take17:今日もオムライスです
一限目が終わった後の休み時間。窓際の席で頬肘をつくアミは外の桜を見つつ、しっとりとした溜息を吐いた。
隣席のトウカに語りかける。
「ところでトウカ。最近わたしはとても悩んでいるのよ」
トウカは前髪を指で触りつつ横目でチラとみて
「悩み? アミが?」
「そう。わたしが。それはそれはとてもとても、暁知らずの春の夜さえ眠れないほど、それほどまでに大層なぐらい大きな悩みに悩まされているの」
トウカは手を止め、アミに少し身を寄せた。
「へぇ、それ一体どんなん?」
アミは切れ長の目を流す。
「例えるならば、そうね。鶏のくちばしの下にあるあの肉のヒダの名前はなんというのかしら、というぐらのものよ」
「あ~あれなぁ」
トウカは思い出すようにかすかに上向いて
「頭の上についとるのはトサカやけど、下についとるのはなんなんやろな?」
「肉垂れというのよ。覚えておいて頂戴」
「へ~、そうなんや」
「ええ、そうなのよ」
「ついでに言うけれど、ニワトリのマブタというのは上から下にではなく下から上に閉じるものなのよ。よく覚えていて頂戴」
「へ~、そうなんや」
「ええ、そうなのよ」
「……」
「どうしたのかしらトウカ? わたしのことをそんなジットリとした目で見つめてしまって?」
「いや、結局アミが何に悩んでるんかよう分からんようになってな」
アミは不敵な笑みを浮かべた。
「困ってしまったわね。そんなふうに言われてしまっては、今更『トウカをからかうのがスポンジケーキを焼くよりも楽しいからやってしまった』なんてカミングアウトできないじゃない」
トウカは頬肘をついた。
「スポンジケーキを焼くって、そんな楽しいもんなん?」
「楽しいけれども、なかなかに気合のいる工程ね。ケーキの全てを決めるといっても過言ではないわ」
「ふ~ん。で、悩みって結局なにもないってことでええん?」
「そうね。それほど深刻なものは特にないわ」
「えっと、じゃぁ小さいもんやったらあるん?」
トウカが小首をかしげると、アミは人差し指を立てていった。
「あるわ、極めて些細なもので良ければ一つばかり」
と。
「この際やし、言ってみ」
トウカは尋ねる。アミはウィンクしてから答えた。
「実はミミの作ったオムライスを食べて以来、アザカの様子がおかしくなってしまったの」
「…………ほうほう」
いまのウィンクに意味はあるのだろうかと数秒ほど考えたトウカではあったが、しかしなにも見つからなかった。
アミは続ける。
「それはまぁまだ良かったのだけれど、いえ、むしろそれは当然なのだけれども、アザカばかりでなくどういうわけか、アザカの親友であるところのマナミちゃんの様子までもが同様におかしくなってしまったの」
「それは……まぁ、なんか色々気になるな」
「ええ、本当に気になって夜も眠れないわ。果たしてマナミちゃんにはどのようなイベントがあったというのかしらね」
「ちなみにアザっちがおかしくなったことについてはその……ええのん?」
「ええ、それはもう全くもって別に構わないわ。あんなオムライスを食べてしまっては、むしろどうにかならないほうがおかしいというものよ。このわたしでさえ、一口食べただけで半日は部屋にこもって涙を零していたのだもの」
トウカは腕を組んで、そして割りと深刻に考え始めた。果たしてオムライスとは人をそこまで変えるシロモノであったかと。
しかし深刻に考えた所で自分の頭でどうにかなるとも思えなかったので、率直に尋ねることにした。
「どんな味なん?」
「言うなれば小宇宙ね」
コスモ、小宇宙か? と聞きなおすトウカに、アミは頷いてから
「ええ、あるいは半歩譲って大宇宙かしら」
「譲ってスケールUPするあたり謎めいとるな」
「ええ。つまりはそのぐらい、口に含むとどうにかなってしまう味なのよ」
トウカは再び腕を組んで、そして結構深刻に考えた。人をそこまで変えたオムライスの味というのは、トマトソースとチキンライス果たしてどちらに主な原因があるのだろうかと。
「ところでトウカ?」
呼びかけられ、フとアミの顔を見れば、その目が妖しく細められていた。
見つめること数秒。
彼女は不敵に笑みを浮かべていった。
「今日のお昼はオムライスなの。一緒にどう?」
どうも。常日頃無一文あらため空猫ヒットです。
名前変えましたが、別に無一文と呼んで頂いても結構です。
むしろそのほうが旧知の方という意味で嬉しいかもしれません^^




