DORII
第13話「ドリイ」の活躍です。
数分後、「DORII」は異常水域に到達していた。それまでも徐々に海水比重、密度の変化は連続していたが、この深度を境に不連続面とでも言える部分が形成されていた。「DORII」はその深度に一旦停止し、直下にある不連続面下層の海水採取とその分析を開始した。
「うわっ、こりゃ海水ってよりも、ゼリーに近いですよ。粘度が飛躍的に大きくなってます。海水採集プローブが沈んで行かないですよ。」
田中が言った通り、境界面でプローブが止まっているように見えた。
「『DORII』は潜入出来ると思うかね。」吉村が聞いた。
「別に物理的な壁があるわけじゃありませんから、時間をかければ潜入するとは思いますが、沈下速度は粘性抵抗で極端に遅くなると思います。粘性抵抗はある程度形状依存しますから、『DORII』のような外部突起物の多い形状では避けようがないですね。」
「何か方法は無いのかね、その、もう少し早く沈める方法だが・・・。」
「これまでも、徐々に海水比重が上がる事で、余分なバラストを取り込んでますから、あまり余裕は残ってません。浮力調整による潜入には限界がありそうです。あとはケーブルが繋がってますから、動力潜入くらいしか・・・」
「田中君、『DORII』の音響観測装置は下へ延ばせるタイプでしたよね。とりあえず音響観測プローブだけでも下げて見て、不連続面以下の音響特性がどうなってるのか調べて見たらどうでしょう。その結果次第では『DORII』を潜入させる必要がないかもしれないし・・・」と望月が提案した。
「お、それやってみる価値がありそうだ。田中君、可能かね。」
「はい。出来ると思います。ただし、サイドスキャンのような精度はありませんが。」
「それ、こちらにもメリットありそうですよ。田中君今の状況で、プローブの3次元位置はどのくらいの精度で判るの?」ソナー解析を行っている長野が聞いた。
「そうですね、今の状況ならCm単位で判ると思います。でもそれで何か判るんですか?」
「うん、搭載ソナーの問題はこの異常水域の屈折率が判らなかった事なんだ。でも異常水域の中、正確に判明している位置に発音体があれば、屈折率が正確にわかるでしょう。ならば、後はその分補正すれば、それなりの精度の海底地形が得られる。ま、これ以下に不連続面が無いと仮定しての話だけれど、ともかく『DORII』からプローブ下ろせば、その辺も判るわけだし、かなり有用ですよ、このアイディア。」
「よし、判った。田中君、『DORII』を不連続境界面で潜入停止、音響プローブを下ろしてくれますか。」
田中は準備を完了すると同時にプローブを繰り出し所定の位置に固定する操作を開始した。抵抗を低く抑えた形状であるにも関わらず、プローブはなかなか所定の位置に到達しなかった。それでも、「DORII」そのものを沈めるよりは遥かに短い時間でしかなかったが。
「所定深度です。発振開始します。」田中は音響プローブの発音体を稼働させ、海底に向かって超音波探信を開始した。それと同時に長野は音響プローブからの直接波を「みこもと」搭載の受聴装置で受信、屈折率の測定を開始した。
「DORII」の音響プローブによる探査結果は明るいものだった。現在の不連続面以下に新たな不連続面は存在しない事をそのデーターは示していた。粘度は非常に高いが、これより以下では密度、比重等の大きな変化は無いようであった。この結果を受け、これまでに観測されたサイドスキャンソナーのデーターを観測された屈折率に基づいて再解析した結果、本来の精度ではないものの一応理解可能な形での海底地形が判明した。そして、その新たに作成された3次元海底図には非常に興味深いものが映し出されていた。
「吉村さん、ちょっとこれ、見てもらえますか?今、そっちのスクリーンに出します。」
長野は吉村を呼ぶと、それまで作業を行っていたスクリーンから、メインの大スクリーンに画像を切り替えた。
「なんか見つけたのか?」そう言いながら、吉村が大スクリーンを見ると、そこにはサイドスキャン特有の線図で構成された海底地形が表示されていた。
「今出しているのは、3000mから俯瞰した、異常水域中央部の再構成海底地形です。画面丁度中央右寄りに他のピークよりも横長のピークが見えます。これ非常に怪しい。現在拡大再構成中ですが、長さから言って潜水艦に非常に近いです。」
「長野君、すると、このピークが着底した潜水艦ではないか、という事なのか?」
「はい、その通りです。おおむねこの海域の海底は平坦で、顕著な海底の突起物はあまり見られません。ですから、この再構成図に現れている海底地形の大半は異常水域の境界面の揺れ、内部波などによるものですが、から来る屈折率誤差に起因するものと考えられます。だとすれば、横長の海底地形は実際の地形を表している可能性が強い。そういうことになります。」
「なるほど。田中君、『DORII』から確認する方法はないかな?」
「『DORII』をその地形らしきものの真上に移動して、今回と同じ、音響プローブで確認するのが一番早そうに思います。少しづつ移動してみればもっとはっきりしますが、プローブを下ろしたまま移動するのは海水の粘度を考えるとちょっとどうかと・・・」
「判った。しかし,他に方法が無いなら最悪『DORII』そのものを近くまで下ろす事も考えておかないとだめだろう。ともかく直上と思われる位置まで『DORII』を移動させよう。田中君、始めてくれ。」
「了解。」
「DORII」の移動そのものは簡単だった。音響プローブを巻き上げ、現在位置から1/4海里ほどの距離を水平移動するだけに過ぎなかった。問題が起きたのはその直後だった。
「吉村主任、乱流があるようです。『DORII』の制御がうまくゆきません。」
リアルタイム映像のスクリーンもそれを裏付けるようにマニュピュレーターが振動している映像を映し出していた。
ご意見ご感想をお待ちしております。