take12:今日はキャベツです
休日の御昼前のこと。インターフォンが鳴ったので、留守番をしていたアザカは座禅をといて立ち上がり、「誰何?」と扉を開けると、そこにはフランス人形の様な女の子が立っていた。
彼女は次女の姿を認めると、その大きな目を輝かせて
「アザカさんこんにちわ!!」
ミミのライバル(?)にしてお友達のアヤカだった。
そのキラキラとした目にアザカはトロンと眼差しを向け
「これはこれはアヤカではないか。遠路遥々よく来たな。まぁ何もないところではあるが、気兼ねせずゆっくりして行くと良い」
「はい! ありがとうございます! お邪魔します!」
きちんと挨拶して、お辞儀して、御行儀も良くアヤカは迎え入れられた。
靴はちゃんとカカトを揃えて脱ぎ、アヤカはアザカの後ろを控えめに歩く。目はキラキラと次女のポニーを追尾。
「アザカさんの髪綺麗です! お手入れはどんなことをしてるんですか?」
「むむ。お手入れとな。恥ずかしながら何も考えずに姉上のトリートメントなど愛用している次第。あと、たまにネコのシャンプーに巻き込まれて同じようにツヤツヤにされることはある」
「わぁ! さすがアザカさん! ステキです!」
「え? すてき?」
宇宙人な三女に真っ向勝負を挑み、その上でなお勝利できる唯一の存在と言っても良いアヤカが、ヒエラルキー的には一番よわっちいかもしれないこの次女に対し、このようにものすごく尊敬の念を抱いているというのは、なんだか妙な話ではあった。
傍から見れば『光合成』『甚平』『めがねポニー』なこの次女は、アヤカ的には『博識』『上品』『優しい』そして『物腰柔らか』『綺麗なお姉さん』として映るらしかった。
一方のアザカは、アヤカのことを聡明で礼儀正しい女の子として見ているらしく、いつかは光合成もとい日向ぼっこの極意など伝授してみたいなとか、思ったり思わなかったりしていた。どうでもいい。
「招き入れておいて恐縮なのだが、生憎ミミや姉上はデンデンを連れて今は買い物の最中なのだ。私のようなしがない者が相手ではさぞ退屈だろうが、茶の一服ぐらいは用意できるのでせめてそれで気の慰……」
「あ、待って下さいアザカさん!」
「む?」
御茶入れにキッチンに向かおうとするアザカをアヤカが止めて
「もし良かったら相談に乗って欲しい事があるんです!」
「ほう、アヤカが私に相談とな?」
振り返ってトロンとした目を向ければ、コクンとフランス人形の様なアヤカは頷いた。
「……良い、でしょうか?」
おっかなびっくりと伺うアヤカ。次女はうんと頷き
「もちろんだとも。私などで良ければ喜んで相談に乗ろう」
アヤカの目が輝いた。
ローテーブルを挟み、アヤカとアザカは向かい合って座った。何時もの様にアザカは胡坐を組み、アヤカはお行儀よく正座している。黒ネコがソファーの上でネコらしからぬ大の字で寝そべり、灰ネコが寝顔をマジマジと見下ろしている。
アザカは、今しがたアヤカから受けた相談内容を思い返して腕を組み
「ふむふむ。アヤカは私の様に成りたいとな?」
と改めて確認すれば、
「はい! 私はアザカさんみたいな人になりたいです!」
改めて答えが返ってきた。次女が「むぅ」と首を傾げる。
「アヤカの様な子が私の様な凡庸な人間になりたいとは、それはまた奇特な相談内容というべきか。参考までに理由など教えてくれないだろうか?」
何故にアヤカはアザカを目指すのか。次女の問いに、アヤカは待ってましたとばかりに「はい!」と元気に返事をして
「私はアザカさんみたいに賢くして、優しくて、綺麗で、おしとやかで、美人で可愛くて上品でステキで――――……アザカさん?」
次女は黙って立ち上がっていた。
アヤカが目をパチクリとさせて見上げていたら、次女はそのままトボトボと歩いてローテーブルを回り込み、アヤカの方へ。
「……」
「……アザカさん?」
と、なお見上げているアヤカを、アザカがトロンとした目で見下ろした――かと思えば急にアヤカを人形のように抱きあげて
「!?」
「や~~~ん何この子カワイイ~~~!!」
かつてない褒め殺しで脳の回路がショートしたのか、次女はお人形さんばりにアヤカをギュっと抱いて頬ずりを敢行していた。
「あ、あ、アザカさん!?!?」
「うふふふふアヤカちゃんかわい~~~~!!」
ローテーブルの下で団子を作っていたネコの内、茶色が『何事?』とソロソロと出てきて次女を見上げる。アヤカがもみくちゃになっていたので、とりあえず「ニーニー」と鳴いておいた。キッチンではキウイ色の大蛇が、今日もキャベツの丸のみにチャレンジしていた。
「先程は失礼したアヤカよ。身に余る褒め言葉に預かってついうっかりと自失し、溢れるパトスを抑えきれず珍妙な行動に出てしまった。どうか平に御容赦願いたい」
「あ、いえ!? そんな! 私は大丈夫です!」
さっきと同じポジショニング。アザカは胡坐を組み、既にすっかりと平常心を取り戻して目をトロンとさせていたが、アヤカの方はまだ少し胸がドキドキしていた。内心、もう一回ぐらいされてもいいかもとか、そんなことを密かに思っていた。
「では少々質問なのだがアヤカよ」
「はい!」
「もしも私がアヤカのような子になりたいと目指せば、アヤカは一体誰になろうとするのだろうか?」
「ふぇ?」
キョトンとなるアヤカに、次女は人差し指を立てる。
「つまりアヤカの目指すアザカがアヤカを目指しているわけだが、するとアヤカはアザカを目指す以上、アヤカを目指している事になるのだが、さて?」
え~っと、え~っと。と、悩んでいるアヤカが、まるで童話のアリスのようで可愛いな、とか、光合成教えたいな、とか、次女はトロンとした目で眺めつつ
「私はアヤカのように素直で可愛らしく、そして賢く礼儀正しい女の子になりたいと思う。アヤカはそんな私を目指してくれるのか?」
「私は……私は……えっと、アザカさんになりたくて」
「うん、それは嬉しい。ありがとう。だから私は、そんな私を目指してくれるアヤカを目指そうと思う」
「で、でも、でもそれじゃぁアヤカは……アザカさんの目指すアヤカになって、アザカさんはアヤカを目指すからアザカさんに……あれれ」
小さく混乱しているアヤカに、次女は薄らと微笑み、
「少し、外の空気を吸いながら考えてみないかアヤカ?」
チラと壁の時計を見れば正午丁度。10分程度公園で時間を潰していれば、長女も三女も帰ってくるだろう。次女の誘いにアヤカは頷いた。外出の気配を悟ったネコは五匹とも立ち上がり、スピノザはまだキッチンでキャベツと格闘していた。
何時もの公園。何時ものベンチ。二人は並んで座る。ネコは白二匹がそれぞれの膝の上で丸くなり、茶は元気よく走ってその後ろを灰色が追いかけ、黒はアヤカの靴を前足で気にしていた。
「まずは最初のステップだがアヤカよ」
「はいアザカさん!」
「このように目を半分閉じる」
「はい! 半分閉じます!」
さっきの話はどこへやら、次女はお人形さんに日向ぼっこを伝授し始めた。
「そしてこう、ボウと小春日和な空を眺める」
「ボウと、眺めます」
「そして次に、溶けるような感じでホヘ~とする」
「ほ、ほ、ほへっ……っふふふふふふふふ」
「アヤカ?」
急にお腹を抱えてヒクヒクし始めたアヤカに、小首を傾げる次女
「ふふふふふふ、す、すいません! っふふふふふふ」
どうやらアヤカのツボにハマったらしい。
アザカは可愛くひくつく彼女の様子を見てクスリとし、仕方がない、日向ぼっこはまたの機会にしようと、そう思った。心地よい午後の風がゆるく二人を包む。
一方、自宅では。
「ね~ちゃんね~ちゃんね~ちゃん!!」
「どうしたのかしらミミ?」
三女がブンブンブンと指差すその先で、スピノザはついにキャベツを制覇し、そのグリーンな身体を丸々とさせていた。
「あら」
どこか誇らしげなその琥珀色の瞳に、アミはしっとりとした溜息を吐いて、頬に手を当てた。
そして妖しく目を細める。
「次はスイカかしらね?」
「!?」
「っふふふふふ、ほ、ほ、ほ、ほへ~っへふふふふふ!」
「そ、そんなに可笑しい?」
END
そろそろアミのお友達も出す頃合いですね^^
ではまた




