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捜索

第8話です。


 翌日早朝、バグ取りの済んだ「ドリイ」と吉村を含む一六名に海自からの連絡員二名、米海軍からの便乗者八名を乗せたC—130輸送機は厚木基地から八丈空港へ向けて離陸した。八丈三根港に入港した「みこもと」への「ドリイ」の搭載と便乗者の乗船は午前中に済み、昼前、「みこもと」は一路小笠原東方海上へと進路を向けた。

 昼食後、乗り組み要員へのブリーフィングが行われたが、米海軍からの情報は遭難位置に関する以外、ほとんど意味の無いものだった。付近の水深は三千m程度であることから、艦自体は無事である可能性もあったが、米側の希望でそれは伏せられたまま、一次捜索はサイドスキャンソナーにより海底地形の変化を探知、それをデーターベースに送られた艦型を三次元シミュレートしたものと比較して、可能性のある海底地形へ「ドリイ」を送り実画像で確認、という手順を繰り返すことに決められた。

 問題だったのは、米海軍からの便乗者だった。連絡、識別、技術のために来た六名には取り立てて問題は無かったが、その専門がはっきりしない二名が発見後の指揮権を要求したため、吉村と真正面から衝突することになった。すでにCINCPACと在日米海軍司令部からは滝川が手を回して覚え書きを受け取っており、無視すれば良いだけであったが、吉村の性格と事情がそれを許さなかった。この二名が母島二見港で降ろされずに済んだのは滝川から、「米政府の高い地位」からの要請で降ろす事だけはやめてくれ、という一報があったことによる。


 実は吉村には、米国を信頼できない事情があった。それは「みずなぎ」開発に関わっていた。吉村は「みずなぎ」開発の主務者として計画に関わり、特に「水中グライダー」技術を、その中心となって推進していた。実験を行ったウッズホール研究所と正式に技術提携を行い、ほとんど基礎データーしか無かった「水中グライダー」技術を、Tronと組み合わせて外部センサーフィードバックによる最適制御を行う事で実用可能なレベルにまで発展させたのは、ほとんど吉村の率いたチームだけの成果と言っても良かった。ところが、それを「みずなぎ」に搭載し、いよいよ正式実験開始という段になって、とんでもない問題が持ち上がった。米国南部の田舎町に住む一人の男の代理人から、「水中グライダー」に対する特許使用料の請求が舞い込んだのである。ウッズホール研究所との提携で、商業利用しない限り無制限の技術使用権を獲得しているはずの技術に特許使用料を請求されたのだから、まったくの寝耳に水であった。驚いた吉村はウッズホール研究所と連絡を取り合い、事情を詳しく知ろうと努力したが、ウッズホールでも何も判らず、結局、米国内で訴訟を起こされる事になった。

 後になって判明した事であるが、その事情はあまりにもばかばかしい事情だった。ウッズホール研究所がこの「水中グライダー」を実験した新聞記事を読んだこの男は、

その日のうちに原理図を書き上げ、自分のアイディアとして特許申請したのである。ウッズホール研究所は、この方式の実験をスキューバダイビングの補助装置と位置づけて行ったため、その用途としての権利関係については注意をしていたが、実用潜水艇の動力としての考慮はまったくしておらず、盲点を突かれた形で特許が成立してしまった。そして、ウッズホールでは実験結果があまり期待できるもので無かった事などから、すでに忘れられた技術として注意を払っていなかったため、本来なら彼らが獲得すべき特許が他の人間に認可された事を知らずにいたのだった。

 当初、吉村は一人でこれに対処するはめになった。技術提携先のウッズホールは、すでに忘れられた技術として、あまり熱心ではなかったからである。吉村は日本と米国の間を飛び回りながら対応していたが、結局最初の裁判では数千万ドルもの特許使用料を支払えとの判決が下される結果となった。ともかくウッズホールが動かない事には埒が開かないというよりも、本来ならば訴訟の矢面に立つべきはウッズホールなはず、と考えた吉村は「水中グライダー」技術の骨子とも言えるTron応用技術とその最適化論理を、時期尚早という部内の反対を押し切る形でウッズホール側に公開、それによって技術の将来性を認識させる事に成功し、ウッズホールに真剣な対応をさせる事になった。これにより訴訟には勝ったがその将来性を知ったウッズホール側から様々な技術利用制限を押し付けられる事になった。

 本来、投げ捨てていた技術にもかかわらず、吉村らの努力でその真の価値が見いだされるや、権利を主張し始める、というウッズホール研究所に限らず、米国の社会的習性とでもいえる対応に、日本側ではこれまた日本的な吉村の技術的詳細の提供が原因だから、と責任を追求する動きまで起きては、吉村と言わずともうんざりするのは当然だった。これ以降、吉村とこれに関わったチーム全員は、米国という国家に対する信頼感をまったく喪失し、独自技術による開発を目指すが、なぜか米国に対して妄信的信頼を置く人々からは「無駄な努力」「金の無駄遣い」などという非難を浴びせられる事になった。それでも、トラブルによる遅れを取り戻し、当初予定からの遅れも許容範囲に収め、当初予算の範囲内で「みずなぎ」計画を成功させた吉村とそのチームの業績を評価しないわけには行かず、潜水艇による海中調査の第一人者という地位も外力で左右できるものでもなく、現在の地位は当然のものと言えた。


 このような吉村であったから、その二人の要求への答えは、「ふざけるな、何様だと思っていやがる。」であった。幸い、日本語はあまり判らないようで、大事には至らずに済んだが、吉村を知る米海軍便乗者の中には失笑を漏らすものまで居た。しかし、このどたばたも滝川からの連絡で吉村が矛を収め、一段落したかに見えた。それでもこの二人は、吉村だけでなく、システム担当の長野にサーバーへのroot権限での接続を要求したり、船長にインマルサットFの専用を要求したり、なんとも表現のしようの無い行動を展開していた。

 しかし、船はどたばた劇とは関係なく行程を進め、二日目の午後には遭難海域とされる位置に到達していた。捜索は最終的に判明している位置とその時点での進路、速度を基準に、いくつかの矩形の区画を設け、そこを一海里幅でジグザグにスキャンして行く。速度を7ノット以上に上げるわけには行かないため、捜索範囲を考えれば非常に時間の掛かる作業だった。捜索はこれ以外にも、発信されていると思われる、音響遭難信号の受信を目的とした艦艇や対潜哨戒機によるソノブイ投下などでも行われており、どこかに出張っているはずの原子力空母「ニミッツ」の搭載機と思われるS—3哨戒機が時折付近に現れていた。しかし、いまだ信号を発見したという知らせは無かった。

 「みこもと」は事前に情報に基づいて割り出した予想コース上を10個の一辺10海里の区画に分け、それを一つずつしらみつぶしに捜索する操船を開始した。サイドスキャンソナーの信号は角度が大きくなるに従って歪みが増えるため、両サイド0.5海里程度が実用範囲だった。無理をすれば2海里程度の幅を取れない事も無いが、今回のように三千mを超えるような深度では歪みが大きすぎて実用的ではなかった。時間的節約のため、スキャンでそれらしきものを発見しても、停船せずスキャンを続け、一区画スキャンが終了した時点でコンピューターシミュレーションでの蓋然性が高い順に「ドリイ」を送り込む手はずになっていた。対象の位置精度はGPSが頼りだったが、DGPS信号の受信範囲外であるため、精度が問題であった。しかし、米海軍の技術陣が持ち込んだ軍用GPS受信装置からの信号をシステムに取り込む事で簡単に解決してしまった。精度そのものは公表されなかったが、要求される表示精度から考えれば、ミリ単位の精度でもおかしくなかった。

第一区画では14個の「それらしき」目標を発見したが、シミュレーションの結果、蓋然性がどれも10%以下で、「ドリイ」を送り込む優先順位は低く、そのうち数個は出力を上げて再スキャンすることで、軟泥下の構造との連続が確認されたため、岩礁と判断され、結局第二区画へそのまま移行した後に調査という事になった。

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