異変
第31話です。
とんでもない仕事に巻き込まれて四苦八苦。それでも更新できる時間があるだけましなんでしょう。
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「みこもと」は「ドリイ」の撮影した潜水艦の映像をネット経由で本部に送り、原子力潜水艦に知見のある人間による分析と、今後の対処を問い合わせた。機構本部の返答は、現在「みこもと」にある機材で可能な限りの拡散防止を指示していた。また、同時に送った巨大生物の増殖については、現在、このタンパクの研究を複数の研究所で行っており、一次解析結果がもうすぐ出るらしいため、その結果を待ってさらに詳しい検討をすることになった。とはいえ、この生物については、最も知見を持つ人間は「みこもと」に乗り組んでおり、おそらく「みこもと」での限定された分析結果であっても、地上の研究所に与える影響は大きいと思われた。
吉村は「かいえん」艇長の長崎と助手の一の瀬、「みずなぎ」艇長の野瀬、助手の津田の4人と可能な拡散防止方法を検討していた。野瀬と津田が参加しているのは、「かいえん」の交代要員であるからだった。最初に5人が達した結論は、破断した炉心に対して取れる方策は無い点だった。艦外殻の裂け目から圧力容器までは数mあり、マニピュレーターでは届かない。放射線被曝の危険を考慮しないとしても、物理的に無理であった。そして、それが判ってしまえば、可能な方策は唯一、艦外殻の亀裂をどうにかする以外に無かった。「かいえん」には観測ポッドにアダプターを搭載することで、簡単な溶接作業などは可能であったが、3000mを越える深海でそういう作業をする訓練などしてはいなかった。JAXAの墜落したロケットエンジン回収などの実績があるため、そのような作業にも対応可能、という予算獲得のための方便としての面が大きかった。
確かに、試験などではつり上げのためのリップ取り付け作業なども行っており、溶接作業を行った事が無い訳ではなかったが、船体亀裂を塞ぐ、などという作業とは次元が違う話だった。
さらに生物学担当からは、タンパクの凝集部分で溶接作業を行えば、さらなる凝集と電撃の危険があり、現在の凝集度であるならば、雷の直撃以上の電撃になる可能性が大きいという警告が寄せられていた。八方ふさがりだったが、亀裂を塞いだ場合、炉心部分で水蒸気が発生しても、水圧による沸点の上昇、低い周辺海水温による発生水蒸気の復水速度などから、水蒸気による均圧は発生しないのではないか、と予測されているため、漏出の低減に関しては非常に有効と思われたのも確かだった。
「みこもと」が漏出対策に頭を悩ませて居た頃、「なつしま」では放射線計測の専門家が首を傾げていた。15万2千ベクレル/Cm ^2という高い放射線を中心部で観測したにも拘わらず、その広がりが大きくなかったのだ。僅か50海里ほどで、規定値の100ベクレル/Cm^2にまで線量が低下した。あり得ない事だった。すでに潜水艦の沈没から1ヶ月近くが経過している。コンピューターによるシミュレーションでも小さく見ても広がりは数百海里の範囲に及ぶと思われたからだ。海水温の違いによる局所的変動を疑った「なつしま」はさらに100海里地点まで足を伸ばしたが、そこではすでに10数ベクレル程度の放射線しか検出されなかった。
「なつしま」はさらに周辺を1辺100海里の区画に分けて観測したが、わき上がりの中心から南西に50海里程度、幅30海里程度の範囲だけが規定値より大きな値を示すだけであった。すでに「みこもと」の調査結果は「なつしま」にも知らされており、炉心が海中に露出している状況で、この程度の汚染の広がりは信じられなかった。
「なつしま」はこの汚染の広がりの異常さを「みこもと」に伝え、海域汚染の垂直分布の調査を早急に行うよう依頼した。「なつしま」は何らかの原因で、汚染海水が急激に沈み込んでいる、と想像していた。
「なつしま」からの連絡を受けた「みこもと」では、漏出対策を後回しにして、「なつしま」からの依頼を調査するかどうかの検討会議が開かれていた。
「『なつしま』からの連絡で、汚染海域が異常に小さいという事が判明しました。『なつしま』では、汚染水の沈み込みを疑っており、中層深度域に大きな広がりがあることを危惧しています。「なつしま」の搭載機器では250mより深い層の計測はできません。汚染水域の広がりは沿岸諸国に大きな影響を与えます。出口の見えない漏出対策を一時打ち切って、早急に調査すべきと考えますがいかがでしょうか?」吉村が口火を切った。
「現状では亀裂の閉塞は手持ち材料だけでは難しいでしょう。また溶接作業が難しいのならば、さらに手段は限られます。汚染源を絶つ事は非常に重要ですが、材料がなければ何もできません。少なくとも溶接を用いず亀裂を閉塞できる手段が整うまで、汚染状況を調べる事は次善の策と考えます。」志村が吉村に賛成した。北村も
「そうですね。今の『みこもと』には打つ手が無いと思います。水深250m以上の層を調査できるのは『みこもと』だけですから、そちらに力を注いで、もし大きな広がりが見つかるのならば、その調査データーは貴重なものとなるはずです。」
専門家の亀裂閉塞には打つ手が無い、と言う意見に一人を除いて反対意見は無かった。その反対意見を開陳したのは、本来ここに呼ばれるべき資格の無い人間だった。
「何を言ってるんですか。海中に壊れた原子炉が放置されて放射能をまき散らしているんですよ。それを止めなければ太平洋は死の海になるんです。放置できる問題じゃないでしょ!!」
「鈴木さん、あなたには具体的な亀裂閉塞の方法があるのですか?」
「そんなことは私が考える事じゃ無いでしょ!あなた方の仕事じゃないですか。その為に給料貰っているんじゃないのですか!」
「え〜、鈴木さんは具体的方策をお持ちじゃないのですね。他にどなたかご意見はありますか?」
「無視するんですか?私の意見を。見過ごせない権威主義ですね!!」
「あ〜、保安員諸君、入ってくれたまえ。鈴木先生を自室までご案内してください。それでは、会議を進めます。他にご意見がありますか。・・・・・有りませんようなら、本船はこれより『なつしま』要請の調査を行います。最初の観測は『金魚改』による広域観測です。準備をお願いします。」
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