侵入
ちょっと間が空きましたが38話目です。
無線LANの問題はなかなか奥が深いようです。いまだに妨害は入っていますが一軒だけではないようです。かなり組織されたクラックグループがあるようです。自治会はすでにかなりな証拠を集めているようです。
困ったなぁ・・・無線諦めて、ケーブル接続を検討し始めました。
中間点海域へ到達した「みこもと」は100海里ほど北上し、そこを起点とした音響走査を開始した。南へ向かっての走査直後から、水深350m付近に例の巨大生物と思われる反射がいくつか現れていた。数はまだ10海里の走査で2~3と多くは無かったが、海流の方向が沈没地点からは逆になる事を考えれば、安心しているわけにも行かなかった。また南へ下がるにつれて数は増える傾向にあった。しかし、この海域では水深350mより浅い処にはまったく現れていない。どうも北へ向かうこれまで知られていない中層流があるのではないか、と疑われた。そして、沈没地点から東西に引いた線と交わった後は、また数が減少していた。しかし、知られざる中層流に乗って巨大生物が拡散してるのだとするならば、今の状況にも一縷の望みがあった。つまり巨大生物はほとんど自力で動くことができない可能性が有る。ただ、「みずなぎ」の例があることから、動けないわけでは無さそうだが、何らかの理由で遠距離の自力移動が出来ないのでは無いか、という疑いが起きる。であるならば、拡散速度は海流に依存するし、表層流以外の海流はそれほど流速は大きくない。
もう一つ、この海域の走査で判った事は、海底部分に音波の伝搬異常が見られない事だった。沈没点付近では海底一面におよそ高さ1000mに及ぶ、音波伝搬異常域があり、潜水調査の結果はプリオン類似タンパクが蝟集して層をなして居たことが判っていた。しかしこの海域ではそれは見られなかった。これまで、日本の中部以北の海岸に漂着するおびただしいタンパク塊から、海底部分はすでに覆われているものと想像していたのだが、ここの観測でこの海域ではそれがない事が判明したのだ。日本海溝西側の日本沿岸でも海底にタンパク層があったのだが、ここにはそれがなかった。この海域と沈没点、日本海溝西側の相違点と言えば、まず第一に上げられるのが海底までの水深だった。この海域の水深は大洋底平均に近い水深6000m程度だ。これまで観測してきた海域は全て水深3000m以浅の海域だったのだ。
「みずなぎ」観測陣はこの二つの謎の解明を急ぐ結論に達した。シミュレーションにおける基礎データー改変が必要と判断されたからである。「みこもと」はこの海域の調査を打ち切り、潜水艦沈没点へ急いだ。
その頃、ハワイ東方沖の海域ではついに民間船舶に被害が発生していた。上海からホノルル向けのコンテナ船が中国艦隊が襲われた地点の北、350海里付近で巨大生物に襲われたのだ。16ノットの航海速力で航行中、強烈な電撃を受けブラックアウトが発生、操舵が出来なくなったため停船したところ、ゼリー状の物体が片舷全長に亘って取り付き、そのため左舷に大傾斜、ほとんど満載状態のコンテナが荷崩れを起こし、ブラックアウトから約1時間ほどで、左舷に転覆沈没した。乗り組み員は転覆前に救命艇で脱出、全員が無事だった。救命艇への電撃はあったかも知れなかったが、救命艇はFRP製で絶縁物であり、また電装品と呼べる物は始動用セルモーターに接続された12V2個直列のバッテリーのみであったため、影響は無かった。
この遭難は先に日本政府が巨大生物とその電撃を公表したこともあって、世界的な関心事となった。遭難から16時間後USコーストガードに救助された乗り組み員の証言がマスコミにセンセーショナルに取り上げられ、特に環太平洋域では大騒ぎとなった。
「みこもと」も無関係ではいられず、潜水艦沈没点へ向かう航海中、調査機構からパニックを抑えるための情報を求められた。吉村は日本海溝西側に巨大生物を認めず、という先の調査結果を調査機構へ送り、これを現在稼働中の調査船報告という形で調査機構は公表した。これにより明日にも怪物に襲われるかのようなパニックは収束したが、潜在的な危険が去ったわけでは無かった。
しかし、本当のパニックはハワイで発生していた。この頃ホノルル国際空港を出発する便は東行き、西行きを問わず、連日全て満席だった。有名なワイキキ海岸には人影もまばらで、市内の免税店などは軒並み臨時休業しているような有様だった。ホテルだけはハワイ諸島の各島からハワイ脱出のためにホノルルに集まった人々で満杯状態になっていた。一説に寄ればこの時ハワイを脱出した住人の数はハワイ州全人口の6割に達したと言われている。
もっとも、センセーショナルな報道を繰り返したマスコミ関係者がいち早く逃げた事で、特に日本ではハワイのパニックがあまり報道されず、それが日本のパニックを煽る燃料とならなかった事は幸いだった。インターネット社会の一部では根強いマスコミ不要論が展開されていたが、図らずもそれを証明する形になった事は、便所の落書きなどと見下していたマスコミ自身の身から出た錆びと言えるのかも知れない。
そんな騒動をよそに、「みこもと」は潜水艦沈没海域付近に到達していた。放射性物質による汚染が発生している海域であるため、「みこもと」の最初の行動は汚染域の放射線レベル測定だった。前回の調査と同様の手順で汚染海域を測定した結果は驚くべきものだった。いまだに炉心が環境に露出した状態で進行していると思われる核分裂連鎖反応を考えれば、汚染海域が前回調査からほとんど広がっていないという状況は、少なくとも現代科学の予測とは大きくかけ離れた状況で有った。もちろん、炉心部で加熱された海水が上昇する中心部では、生身の人間が活動できるレベルでは無かったが、それが周囲に拡散しない状況というのは、これまでの理論では説明ができなかった。
しかし、「みこもと」にとっては、この状況は都合の良いものだった。「みこもと」の今回のミッションは、核汚染の調査ではなく、巨大生物なのである。核汚染の広がりが無いという状況は、より汚染中心部に近い処で活動できることに他ならない。状況の解明のためには、まさに都合が良かった。
「みこもと」は前回調査と同様、まず「金魚改」を用いて、汚染中心海域周辺の海中画像の採取と音響走査から調査を開始した。その結果、汚染中心から南東方向にかけた海域は、海底から1200m程度の深度まで音波伝搬異常域があり、それは南東方向におよそ距離50海里、幅12海里の範囲に広がっている事が確認できた。さらに、およそ距離85海里までは海底からの高さを減らしつつ継続していた。しかし、水深4200m線を越えた辺りから、音波伝搬異常域は消滅し、海面から深度1000m程度までに分布する巨大生物だけとなっていた。巨大生物の密度は音波異常域内の方が密度が低いことも判った。
そして最大の異変は「金魚改」が捉えた映像にあった。これまで「みずなぎ」が撮影した映像や、前回調査で「金魚改」が捉えた映像では巨大生物は非常に透明度が高い事を特徴としていた。しかし、今回「金魚改」が捉えた映像は、その透明度を失っていた。といっても全てが不透明になったわけではない。その全長50mを超える体躯のほぼ中央部に、およそ直径10m程度と思われる不透明な球体があり、そこから体全体に筋状の不透明な部分が伸びていた。不透明な部分は黒に近い灰色を呈しており、照明を落とした映像では、これまでのEL光に加え、中心の不透明な部分からはかなり正確な一定間隔で無数の明滅が繰り返されており、筋状に伸びる部分では、中心から一定間隔で先端に向かう発光点の移動が認められた。一種の神経活動のように見える発光現象であった。この中心部に不透明な、仮にそう呼んで良いなら「核」を持つ巨大生物は、そのほとんど全てが水面から150m以浅に存在しており、それより深い部分ではこれまでと同じ、完全に透明な巨大生物がほとんどであることも判った。この事は、中国艦隊とコンテナ船を襲ったのは、この核を持つ巨大生物である可能性が非常に大きい事を示唆していた。
事件は探査開始から二日目の夜発生した。「金魚改」による間接探査を終え、「みこもと」は「みずなぎ」による潜水調査と可能ならば核のある巨大生物のサンプル採取にかかるため、潜水艦沈没点に戻ろうとしていた。航海速力である16ノットで北西に進んでいた「みこもと」は突然、海中からの電撃を受けた。ほとんど落雷に匹敵する巨大な電撃であったが、対策を施された「みこもと」の電気、電子装置には全く影響を及ぼさなかった、しかし、海中状況を探るため、「金魚改」再投入作業に入り、一旦停船した時にそれは起こった。
「金魚改」投入作業のため、停船した「みこもと」は、「金魚改」に所要のケーブルを接続し、曳航用ワイヤーを取り付け、投入のためサイドクレーンで「金魚改」本体をつり上げる作業を行っていた。その時、クレーン操作をしていた甲板員が悲鳴を上げた。
「うわっ、な、なんだ、あれ?」
「どうした。」
「舷側を見て下さい。何か上がってきます。」
そう言われて舷側をのぞき込んだ甲板員はのけぞった。舷側をじわじわとゼリー状の物体が上がって来ていた。甲板員は「金魚改」投入前チェックで付近にいた音響担当の黒岩に叫んだ。
「黒岩さん、変なモノが上がって来てます。右舷側舷側です。」
そう言われた黒岩は舷側ををのぞき込んで状況を確認すると、インターカムで音響観測室にいる吉村に連絡した。
「吉村さん、黒岩です。ゼリー状の物体が舷側を上がって来ています。」
「判った、すぐ行く。」
ほどなく、吉村は生物学の村木を伴って後部甲板に現れた。
「どこだ、そのゼリー状の物体は?」
「右舷舷側です。多分、水線全長に亘って上がって来つつあります。」
吉村と村木は右舷舷側をのぞき込んで状況を確認すると、インターカムで研究室の望月、チャンを呼び出した。
「望月さん、サンプル採取用カップと伸縮ポール、簡易線量計、サンプル輸送遮蔽コンテナを大至急後部甲板までお願いします。」
「了解、何があった。」
「例の生物が舷側を上がって来ています。」
「なんだと。すぐ行く。」
望月は研究室にいたチャンに応援を頼み、求められた機材を持ってすぐに後部甲板に現れた。
「望月さん、右舷舷側です。カップを伸縮ポールに取り付けて、サンプル採取をお願いします。」
右舷舷側をのぞき込んだ望月は即座に状況を理解し、サンプル採取に取りかかった。500mLのステンレス製ビーカーである採取用カップですくい取られたゼリー状の物体は甲板に上げられる前に簡易線量計で放射線チェックが行われた。結果は通常に扱って問題ないレベルの線量であることが判り、直ちに輸送用のコンテナに入れられ密封された。
その間にもゼリー状の物体はじわじわと上昇し、すでに舷側の2/3を超える高さに達していた。厚さは上端付近では水に濡れた程度であるが、水線付近ではおそらく30Cm程度の厚さに達しているように見えた。
幸い「みこもと」は双胴船形である故、ローリング方向への傾斜には非常に強く、静的な荷重による転覆はほとんど考慮しなくて問題なかったため、しばらくはゼリー状物体の動静を観察する余裕があった。ゼリー状の物体は、船体に取り付いている部分の上を乗り越える形で新たな部分が上昇し、それを繰り返して舷側を上がって来ていることが判った。船体の水と接している部分を厚くする事で船体の傾斜に伴うオーバーハング状態を解消し、常に垂直より若干角度の緩い傾斜を作り出し、それによって、新たに乗り越えた部分が船体側へ落ちる様にして高さを増していた。
登ってきているゼリー状物体は、非常に透明度が高く、まるで水そのものが意志を持って船に上がって来ているかのように見える。そして、甲板の縁に取り付いた時点で、その異常性が判明する。
半公用船である「みこもと」は、非常に整備が良く、舷側部分の塗装は常に補修されていたため判らなかったが、舷側コーニングに取り付いた時点で、起倒式のハンドレール支柱基部の金属がむき出しになっている部分に触れた。その時、かなりはっきりしたスパークが発生した。このゼリー状物体は帯電しているのだ。吉村は直ちに周囲の乗り組み員に退避を命じ、電撃防護無しの接触を禁じた。サンプル採取に使われた伸縮ポールがFRP製であったのは僥倖だった。
騒ぎを聞きつけて後部甲板に来ていた船長は、即座に高圧放水の準備を甲板員に命じていた。これも幸いだったが、現状の「みこもと」には核物質汚染の洗浄のため、高圧洗浄用のノズルが無数に取り付けられている。船長は吉村と無言のコンタクトを取ると、甲板上の要員を船内に退避させ、右舷側高圧洗浄装置を動作させた。
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