攻撃
第四話です。
それは、望月が白濁した海水サンプルを採取しようとした瞬間だった。
「何かに掴まれ。来るぞ。」野瀬が叫んだ。
それまで、海中に漂うような動きしか見せていなかった巨大生物が、突如その全体を燐光で光らせるや、驚くほどの早さで体の両端を合わせるような動きを始めた。そして、その両端の合わさる位置には「みずなぎ」があった。
物理的な衝撃は900mを超える潜航耐力を持つ「みずなぎ」の艇体強度が許容できる範囲だった。しかし、その物理ショックの直後にさらされた電撃には耐えられなかった。金属ボロン繊維とケブラーで強化された炭素繊維/アクリル樹脂製の主船殻自体は絶縁性だったが、外部に多数の金属製部品が露出しており、また、艇体周囲に巨大な電流が流れた事による、静電誘導、電磁誘導による起電も無視できなかった。
電撃によって、電源系の接地電位を数千ボルトにまで上昇させられた事により、地絡保護系は例外なく焼き切れる事になった。さすがに2重3重の安全性を追求する潜水調査艇ゆえ、回路的に保護されていた部分は直接的には無傷であったが、電気、電子装置に電源が供給されないのならば、壊れていなくても結果は同じだった。370mの海中で電源を失った艇は、真の闇に包まれた。それまで発光していた生物も、この攻撃以来、まったく発光をしなくなっていた。
「みんな、大丈夫か?」最初に精神的平衡を取り戻した野瀬が安否を確認した。
「津田、なんとか生きてます。」
「望月も怪我は無いようです。」
「みんな生きてるようだな。ところで何だったんだ、あれは。最初はぶっ飛ばされるのかと思ったが、そっちは外洋の波程度のショックで、ちょっと安心したとたんに、ピカ、ドカーンだ。雷みたいな感じだったが、海中で雷か?」
「多分、そうです。艇長。雷というよりも生体電撃、つまり、電気ウナギとかシビレエイのあれだと思います。ただし、規模が雷クラスだったという違いはありますが。」
「電撃なのか?海中だぞ。海水は電気の良導体じゃないのか?」
「そうですが、なにせ電圧、電流が大きいですから、僅かな抵抗でもこういう事になります。」
「なるほどな。ところで、津田、なんで非常灯まで点かないんだ?あれは自分が抱えてる電池で動作するんだろうに?」
「調べてみないと・・・ちょっと待って下さい・・・・・・あった、これで明かりができる・・・・」
津田がそう言うと、手元に緑色の灯りが点った。
「これを使って下さい。化学発光体です。中程で折り曲げて、中のガラスアンプルを壊すと発光が始まります。振れば明るくなりますから。」
3人がそれぞれ発光体を点灯すると、キャビンは淡い緑色の光で満たされた。
「なんだ、津田、こりゃあ夜釣りで使うケミホタルじゃないか。なんでこんなもん用意してあったんだ?」
「深海でのマーカーに便利なんですよ。中身が液体だから水圧で潰れないですし。さてと、非常灯はと・・・・」
ほどなく、非常灯が復旧して、キャビン内部は先ほどとは逆に赤い光で満たされる事になった。
「ったく、非常灯まで半導体化だとか言って、メインとの切り替えをSSR(半導体リレー)なんかでやるもんだから、メインラインのサージでSSRが飛んで、肝心の時に役立たずになる典型ですね、これ。単純に機械式にしとけば済むものを・・・」
ともかくも、非常灯が復旧したことで、メイン電源系の復旧に取りかかれる事になった。しかし、こちらは予想外に深刻だった。
「艇長、ちょっとメイン電源は簡単に行きそうにないですね。地絡保護の付いたブレーカーは全て地絡保護回路が焼け切れています。ブレーカーそのものの交換以外には完全に復旧する方法は無いです。問題なのは、燃料電池への燃料圧送ポンプがやられてる事でして、このままでは燃料電池出力が半分も出ません。燃料電池そのものは、保護回路のおかげで無事ですが、自然流入だけではどうにも・・・・推進系と浮力制御系以外は非常用の電池で動作させられるので、接続を切り替えれば問題無く動くはずです。ただし外部の観測装置は期待できませんが。」
「なるほど、状況は判った。ともかく、艇の現在の状況を知る事が先決だ。まず艇の制御を取り戻したい。今の状態では艇が沈下しているのか、浮上しているのか、、まったく判らないからな。」
「了解。すみませんが望月さん手伝って頂けますか。」
「おやすいご用で。何をすれば良いですか。」
「最初に観測席の両脇に燃料電池へのアクセス口があります。コインで頭をねじれば開くロックですから、それを開けて貰えますか。」
狭いキャビンの中で3人の戦いが始まった。
「えっと、これで制御装置とコンピューターの電源は復旧するはずだ。艇長、制御システムを立ち上げて下さい。」
「今やってる。お、立ち上がったぞ。アラームで真っ赤っかだがな。」
「ああ、そりゃ正常に働いてるって事なんで喜ばしい。すみませんが、制御をこちらのコンソールに下さい。」
「よし、切り替えるぞ。3、2、1、切り替えた。」
「はい、来ました。さてと、アラームを潰さないけりゃ。望月さん、そちらのコンソールも立ち上げて貰えますか。」
「もう立ち上げてます。こっちもアラームで真っ赤っかですねぇ。観測装置制御系はこのコンソールからやりましょう。」
「そうして貰えると助かります。艇長、そちらのコンソールに浮力系の制御を出してあります。試験プログラムを走らせて貰えますか。」
「お、判った。今ロードしてる。・・・じゃ走らせるぞ。」
というわけで、第四話です。
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後で解説します。