分析
第11話です。前節が短かったので、同時投稿します。
ここから時間が現在時に戻ります。
浮上に成功した「みずなぎ」一号艇は、ボンベに最後に残った燃料を使って、ネガチブタンクを排水し、いまや水面から90Cmの高さに露頂していた。
上部ハッチから頭だけ出した津田は緊急用VHFウォーキートーキーで母船と連絡を付けようとしていた。
「みこもと1、みこもと1、こちら、みずなぎ1、感度ありますか。」
「みずなぎ1、こちらみこもと3、浮上したのか?」
以外と強力な信号に驚いた津田は、水平線を見渡した。艇首から右舷30度ほどの方位、水平線上に黒いものが見え隠れしていた。
「みこもと3、ゾディアックですか?」
「その通り。こちらからはそちらが見えない。方位をくれ。どうぞ。」
腕に付けた腕時計型コンパスを瞬時に読み取り、磁方位を計算した津田は、
「こちらからは、そちらが見える。そちらからの方位240度方向、距離は概ね3海里ほどと思う。どうぞ。」
「了解、直ちにそちらに向かう。待機願う。」
「みずなぎ1了解。待機します。」
ほどなく、白波を蹴立ててこちらへ向かうゾディアックが見えて来た。ゾディアックでもこちらを視認したらしく、若干進路を変更して真っすぐ向かってくるようだった。
「艇長、ゾディアックが来ます。すでにこちらを視認したようです。」
「おー、そうか。そういや着水時に一緒にゾディアックを降ろしたが、あれか。」
「そのようですね。運用課の先読みに今回は助けられましたね。」
「そうだな。後で船長に礼をしなくちゃな。」
ほどなくゾディアックが接舷し、ウエットスーツを着た回収要員が飛び込んで双方をロープで繋いだ。安全のために「みずなぎ」の乗員は三名ともゾディアックに移り、ハッチを水密にして曳航する事になった。すでに母船へはゾディアックから連絡が取れており、全速力でこちらへ向かっていた。
「いったい、何が起きたんだい、野瀬さん。」
母船に戻った「みずなぎ」一号艇のメンバーは、食事と30分の休憩を与えられた後、観測班会議室での状況説明に呼び出された。運用課からは船長、観測班は吉村、二人の長と、今後の解析に必要と思われるメンバーが集合した会議室で最初に吉村が口を開いた。
「私の方からは起きた事実だけですね。青緑レーザーの調整中、海水の異常を見つけて、それの確認中に突然あの怪物が凄い早さで動き、前後端で艇を挟んだ。その瞬間、ピカ、ドカーン、電源が落ちて艇内が真っ暗になった。それだけです。詳しい現象の説明は津田君、望月君の方が私より適任でしょう。」
津田、望月もそれに続き、津田は電撃について、望月は海水の異常について、それぞれ説明を行ったが、まったく想定されていなかった現象であり、直後に電源を失った事から定量的な分析が不可能だった事もあり、結局皮相的な分析以上の事はどちらもできなかった。
「さてと、事情は判った。これまでの状況説明から、専門的立場で何か判るかね。生物学的見地としてはどうかね、村木君。」
「データーが少なすぎて難しいですが、判っている事だけを羅列してみますと、まず、巨大であること、ELによると思われる発光をしている事、この2点と電撃を受けた事を合わせると、相当に高い発電能力を持つようですね。生体発電は普通それ専門の細胞組織が関与しているのですが、ビデオで見る限り、そのような組織は見当たらない。だいたいにおいて、細胞組織があるのかさえ判らないわけで、この辺はまったく謎です。今回の件でサンプルの採取は危険が伴う事が判ったわけですし、別の手法で解明するしか方法は無いようですね。生物学的には全くの新種、それも今世紀最大規模の発見になると思いますが。」
「生態学の立場からはどうですか、チャンさん。」
「問題は何を食べてるかです。こんな大きな体を維持するのは大変です。食物連鎖のどこに位置するの。いっそ何も食べてくれない方が説明がやさしいです。どのニッチに当てはめるのか、発電能力はいったい何のためか。自分が直接攻撃されたわけではないのに、攻撃行動を取った意味は。本当に謎だらけ。大変興味深いです。」
「吉村さん、ちょっとよろしいですか。」電磁気学の藤村が発言を求めた。
「どうぞ。」
「あくまでも電気的な見地ですが、海水中でどうやってこんな電圧、電流を扱える絶縁性を保持しているのでしょうか?電撃を受けたという事は、それまでは絶縁状態にあり、艇に触れた瞬間にその絶縁性を喪失した、という事になります。そんな都合の良い絶縁物はこれまで知られていません。強いて言えば半導体でしょうが、生体が半導体になったという事実を知りません。多分、物理的、電気的物性はこれまで知られていないものかも知れません。宇宙からやってきた生物と断定したいくらいです。」
「私も物理屋のはしくれだから、君の気持ちは判る。しかし、宇宙生物というのは少し棚上げしておきましょう。船長、船の安全の立場から何かありますでしょうか?」
「さきほど藤村さんに予測してもらったんだが、同じレベルの電撃を受けた場合、本船でも何か障害が発生する可能性があるようだ。ただし、「みずなぎ」と異なり、本船の場合全体が金属なゆえ、局部電位は「みずなぎ」ほどは上昇しないらしい。今、地絡保護付き電流制限器と継電器の系統を調べてる。当座、安全性は低下するが、地絡保護無しのものにメインの線路だけでも交換を急がせている。物理的な力は大した事なさそうなのは「みずなぎ」を見れば判るし、表層まで上がれるのかも不明だから、当面は電源喪失の事態に陥らない対策だけで行こうと思っている。以上です。」
「了解しました。さて、この怪物と海水異常が今回のミッション目的と関連するかなんだが・・・情報が少なすぎて分析が難しいのは判るが、何か意見はないだろうか。」
最初に口を開いたのは津田だった。
「我々が受けた電撃で原子力潜水艦がどうこうなるものか、その情報が必要だと思います。米海軍の技術の連中に聴いて見たいのですが。」
「あー、それはもっともな考えだな。津田君、ちょっと呼んでもらえるかな。あー頼むからあの二人は別にしてくれってな。」
米軍側も今回の顛末には興味があったらしく、潜水艦技術を担任する士官がすぐに顔を出した。転送された生物のビデオと、これまでの顛末を説明された士官はさすがに驚いたようだった。
「ところで、通訳が必要ならチャンさん、お願いします。さて、どうだろう、このような電撃で原子力潜水艦が何か被害を受けるだろうか。」
士官の答えはチャンを通じてだった。話が専門的になるため、片言の日本語では表現しきれないためだった。
「一般的な原子力潜水艦であれば、問題ないでしょう。原子力潜水艦はその原理上、非常に大きな電力の発電を常時行いますから、基準電位保持にはかなり気を使って建造されます。しかし、今回の新型では大深度運用のため複合素材を多用しているという噂です。正確な情報は我々も持ち合わせていません。噂レベルの話では、形状保持に複合素材を、耐圧船殻にはチタン内張をしたCFRPが使用されていると言われています。この場合「みずなぎ」と類似した現象が発生するのを否定できません。」
その時だった。大声で
「Shut up! No more!」
と叫ぶ声がした。例の二人のうち一人が叫んでいた。もう一人が吉村に詰め寄り、早口に何事かまくしたてた。チャンがそれを通訳したが、もちろん通訳できない4文字言葉は省略してだった。
「なぜ、我々に黙って会合を開いた。資格の無いものが機密情報に触れる事は許されない。即座に解散せよ。」
これを聴いた吉村は、怒るより先に呆れ返った。ボランティアで捜索に参加している他国船舶に乗り込んで、機密保持やら解散命令やら、いったい何を考えているんだ?というのが感想だった。
「船長、すみませんが、保安要員を呼んでもらえませんか?捜索活動を妨害するつもりらしいんで、拘束する事を具申します。」吉村は真顔で船長にそう提案した。
「そうですね。事を荒立てるのは本意ではありませんが、これまでにも、不審な動きが多すぎました。拘束して米側と話し合うのが筋でしょうね。保安要員、船長命令。この二人を拘束しろ。自室に拘束、以後命あるまで2名の保安要員を24時間立たせるように。かかれ。」
「みこもと」乗り組みの保安要員は常時は4名で接岸時の保安を担任するだけであったが、今回は事情が事情だっただけに倍の8名に増員していた。どの保安要員も警視庁警備課からの出向で、逮捕術をマスターしている猛者だった。二人は初め抵抗したが、その道の専門家4名が相手では相手が悪すぎた。すぐに取り押さえられ、自室に軟禁される事になった。
この騒ぎで会合は一旦解散、後刻検討の上、再集合することになった。その再集合までの間、自室に引き取っていた吉村に米海軍派遣の残りの6名が面会を求めた。
「吉村サン、我々は抗議シマス。」
「あー、判った、判った。抗議は聴いた。で、本題はなんだ。」
「書類ニシテオイテクダサイネ。」
「どこで覚えたんだ、そんなお役所日本語。ったく・・・」
「英語デイイデスネ。」
以下便宜上英語を日本語に訳した形で進めるが、
「一応抗議しておかないと、後でいろいろとうるさいので・・・・」
「つましきものは、日米変わらんなぁ・・・ご苦労なこった。まず、連中は何者だ。」
「あれは、国家安全保障省の連中です。大使館が司令部にごり押しして、オブザーバーの資格で参加しました。海軍の制服は便宜上です。彼らの兵役経歴は陸軍でしかありません。指揮権要求した事を知って、彼らにはあくまでもオブザーバーである旨注意したのですが、無駄だったようです。」
「ああ、その後もサーバーへの無制限アクセス要求やら、衛星通信の占有要求やら、なんかメチャクチャな要求をしていたぞ。」
「困ったもんです。遭難がテロ行為の可能性有りとかの理屈を付けて、何にでも首を突っ込んでくる。」
「こちらでは、一応、横須賀と協議して取り扱いを決めようかと思っているんだが、君たちの意見はどうかね。」
「多分、司令部でも持て余すと思います。今や国家安全保障省たるや飛ぶ鳥を落とす勢いですからね。キャプテン滝川に任せたらいかがかと・・・」
「なるほど。しかし、君らは日本人より日本的思考じゃないか。」
「郷に入っては郷に従え。」
「負けた・・・・」
ここから現時間です。
国家安全保障省の件はある程度実体験だったりします。
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