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緊張

第36話です。

何とか更新できています。

米中の艦隊が対峙したのは、奇しくも2隻目の潜水艦が遭難した地点からそれほど離れていない海域だった。艦隊戦闘となった場合、米海軍の有利さは歴然としていた。空母だけを取ってみても、「ニミッツ」級2隻を擁する米海軍の2個任務群は運用航空機総数で200機に達し、早期警戒探知、防御なども中国艦隊とは隔絶していた。中国艦隊はこの戦力差を補うためには弾道ミサイルを使用した核攻撃以外、方法がなかった。この時点では中国艦隊はまだ米艦隊の正確な位置を把握していなかったため、弾道ミサイルの発射は行われていなかったが、索敵範囲に入り、米艦隊の位置が判明すれば即座に発射出来る用意はなされていた。米艦隊はすでに空母搭載の早期警戒機を前進させる事で中国艦隊の位置と動きを掴んでおり、中国艦隊の探知圏を避けるかのように行動していた。米国軍事情報組織はすでに中国の弾道ミサイル発射準備を掴んでおり、これを発射された場合、それが戦域核であったとしても、核防衛上、米本土のICBM群を発射しない選択肢は無かったため、全面核戦争となる公算が大きく、極力艦隊位置を秘匿する必要があった。米国は中国偵察衛星の軌道を分刻みで把握しており、軌道変更が有った場合の米艦隊捕捉可能な窓の変化を即座に算出し、可能な限り艦隊を偵察に掛からない位置に移動させる作戦を採っていた。これまでのところ、この作戦は概ね成功しており、中国側はいまだに米艦隊の正確な位置を把握できていなかった。

しかし、米中両艦隊の薄氷を踏むような神経戦に終止符を打つ事象は海底からやってきた。偶然にも中国艦隊は2隻目の潜水艦沈没地点至近を通過する事になったが、その直後、輪型陣外周を警戒していたフリゲート艦の1隻から緊急通信が飛び込んで来たのだ。突然メイン発電機の停止によるブラックアウトが発生し、予備発電機をすぐに起動させたが、配電盤の不具合によりブラックアウトが継続中という通信だった。これにより、ほぼ全ての主要兵装が使用不能となり、主機も遠隔制御不能、操舵装置も手動状態という事態に陥った。通信は艦隊内通信のみバッテリー電源により確保されていたが、それ以外は電源喪失により不可能な状態で有った。中国艦隊司令部はこのフリゲートを後方に避退させる決断をし、それを指令したが、その直後、ブラックアウトしたフリゲートの後方にあった別のフリゲートから同様な状態に陥ったと緊急通信が入り、その後次々と輪型陣東側で対潜警戒を行っていた6隻のフリゲートが同様な状況に陥り、中国艦隊司令部は混乱の極に達した。最終的には空母の外周で対空エリアディフェンスを担っていた「蘭州」型中国版イージス駆逐艦までもがブラックアウトを発生した事で、中国艦隊は実質的な戦闘能力を喪失した。中国艦隊はこれにより針路を180度近く変更し、本土の基地へと帰還する航路に乗った。これ以降不可解なブラックアウトは発生せず、ブラックアウトした艦もそのほとんどが配電盤系の故障であり、予備の部品と交換することで通常航行には支障が無い程度に回復することが出来たが、戦闘行動はレーダーの一部、ソナーなどが使用不能となったため、不可能だった。

全面核戦争に繋がる状況は回避されたが、中国側が被った軍事的、経済的打撃は深刻だった。しかし、中国側より、日米当局に与えた衝撃はさらに大きかった。中国艦隊が混乱に陥ったことを知った米空母任務群は、危険を承知で偵察機を発進させ、中国艦隊の動向を探ったのだ。その結果、数隻の艦が電子兵装を全て停止させて漂流している事を発見したのだ。それには「蘭州」級も含まれていた。この事からCINCPACは中国艦隊に起きた混乱が複数艦でのブラックアウトと判断し、その原因は例の巨大生物以外無いと断定した。これは由々しき問題だった。ある意味では核戦争に匹敵する問題を孕んでいたのだ。それは海上通商の阻害であった。巨大生物が海面を行動する船舶に襲いかかる事が明白になったのだ。今はまだ北太平洋の限られた海域だけかも知れなかったが、この生物の増殖速度を考えれば、早晩全ての太平洋航路で問題が発生することは明らかだった。そして多分であはるが、最も短時間で影響を被るのは中国そのものだろうと思われた。現在の中国は海洋通商無しでは経済的に破綻する。早急な海中の調査が必要だった。


「みこもと」は3度目の同じ海域への調査に出発しようとしていた。今回は先の日本政府発表を受けて、巨大生物の脅威を認識した米国主導の下、国連海洋委員会が主体となった国際調査の形式を取っていた。すでに日本沿岸にはプリオン類似タンパクの小塊が無数に漂着し、沿岸漁業に多大な影響を与えていた。高い放射線量を持つ、変異型タンパクの存在はまだ公表されておらず、また沿岸にも漂着していなかった事から、核汚染に対するパニックは防げていたが、沿岸漁業、特に三陸沖から伊豆半島沖にかけての沿岸はまさに壊滅状態といえた。そして、魚類消費に対する影響はさらに大きかったと言える。日本で最大の水揚げ量を誇る沿岸が軒並みタンパクにより底生魚、回遊魚はもとより、エビや蟹、養殖のワカメまでが壊滅したのだから、当然だった。それでも日本海沿岸、九州西部などはまだ影響を受けておらず、そこからの供給で市場が継続されていたことで、パニックには陥っていなかった。ある意味、東北、関東大震災での原発被災がもたらした放射能パニックが役立っていたかも知れなかった。

このような社会的背景を背負った第3次調査はかなり緊迫した雰囲気に包まれていた。これまでのサンプル調査でこのプリオン類似タンパクの性質はかなり判明していたが、これを阻止する具体的な手法は発見されていなかった。しかし、これまでの拡散状況から試算した結果は、約1年ほどで太平洋全域に広がり、3年で地球の全海洋がこのタンパクで埋め尽くされると示唆していた。したがって、今回の調査は前回までのように単に観測してサンプルを採取するのみでなく、なんらかの具体的な対抗手段を発見する必要に迫られていた。

「あ~諸君、普段はこんな出航前訓示などしないんだが、今回は特別なんで聞いて欲しい。今回のミッションは前回までと違い、例のタンパクが主たる目的になる。その上、かなり厳しいミッションだ。このタンパクに何らかの対抗できる手段を見つけない限り、太平洋どころか全海洋が死ぬ可能性が大きい。」

吉村は「みこもと」会議室に参集した観測、研究要員を前にこう切り出した。

「これは決して大げさに言っているのではない。現時点で判明している増殖速度から見て、残された時間は太平洋だけで約1年、全海洋でも3年ほどだ。この時間で最低限増殖を抑制する手段が発見できなければ、人類は海洋を失うことになる。臨時に乗船した研究員含めて、それを念頭に調査、研究に取り組んで欲しい。以上です。」

参集した要員からは声もなかった。あと3年で全海洋を失う可能性がある、それはとりもなおさず、人類の滅亡を意味していた。大気中の酸素の大半は海で作られるのだ。「みこもと」に勤務する要員は全てがこの事を理解していた。

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