再調査
第28話です。
『金魚』の改造が終わるまで、「みこもと」は海底の音響異常域がどれほどの広がりを持っているのか、音響調査を行ったが、ピークから10海里以上離れても海底から数十mの処まで音響の伝搬異常を観測していた。改造が終わるまでのおよそ半日以上かけて、東西南北を調査したが、この状況に変わりは無かった。「みこもと」の観測スタッフは想像以上の広がりに、一様に驚きを隠せなかった。まだ増殖のメカニズムすら判明していないと言うのに、僅か一月余りでここまで増えるのは脅威と言うほか無かった。プリオンに類似した構造を持つとは言え、プリオンと同様のメカニズムを持っているのかさえ判明していない。そしてさらなる脅威は、「金魚」を曳くことで判明した。改造された「金魚」は最初のアイディアの他に、黒岩独自のアイディアが盛り込まれていた。その一つが「みずなぎ」の水中翼システム用サーボ制御装置だった。「みずなぎ」用の予備を流用して「金魚」の走行深度を決める潜舵を可変式に改造したのだ。これにより一旦回収すること無く走行深度を可変出来る。それまでの「金魚」用ケーブルでは電流容量の問題で搭載できなかったが、「ドリイ」用ケーブルを使うことで余裕の出来た電流容量がそれを可能にした。また制御にも、本来「ドリイ」制御用の多芯ケーブルが使われずに遊ぶ形になっていたものを流用していた。
投入された「金魚改」は、音響トランスポンダにより「みこもと」船内の「ドリイ」制御室から1m単位で制御が可能になっていた。
水深50mを越える辺りからそれは見え始めた。例のELと思しき発光現象だ。照明を点灯した全周カメラに捉えられたのは、海を埋め尽くさんばかりの、「みずなぎ」が発見した例の巨大生物だった。
可変式の潜舵を操作して曳航深度を増すほどにその密度は上がって行き、水深250m辺りではELによる発光で照明が不要なほどに密集していた。そして当然ごとくそれは起こった。
「金魚」と巨大生物との衝突が発生した。突如針路上に現れたそれを、深度を可変出来る様になったとはいえ、曳航されている「金魚」が避ける術は無かった。全周カメラの監視下、巨大生物の中に「金魚」が潜り込んでいく様はかなりシュールなものだったが、巨大生物の透明性がそれを和らげていた。しかし、巨大生物に完全に入り込んですら、曳航索にかかるテンションに大きな変化は見られなかった。「金魚」が生物に入り込むにつれ、それに先行する曳航索が生物の体を切り裂いて行く。しかし、濃いスープをナイフで切っても何も起きないように、切り裂かれた部分はが自動的にふさがって行く。不思議な光景だった。「金魚」と曳航索が通った跡に起きる発光現象でそこを通ったと判るだけであった。あの海底に蝟集していた「高粘度海水」と全く同じであった。そして、「みずなぎ」が受けた電撃は全く発生していない。
モニターを介してその一部始終を見た「みこもと」の研究員達は「金魚」が引き起こした状況でパニックに陥っていた。果たしてこの巨大な怪物は生物と呼べるのだろうか。
「吉村さん、これは個体ではなく群体だと思います。」海棲生物学の村木は吉村にそういった。
「それは判るが、なぜ、『みずなぎ』の時は、個体のような反応をしたのだろう。」
「そういう群体もあります。オビクラゲの仲間は。群体を構成する各細胞がそれぞれに分化して、別の役割を担います。これに少しでも似たものを探すとすれば、イシクラゲでしょうか。もっともこんなスープみたいなものじゃありませんが。」
「なるほど。しかしこの大きさで群体ってのもなぁ・・・」
「吉村さん、実験室での刺激試験で反応するものがかなり判ってます。『金魚』使って試験できないでしょうか。」
「それは第二段階にしよう。今は海中がどうなっているのか、が先決問題だ。」
「判りました。刺激すると何か判ると思いますので、是非やらせて下さい。」
「判った。優先順位を上げておこう。」
「お願いします。」
「田中君、『ドリイ』を降ろそう。このままじゃ何も判らん。特に沈んだ潜水艦がどうなっているのか知るのは最優先事項だ。」
「でも大丈夫ですかね。」
「君も見ただろ。『金魚』と曳航索が入り込んでも何も起きない。『ドリイ』も大丈夫だ。それに最悪でも自律制御で浮上は出来る。」
「判りました。それでは『ドリイ』を降ろします。」
「頼む。当初は電池節約のためケーブル曳くのか。」
「はい。丁度『金魚』に使ってるんで、用意は出来てますから。以前のように動けなくなったら、切り離して自律制御させます。」
「そうしてくれ。長野、水中データー伝送は行けるか?」
「屈折率が判ってますから、大丈夫だと思います。マルチパスはキャンセルします。」
「よし、それじゃみんな動こう。『ドリイ』を降ろすぞ。」
「みこもと」は一旦停船して「金魚」を引き上げ、「ドリイ」を降ろすためのマニューバーに入った。海流を読んでおよそ沈没潜水艦直上と思われる位置へ船を動かし、「ドリイ」投入を開始した。
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