再調査
第37話です。
やっと妨害しているらしき処を特定しました。ここは閉鎖コンドミニアムですので、自身の自治会があります。さしあたりここに相談することにしました。非公式に接触したところ、どうも同様なケースが過去にもあったようです。これで済んでくれるなら万々歳なのですが・・・・
それでは小説をどうぞ。
「みこもと」は横須賀出航後、野島崎をかわすと針路を北東に取り、三陸沖を目指した。三陸沖から日本海溝に沿って南下、巨大生物の存在をソナーで探知するためだった。「みこもと」には海底地形を探査するための曳航式サイドスキャンソナーが搭載されている。今回の出航前にサンプルを使った実験で、もっとも反射率の高い周波数を調べ、体の組成の水分が多い魚介類、イカやクラゲなどだが、これを良く探知する28KHzという周波数が巨大生物をも良く探知する事が判明し、サイドスキャンソナーの周波数をこの周波数に調整可能なよう、改造がなされていた。
巨大タンパク生物の南東方向への広がりと、壊滅的な漁獲状況を勘案すれば、タンパク塊のみならず、巨大生物も日本海溝付近へ到達していておかしくなかった。「みこもと」が出会った現場付近の海流は逆方向であったが、それでは日本沿岸で頻繁に発見されるタンパク小塊の説明が付かないのだ。日本海溝より本土側には黒潮と親潮という世界の海流でも有数の流速を持つ巨大海流があり、この海流の外側で無い限り、「みこもと」が出会った巨大生物とタンパクの蝟集は説明が付かなかった。そのような理由から探査は日本海溝に沿った針路から始められる事になった。
「黒岩、『金魚』の準備は終わったのか?」
「ええ、吉村さん。いつでも『金魚』行けます。ついでに全周型の水中聴音機も搭載しておきました。」
「ああ、それは良い考えだ。今回は単独行動だからな。」
「船長、機関科の方はいかがですか?」
「吉村さん、電撃防止対策は全て終わっているそうです。防食亜鉛板の減りが凄い事になっているようですが。」
「ああ、防食電流を流さないですからね。次のドックまで持つかな?」
「危険な海域抜けたら切り替えるそうです。それでも怪しいですけれどね。」
「それでも本船は動力が電気ですから、ブラックアウトしたら動けなくなりますから、仕方が無いですね。」
「ええ。機関長と昨晩話したんですが、だいぶ苦労したみたいですね。特に電動機系を船体から絶縁するのにえらく苦労したようです。」
「こりゃ、帰港したら機関長に奢らにゃいかんですね。」
「ああ、そりゃ貧乏フラグですよ、吉村さん。あいつは底なしですよ。」
「げっ・・・・ま、まぁ、考えておきます・・・・」
「みこもと」は「金魚」を曳航して観測を始めた。日本海溝西側の急峻な落ち込みに沿うような針路を取っていた。「みこもと」の装備するサイドスキャンソナーは、通常ならば日本海溝底、水深9000m程度までのレンジを持っていたが、今回使用している周波数では6000mが限界だった。しかし、今は海底地形を観測する事が主ではないため問題は無かった。黒岩は中層上部250mから1000mまでに現れる微弱な反射を捉えるような設定をしていた。八戸港沖から南下を始めた「みこもと」は「金魚」曳航時の速度、7ノットから8ノットを保って航行していた。
曳航を開始してから二日目、犬吠埼沖合付近まで南下した頃、「みこもと」の音響観測室にアラームが鳴り響いた。
「黒岩、巨大生物か?」
音響観測室へ飛び込んで来た吉村は開口一番そう聞いた。
「いえ、潜水艦でした。詳しくは長野さんから・・・」
「前々回の時、米軍から照合用の音紋ファイル貰ったでしょう。今回、あのフィアルに含まれる音紋を探知したら警報が鳴るようにしたんです。」
「って、長野、あのファイルは返したんじゃなかったのか??」
「えっ、まぁ、オリジナルは返しましたが・・・・」
「コピーしたのか?しかし、あれはそのままコピーすると全情報を消去するプロテクトが付いてたはず?」
「ええ、媒体から直接コピーすればそうなりますね。」
「ってことは、お前、プロテクト破ったのか?」
「いえ、そんな非合法な事はしてませんよ。照合時にキャッシュにデーター読み込むんですが、読み込みの都度、違うメモリー領域をキャッシュに指定しただけです。それ自体は米軍さんも知ってますよ。処理が早くなるんで。」
「で、どうやってコピーした。」
「いぁ、米軍さんがこの船のメイン機を知らなかっただけの話でして・・・あの程度のデーター量なら、このメイン機だと、全部一度にメモリーに展開しても全メモリーの20%行かないんですよ。で、全部メモリーに残っていたと・・・・」
「あちゃ~~~、まぁ、一応不正アクセスには当たらんみたいだなぁ・・・」
「まぁ、アメさんも、精々サーバーレベルで考えてたんじゃないですかね。この船のメイン機は一昔前なら立派なスパコンですからねぇ・・・」
「なんとまぁ・・・・おっと、潜水艦はどうなった?」
「ああ、それですが、船底の固定聴音機でも捉えてまして、『金魚』と3角測位やったんですが、かれこれ15海里くらい東に居るようです。例の五月蠅い潜水艦です。」
「ああ、例の『漢』級とか言うヤツか。むこうはこっちに気づいてるのか?」
「吉村さん、こっちは28KHzでどんがらがっちゃんやりながら走ってるんですよ。100海里先でも気づきますよ、普通。」
「そーいやそーだな・・・」
「しかし、この潜水艦、どこに向かってるんですかね?日本領海にまっしぐらのコースなんですが?」
「まだ12海里線まではかなりあるだろ?」
「ええ、現在位置は領海基線から約70海里ですね。でもこの潜水艦20ノットなんて速度で走ってますから、3時間半で領海ですよ。」
「一応、海自には連絡しておくか。」
吉村はそう言って、手元のPCから滝川に向けてメールを打った。返事は1時間経たないうちに現れた。「みこもと」上空にP3C対潜哨戒機が現れたのだ。VHF航空無線で連絡を取った「みこもと」は概略で判明している潜水艦の現在位置をP3Cに知らせた。
潜水艦はすでに「みこもと」斜め後方に移動していた。距離は4海里ほどに接近していたが、すでに最接近点は通過し、だんだんと「みこもと」からは離れていた。P3Cはソノブイらしきものをいくつか投下し、一端はこの海域から離れた様に見えたが、また舞い戻って、低空で旋回をしていた。その間も「みこもと」は7ノットで航行しており、また潜水艦も「みこもと」の航跡と直交するようなコースで進んでいたため、しばらくしてP3Cは見えなくなり、潜水艦の音響も聞こえなくなった。そして1時間半が過ぎた頃、聴音機に軽い「ドーン」という音が捉えられた。
「なんだ、黒岩、対潜哨戒機が攻撃でもしたのか?」
「多分、領海に接近したんで注意を促す発音弾を投下したのでしょう。海自は領海に入ったから、即座に攻撃というのはありませんからね。」
「って、もう領海なのか?」
「時間的には届いてますね。普通は針路変更すると思うんですが・・・」
そんな騒ぎの中「みこもと」は八丈島東方で針路を東に転じ、「金魚」を巻き上げて潜水艦沈没現場海域への中間点へ向かった。中間点付近で同じように南北方向に走査を行うためだった。
しかし、中間点に向かった「みこもと」に海自の滝川から入った情報は誰もが驚愕するものだった。千葉県九十九里の海岸に中国の原潜が座礁した、という情報と共に、その原因、全ての浮力タンクの弁制御を失い、まるまる30時間ほど上げ舵一杯、前進全速状態で沈下を免れ、九十九里海岸沖に座礁して圧懐を免れた事が記されていた。幸い原子炉制御は失われておらず、核汚染の発生する恐れは無かったが、弁制御を失った原因は制御回路の焼損であることが目を引いた。例の巨大生物の仕業を疑わざるを得ない状況だった。中国政府からは日本政府に対し外交チャンネルを通じて公式に救助依頼が出され、海自の潜水艦救難艦がその任に当たり、乗員全員を無事救助、潜水艦は後日中国側人員の立ち会いの下、サルベージされ返還される事になった。
しかし、潜水艦艦長からの事情聴取では、電撃を受けた認識は無かったらしい。全ての浮力制御タンクの排気弁が制御回路の誤動作と思われる状況で全解放され、その後解放のまま人力操作でも閉じられなかった事がこのような結果に繋がったようだった。
艦長は即座に上げ舵一杯、前進全速を発令、蓄気した高圧空気をタンクに送り込んだが、排気弁解放状態ではタンク内の海水を排出できず、水深50mほどまで浮上したところで動的浮力と均衡、そのまま前進を続けるしか無かったらしい。進路変更は何度か試したらしいが、僅かな進路変更の試みでも動的浮力との均衡が崩れ、沈下が始まるため針路上の海岸に座礁するしか、圧懐を免れる手がなかったらしい。
このような事情だったため、「みこもと」のメンバーは当初、巨大生物による攻撃という意見には懐疑的だった。しかし、その後潜水艦のサルベージが進み、中国側立ち会いの下、事故原因の調べが行われた結果、メイン、ネガティブ、トリム、全てのタンク内に例のタンパクが発見され、それのみならず、僅かな漏出と共に、弁のアクチュエーター部分でも発見されるに及び、タンパク集合体による何らかの影響と考えざるを得なくなっていた。また全ての弁が大電流による溶接効果で固着しており、手動でも閉塞できなかった原因と考えられた。この結果を滝川から知らされた吉村は、急遽、船長、機関長とミーティングを行った。
「船長、機関長、ご足労願いましてありがとうございます。取りあえず、海自からの非公式情報ですが、お手元の報告書をご覧下さい。」
船長と機関長はしばらく書類を読んでいたが、機関長が唸った。
「吉村さん、これかなり大変な事じゃないですかね。本船、電撃対策はかなりしっかりやってますから大丈夫とは思いますが、軸シールや吸水口から入り込まれて、と言うことまでは想定してませんよ。」
「ええ、まぁそれでご足労願ったわけなんです。」
「しかし、進化とでも呼ぶべきなんですかね、これは。」
船長の山下だった。
「何とも言えませんねぇ。しかし、タンパクそのものは自力で動く能力はありませんから、あくまでも水の動きに乗ってという事だとは思いますが・・・」
「しかし、漏水部分を全て潰す事は不可能ですよ。」
「ええ、それも判ってます。要は各部の制御装置へ不要な電流が流れないことが肝心だと思えるのですが。」
「まぁ、その辺も出来るところは全て、接地を船体から浮かせてますから、そう簡単には変な電流は流せないと思いますがね。」
「しかしですね吉村さん、潜水艦も動いていたわけでしょう。そのタンクへ侵入するって事は艦の動きで発生する水流を乗り越える必要があると思うのですが・・・」
「はい。その辺はレポートされていませんね。あるいは艦が水中で停止していた事も考えられますし。」
「うーむ・・・」今度は船長が唸る番だった。
「ともかくですね、制御盤周りの漏水を潰して欲しいのですが、機関長お願いできますか。あと、バラストタンクの水を定期的に検査したいです。船長、甲板員にその採取お願いできないでしょうか?」
「吉村さん、まず、電子系の制御回路についてはこの船は大丈夫でしょう。全て水線より上にある電子制御室に集中してます。問題があるとしたら、サーボ制御系に使われるステッピングモーターで内部に電子回路を持つものくらいですね。あと弁系は昔と違って開放弁系(船内に開放された弁)は無いです。全てどれかのタンクを経由します。その場合でも船内側は全て手動弁ですから、電子系をいくらいじられても船内に水が入ることはありません。動力系は電撃対策でメインのモーター除いて、ほぼ全ての電装品は船体から絶縁しましたし、センサーも全て絶縁型に交換しました。船体外板が溶けるくらいの電撃でも制御回路に影響は無いと思います。」
「了解です、機関長。まぁ、何が起きるか判りませんので、注意だけは怠らないようお願いします。」
「吉村さん、これ、甲板への散水もまずいですかね。」
「船長、それで何か起きるとは考えられませんが、これまでの常識が通用しないことも確かだと思います。散水を禁止するまでの事は無いと思いますが、注意だけはお願いします。」
「「了解」」