take1:今日はお休みです
何はともあれ、まずはこの3LDKに暮らす妙ちきりんな三姉妹の紹介から始めようと思う。
ダイニングのローテーブルに顎肘をつき、深窓の令嬢さながらの溜息を吐いているのが長女のアミ。18歳。肩まで流れる赤毛と猫の様にスレンダーな身体つきが特徴。
片や彼女のトイメンに座り、甚平を羽織って胡坐意をかいて、眠たそうな半眼でボウと虚空を見ているのが次女のアザカ。15歳。腰まで伸びたロングポニーと大きな黒フチ眼鏡が特徴。
最後に三女のミミ――は、現在外出中。
「ん~~、そうねぇ……」
気だるげな声でアミが言った。
「ちょっと昔話でもするから、アザカ付き合いなさい」
ボウとした視線をアザカが向けた。
「ほう、昔話とな。では一服頂こうか」
語調に似合わず、アザカは子猫のような声だった。アミは目を閉じた。
「むか~しむかし、あるところに。肉じいさんと肉ばあさんが住んでいました」
「むぅ、要領を得ない枕言葉を除けば比較的オーソドックスな出だしと言えよう」
アザカはいつも通り合いの手を入れる。
「肉じいさんは山へ肉狩に、肉ばあさんは川へ肉の洗濯に行きました」
「ふむ、察するにおじいさんは狩りをしにいったのだな。さしずめおばあさんは食材洗いか」
「そうして肉ばあさんが川で肉の洗濯をしていると、川上のほうからドンブラコッコドンブラコッコと」
「やはりベースは桃太郎だったか」
「落ち武者のようになった肉じいさんが流れてきました」
「ほう、なにやらサスペンスの香りが」
「ちなみに背中にハンドルがついてました」
「むむぅ、ハンドルとは玄妙な。今後に期待してみる」
「洗濯をしていた肉ばあさんは、そんな変わり果てた肉じいさんを見つけると」
「普通は救命措置を講じる展開だが、さて」
「奇声と共にその背中に飛び乗って」
「猟奇的にしてアクロバティックな」
「そのまま人間イカダくだりを開始しました」
「アドヴェンチャーに切り替わったようだ」
「肉ばあさんは真剣なオモモチで肉じいさんのハンドルを握ります」
「そして伏線は回収と。果たして二人の運命や如何に」
「そのまま滅びたら良いのに」
「語り部の主観きたぁ~」
何かに耐えかねたように、アザカはペターとテーブルに突っ伏した。
「ううう。姉上、法度だよ。法度。語り部が物語に感想言うのは法度だよ」
「あら? メタ発言は最近のサブカルにはよく見られるじゃない?」
アミはどうでもよさげに言った。
「ううう。そういうのと今のは違うよ姉上。今のはメタとかじゃなくて登場人物をデストロイする何かだったよ。それもヒーローとヒロインを」
「何を言っているのかしらアザカ。そんなのデストロイされるに決まってるじゃない。だって溺死寸前の年寄りに年寄りが飛び乗ったのよ?」
体勢を立て直しかけていたアザカは、再びペターと潰れた。
「ううう、救われない。救われないよお爺さんとお婆さん。特にお爺さん。落ち武者のように川を流れてきてハンドルまで生やされて、最後は作者にさえ見捨てられちゃったよ~」
「違うわアザカ。お爺さんとお婆さんじゃなくて肉じいさんと肉ばあさんよ。夫婦そろって肉で出来てるの。だからその意味で最初からデストロイされてしまってるのよ」
ヒットポイント0になってアザカは崩れた。と、そこで扉の開く音がして、ほぼ同時に三女のミミが飛び込んできた。
「ね~ちゃんね~ちゃん!! ただいまただいま!! すっごいただいまだよ!」
オモチャ箱をひっくり返したような賑やかな声で、三女はダッシュでテーブルを回り込んで長女に飛び込んでいった。アミはぎゅっと抱き止める。ショートボブの髪からはショッカクのようなアホ毛が二本飛び出し、前髪の下には大きく艶やかな目がクリクリと輝いていた。三女、今年で10歳。
アミは年の離れた末妹の髪をニコニコと撫でながら
「おかえりなさいミミ。どう? お外は楽しかったかしら?」
「楽しかった!! すっごい楽しかった!! もう爆発した!! すっごい爆発した!!」
「ふふふ。そう、爆発したの。何が爆発したのかしら?」
「アザカが!!」
「え? 私?」
みょん、とアザカが首を起こした。
「ふふふ。そう、アザカが爆発したのね」
「うん!! 爆発した!! アザカのチョンマゲがぼーーん!!! ってなった!!」
「ううう。知らぬ間に私のポニーはエライ目にあっていたのか」
しくしくしくと、アザカは泣いていた。
「それでミミもね!! ぼーーんってバスに進化した!!」
「ううう、今日のミミは定区間走行的なものになっていたようだ」
「良かったわねぇミミ。バスは楽しかったかしら?」
「微妙だった!!!!」
「イマイチだった~」
ペターとアザカは、今度こそダイニングで大の字になった。そしてカーペットが気持ちよかったのでそのまま目を閉じた。アミはニコニコとミミの頭を撫でながら、壁掛け時計を見た。針は午後4時を示していた。
「さて、そろそろ可愛い妹たちのためにご飯の支度をしなくてはね。アザカ、ミミ。今晩は何が食べたいのかしら?」
「私はヘルシーにサラダなど」
「ニワトリ!!!」
「そう。じゃぁ今晩はスパイスをふんだんに使ったチキンカレーとサラダかしらね」
アミはミミをそばにそっと除けてから、頬にかかった髪を流して立ち上がった。
「アザカ」
と彼女に流し目。次女は大の字になったまま目だけを開けた。
「さっきあれだけ肉肉聞いておきながら、夕食の希望がサラダなんて、只者じゃないわね?」
「!」
アザカとミミはローテーブルを挟んで向かい合いながら、小春日和ぐらいの温度で議論を交わしていた。
「う~む、どちらかと言えば私は幽霊だな。脈絡なく背後斜め四十五度あたりからぼうと出現されるとか、実に恐ろしいではないか? しかも足がないのだぞ?」
「ミミは絶対ゾンビがいやだよ!! だって目が飛び出てるし目が飛び出てるし目が飛び出てるんだよ!?!?」
「要するに、目が飛び出てるのが嫌なのかミミよ?」
アザカは腕を組んだ。
「ほ、他にもお墓から飛び出てるしお墓から飛び出てるしお墓から飛び出てるんだよ!?!?」
「むぅ、要するに、飛び出ているのが嫌なのかミミよ?」
「それからたまにバーン!! って頭が割れるんだよ!? バーンボーンボカーンジャキーンって!? アザカいやじゃないの!?!?」
「ジャ、ジャーキンか。それは……まぁ嫌だな。そのような機械的な音で割れたら」
ちょっと食い気味に、ミミはテーブルに両手をついて身を乗り出している。アザカは少し引いてる。そこへまずはサラダ三皿をトレイに乗せ、アミがやってきた。
「二人とも何のお話から? 随分と楽しそうね?」
「うむ。ミミと話し合っていたのだがな姉上」
「なにかしら?」
「姉上は幽霊とゾンビ、実在したらどちらが恐ろしいであろうか?」
「ミミはゾンビ!!! ゾンビ!!! ゾンビがすごい!!!」
え、すごい? とアザカが頭にハテナをつくる。アミはサラダを並べながら
「ん~~。幽霊とゾンビね~」
「左様、どちらが恐ろしいだろうか?」
「ミミはゾンビ!! ゾンビがいい!!」
え、いい? アザカはまたキョトンと首を傾げる。アミは目を妖しく細めて笑った。
「なんていうか、どっちもただの死に損ないよね」
「「……」」
「カレー運ぶの手伝ってくれるかしら?」
「「は~い」」
END