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DORII 2

第14話です。

「一旦境界面から離れます。このままでは横転する可能性があります。」

そう言うと田中は「DORII」を一気に5mほど上昇させた。

「なんだ、内部波か何かなのか?」

「いえ、上昇乱流のような感じでした。現在境界面の上5mで安定しています。リアルタイムカメラを境界面に向けてみます。」

カメラの映像が映し出したのはチムニーから吹き出す熱水のような、陽炎のような映像だった。およそ差し渡し10mにも及ぶかという範囲が陽炎のように擾乱しているのが映像から確認できた。しかし高さはさほどでもなさそうで、境界面と思われるところから、1mほどで擾乱は終わっているように見えた。

「擾乱部にセンサーを下ろします。何か少しは判るかも知れません。」

「ああ、やってみてくれ。」

センサーの表示は上昇流であることを示していた。そして、温度が周囲の海水よりもコンマ数度高い事も同時に。

「吉村主任、これは熱上昇流です。この下に何か熱源があって、それによって発生した熱上昇流が境界面の擾乱をおこしているようです。」

「うん、そう見えるな。望月君、君はどう見る。」

「確かに熱上昇流と思えます。問題は熱源ですね。この海域にはホットスポットは知られていません。もちろん、調査が未だ進んでいない海域ですから、知られざるそれも無いとは言いませんが、この調査区画前後の区画ではそのような兆候はありませんでしたから、ほとんど点熱源という事になります。それは非常に考えにくい。原潜の原子炉廃熱と考える方がはるかに合理的です。」

「うなづける見解だ。長野君、この擾乱を要素に加えた場合、ここに潜水艦が沈んでいる蓋然性はどのくらいになる。」

「ソナーデーターが信頼できませんから、誤差が大きい事を承知願った上で、単純推測演算の結果は78%の蓋然性という結果が出ています。データー誤差による低下を30%と見積もっても50%近い蓋然性を有している事になります。」

「判った。十分調査に値する目標であると判断して良さそうだな。それでは、田中君、『DORII』を動力潜入で境界層以下へ潜入させてくれたまえ。喪失等の最悪の事態についての責任は全て私が持つ。従って慎重かつ大胆に実行してくれ。」

「了解」とだけ田中は答えると、村上にピッチ、ロール軸の安定操作を任せ、「DORII」を一気に30mほど上昇させた。垂直方向の最大速度である3ノットの速度を稼ぐためだった。慎重に位置決めを行った後、全てのスラスターを上に向け、全出力で「DORII」を擾乱の中心部に向けて降下させた。熱上昇流の中を降下させるのは、若干でも海水の粘度が低くなっていると思われるからだった。

高粘度域に突入した瞬間、4基のスラスター全てに一瞬過負荷警報が現れたが、すぐに自律制御がモーターへの電流を制限し、続いて最適化制御を行う事で、安定した推力を持続するように働いたため、姿勢の大きな崩れは無かった。さすがに粘度の高い熱上昇流の中では実質降下速度は1ノット以下に落ち込んだが、それ自体は織り込みずみであった。しかし、高粘度域へ潜入するにつれ、曳いているケーブルの粘性抵抗が増大し、速度がさらに低下すると同時に操縦の自由度も次第に失われはじめた。結局、約800mを降下し、海底に接近した頃にはケーブルは先端の5mほどを除いて、ほとんど自由度を失っていた。

「海底まで25m。フラッドライト点灯します。」

それまで暗くなっていたメインスクリーンが明るくなり、CCDカメラの映像が映し出された。しかし、擾乱による散乱のためか、海底までフッドライトが届かない様子で、スクリーンには陽炎のような擾乱の様子だけが映し出されるだけだった。

「どうも良く判らんな。やはりもっと下がらないとだめなようだな。」

「吉村主任、ケーブルを曳いている限り、この辺が限界です。現在、スラスターフル稼働で、降下速度はほとんどゼロ、前後左右の動きも非常に制限されています。」

「何とかならんかね、田中君。せめて擾乱部分から出る事は出来ないかね。」

「ケーブルを切り離さない限り無理だと思います。ただし、ケーブルを切り離した場合、スラスターの消費電力から言って、内蔵の電池だけでの持続時間は良くて25分程度になります。現在でもモーターは過電流ぎりぎりのレベルで働いてますから。」

「やはり、切り離さないと無理か。よし、切り離そう。『DORII』の自律能力と学習能力に賭けよう。もともとそういう目的で作られたロボットだ、この程度の異常事態程度、自力で乗り切ってデーターを持ち帰らなけりゃ、作った意味が無い。」

「しかし、吉村さん、この状況ではまったくデーターのやりとりができません。船上からのコマンドバックアップも無理です。ケーブルを切り離した瞬間、『DORII』は完全独立で行動する事になります。これまで、一度もそういう状況での試験をしていませんが?」

「田中君、判ってるよ。しかし、『DORII』は君らが手塩にかけたロボットだ。君らが一番彼の能力を知っているんじゃないのか?たしか、シミュレーターでは完全独立運行もやってるはずだと思ったが?」

「シミュレーターでは確かにやってます。しかし、あくまでも普通の海水での状況で、こんなに異なった環境でのシミュレーションはさすがにやった事がありません。」

「その辺は『DORII』の自律能力と学習能力に期待しよう。田中君、大丈夫、きっと『DORII』はうまくやるよ。」

「判りました。吉村さんがそうおっしゃるなら、完全独立制御に入れてみます。村上、独立制御のプログラムを入力して、ケーブルが繋がっているうちに試験してくれ。俺の方は擾乱域の脱出時間とその後の海底観測時間がどうなるか、シミュレーターを走らせる。制御特性はもう十分にデーターがあるよな。それ、こっちにダンプしてくれ。長野さん、すみません、シミュレーターの方、手を貸して頂けますか。」

「ほい。引き受けた。」

準備は30分ほどで終わった。最大の問題は観測プログラムだった。擾乱域からの脱出時間が計算出来ないため、最も短い観測時間で結果が得られるように設定する必要があった。現在深度で擾乱域を脱出、10m降下して海底をCCDカメラでスキャン、電源容量一杯までそれを行って、バルーンにより浮上という手順が最も妥当と思われたが、電源の残量が不明なため、海底のスキャンは賭けに近い事やバルーンによる浮上が高粘度海水中でも可能かどうか、など未知数の問題を多く抱えていた。

「プログラム完了。脱出、降下、撮影、バルーン放出、の手順です。電源残量が少ない場合は10m降下を省略、25mから一発ストロボでの撮影になります。」

「了解。村上君もいいな。それでは、独立行動モード起動、ケーブルを切り離してくれ。」

「独立行動モード起動完了。すでにケーブルからの制御を離れました。ただいま待機中。ケーブル切り離し後の予測浮上時間は1時間55分後。それではケーブル切り離します。観測プログラム起動、3、2、1ケーブル切り離し。・・・・ケーブルモニターでは切り離しは成功です。」

「ご苦労様。とりあえずこれまでのデーターを各自持ち帰って、分析してくれ。特に高粘度海水の素因についての検討が欲しい。望月君よろしく。それでは『DORII』浮上後、もう一度ここへ集合してくれたまえ。以上。」

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