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成体化

少し間が空いてしまいました。すみません。本業が少々忙しくなりまして、なおかつ、身分証の発行で無茶を言われて(遡及法でダメだし。)時間が取れませんでした。ついでに風邪を引きまして、咳が止まらない。咳止めシロップを飲むと30分くらいは良いのですが、結局それだけ。

家族と寝ていると咳で起こしてしまいますので、ここ1週間ほど、別の部屋で寝ています。なんかこの風邪は流行っているようで、我が家では娘と女房が最初で、私がその次、町へ出るとかなりな数のみなさんが、やはりゴホゴホやってます。なんなんでしょうね??

まぁ、熱帯ですから、訳のわからない病気は一杯ありますので、これもその一つだと思ってます。なんとか熱に罹るよりはましですから、ラッキーと思っておきます。

それでは第48話です。

こうして「みこもと」では次の対策実験が始まった。望月が積み込んだコンテナはデッキクレーンを使って開口部が舷側へ向くよう置き直され、コンテナ内部の送風機を設置してコンテナから直接鉄粉が散布できるようにされた。藍藻類は培養タンクから直接海水ラインへ接続され、コンテナ開口部と同じ舷、右舷からの散水に自動的に混入させる事が出来る様になっていた。褐藻類幼体は深度容器に入れられ、それぞれ500m、1000m、2000mの深度で放出される。これを1海里に1個ずつ投入する。投入器にセットさえすれば、20個つまり20海里までは全自動で投入される。これらの全てが整った後、「みこもと」は潜水艦沈没点へ戻る航路に乗った。

潜水艦沈没点から東へ5海里、南へ5海里離れた点から、散布を開始した。風の方向は概ね南東方向であったため、南から1海里ずつの間を開けて、東から西への散布を繰り返し、北5海里、西5海里の点まで行う予定だった。

散布は順調に進んだ。潜水艦沈没点を中心に、一辺10海里の正方形の海域に全て散布が終わった。正念場は72時間後の検証だった。最初は音響探査による周辺海底のタンパク分子層の消滅の確認だ。しかし、それは探査音波を発信しながら低速で航行する必要があった。じりじりするような72時間の待ち時間ではあったが、スタッフは音響探査後に行われる「かいえん」と「ドリイ」の潜水調査の準備に追われていたことで、平常心を保てていた。

「長崎艇長、これどこへ取り付けましょう?」

「なによそれ、長野君。」

「電磁石デコイと電流デコイの複合体です。例の早いヤツが現れたら、これを蹴り出して時間稼ぎできます。深度3000なら、2酸化炭素発生器で水を押しだし、蹴り出し5秒後、70ノットに達します。そのまま10秒程度航走、徐々に速度は落ちますが、止まるまでに150mは行けます。」

「へぇ〜、結構高性能じゃないか。150m離れれば削られるくらいで済みそうだな。」

「ええ、まぁ、緊急浮上してもらった方が良いですけどね。」

「バルーンでかい?」

「いえ、動力浮上です。」

「おいおい、今の『かいえん』はペラ高速型に変えてるから、全バラストブローで動力浮上だと、浮上速度かなりになるぜ。」

「ええ、浮力材半分はダメになる覚悟です。浮力材は予備が3ソーティー分ありますから、一度くらいの動力緊急浮上なら次回潜水は可能ですよ。」

「そりゃ太っ腹だねぇ・・・また吉村さんが経理に絞られるんじゃないの。」

「それはまぁ、絞られるのは吉村さんで僕じゃないですし・・・」

「おまっ・・・・」

「っつーわけで、どこへ付けましょう。」

「おっと、そうだった。耐圧関係無いなら、その上側ポッドの間に適当に付けてくれ。」

「へい、了解。」


72時間後、「みこもと」は散布域に達していた。

「黒岩、どうだ、屈折異常層は見えるか?」

「吉村さん、海底から数m程度ですね、屈折異常は。補正量を減らさないと却って過剰補正で歪みが増えるくらいです。」

「例の怪物はどうだ。」

「それも見えません。ここは辺縁部だと思うのですが、探知可能範囲には一匹も見えませんね。ドップラーにも反応はないです。」

「良し、それじゃもう少し中心に近づいてみよう。」

「みこもと」は四角の螺旋を描きながら、潜水艦沈没点に接近して行った。

「村木君、プランクトン採取の結果はどうだ?」

「15分前の通過地点で、表層水1立方Cm当たり、藍藻類が約800、褐藻類幼体が約40ほどですね。放流量から考えて、藍藻類はおよそ50倍ほどの数になっていると思われます。幼体は散布深度の深いところにも散布してますので、実際の数は深度ごとのサンプルが必要です。」

「なるほど、藍藻類の増え方が凄いな。やっぱり鉄粉の効果かな?」

「そうでしょうね。特に光合成が可能な50mより浅い水深では増殖が早くなっているようです。」

「すると深いところでの効果は褐藻類幼体によるもの、と考えていいのかね。」

「これまでの実験結果からはそう言えますが、私としては相乗作用もあるものと考えています。ともかく調べて見ないことには判りません。」

「そうだな。もうすぐ沈没点だ。すぐに採水してみよう。」

「お願いします。」

「みこもと」は潜水艦沈没点直上に達した。継続している音響観測には巨大生物、高速型、どちらも感知されていない。音波屈折異常は辺縁部よりもさらに海底近く、およそ1m程度と思われた。観測班はすぐに水中カメラと採水器を下ろし、調査を開始した。山下船長の操船は確かで、また海水の粘度異常も無い事から、カメラは潜水艦を捉える深さまで下ろすことができた。前回の「かいえん」による潜水で発見された灰黒色の球体は消滅していた。採水は50m、500m、2000m、3000mでサンプルを取ることができた。海水サンプルを採取、また潜水艦を撮影できた事から、水中カメラはすぐに引き上げられ、海水サンプルは放射線防護施設に回され、分析が行われた。2000mでのサンプルまでは問題無かったが、3000m、潜水艦直上で採取した海水サンプルは相当に高い線量を示し、防護施設でなければ扱えなかった。しかし、このサンプル採取は、大きな光明をもたらした。各深度のサンプルから、褐藻類の成体が見つかったのだ。この褐藻類はこれまで幼体が定着しなければ、成体にならず、胞子放出ー幼体というサイクルが成立していなかったのだが、何らかの原因で定着せず成体化したのだ。最大の原因は散布した鉄粉と思われた。そこで「みこもと」生物学班は船内の培養槽で実験を行った。しかし、鉄粉を加えた海水で培養しても何も起きなかった。浮遊成体化の最大原因と思われた鉄分の給付はその原因では無かったのだ。それからの生物学班は食事さえ培養室へ持ち込んで不眠不休での浮遊成体化原因を探った。この浮遊成体化が今回のミッションの正念場であることを理解した吉村は、音響班や潜水班にも生物学班への協力を命じ、様々な条件のサンプルを同時に用意するという力業で、最短時間でこの条件を突き止めようとした。しかし、生物を扱う事はそう簡単に物事が進まない。幼体から成体への変化にせよ、相応の時間が必要なのだ。

「望月さん、ちょっと行き詰まってしまいましたね。」

「うん、僕もそう思う。」

「ほとんど全ての条件で幼体を培養しましたが、浮遊成体化はしませんでした。後は何が条件なんでしょう。」

「望月さん、村木さん、電子技術の世界では、こういう場合、最初の成功条件に戻れと言います。最初、つまり散布した条件を検討しませんか。」

「長野さん、とはいえ、最初の条件を全て外挿したんです。それでもダメですからねぇ・・・」

「何かきっと見落としてます。プログラムのデバッグの要領で最初から検討してみませんか?」

「どうやるんです?」

「まず、散布した時の条件です。あの時は、幼体と藍藻類、鉄分を同時に散布してますよね。」

「ええ、そうです。でもその条件ではすでに実験してますがダメでした。」

「うん、次は散布した海の状況です。まず今と違うのは巨大生物が沢山居ました。高速型もです。後何かありますかね?水温?水圧?」

「多分、水温、水圧は関係無いでしょう。様々な深さで成体化してますから。さすがに巨大生物は培養槽に入れるわけには行きませんから、これは無理ですね。」

「ちょっと待って。藍藻類が増える条件はやってみました?」

「ええ、鉄分を加えて、光合成できる紫外線を照射すれば藍藻類は増えます、でもその条件もダメだったんですよ。」

「えっと、素人ですから的外れな事かも知れませんが、散布した藍藻類の増加率と実験での藍藻類の増加率を比較してますか?」

「え、それはやってませんけれど・・・」

「データーはすでにあるんじゃないですか?比較してみませんか?」

「同じだと思いますが・・・望月さん、お願い出来ます。」

「良いですよ。確か両方とも防護施設にあるはずなんで、取ってきます。」

望月が防護施設から取ってきたデーターの比較を行った結果、村木の予測は外れた。散布後の藍藻類の増加率は実験室のそれよりも数倍大きかったのだ。

「こんなに違うとは思いませんでした。何が原因なんでしょう?」

「これまでの検討で、違いは唯一巨大生物、つまりタンパク分子の有無だけだと思いますが。」

「長野さん、それもやってるんです。タンパク分子がある条件も。ダメでした。」

「それは藍藻類に注目したものですか?それとも幼体のみに注目?」

「幼体の浮遊成体化の実験ですから幼体しか調べてませんね。」

「今までわかった限りでは、藍藻類の増殖率の違いだけですよね。まず、藍藻類の増え方が同じになる条件を整えてみたらどうですかね。」

長野は専門外であったが、こういう形の間違い探しは電子技術関係では日常茶飯事である。生物学は生き物を扱うだけに、こういう形での間違い探しにはあまり長けていない。村木と望月は長野とのブレーン・ストーミングで得られた差異を埋めるべく、幼体では無く藍藻類が散布時と同じ増殖率になる条件を探し始めた。藍藻類は増殖が早いため、これはすぐに見つかった。タンパクの量が一定以上で、なおかつ鉄分と紫外線があれば、藍藻類はかなり劇的に増殖率を増大させることが判った。最初の実験では添付したタンパク分子の量が不足していたのだ。しかし、この条件で藍藻類が増えた培養槽に褐藻類幼体を添付しても成体化は起きなかった。何が違うのか判らなかった。海に散布した結果は成体化しているのだ。実験室での条件に差異があるのは明らかなのだ。

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