潜水艦発見
第15話です。
「DORII」の孤独な戦いは、擾乱域からの脱出行動で始められた。熱上昇流による上向き加速度を相殺した上で、最大の前進力が得られる最適スラスター角を計算、擾乱によるヘッディングの狂いを細かく修正しながら、音響観測で得られた最近の擾乱境界面に向かって移動を開始した。10分後、約5mを移動して、擾乱域から脱出に成功、そのままスラスターによる動力沈降に移行したが、海水の粘性抵抗が予測より大きかったため、6m降下した時点で電池残量が10%以下となり、降下を停止、深度維持しながら海底をストロボ撮影、14ショット撮影した時点で電池残量が機能維持最低限に迫ったため、バルーン放出、海面への上昇を確認したあと、バックアップ以外の全電源を遮断、海面までの眠りについた。
海面までの上昇はおおむね無事といっても良かった。高粘度海水の部分ではバルーンの抵抗が上昇速度を減殺し、非常にゆっくりとした浮上速度だったが、高粘度域を抜けてからは正常な浮上速度に復帰した。途中、例の怪物に接触しそうな状況もあったが、なぜか怪物の方が避けるように収縮し、事なきを得た。しかし、そのようなスペクタクルがあった事を、「DORII」自身も、船上で浮上を待つ吉村たちも知る術は無かった。
海面に浮上した「DORII」は空気を取り込む事で機能する、空気電池が動作することで目覚めた。最低限の機能しか覚醒させなかったが、内蔵されているアンテナを延ばし、ビーコンを発信する程度の作業には十分すぎるほどだった。不慮の事故による沈下を防ぐための浮力体が2酸化炭素ガスによって膨張し、アンテナ基部が水面上に露出すると、直ちにビーコンを発信し始めた。
「ビーコン受信、『DORII』浮上しました。」
先刻から「DORII」のビーコン受信装置にかじりついていた田中が叫んだ。今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにしている。
「おお、無事だったか。」吉村もさすがに安堵の表情を浮かべていた。
「吉村さん、それじゃ早速回収班を向かわせます。」
「ありがとうございます、船長。宜しくお願いします。」
レーダーで位置を特定した後、回収班は「DORII」浮上点に向かった。重い「DORII」をゾディアックに回収するのは無理なため、2隻のゾディアックで曳航して「みこもと」の揚収ベイに引き入れ、走行クレーンでデッキ上に引き上げられた。
デッキへの収納をじりじりしながら待っていた田中は、固縛装置の締め付けを待たずに「DORII」によじ上り、耐圧構造の外部電源接続缶を開き、外部電源を接続した。さらに、非接触式データー端末接続点にラップトップを接続、「DORII」の覚醒作業に入った。
「いい子だから、無事に起きてくれ。」祈るような言葉をつぶやきながら田中はスリープモードの「DORII」AIプロセッサーを覚醒させた。
「DORII」の覚醒に問題は無かった。何事も無かったかのように、覚醒後のルーチン点検結果を田中が接続したラップトップに吐き出し、ワイアレス端末を起動して、待機モードに入った。田中はTCP/IP接続が確立したのを確認して、制御室に戻り、画像データーの回収に入った。
14コマ撮影された画像は圧縮されずにビットデーターの形でメモリーに取り込まれていた。たった14コマにも関わらず、300Mbを超えるデーター転送はUWBを使った高速無線伝送でもそれなりに時間のかかる作業だったが、解像度とのバーターなら価値があった。
「吉村主任、ビンゴです。「DORII」の撮影した画像に潜水艦の一部らしきものが写ってます。」
「DORII」浮上から2時間後、画像解析を行っていた田中が、制御室に現れた。
「うん、良くやった。早速、米海軍の連中に見てもらおう。」
「はい。とりあえず、制御室の大スクリーンに出せるよう、データー転送はすでに行っています。ただし、一次解析ですから、あまり詳細な部分までは判りません。詳細な解析はすでに長野さんが始めています。」
14コマの画像のうち、直感的に何かの物体が写っていると判るのは6コマあった。吉村に呼び出された例の二人を除く米海軍オブザーバーたちは、一次処理されただけの、その画像を見ただけで、それが潜水艦の一部であることを判別、確認した。しかし、実際にその艦を見ていない彼らにそれ以上の事を期待するのは無理だった。
「吉村主任、解析結果が出ました。ご覧願えますか。」長野からそう連絡があったのは深海探査艇「かいえん」艇長、長崎と捜索法についての検討を行っていた時だった。
深海探査艇「かいえん」は「しんかい6500」で培われた日本の深海探査艇技術を究極のレベルまで発展させた結晶とも言えるものだった。主要な要目は、
全長 13m
全幅 1.8m
全高 3.1m
最大潜入深度 1万3000m
安全潜入深度 1万900m
最大前進速度 3.5Kt
安全潜入速度 110m毎分
動力装置 純水封入型高効率交流水中電動機 4基 軸出力合計 8.4kW
推進装置 全周回転式可変ピッチ・ダクテッド・プロペラ 4基
電力装置 リチウム銀イオン複合型蓄電池集積体 2基 96V/4500Ah
同 リチウム触媒燃料改質型燃料電池集積体 2基 出力6kW
同 高効率交流インバーター 1基 出力 12KVA
観測装置 16関節AI制御マニピュレーター 2基
同 高解像度カラーCCDビデオカメラ 3基
同 2kW フラッドライト 3基
青緑レーザー/音響複合型多目的水中データー通信装置 一式
その他観測装置は計4カ所のベイにミッション別に搭載。
潜行可能時間 深度1万mにおいて70分
というものであったが、表に現れない部分に用いられた新技術やノウハウはまさに最先端技術の結晶と言えるものだった。例えば、1万メートルの深海の水圧に耐える浮力体や4基の推進機を操縦者の意思に従って常に最適化するAI技術など、深海底での安全性と機動力を高いレベルで統合するために用いられた高度な技術により、1万メートルの水深でも100メートルでのそれと同じ操作性を保つ事に成功していた。
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