「かいえん」
PVが1万突破しました。つたない文章を読んでいただきまして感謝いたします。
話もいよいよ佳境です。なるべく科学的にボロが出ないようにしたいと思っていますが、そこはそれ、フィクションですのでほころびが目立って来ています。まぁ、そんなレベルまで持ち込むな、というお叱りは甘んじて受けます。
なんか出張は今週中は無さそうです。来週は週初めに日帰りの出張が2回くらい、決まってますがこれは問題ないでしょう。
それでは第42話をどうぞ。
「ドリイ」による新型変異種の確認は「みこもと」の生物学部門に大パニックを引き起こした。下手をすれば数日というスパンで、活動力も形態も変異した亜種が現れる生物など、科学的常識を超越している。そんなものが現れたのだ。パニックになっておかしくなかった。その上、その後の「ドリイ」の観測で簡易線量計(「ドリイ」の演算装置防護のため搭載されている。)ではあったが、距離50mで平方m辺り1000万ベクレルを超える放射線を検出したのだ。タンパク質を基礎とする生物ではとんでもない値と言えた。幸い防護対策が功を奏して、「ドリイ」の機能障害は免れ、観測直後に吉村の命令で「ドリイ」は緊急回収された。
当初、「ドリイ」の観測に引き続いて、「かいえん」による有人観測とサンプル採取が行われる予定であったが、この新変異種の登場でそれは延期され、変種の核となっている不透明なタンパクが発見された海域、つまり潜水艦沈没地点へ戻って「かいえん」を潜水させる事になった。電源系の船体との絶縁を入念に施し、搭載される放射線測定装置、音響観測装置にも同様な対策が講じられた「かいえん」は、ほぼ沈没潜水艦直上から潜航を開始した。電池は現在接続されていない予備を含めて緊急行動消費2時間を含む6時間の活動時間を保証していた。スラスターのプロペラは新型変異種の速度を考慮して、消費電力よりも速度に重点を置いた形状のものに換えられ、緊急出力時最大水平移動速度4.8ノットを発揮できた。
潜航を開始した「かいえん」は、密集する巨大生物を縫うように潜入していった。前回同じ地点に潜入したときの10倍は超えると思われる巨大生物密度だった。それでも、すでに反応する原因を掴んでいるため、潜入に危なげは無かった。カメラの視界に入った巨大生物は、ほとんどが核を持つ変異種で、その中にちらほらと核の大きな新型変異種も混じっていた。フラッドライトを消して、巨大生物の発光だけを観測すると、もっとはっきり区別が可能だった。原種巨大生物は発光が不規則で、秩序が無く発光していた。それに比べ、変異種は核を中心とした部分から、筋状の部分にかけて、規則的な発光を繰り返しており、周辺の透明な部分もそれに連動するように、規則的な発光をしていた。さらに新型変異種は核部分が連続発光しており、明滅はしていない。神経節様の部分はそれぞれが規則性を持った明滅を繰り返し、表面の網目状の筋では発光点が移動しているように見える。そして、核中心部分から、特徴的な青い光、チェレンコフ光と思われるものが見られた。長崎と一の瀬は断続的に観測を続けながら、沈没潜水艦に接近して行った。沈没潜水艦直上、海底からおよそ150mほどの処、深度3100mまで潜入した時、その異常な状態が判明した。
「『みこもと』こちら『かいえん』応答願う。」
「『かいえん』こちら『みこもと』。長崎さん何かありましたか。」
「長野君か。海底の様子が変だ。潜水艦が音響探知に掛からない。設置したビーコンも非常に微弱だ。」
「了解です。本船探査装置で探ってみます。しばらく音響探査系を落としていただけますか。」
「了解した。音響系を落とす。その間フラッドライト照射による海中映像を送る。」
「了解。それでは本船音響観測装置起動します。」
「かいえん」との交信を効いて音響担当の黒岩は遠隔操作で本船設置のマルチビームソナーによる観測を開始した。その結果は驚くべきものだった。前回この地点の海底を走査したときには無かった、大きな無反響域が出現していたのである。
「長崎さん、海底に無反響域があります。およそ潜水艦沈没地点と推定されるポイントになります。」
「そうすると潜水艦が音響探知できないのは正常なんだな。」
「その通りです。無反響域のおよその直径は100m、『かいえん』現在位置から、50mほど真下になります。」
「判った。それではもう40mほど潜って、観察しよう。ただ、視程が悪い。」
「こちらのモニターでは艇外の放射線量も大きくなっています。まだ支障が出るレベルではありませんが、十分注意願います。」
「了解した。艇内モニターでの線量は規定値以下だ。線量が高くなるようならすぐに逃げる。」
「安全第一でお願いします。」
「了解」
「かいえん」は深度を30m下げ、一旦停止、そこから15mほど非常にゆっくりと深度を増していった。視程はすでにフラッドライトを3基同時点灯させても5mほどしかなく、40mの降下ではカメラに写らないと判断したためだった。そしてそのマニューバーを終えたとき、「かいえん」の観測窓から見えたのは、表面で微発光を明滅させる巨大な黒いボールの一部だった。すぐにCCDカメラによるビデオ撮影を行い、その画像を「みこもと」に転送したが、画像にはかなり酷いノイズが混入していた。
「長崎さん、ビデオ受信してますが、ノイズが凄いです。それと艇外線量が危険レベルぎりぎりまで上がってます。」
「了解。艇内線量も上がりだしている。これから1mまで接近してサンプル採取を試みる。おそらくアラームレベルまで被爆するはずだ。採取後すぐに緊急浮上するから、用意頼む。」
「了解。除染装置スタンバイします。気をつけて下さい。」
「了解、これからサンプル採取に入る。」
「かいえん」はマニピュレーターに放射線防護を折り込んだセラミック製の1リットルサンプル容器を、これもセラミック製の柄を付けて装着し、黒いボールの中に突っ込んだ。突っ込まれた周囲では激しく発光し、サンプル容器の侵入に抵抗しようとするようだったが、委細構わずサンプル容器を入れ、黒いボールの内容物を確実に採取するために数回上下させた後、もう一つのマニピュレーターで掴んでいた蓋を取り付け密閉した。「かいえん」はそのまま距離を取り、500mほど水平移動してから、バスケットに用意されていた耐圧容器を取り出し、その中にサンプル容器を収めた。耐圧容器を密閉し、加圧された内容物が漏れないように圧力を維持できる事を確認した後、緊急浮上のルーチンに入った。サンプル採取に接近したときの艇内放射線はあっという間にアラームレベルを超え、距離を取ってからも線量が低下するまでしばらく時間がかかるほどだった。
浮上した「かいえん」は予想通り酷く汚染されており、吊り上げフックを掛ける程度の作業も不可能なレベルの線量だった。かなりの距離からギャフなどを使って吊り上げフックをようやく取り付けた後、長崎と一の瀬を艇内に残したまま除染作業が行われたが、特に艇の前部で線量が一定以下にならず、長崎と一の瀬は艇内に用意されていた放射線防護服を着込んで、ハッチから艇後部へと脱出することになった。「かいえん」をつり下げたまま、「みこもと」の揚収ベイ周辺は高い線量により立ち入り不能となってしまった。
除染不能となった原因を探るため、遠隔操縦の作業装置を用いて、「かいえん」前部のサンプル採取を行った結果、「かいえん」前部の構造物質に、中性子吸収による放射性同位体化が認められ、同時に構造物質の物性変化も認められた。これは黒いボール状の物体から中性子線の放出があることの証左であった。採取したサンプルも、耐圧容器表面からの線量が大きく、これも遠隔操縦の作業装置によりバスケットから取り出され、放射線防護容器に収めた後、放射線防護研究施設に持ち込まれる事になった。
「かいえん」は材質変化が認められるため、今後の潜水は禁止され、遠隔操作により前部構造の表面部分を削り取る作業が行われ、またマニピュレーターなどの付加装置は取り外して放射性廃棄物として廃棄されることになった。耐圧船殻の一部も中性子吸収による物性変化が認められたため、おそらく「かいえん」は廃棄されることになると予想された。
「かいえん」を事実上失った「みこもと」はこれまでに得られたデーターを整理、分析するため、一度、母港横須賀へ寄港することになった。帰港の航海中も「かいえん」の採取したサンプル分析のため生物学担当班は不眠不休だった。失った犠牲に見合う成果は必ず持ち帰る、という闘志を燃やし、消沈している長崎と一の瀬に報いるという大きなモチベーションがそれにさらなる力を与えていた。そしてその努力は報われることになる。
「村木君、それでは報告してくれ。」
横須賀帰港を翌日に控えた、調査班全体ミーティングで吉村は村木を促した。
「はい。それでは『かいえん』が採取したサンプルの一次分析結果を発表します。まず結論から言いますと、この生物は常温核融合を行っている形跡があります。」
会議室に集合したメンバーからどよめきが上がる。
「機序は以下の通りです。まず、起電能力により引き起こされる電流により、海水を電気分解します。これは採集されたサンプルの中に気体塩素が通常の数百倍の濃度で含まれていることが傍証になります。これにより発生した水素のうち、海水に一定の割合で含まれる重水素をタンパク構造内に取り込んだ放射性物質を触媒もしくはエネルギー源として用いることで重水素-重水素核融合を常温で行い、それによって放出されるエネルギーを起電機能により電気エネルギーに変換しているものと推察されます。核融合が発生しているエビデンスは、中性子の放出です。タンパク分子内に取り込んだ放射性物質の分裂による中性子放出の理論値を数百倍超える中性子の放出が確認されました。」
「生物核融合炉と言うことですか、それは。」誰かが言った。
「そうです。そう呼んで差し支えないと考えます。それともう一点、判明したことがあります。『ドリイ』が観測した旧型変異種における透明部分の分解らしき現象ですが、これは確実に分解が発生していることが判明しました。これは原種のゼリー状物質、先に舷側を這い上がってきたものですが、これにより確認をしました。機序は海水表面近くに発生する藻類プランクトンのいくつかの種類に共通して存在する酵素が紫外線による刺激を受けた場合、このプリオン類似タンパクの分子構造を破壊する事で分解されます。実験室環境では確認されました。これが外部環境で機能していることは『ドリイ』の観測で明らかですので、この酵素によるタンパク構造分解は確実なものとして報告します。ただし変異種の核部分でこれが成り立つかは、まだ不明ですが、酵素の働きは特定のアミノ酸結合の切り離しですので、原種、変異種ともに、このアミノ酸結合部は共通ですから、放射線が酵素に与える影響さえ解明できれば、この酵素による変異種の分解が可能かどうか、判明すると思われます。以上です。」
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