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海藻

ちょっと間が開いてしまいました。カトリックの国なんでクリスマス前はとんでもない狂騒状態になります。それに仕事が重なると、酷い事になってしまいます。スーパーもショッピングセンターも銀行もどたばた。

おかげで出張話もクリスマス後という事になりました。

それでは第44話です。

このような状況から、日本政府は一部の研究を秘密裏に行わざるを得なかったが、タンパクの性質や分解酵素の存在、働きなどは完全に透明な状態に置いた。特に分解酵素の存在はこの致死性タンパク対策の決め手と受け取られた事もあって、相当数の世界の研究機関が研究を開始した。日本では近大海洋研と海洋調査機構がタイアップし、この酵素を含む藻類プランクトンの爆発的増殖の条件を探っていた。この藻類プランクトンのうちのいくつかは、爆発的増殖を起こすことで知られている種だったのだ。しかし、栄養塩類の豊富な沿岸域ならいざ知らず、大海洋の真ん中という、プランクトン増殖には非常に不利な環境での爆発的増殖は自然状態では起こりえない。人為的に局所的な爆発的増殖を発生させる操作が必要なのである。その条件を探っていた。

調査機構では、沿岸部に漂着するタンパク塊、ゼリー状の物質だが、これを分解させるため、栄養塩類の豊富な沿岸部での増殖から着手した。近大海洋学部が和歌山県などに保有するマグロ養殖用の生け簀のいくつかを借り受け、実験室環境で殖やした種プランクトンを撒いて、増殖速度などを調べた。しかし、いくら分裂、増殖が速いプランクトンとはいえ、生き物を扱うことに変わりはない。短時間で成果が期待できる研究ではなかった。

この頃「みこもと」は再び海へ出ようとしていた。中性子被爆し、構造物そのものが放射性を持つようになった、「かいえん」の目処が立った事からだった。さらに「ドリイ」の分身とでも言える、「ドリイ」自身が遠隔制御できる深深度作業体が突貫作業で完成し、「ドリイ」の繊細なAIを高線量に暴露しなくて済む対応が可能になった事もそれを加速していた。

「かいえん」は耐圧船殻外側に取り付けられた非耐圧部の8割ほどを交換、一部放射性化した耐圧船殻は表層を冷間環境で削り取った結果、放射線量が自然状態と大差なくなった事から、耐圧船殻の耐圧を半分に下げ、潜入限界深度を5000m以下とすることで運用の目処が付いたのだった。この作業で耐圧船殻の厚さが2mmほど減少した事に伴う措置だった。某造船会社の大直径旋盤を政府が買い取り、設置された工場の区画に放射線防護を施した上で、熟練作業員が放射線防護服を着用して、なおかつ遠隔操作で耐圧船殻全体の表面を削り取る、という前代未聞の作業により運用に目処を付けたのだった。材質変化については削り取った切り屑を分析することで、放射性化していない部分の特性に変化が無い事を確認、安全係数を大きく取ることで運用を可能としたのだった。

「ドリイ」の遠隔作業体は、「ドリイ」プロジェクトチームの不眠不休の力作だった。高線量区域での「ドリイ」に発生する高密度集積チップへの影響は排除不能と考えられ、であるならば、「ドリイ」の手を長くすれば良い、という発想だった。しかし、インテリジェントな端末とすれば、また同様の影響を受ける。そこで放射線に強い、昔のチップを復活させ、それをMIL規格の防護付きセラミックパッケージに収めることで単体でも100Svレベルの環境で動作し、それを放射線遮蔽を考慮した筐体に収容する事で500Svオーダーの環境でも作業が可能な作業体を作り上げることに成功した。操作は「ドリイ」から50mの6素線ケーブルを用いて、シリアルデーターのやり取りで行う。あまり複雑な作業はできないが、6動作をメモリーしており、ルーチンワークならば、このプリセット動作と作業体のマニューバーでこなせるような形になっていた。「ドリイ」の外部I/O を改造して本体両サイドに1基づつこの作業体を装備する。作業体のセンサー類、特に目となるCCDカメラは、分厚い鉛ガラスの奥に置かれ、視野が狭くなるデメリットはあるが、外部筐体が耐久出来る線量までは映像が確保できる構造になっていた。その他耐圧ケーブルにも、γ線による誘導電流対策、耐放射化対策が施されており、おそらく、爾後は原子力発電所の耐圧容器内でも使用できると目されていた。

十分とは言えないが、今回のタンパク凝集体観測のためには、有用な装備が整った事で、「みこもと」は出港準備に入った。今回のミッションは、タンパク凝集体の分解に重点が置かれ、これまでの観測の成果から導き出された対策を実地に試験することで、有効な対策を探るという、すでに犠牲者も出ている事からかなり重いミッションとなっていた。

それでも出港準備作業は普段と変わりなく、熟練の域に達した乗り組み員、観測作業員により、手際よく進められていった。唯一、通常と異なる作業は、非常に重い、道路交通法の限界である21トンもの重量を持つコンテナが積み込まれた事だけだった。これは海洋学の望月が特に申請して積み込んだものだった。コンテナの送り元は某インスタントカイロの製造メーカーで、およそ海洋調査とは縁のない会社であることを積み込んだ作業員は不思議に思っていた。

準備を整えた「みこもと」は母港岸壁を離れ、再び大海へ舳先を向けた。


今回の「みこもと」のミッションで緊急を要するものは、日本沿岸のゼリー状タンパクの分解試験だった。そのため、「みこもと」の甲板にはいくつもの培養プールが置かれ、数種類の藻類プランクトンが培養されていた。特定の海域に最も適合していると思われるプランクトンを選別する。それゆえ、最初のミッション遂行は福島県南部、陸岸からわずか3海里の地点だった。水深は60m程度。50mより浅い海域のタンパクは再生産速度よりも分解速度が速いため、最終的には消滅する。しかし、50mより深い水深にあるものは、再生産が分解より速いため、増殖して行く。このためいくら50mより浅い海域で分解が進んでも、其れより深い海域から際限なく供給される事で、このままでは永久に危険は排除できない。

「みこもと」は「みずなぎ」の運用体制に入り、野瀬、津田、長崎、一の瀬の4操縦者がフル稼働、2艇体勢で60m以深のタンパク塊付近にプランクトンを散布する作戦を採った。2艇でそれぞれの担当海域にプランクトンを散布、72時間後、その効果、状態を確認すると同時に、別のプランクトンを散布、これを持ち込んだプランクトンごとに繰り返す。

最初から3番目のプランクトンまでは、あまりはかばかしい効果を見せなかった。これらは表層域で主に繁殖するプランクトンだった。4番目、一般には藍藻類と呼ばれるプランクトンを散布して72時間後、「みずなぎ」は確認のため潜入した。

「野瀬さん、もうすぐ海底です。」

「了解。しかし、今日は透明度が随分悪いな。」

「ええ、前回まではこの辺にしてはかなり透明度が高かったんですがねぇ」

「おっと、マーカーが見えたぞ。」

「カメラ振ります。」

カメラに映し出されたのは、何もない海底だった。画面の中心には72時間前に設置した赤いマーカーのブイが映っていた。

「おい、津田、消えてるぞ。」

「ええ、消えてますね。」

「上に報告かな。」

「その方が良いでしょう。」

「『みこもと』、こちら『みずなぎ1』応答してくれ。」

「こちら『みこもと』、野瀬さん何かありましたか。」

「海底から消えてる。今、津田が画像送る。」

「了解、ああ、今画像来ました。ほんとだ。綺麗さっぱりですね。紫外線ランプ点灯してますか?」

「ああ、点灯してる。発光が見えるかどうか、ライト落としてみる。」

「了解、ああ、発光も見えませんね。これは成功で良いですかね?」

「そう思う。もう少し範囲を広げて観察してみる。そっちでもモニターで見ていて欲しい。」

「了解。」

理研の実験班が発見した、このタンパク塊に紫外線を当てると、僅かに屈折率が変化し、可視光でも輪郭が判るようになるという現象を利用し、紫外線投光器と可視光を併用して透明度の高い、このタンパク塊をはっきり映像で見るため、「みずなぎ」の外部装備ベイには紫外線投光器が設置されていた。また、タンパク塊は紫外線を浴びると、その起電構造からかなり強い発光をする。照明を落としたのはその発光の確認だった。

野瀬の操縦する「みずなぎ」はマーカーを中心に、矩形捜索の形で海底を走査していった。その結果、およそ100m四方の海底に

タンパク塊が存在しない部分を発見したのだ。

その後、野瀬艇「みずなぎ1」は1海里ほど離れた海底に新たにマーカーを設置、別のプランクトンを散布して浮上した。そしてこの結果は、同じプランクトンを5海里離れた別の海域で散布した長崎艇「みずなぎ2」からも同様の報告がなされ、分解効果が確認された。

さらに72時間後、野瀬艇「みずなぎ1」を別の驚きが襲った。72時間前の効果の時間的変化を確認するために潜入した「みずなぎ1」はまず最初のマーカーに到達、そこでタンパク塊が存在しない範囲が拡大している事を発見した。72時間で170m四方程度まで拡大していた。しかし驚きは2番目のマーカーだった。

「おい、津田、なんか海水が濁ってないか?」

「ええ、透明度が落ちたって言うより、何かが浮遊してますね。肉眼でも見えそうですよ。」

「そうだな。ああ、見つけた、マーカーだ。」

「って、何ですかこれ?」

「海底に何か生えてるな。」

「海藻みたいですが・・・」

72時間前、「みずなぎ1」が散布したプランクトンは、褐藻と呼ばれる定着性海藻の幼体だった。タンパク分解酵素はこの幼体だけが持ち、定着すると酵素は消滅する。そのため培養プールに定着成体を入れ、水温管理で胞子を出させ、それが幼体に変態したものを散布したのだ。

「これも上に絵を送りましょう。」

「ああ、そうしてくれ。」

「みこもと」管制室では「みずなぎ1」から送られた映像を見て、望月が興奮していた。

「ああ、やっぱり私の仮説は正しかったようです。この褐藻は水深とか日射量、水温などで定着するのでは無い、と考えていましたが、正しかったようです。」

「すると、この褐藻の定着はどうして起きるのよ、望月君」

「吉村さん、近大の試験水槽で観察した限りでは、海水中のアミノ酸量に定着が支配されているようなんです。ですからあまりこの海藻の繁殖は見られないんです。」

「って事は、ある意味、このタンパクの天敵?」

「そうかも知れません。幼体が持つ酵素で分解されたタンパク周辺のアミノ酸量は実験では最適定着アミノ酸量のようなんです。」

「なんか凄く都合良く出来てる感じがするな。」

「自然の叡智だと思いますね。ひょっとして、このタンパクはもの凄く古いものなのかも知れません。」

「つまり、過去にもこのタンパクの爆発的増殖は発生したと?」

「そうかも知れません。最初に効果が有った藍藻は種としてはおそらく地球最古でしょう。この褐藻も褐藻類としては構造が簡単で、相当に古い、おそらく古生代を起源としてると言われています。」

「つまり、このタンパクの暴走に対処する手段は大自然の中に用意されていた、と言うことか?」

「不思議なことですが、そうとでも考えないと説明が付きません。」

この海藻によるタンパク塊の分解は、前回の藍藻を上回るものだった。たった72時間で300m四方に及ぶ範囲の海底に海藻が定着し、その範囲には海面までタンパク塊が消滅していた。

「さて、この海藻の効果は判った。問題はどの程度の水深までこの海藻が活躍出来るのかだ。現在、タンパクの発生源は水深3000m付近。4200mを超える水深にはタンパク塊、巨大生物ともに発見されていない。この水深3000m付近、もしくはそれより深い場所でこの海藻が定着繁茂しなければ、根源を絶つ事は不可能だ。」

「徐々に深度を下げて、実験するしか確かめる方法は無いと思います。」

「時間は掛かるが、それしか方法が無ければ、やってみるしか無いだろう。」

「みこもと」は同じ海域の水深200m付近に移動し、同様の実験を繰り返した。結果は同じだった。さらに1000m、2000mの水深でも同じ結果が得られた。この結果は少なくとも、日本の沿岸域でのタンパク塊への対処は可能であることを示していた。これ以上の深さは日本海溝西側では僅かな地域しか無く、日本海溝を越える必要が有る。しかし、焦眉の急は最低限日本EEZ内に存在するタンパク塊の完全分解だった。「みこもと」はこの試験成果を持ち帰る事と、空になった培養プールの補充のため、一旦母港に戻る事になった。海中の映像などは、ネット経由ですでに送っていたが、現場海域で採取した試験藻類プランクトンの時間経過後サンプルなどは持ち帰るしか無かったからだ。このタンパクの天敵とも言えるプランクトンが2種も発見できた事は、望外と言って良い成果だった。母港の岸壁には関係者のみならず、内閣総理大臣や防衛大臣などまでが帰港を出迎えていた。僅か3週間ほどの航海でこれほどの成果を上げるとは誰も想像すらしていなかった事の現れと言えた。

「みこもと」帰航後、関係機関は大車輪でこの褐藻プランクトンの増産を画策した。しかし、元々着床条件がクリチカルであり、また幼体は胞子放出が無ければ発生しないため、必要量にまで増やす事はかなり難しいと思われた。ところが、ここで望月が画期的な増産法を提示した。

「褐藻幼体の増産ですが、現在、海流や潮流などの影響でタンパク塊が蝟集している場所があると思います。ここを何らかの方法で仕切って、現在ある幼体を放流することで増産が可能だと思うのですが。」

着床最適アミノ酸量はタンパク塊の分解で得られる。他の分解酵素を持たない微生物はタンパク塊そのものが分解してくれるため、微生物混入による生育不良も考えなくて良い。なおかつ、タンパク塊の蝟集を分解することが出来る。一石二鳥どころか何鳥にもなるアイディアだった。このアイディアは早速採用され、海域の仕切りは建築シートに重りを付ける事で可能な事が確かめられ、各地の特に半島部(海流や潮流を遮る形であるため、淀む海域が必ずできる。)で実施した結果、非常に大きな効果を上げることになった。最終的には仕切りを開放して、着床海藻の分布を広める方が分解が早い事が判り、僅かなタンパク塊の蝟集部でも、仕切り幼体を放流、海藻が着床したら仕切りを開放という手法が沿岸部では採られ、数週間という驚異的なスピードで沿岸部の水深10m程度までのタンパク塊は消滅する事になった。

さらに、これより深い部分、特に水深60mを超える海域での散布には海上、航空自衛隊、海上保安庁、各県水産調査船、漁業調査船、監視船などが総動員され、水深2000mまでの海域で深度を規定して散布、放流を行った。民間企業が外形を定型化する事で沈降速度を一定化した容器を開発、特殊な紙に海水が浸透する時間で開放深度をかなり正確に調整でき、なおかつ容器自体は数日から数週間で海水自体に溶けてしまうため、使い捨てが可能という優れたもので、これによって、散布の手間が極端に軽くなり、幼体の培養槽をデッキに搭載するだけで、特別な装備無しで散布を可能にしたため、最終的には大型漁船まで加わり、日本全域で2万隻を超える船が参加するという、大がかりな行動になった。当然だが時間は短縮され、水産試験場などが持つ600m程度の耐圧を持つ曳航式の水中カメラで調査しても、タンパク塊が発見できなくなるまでに、大きな時間は掛からなかった。

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