そしてアザカの目の前で急ブレーキをかけた。ネコは闖入者に驚いて一目散に消えた。アザカが目を開ける。

「……おお、ミミか。おかえりなさい。学校は楽しかったか?」

「ただいま!! 楽しかった!!!! 今日は運動場で一杯デンデン虫した!!!」

「ほう、そうかそうか。デンデン虫か。さぞかし丸くなったのだろうな。まぁ隣に座ると良い」

「分った!!! ミミも座る!!」

 三女は次女の隣にピタっと座った。クリクリの目は日差しのせいか、一層キラキラして見える。

「アザカはここで何をしているのか~!?!? 学校はどうしたのか~!?!?」

 今の次女はメガネをしておらず、服も制服のブレザーだった。アザカは腕を組んだ。

「うむ。今日は中学の創立記念日だったことをすっかりと失念していてな。登校してみれば、教室には私一人と言う有様だった」

「それは寂しいな~!! 休みだったのか~!?!? すごかったな~!?!?」

 すごい? と首を傾げたものの

「うむ。しかしこの日和、そのまま真っ直ぐ家に帰るのも勿体ないと思い、ここでこうして日向ぼっこなど楽しんでいる。ミミも一緒にどうだ?」

 クリクリの目がいっそう輝いた。今までボッチでボッコしてたのか、とは突っ込まない。

「するするする!!! ミミも日向ぼっこする!!! やり方教えろ下さい!!!」

「うむ。まずこうして座る」

「座る!!」

「目を半分閉じる」

「閉じる!!」

「遠くを見る」

「見る!!」

「そのまま……こう、ほへ~~、とする」

「ほへ~、とする!!」

「ほい、出来あがり」

「出来あがり!!」

「……」

「……」

 ネコがまた集まって来た。

 一匹がアザカの足元でまるまり、一匹がおっかなびっくりミミの様子を伺っている。

 一匹はピョンとベンチに飛び乗り、アザカの上で堂々とアクビをかいて座った。

 都合三匹。

 そうしてしばらく、二人と三匹は日向ぼっこした。

 穏やかな時間が、スズメのさえずりと共に過ぎた。

 と、急にネコが散った。ミミがパチっと目を開ける。きょろきょろ。公園入口に、黒色の大きな犬がいた。

 首輪から垂れたリードを、地面に引きずっている。

 飼い主の元を離れて来たのか。

「ぐぅるるるるる……」

 ヨダレを滴らせて歯を剥いて、あからさまに敵意全開だった。

「アザカ!! イヌがきた!! すごいイヌがきた!!」

 ゆさゆさゆさ。三女が次女を揺する。アザカは目をトロンと開け、のそり、のそり、と近寄ってくる黒犬を認めた。

「……ほう。グレートデンか。優しい大型犬のはずだか、あの顔は穏やかではないな」

「食べられるのか!?!? ミミとアザカ食べられるのか!?!?」

 ゆさゆさゆさ、ミミはまたアザカの肩を両手で揺すった。アザカは揺すられながら答える。

「刺激しなければ大丈夫だ。じっと座っていようミミ。基本的に動物は素直だ。私達に害意がないと分れば去って行く事だろう」

「分った!!」

 そう言ってから、再び次女は目を閉じた。三女も習って目を閉じた。明鏡止水の境地。

 ――。

 ぐるるるるる。

 薄眼を開けると、足元までグレートデンが迫っていた。妙な汗が、アザカの横顔を滴った。隣でミミがガタガタ震えていた。

「あ、あのなアザカ!!」

 この段になって、三女は何か言う事があるらしい。それも割と致命的な感じのが。

「し、し、し、し、し」

「し?」

「しっぽ!!」

「しっぽ?」

「踏んだ!!」

「ふんだ?」

「すっごい踏んだ!! 走ってたらペシャーって踏んで!! キャヒンってなった!!」

 アザカは吟味検討するように腕を組み、目を閉じた。

「ふむ。ペシャー。キャヒン。か。……ほう」

「うん!! それでミミ逃げてきた!! ここに逃げてきた!!」

「ふむ。ミミは犬の尻尾を踏んで、ここに逃げて来たのか」

「うん!! やった!! ミミうまく逃げてきた!!」

「そうか。なるほど」

 次女は両手で顔を覆った。しくしくと。

「ううう、ダメだよミミ。すごくダメだよミミ。そういうのはホラ、もっと早く言わないとダメだよミミ。この距離じゃ致命的過ぎて、もう講じる策とか皆無だよ。ううう」

 足元でぐるるるる言ってるグレートデン。ミミも顔が真っ青。

「アザカ大丈夫だ!!」

「ううう、何が大丈夫なの?」

「アザカ爆発したら良い!!」

「ううう、やだよ木端微塵とか。まだ噛まれた方が良いよ」

 と、急にグレートデンが目を剥いて総毛だった。

「……?」

 そして呼吸の仕方も忘れたかのように、ピタリと静止している。その変貌ぶりにアザカは首を傾げたが、ミミが答えを示した。

「ねーちゃんだ~!!!!」

 ぴょん、ズダダダダダダダ。犬の事などすっかり忘れたかのように、ミミはベンチから飛び降りて公園入口に向けて全力疾走。向かう先には、セーラー服のアミが赤毛を手で流していた。その妖しく細められた目線の先は、アザカの足元――グレートデン。

 長女は胸に飛び込んできた三女を抱き止めて

「よしよしよしミミ~。お帰りなさい。学校は楽しかったかしら?」

「楽しかった!! すっごい楽しかった!! でんでんむしやった!!」

「ふふふ。そう。今日はカタツムリになったのね。それじゃぁそろそろ帰るから、アザカも呼んで来てくれるかしら?」

「アザカいま日向ぼっこで寝てる!!」

「あら?」

 アミが目をもう一度向けると、アザカはベンチで目を閉じたまま微震していて、その前でグレートデンがお行儀よくお座りしていた。動物好きな次女らしい、ほほえましい光景だった。

 アミはクスリ。

「それじゃぁ、まだ夕飯まで時間あるからそっとしておこうかしら。ミミはどうする? お姉ちゃんと一緒に帰る? それともアザカと一緒にいる?」

「帰る!! ミミ帰る!! ね~ちゃんと帰る!!」

「ふふ。じゃぁそうしましょうか」

 長女と三女は仲良く手を繋ぎ、そのまま静かに公園を離れた。

 後にはベンチで寝たふりをする次女と、死んだふりをするグレートデンが残された。


 END

予約掲載っと

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