表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/59

消滅

第49話です。ちょっと短めかも。

月曜日から(こちらは日曜日の午後)また忙しくなりそうです。土曜日に終わらせる予定の仕事が、船の入港が遅れて月曜日に持ち越し。その他もろもろの仕事がありますので、ドタバタかも・・・・

来週の更新はちょっと判りませんです。すみません。

村木と望月の苦悩をよそに、「みこもと」では「かいえん」の潜水準備が進められていた。浮遊成体化した褐藻類の増殖により、潜水艦沈没点付近のタンパク、巨大生物、高速種全てが姿を消していた。まだ半径10海里程度のいびつな円形の区画だけであったが、一時は海底から2000m近くの高さに亘って蝟集していたタンパク分子が僅かな期間で消えたというのは、全くの驚きだった。この区画外ではいまだに海底から1000m以上の高さ、数百海里の広がりを持っていたが、今後褐藻類の増殖次第ではそれも消滅するであろうという期待が持てる結果だった。しかし、自然力を見くびるつもりは「みこもと」スタッフには無かった。今現在、一時的なのか、恒久的なのか判らないまでも、少なくともこれまで遭遇した危険は、この海域には無かった。であるならば、全ての元凶かも知れない、放射性物質を垂れ流している潜水艦の現状を調査しておく事は、今後の対策のためにも絶対に必要な事だった。特に、タンパク分子が取り込むことで拡散が抑えられていたと思われる、放射性物質の現在の拡散状況は是が非でも知っておきたい。また、今後の対策のためには潜水艦の詳細な状況も知らなければならない。「かいえん」が潜水する理由はこういうものだった。

そのため「かいえん」には十分な防護措置と各種測定装置が取り付けられた。耐圧船殻外部に、中性子吸収力の高いポリエチレン製のカバーが取り付けられ、前回の潜水で被った、中性子線による耐圧船殻の放射化を防ぐ措置が取られ、また測定装置外部も、やはり中性子線による故障防止のために、同じ措置が施されていた。「かいえん」のミッションは、潜水艦付近に蝟集していた放射性物質を取り込んで、灰黒色になったタンパク分子の存在確認、潜水艦破口部の詳細確認、可能であれば内部の原子炉状態の確認などであった。また海水サンプルの採取も重要な事項であった。各水深を細かく分析するために、「かいえん」の外部バスケットには10個の海水サンプル容器が積み込まれた。

準備の整った「かいえん」は、長崎、一の瀬のベテランコンビにより静かに潜入していった。


「『みこもと』、こちら『かいえん』。感度いかが?」

「『かいえん』、こちら『みこもと』。感度良好。」

「現在水深2800、巨大生物は見えない。海水粘度も正常。海水サンプルは現在まで6本、3000と潜水艦至近で採水予定。」

「『みこもと』了解。安全第一でお願いします。」

「『かいえん』了解。潜水艦が視認できるところまで降りてみる。」


「『みこもと』、こちら『かいえん』潜水艦を視認した。現在潜水艦直上20m。視程は悪くないが、微細な浮遊物が多い。」

「『みこもと』了解。放射線強度はどうか。」

「前回より艇外で線量が多い。艇内は平常値。もう少し降りてみる。」

「『みこもと』了解。気をつけて。」

「『みこもと』、こちら『かいえん』、現在潜水艦直上10m。外部の放射線量が非常に大きい。艇内も上昇してきた。前回認められた、灰黒色のタンパク塊は視認できない。艦体の亀裂は一部が視認できる。もう少し降りて、亀裂部分を調査する。」

「『みこもと』了解。放射線量に注意願います。既定値を超えるようなら、すぐに距離を取って下さい。」

「『かいえん』了解。降下する。」


「『みこもと』こちら『かいえん』、ただ今、潜水艦と平行した。海底より3m。非常に放射線が強い。おそらく数分が限界と思われる。余った海水サンプル容器に、海底泥のサンプルを採る。海底に近づくほど線量が上がるようだ。亀裂内部は見えない。灰黒色に濁って、照明が届かないようだ。取りあえず亀裂部分の拡大撮影を行う。船内線量はまだ規定値以下に止まっている。防護処置が効果を発揮しているようだ。今、海底泥サンプルを採った。撮影は終了している。これより浮上シークエンスに入る。」

「『みこもと』了解。無理しないで下さいね。浮上シークエンス了解。本船も収容シークエンスに入ります。」


およそ1時間後、「かいえん」は無事浮上した。強い放射線に暴露されていたことから、後部揚収ベイに入れたまま、放射線洗浄を行う。防護処置のためか、浮上直後の汚染状況は前回と比べるとはるかに良好だった。1時間ほどの洗浄で海水サンプル容器以外高い線量を示す部分は無くなった。海水サンプルは放射線防護が施されたドングルに入れられ、防護施設に運ばれた。

この「かいえん」が潜水している間、生物学班は褐藻類幼体が成体化するための条件をおぼろげながら発見していた。「かいえん」が持ち帰った海水サンプルは、それを裏付けるものと思われた。

村木と望月の発見した成体化の秘密は、藍藻類の分泌する酵素にあった。藍藻類と褐藻類幼体が同時に存在し、そこにタンパク分子が出会うと、藍藻類、褐藻類幼体共に酵素を分泌して、タンパクを分解するが、その際、藍藻類の分泌する酵素と褐藻類幼体の分泌する酵素に僅かな差異があることが判った。藍藻類がこの僅かに異なる酵素に出会うと、自らの分泌する酵素の組成を僅かに変化させ、その変化した酵素が幼体の成体化への引き金になる、というものだった。分子生物学的に言えば、こんな短時間でそのような変化を突き止めたのは、奇跡に近いと言える。しかし、村木と望月はこれまでの経験を土台にして、その機序を発見した。

成体化の条件は、発見さえしてしまえば、其れを再現するのは難しくなかった。タンパク分子の存在する海水に、藍藻類と褐藻類幼体を同時に散布し、その時、藍藻類が爆発的増殖できる鉄分が存在するだけで条件を達成できた。

「かいえん」が持ち帰った海水サンプルから、4種類の僅かに異なる酵素を分離した事で、この発見の正しさが証明された村木と望月は、現在位置から南東方向、水深3400mまでに分布する巨大生物について、散布効果を実証する実験を提案した。

吉村ら「みこもと」幹部はこの実験の重要性を正しく理解していた事から、即座に追加散布実験の実施を決定、「みこもと」は音響探査により、最も巨大生物の密度が高いと思われる海域を探るための航行を開始した。追加散布実験の効果を見るためには、比較的浅い部分に巨大生物が蝟集している方が都合が良かったため、表層流の方向である南東方向へ「みこもと」は向かった。

この航行中、「かいえん」が撮影した高解像度ビデオの分析が行われた。詳細な分析は設備が必要なため、「みこもと」搭載の機器ができる限りという制約はあったが、それでも様々な新たな発見があった。

まず、灰黒色のタンパク集合体はビデオから判る限り、沈没潜水艦艦内に入り込んだものと思われた。以前の「かいえん」の潜水時に見た潜水艦を覆い隠す全てが潜水艦内に入り込んだとは考えられないが、相当な部分が潜水艦内に侵入し、おそらく、潜水艦内はこのタンパクで充満しているのでは、と考えられた。これは原子炉区画の破口部以外でも、破口部内部に撮影用の照明が届いておらず、原子炉区画から離れた艦前方の破口部でもそれが見られたことから、このように想像された。

酵素により分解された、核物質を取り込んだタンパクは、分解されることで核物質を放出し、「かいえん」浮上時の放射線測定結果から見て、原子炉区画破口部を中心に、南を向いた半円形に海底に分布していると思われた。当面、海底部の擾乱が無ければ、この海底に分布した放射線量の大きな核物質は拡散しないと思われた。さらに、周辺の中性子線量から、潜水艦炉心はいまだに臨界状態にあり、継続して放射性物質をはき出し続けていると思われたが、「かいえん」潜水時の大きな放射線量は海底に堆積したタンパク由来の放射性物質で説明ができ、原子炉からはき出される放射性物質は潜水艦内のタンパクに取り込まれる形で、そのほとんどは艦内に止まっているものと見られた。

この艦内に入り込んだタンパク集合体については、さらに調査の必要があると思われた。天敵とも言える藻類プランクトンの人為的大発生を検知して、艦内に入り込み、内部の海水交換が破口部だけであることで、藻類の侵入を限定して生き残る戦術をどのようにして実行したのか、学んだのか、非常に興味がある事柄だった。追加散布を培養槽に残る全ての藍藻、褐藻類幼体で行った後、もう一度潜水艦沈没点に戻り、幸い「かいえん」の汚染状態が良好である事から、再度の「かいえん」による潜水調査を行い、母港に戻る予定であった。

ご意見、ご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ