調査
第三話です。
「35mです、艇長。」津田は音響測深儀の数値を操縦に専念する野瀬に代わって読み上げた。接近は音響測深儀のトランスジューサー設置位置の関係で上方からしか不可能だった。海中では空気との屈折率の違いで起こるレンズ効果のため、目視による距離の判定はまったくあてにならない。正確な距離を知る必要のないマニューバーならばどの方向からでも良かったが、レーザー照射を行うためにはある程度正確な距離を知る必要があった。
「望月さん、レーザーの試験をお願いできますか。」
本来ならば津田が行う作業であったが、二人が接近マニューバーに忙殺されていることから、レーザーの操作は望月が行う手はずになっていた。
「方向はどうしますか。」
「とりあえず、生物と正反対の方向でやってください。刺激してもあまり良いことはなさそうですから。」
「了解、生物と反対方向、海底に対して45度の入射角で試験発射します。同時に海水の成分分析もやってしまいましょう。時間が節約できる。」
「お願いします。」
望月は観測員席のモニターコンソールから方位、角度を指定し、同時に観測センサーの初期設定とキャリブレーションも行い、試験照射で海水分析をしてしまう準備を整えた。
青緑レーザーによる海水分析の原理は、透過性の大きい青緑レーザーをある方向に向けて照射し、その散乱の度合いを計測する事で海水中に含まれる浮遊粒子の量と、特定の浮遊粒子が引き起こす特徴的な散乱パターンを観測して、浮遊粒子の特定などを行うものである。
「それでは発射します。」望月はそう言ってモニターに出してあった、レーザー制御コンソールの発射ボタンをクリックした。2秒間の試験発射であったが、計測器はフル稼働していた。
「計測結果処理中。あれ、エラーだ。散乱度変化が設定値を超えたって?まさか。もう一度キャリブレーションしてみます。」
望月はレーザー制御コンソールから初期設定タブを開き、前のキャリブレーション設定値を捨てて、もう一度キャリブレーションを行った。しかし、その設定値は以前のものとほぼ同じだった。そして、再試験の結果も同様であった。
「望月さん、接近行動を中止します。レーザーに問題があるのでは意味がないですからね。」
「そうですね、いったん距離を置いて調べなおした方が良いと思います。それに、ここから先の機械の点検は津田君じゃないと。」
「それでは、一旦側方へ距離を取る。レーザー再試験後、改めて接近行動を再開する。津田、マニューバーは俺一人で良いから、レーザー点検初めてくれ。」
「了解、艇長。しかし、ちょっと腑に落ちないんですよ。望月さん、試験出力は定格でしたか?」
「ええ。マニュアル通りですよ。」
「散乱度の変化って、散乱度が大きい方へ変移してるって事ですよね。だとするとですね、レーザー側の故障だとしたら、出力が増える方へ変化しなきゃいけないんです。ところが、今、電源系のログ見てるんですが、レーザー照射中の電流は変化してないんですよ。」
「するとレーザー装置側に問題は無いと?」
「ええ。そう思うんですよ。これから計測器をチェックしますけれど、二度初期化しても同じ結果ってのもおかしい。というのはですね、エラーは散乱度の変移が設定値を超えた、って言ってるわけです。計測装置に問題があるなら、2度目の初期化での値に変化がなけりゃいけない。双方に共通するのは電源だけですが、これはすでに、ログで確認して、変化が無い事が判ってる。どうも変ですよ、これ。」
「それじゃ何が原因なんです。」
「海水自身。それの可能性が一番高いです。あ、計測装置の自己診断が終わりました。異常なしですね。これで異常が無いなら、後はメインコンピューター自身がおかしいという事なんで、それはちょっとあれですから・・・・望月さん、ちょっと実験してみましょう。ちょっと方向を変えて、レーザーがフッドライトの中を通るようにして照射してみます。で、それを外部カメラで拡大して見てもらえますか。」
津田はマニピュレーターの先端座標をマニピュレーター制御装置からレーザー照射制御装置に取り込み、そのマニピュレーターの先端をかすめるように照射するよう設定した。望月はマニピュレーターの先端に外部カメラの焦点を合わせ、それを4倍に拡大してスクリーンに映し出した。
「それじゃ照射しますよ。最初は試験と同じ2秒間です。それじゃ照射します。」
津田がレーザーを照射すると、2秒間、鮮やかな青緑の線がモニターに現れ消えた。
「ほら、望月さん、見て下さい。レーザーの通過した跡が見えますよ。通過した跡が僅かに白濁しているのが判りますか」
「確かに。なるほど、これじゃ時間とともに散乱が増えるわけだ。」
「こりゃ、海水がおかしいですよ。可視光線での透明度は普通に見えますから、レーザーだけに反応する何かが海水中にあるってことです。」
「しかし、そんな海水って例がないですよ。」
「津田、海水の比重は連続して計測してるだろ。それに変化無いか?」
「ちょっと待って下さい、艇長。ああ、これだ。水深300mくらいに小さいですが比重の不連続があります。ってことは、我々は違う水に入ってる?どうして艇長判ったんです?」
「実はな、艇が少し浮き気味なんで変だと思ってたんだ。それとな、出力/速度曲線も多分おかしい。海水の粘度が違うんじゃ無いか?」
「うわ、さすがに粘度は連続計測してません。海水サンプルを取って、母船で調べてもらいます。ところで、もう一回レーザー照射します。今度は10秒間照射して、例の白濁を十分出して、それを採取、上で分析してもらいましょう。望月さん、すみませんがカメラの方お願いします。」
「了解。このままで良ければ、画像自体はすでに取り込んでますから、いつでも良いですよ。」
津田は照射時間を10秒にセットして、照射を開始した。今度は時間があったため、レーザーの経路に沿ってわき出すように白濁が現れるのが、カメラではっきり見えた。
用語で判らないモノがありましたら、どうか感想に書き込んで下さい。
説明します。