変異種
第34話です。
相変わらずインターネットの不安定は変わりません。まぁ、投稿できるだけ良しとしておきます。
この頃、北西太平洋一帯で軍事的には一大問題が発生していた。この海域でのタンパクの問題を知るのは米海軍だけであったが’、米国防総省と米海軍は先の新型原潜遭難を相当に深刻に受け止め、ハワイより西での原潜の活動の中止を決定、また電撃による基準電位変動による影響を最小限に抑えるための対策を全ての潜水艦に施そうとしていた。そのため核パトロール中のオハイオ級戦略原潜を初めとして、通常の哨戒行動を行って居る原潜全てを一旦米西海岸の基地に呼び戻していた。この穴埋めのために、水上艦艇がそれまで原潜が受け持っていた区域の哨戒に当たることとなり、一時的ではあるが、太平洋艦隊に所属する水上艦が中露のEEZ近辺まで出張って哨戒行動を始めたことから、中露、特に中国が相当な疑心暗鬼に陥っていた。米原潜の基地への集結を偵察衛星により察知した人民解放軍海軍は、水上艦の地域への増加を米国の新たな軍事行動の前兆と捉え、また先の潜水艦沈没をこの動きに連動したものと断定、準戦闘態勢に移行し、稼働潜水艦のほぼ全てを哨戒に当たらせていた。しかし、人民解放軍海軍には先の潜水艦沈没の原因調査を行うための装備は存在せず、タンパク巨大生物については全く知見を持たなかった。このため電撃対策を行った潜水艦は無く、ついに2隻目の犠牲が発生してしまう。それはハワイ、オアフ島付近での哨戒任務に当たるはずの「漢」級原潜だった。概略の遭難地点は、先の潜水艦の沈没点から600海里以上南東に下った、ミッドウェー島とウェーク島を結んだ中間点付近だった。中国政府はこの潜水艦喪失について、武力攻撃の可能性を指摘し、武力攻撃による事が明確になった場合、報復を行うと明言した。そして、完成したばかりの空母を含む艦隊を太平洋に進出させた。
これに対して米海軍も太平洋艦隊から二つの空母任務群を北太平洋海域に遊弋させ、中国艦隊への警戒を行う事態となり、北太平洋は一触即発状態となった。
このような状況では「みこもと」も海洋調査など行えるはずがなく、中国の政府発表を受けて帰港命令が発出され、僚船の「なつしま」ともども、母港の横須賀へ向かっていた。そして出発時には別々だった調査参加の自衛艦が「みこもと」「なつしま」を中心とした小さな輪型陣を組んで併走していた。
しかし、その帰港の間も、後部デッキにコンテナとして搭載された放射線隔離施設では、「みこもと」研究陣による変異型タンパクの分析が続けられていた。隔離施設は40フィートコンテナの内部を仕切り、中央部に防護区画、両端部に二つの操作室と必要機器を設置してある。防護区画は白色ポリエチレン内張の外に厚さ2.5Cmの鉛の層、続いて厚さ25Cmのホウ酸水の層、その外側に厚さ5Cmの蛇紋岩コンクリート層、最後に厚さ30Cmのポリエチレン充填層、外壁は1Cm厚のステンレス鋼板で形成されていた。内部の仕切りも同様な構造だったが、5Cm厚の鉛ガラス3枚でホウ酸水層と空気層を挟んだ形の作業用のぞき窓が両端の操作部それぞれに2カ所設けられていた。防護区画内は常に大気圧より内圧が低く保たれており、作業資料の出し入れはエアロックを介して行われるようになっていた。分厚い放射線遮蔽層のため、防護区画内部は僅かな空間しか無く、その内側に作り付けられた4基のマニピュレーターにより各種作業が行われる。計測装置端末も全て作り付けられていたが、CCDによる画像だけは、CCDが放射線により破壊されるため作業用のぞき窓のこちら側にしか無かった。
高い放射線量を持つ変異型タンパクはこのような施設で分析が行われていた。確かに地上にある施設と比べれば、少々見劣りするし、作業エリアも限られたものだったが、必要な実験、分析は可能だった。
村木と望月が中心となって行われた分子生物学的実験、分析の結果、放射性物質を取り込んだ変位型と通常型の差異は、放射線によるタンパク分子構造の結合破壊がきっかけになって発生している事が判明した。増殖のためのアミノ酸受容体が海中のアミノ酸分子を取り込んで連鎖結合を開始すると、特定のアミノ酸が結合した時点でアミノ酸鎖の折りたたみが発生し、その時、その折りたたみ構造に偶然に放射性物質を取り込むと、不規則にアミノ酸結合が破壊される。その時特定の結合部位が破壊されることで結晶構造の変異が起き、正4面体を二つ逆に組み合わせた形から、二重に重ねた形に変化する。それ以外の結合部位の破壊ではタンパクそのものが破壊され、アミノ酸連鎖は分解する。正4面体を二重に重ねた構造は放射線による構造破壊に最も強く、通常型の20倍以上も生存確率が高い事が判った。この変異型は二重結合の為か、外的刺激が無くても相互に結合し、また結合密度も高く、通常型のように単に粘度の高い海水レベルではなく、固体と呼んで差し支えない密度に達し、海中でなら特定の外形を保持できる程度の強度を持っていた。
このような状況から、沈没潜水艦付近の再調査が急務になっていたが、現在の海域の状況では海洋調査など行えるはずもなく、地上の整った施設でサンプルを再分析する以外出来ることはなかった。また、2隻目の沈没潜水艦の情報も入っており、そちらも早急に調査する必要があると思われたが、事情は同じだった。
ともあれ、「みこもと」と「なつしま」は母港、横須賀に帰着した。船体の除染は本土200海里以遠ですでに行い、船内には洗浄で発生した高レベル放射線量の汚染吸着剤が残されていただけであった。洗浄水は吸着剤を使用した除染装置で除染され、自然放射線レベルにまで放射線量が減少した事を確認の上、生活用水として再利用していた。船の上で真水は貴重な物資なのだ。
帰港前に各部の線量測定を行い、ホットスポットの有無を確認した上で、両船は調査機構の岸壁に接岸した。接岸とほぼ同時に高レベルの放射線量を持つ変異タンパクのサンプルは厳重に放射線防護を施されたキャニスターに収められ、分析可能な施設を持つ原子力研究所に移送されていった。村木と望月はこの移送に同行して研究所に出向き、研究所の放射線の専門家及び理化学研究所から出向いた分子生物学の専門家と共同で分析に当たるため、接岸と同時に「みこもと」を後にしていた。また今回乗り組んだ放射線、原子炉関連の専門家も同時に退船していった。
「吉村さん、どうもこれは再調査でしょうかね。」
今回の調査データーを生データーのまま地上のデーター分析システムに転送する作業を行いながら、長野は報告書作成のための数値データーを選別している吉村に話しかけた。
「ああ、これだけの発見だ、再調査は絶対に必要だ。問題は海域の状況だろうな。」
海自の滝川を通じて、現在の北太平洋の軍事的状況を知らされている吉村はそう答えた。
「しかし、なぜ中国海軍は事故という判断を放棄したのでしょう?」
「まぁ、彼らには彼らの事情というものがあるのだろう。どこの国でも同じだろうが、責任の所在を外部に求めるのは、一種の防御本能と言えるからなぁ・・・」
「しかし、1隻目はまだしも、2隻目は米海軍が潜水艦を引き上げた後ですよ。米海軍に責任転嫁するのは難しいんじゃ無いですか?」
「そこなんだが、前回、我々が発見した潜水艦は極秘開発で米国内ですら限られた人間にしか存在が知らされていない。こういう事があるのなら、中国としてもリストにある潜水艦全てが港に戻った事を確認したからと言って、それが全てと信ずるわけにも行かないだろう。」
「しかし、昨今の報道では、米海軍が引き上げた後、海自の潜水艦が撃沈したのではないか、という話になってますね。」
「うん、俺はこの話は中国一流の情報戦だと思うな。防衛省としても潜水艦の行動記録を提示するわけには行かんだろうし。」
「開示してしまえば、日本の潜水艦の行動が明らかになりますしね。しかし国会で追及が始まって居るようですよ。」
「困ったもんだ。ただ今の内閣だと開示しそうで怖いな。」
「海自の友人の話では、海自所有の魚雷の総数は予算書で明らかだから、それと現在数を比較して使用された魚雷が無い事を証明するみたいな事を言ってましたがね。」
「まぁ、それも無理だろうな。数などどうにでもごまかせる、と言われた時にそれへの反証は出しようがない。」
「自分たちが承認した数をごまかしている、というのも何か矛盾したように思いますが・・・」
「連中はそんなことは気にしないよ。1分前に言った事でも、都合が悪ければ言っていない、と言い張る連中だ。」
「しかし、ひょっとすると我々も巻き込まれる可能性があるみたいですよ。『みこもと』の調査記録を開示しろ、と言っているみたいですし。」
「別に『みこもと』は半官の調査船だから、記録の開示は依頼元、この場合は国だが、そこがOKならば問題は無い。特に今回の調査記録は依頼元の国だけの判断で開示できると思うしな。問題は変異タンパクだろう。ただし、これは調査目的とは微妙に異なる発見だから、開示しなくても問題は無いだろうと思うがな。問題になるなら前回調査だろう。こっちの情報開示は米軍が絡むから簡単には行かんよ。」
「そうですねぇ・・・しかし、それも開示せよ、と言ってくると思いますがね。」
「そりゃ無理ってもんだ。依頼元は米海軍で、調査機構としては報酬も受け取っている。最低限、裁判所の命令が無ければ守秘義務違反に問われるからな。その上で、裁判所が開示命令でも出そうもんなら、今度は外交問題だ。いくら連中でもそのくらいの常識はあるだろう。」
「そうだと良いんですが・・・」
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