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第29話です。
9月、10月は例年仕事が忙しいのですが、今年はどうやら地元だけで済みそうです。
何とかファイルを壊した分に追いつきました。
「ドリイ」の観測ポッドには、全周カメラと放射線測定装置が搭載され、引き上げた「金魚」に使われた「ドリイ」用のケーブルが改めて繋ぎ直された。
「『ドリイ』、『ドリイ』、応答しろ。」長野が「ドリイ」制御室の通信端末に喋っていた。
「長野、なんだそれ?音声認識ができるのか?」
「ええ、帰港してから『ドリイ』のプログラムにちょっと付け加えたんです。」
「こちら『ドリイ』ステータスは正常。」「ドリイ」がボーカロイド風の声で答えた。
「『ドリイ』、こちら長野。音紋照合、確認しろ。」
「『ドリイ』了解。音紋照合合致、長野さんと認識。」
「よし、現在のステータスをダンプ。電池残量を音声で知らせろ。」
「こちら『ドリイ』。電池残量は、メイン98%、予備1 97%、予備2 98%です。」
「なんだよそれ、長野。」
「えっ?ボーカロイドの声をパクったんですけど・・・」
「いぁ、そーじゃなくてだ・・・なんで返事する。」
「ああ、元々『ドリイ』はAIなんで、これまで文字表示してたのを音声読み上げにしただけです。」
「田中ぁ、これおまいも噛んでるの?」
「え、えっ、まぁ、そのぉ・・・・・」
「おまいらなぁ・・・・いいじゃん!!どこまで音声制御できるのよ。」
「基本的なコマンドだけです。複数コマンドを一度に音声で命令はできません。」
「ふーん・・・俺でもできるのか。」
「音紋登録すれば・・・・」
「早速やってくれ。」
「はい。『ドリイ』音紋登録。」
「はい、長野さん。音紋登録起動しました。」
「吉村さん、そのマイクに自分の名前を3回言って下さい。」
「吉村、吉村、吉村。これでいいか。」
「音紋記録、アクセスレベルをキーボードから入力して下さい。」
「アクセスレベルはA、全コマンド許可と・・・」
「登録完了しました。登録者:吉村主任、アクセスレベルA」
「吉村さん、そこのマイクで『ドリイ』に音紋照合と言ってみて下さい。」
「『ドリイ』音紋照合。」
「『ドリイ』了解。音紋照合合致、吉村主任と認識。」
「これで吉村さんの声でコマンドできます。」
「なるほど。ちょっと試してみよう。『ドリイ』カメラを左右に振れ。」
コマンドに従って「ドリイ」がカメラを左右に振ったのがモニターで確認できた。
「いいねぇ。これリンクが繋がってる限り自律行動中でもコマンド可能なのか?」
「ええ。ただし自律行動中は『ドリイ』の判断ルーチンが優先しますが。」
「うん、そうだろうな。さて、『ドリイ』を潜らせよう。」
「了解。」
ケーブルを曳いた「ドリイ」は慎重に深度を増していった。ドリイのカメラには巨大生物の姿が密集している様子が捉えられていた。水深1000m付近で高粘度海水との境界面に到達した「ドリイ」はそれまでの重力沈下から、推進装置を起動して動力沈下に移行した。前回と違い温度上昇流を避けて沈下しているため、沈下自体は静穏なものだった。放射線測定装置の数値も何故かあまり上昇していない。海面までわき上がった温度上昇流の測定結果からすれば、酷く考えにくい状況だった。放射性核種が温度上昇流からあまり拡散していない事になるのだ。
水深1600m付近でケーブルを切り離した「ドリイ」は自分の持つ電池だけで残る1400mほどを沈下し始めた。前回のデーターから最も効率の良い推進器回転数を取った事で、電池の消耗は最低限に抑えられていた。呼吸する空気を考えなくて良い『ドリイ』は沈下に時間を掛けても問題ない。分速数mという気の長くなる速度で海底を目指す『ドリイ』だったが、それでも3時間ほどで海底がフラッドライトの照明に現れた。海底から10m程度の位置を保ったまま、「ドリイ」は矩形捜索に移行した。現在位置を原点として、カメラの視野、視界を10m程度と仮定した上で、原点から10m進み、針路を直角に変え、さらに10m、これを繰り返し、原点に戻ったなら10m進んでそこを新たな原点とし、同じ動作を繰り返す。次に新たな原点に戻った時、最初の進行方向と90度異なる方向に10m進み、同様な捜索を行う。スパイラル矩形捜索と呼ばれる手法だった。
海水の粘度による抵抗が大きいため、電池の容量が心配されたが、スパイラルを1周しただけで目的の潜水艦を発見した。大量のタンパク質が存在するにもかかわらず、海水の透明度が高い事が有利に働いたのだ。「ドリイ」は全体を俯瞰するため、一旦上昇し、フラッドライトの水中での限界付近からカメラを振って潜水艦の全体を視野に収めた。潜水艦は後部から中央部に掛けて巨人の手で握りつぶされた様に圧懐しており、後端から1/3くらいの部分に破口が見られた。全体像をカメラに収めた「ドリイ」は、破口部に向かって接近して行った。
破口部は他の圧懐部分のように、隔壁が破壊されなかった事で部材の延び限界に達し、溶接部分が裂けたものと思われた。間違いなく原子炉区画と思われた。原子炉区画は遮蔽のため、その前後の隔壁を厚くする。それが他の隔壁との強度差を生み、原子炉区画部分だけに裂け目が生じたものと思われた。
破口部分は一部に海水の濁りが生じていた。接近してみると濁りは内部ではなく、破口の外側から発生していた。多分、高温の海水に触れたタンパクが変異して透明性を失っているのでは、と想像されたが、接近を試みた「ドリイ」の放射線測定装置が極端に高い数値を示し、また「ドリイ」搭載の電子回路にエラーが生じたアラームが発生したため、それ上の接近ができなかった。
海中で電子回路にエラーを発生させるようなレベルの放射線量というのは、想像の難しいレベルの放射性物質が海中に放出されていることを示していた。このような状況から、「ドリイ」は破口から距離を取り、エラーを起こしたデバイスを遮断、自己診断に入った。自己診断の結果、メモリー素子の一つがビット欠けを起こしており、復旧出来ない事から、中性子線の存在が疑われた。α線やβ線では海中で「ドリイ」のように耐圧殻に囲まれた電子デバイスに影響を及ぼす事はできない。γ線は透過するかも知れないが、海水中であるため、電磁波であるγ線の透過距離は大きくないし、導体である耐圧殻の遮蔽効果も無視できない。可能性が一番高いのは中性子だった。しかし、それが示すことは、核燃料の環境露出だ。「ドリイ」管制室は、マニピュレーターに付いたCCDカメラを故障覚悟(CCDは放射線感受性を持ち、高線量では受光素子が破壊される。)で線量が低い部分の裂け目から内部に入れることを決断した。マニピュレーター先端部の照明に照らされて見えた内部は酷いものだった。圧力容器が破断していたのだ。数mを隔てた裂け目からですら燃料集合体が直接見える状態だった。そしてそこから見えるチェレンコフ光の状態はこの燃料集合体がいまだ核分裂連鎖反応を起こしている事を示していた。
深刻な状況だった。周囲の海水は膨大な量であるため、冷却される燃料集合体は溶融することすらできず、燃料ペレットに含まれるU235と副次的に生産されるPt239が尽きるまで、核分裂連鎖反応による放射性物質を排出し続けることになる。ここまでの状況が判明した時点でCCDカメラは映像を送ることが不可能になった。僅か数秒だったが、得られた情報は貴重だった。中性子がデバイスに飛び込んでも不思議では無い状況を確認した「みこもと」スタッフは、即座に「ドリイ」の回収に入った。
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