磁気
明日から新年にかけてちょっと出かけます。家族サービスです。更新も執筆も出来なくなると思いますので、書き上がった分を更新しておきます。
次の更新は元旦以後になります。申し訳ありません。
それでは、良いお年をお迎え下さい。
長野達は作業員と甲板員の手を借りて、「金魚」用のケーブルを船体に巻き付ける作業を開始した。双胴船形ではあっても、海洋調査の利便性のため後部甲板は一段低くなっている「みこもと」の船体外周にケーブルを巻き付けるのはそれなりに手間が掛かる仕事だった。それでもこういう仕事に手慣れた甲板員、作業員たちは工夫して仕事を進め、3時間ほどで長いケーブルの巻き付けが終わった。「金魚」の電源ケーブルのうちの1本の両端を微少電流計に繋ぐと、船の揺れに合わせて変化する電流が読み取れた。船を5ノットで東西に走らせると、波の揺れでの変化はあるが、概ね一定値の微少電流が流れた。藤代3尉は手持ちの地磁気データーと巻き付けたケーブルのコイルのインダクタンスから、電流差を計算し、それを打ち消すような電流の値を算出した。
長野はケーブルの直流抵抗から、藤代3尉の計算した電流を流せるよう調整した直流電源を使い、コイルの両端に其れを繋いで、船体の磁化を打ち消す極性の磁気を発生させた。測定と電流付与を3回ほど繰り返すと、波の揺れによる誤差はあるが、概ね地磁気による電流値と等しい値が得られるようになった。磁化作用はヒステリシスを持つため、僅かな反対方向磁化を繰り返し、ゼロに収斂するように作業を繰り返した結果、船体が水平を保っている間の値が3桁程度まで計算と一致したことで、消磁は完了した。
「これで船体の垂直磁化分は消磁されたと思います。ただし水平成分はコイルを若干傾けていますのでその誤差分は消磁できていますが、残留分が相当あるはずです。巨大生物の構造から水平磁化分を探知する感度は垂直分と比べて落ちると思いますので、おそらく大丈夫と推測はしますが、注意は怠りなくお願いします。」
「藤代3尉、しかし、磁化が残っているのなら感知はするのでは?」
「通常、磁気による感知は、地磁気の乱れを感知します。水平方向の磁化による磁力線が船首-船尾方向にあるとすると、それによる磁場の乱れは、船体の磁気中心平面で発生します。これは海面もしくは海面上に発生します。しかし垂直方向の磁化による乱れは、地球の磁気軸に鉛直に発生するため、海面から海底に向かって地磁気が乱れます。垂直磁化が水平磁化より感知しやすい理由です。」
「なるほど。水平磁化はある程度の深度に達すると、乱れが小さくなって感知できなくなる、という事ですか。」
「ええ、そういう事になります。」
「後はこの生物が磁気を感知している事を祈るだけですね。」
消磁を済ませた「みこもと」は、迂回針路を取って、潜水艦沈没地点への航海を開始した。接近は沈没地点真南からだった。地磁気の乱れを最小限に抑えるための針路であった。「みこもと」船上では、タンパク分解に効果が有った、褐藻類の幼体を詰めた可変深度容器が無数に用意され、船務課が用意した原始的な自動落水器に載せられていた。小さな直流モーターで太い針金を加工したゲートに繋がるワイヤーを巻き取るだけの仕掛けだったが、原始的な分、動作は確実だった。仮に同じような攻撃が有ったとしても、船内から容器を落とせる仕掛けだった。これ以外にも、除染装置の散水タンクに吸着剤の代わりに藍藻類プランクトンを混入出来る様加工したり、もし攻撃を受けた場合には、舷側から高圧放水が可能なようにノズルを固定したりという作業をした上で慎重に接近して行った。いまだ「みこもと」唯一の海中放射シグネチャーである音響を感知している疑いは払拭されていないのだ。しかし、結果は良い方に転んだ。一切の接近を受けずに潜水艦沈没地点まで到達できたのだ。しかしこれからが問題だった。新たな変異種による攻撃は、「みこもと」が搭載する探査機には相当な脅威だった。いくらゼリー並みの硬さしか無いとはいえ、時速70Kmを超える速度で、100トン近くのゼリーを投げつけられれば、戦車ですら無事には済むまい。高速型変異種では重さは数Kgだが時速は180Kmを超える。深海の高圧に耐える耐圧船殻は物理的には大丈夫かも知れないが、中には人が乗っていたり、ショックを嫌う精密な回路や機器が搭載されたりしているのだ。放射線問題を抜きにしても大問題だった。
吉村達は検討の結果、まず、樹脂製耐圧ケースに収めた水中カメラを絶縁物ケーブルを使ってある程度の水深に降ろして様子を見る方法を決定した。同時に褐藻類幼体を同時に散布する耐圧容器も同じケーブルで降ろされる事になった。最初の計画水深は250m。これと同時に船上で作成した電磁石を耐圧ケースに入れ、電池で駆動して磁場の乱れを作り出す実験も行われる事になった。カメラから20mほど離して沈め、200m程度の水深から電磁石に電流を流すタイマーも取り付けられた。うまく行けばこの電磁石へのアタックをカメラに収められる可能性があった。幼体を放出した後の耐圧容器は放出後、一定時間で再度蓋が閉まり、不完全ではあるが、同深度の海水を船上に持ち帰る。準備が進められカメラと電磁石が海中に投入された。電磁石は使い捨てで回収はしない。
「吉村さん、水深250です。電磁石は視野に入っています。」
「おう、もう絵は出てるな。」
「メインスクリーンに4方向4分割して出しています。」
「まだ例の生物は視野に入ってないな。」
「音響探査によれば、高速型が近づいてるようです。あと数十秒で到達します。大型はいまだ来ていないようです。」
「う〜〜ん、『みこもと』に引きずられて中心から離れたのかな?高速型も新型も数は少ない?」
「とういうことじゃないですかね。」
「おお、ところで長野、褐藻幼体はもう放出したのか?」
「多分、今出ている処です。カメラが付いているんで、放出を促進する上下動をさせられないんで、ある程度時間が掛かりますね。あ、3番カメラの視野に入ってきましたよ。濁りみたいなのが幼体です。」
「おお、確かに。放出完了までの時間はシミュレートしてあったよな。」
「ええ、15分+/−2分くらいで放出完了のはずです。」
「って事はそれまでに高速型は到着するって事か。」
「ええ、来たみたいですよ。電磁石が何かに当たって回転を始めてます。」
「さすが、速くてはっきり見えないな。」
「今、コマ数を変えました。秒96コマです。ただし画面が暗くなります。」
「うわっ、カメラにも当たったんじゃないか?」
「そうみたいですね。凄いアタックですね。でもこれで幼体の放出が速くなります。」
「あ、電磁石が死んだ。」
「水が入ったみたいですね。プラスチックとは言え、1000m耐圧試験に合格した容器が15秒で破壊ですか・・・」
「恐ろしいな。」
「あ、幼体が出きったようですね。容器蓋が閉まります。カメラ回収に入ります。」
電磁石は電池が短絡したことで死んだが、その鉄芯は残留磁界がある。そのため、高速型はなおも電磁石容器に執拗に攻撃を繰り返していた。出きった幼体のもたらす効果はしばらく時間を置かないと判らない。その間を利用してカメラの回収に入った。
回収されたカメラは電磁石を攻撃する高速型が擦過したことで樹脂製の耐圧容器の一部が削り取られたようになっていた。ゼリー並み強度とはいえ、100ノットを超える速度がなせる業だった。同時に回収された幼体散布容器も同様な状態だった。これで蓋が閉まったのは幸運と言えた。
幼体散布容器で回収された高速型が活動した付近の海水はすぐに分析に回された。分析のために蓋を開けた研究員は思わず鼻を押さえた。海水からは強い塩素臭が立ち上っていた。また、分析室内の放射線量が跳ね上がり、放射線防護設備から運搬容器を取り寄せ、今後の分析は放射線防護設備内で行うよう指示された。分析室は汚染除去の専門員により徹底的に汚染除去が行われ、数時間後には放射線レベルが安全範囲にまで低下したが、今後の分析、研究は全て放射線防護設備で行われたため、航海中に使われることは無かった。
放射線防護施設での分析では、ほとんど高粘度海水に匹敵するタンパク分子の存在と、海水に溶け込んだ高濃度の塩素が検出された。変異型巨大生物が常温核融合を行うための海水電気分解を行って居る事は、すでに研究で判明していたため、その過程によって発生したものと思われたが、核融合と電気分解を行う部位が高速型では小さいため、想定される単位時間当たりの電気分解量と比較した場合、量的な不自然さが残った。この問題は撮影したビデオを解析する事で判明する。撮影されたビデオを解析したところ、この高速型の体は2重構造になっており、イカに似た体型の触椀部に当たる部分から高速の水流が放出されていることが判明した。ビデオ解析の結果、水流の速度は120ノットにも達していることが判った。潜水艇の専門家である吉村達はこれが何であるかすぐに気づいた。この生物は電磁推進を行っているのだ。電磁推進とは発生させた磁界の中で海水に電流を流すと、フレミングの法則により海水が加速される事を利用した推進方である。過剰な塩素の発生はこれを裏付けるものだった。
しかし、それでも100ノットを超える速度を獲得するには不足だった。吉村達はこれに頭を悩ませていたが、これもまたビデオ解析で判明した。高速型は最高速状態では、その航跡に多量の非変異型タンパクを残していた。紫外線投光器による屈折率変化を分析する事でその航跡がはっきり見えたのだ。当初このタンパクは高速故に剥離したものと思われていたが、この獲得速度の問題により、その理由が判明した。この生物は電磁推進をフルに働かせても、最大40ノット程度の速度しか出せない計算結果だったが、抵抗の増加とともにタンパク層を剥離させることで前進抵抗をほぼゼロ近くにしていたのだ。これは常に行っている訳ではなく、高速発揮時にのみ電気刺激で非変異型の受容器接続を順次切り離すことで、表面のみのタンパク層を分離し、抵抗を減少させていた。これまでの音響観測で40ノット程度の速度から、いきなり100ノット超への急加速が見られたのだが、その理由が明確になった。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
本年中はつたない小説とも呼べないようなものをお読みいただきまして感謝に堪えません。新年からも続けてまいります故、今後とも宜しくお願い致します。
南米より、皆様が良いお年をお迎えになりますよう、お祈り申し上げます。