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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
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小さな勇者

 留学、というものはただの厄介払いだった。名目は他国との友好関係を築くため、幅広い知識に触れるため、などが上げられた。しかしそれは表向きの理由だ。実際は俺を良く思っていない兄たちが計画し、進言したのだろう――母である王妃に。


 直系の王族特有の銀髪。2人の兄がくすんだ銀髪であるのに対し、俺や妹は父王と同じ透けるような銀髪だった。今思えば、兄たちの態度は髪色に対する嫉妬だったのだろう。それでもまだ子供だった俺にとって、ひとりで留学することよりも、兄たちにそこまで嫌われている、というのがつらかった。

 それに俺たち4人の実母であるはずの王妃は兄たちには優しく、なぜか俺にはほとんど口さえ聞こうとはしなかった。だから本当は望みもしない留学を、自分が逃げるために利用したのだ。


 成長したと思っていた。

 名しか知らなかった国で、周りにはほとんど供もいない状態で生きてきた、というだけで。

「……目の前の人間すら守れないとは」 


 ――強くなる。

 たとえ王にはならなくとも、ここは自分の守るべき国なのだから。


 + + + +


 先ほどまで静かだった町中はざわめきを取り戻しつつある。山賊たちがヴィルデの町から逃げ出した後、ようやく来た自警団たちや屋内へ逃げ込んでいた住人たちが外へ出てきたからだ。

 普段よりも多くの喧騒が飛び交う中、山賊たちの被害者であった女性は、娘である花売りの少女と共に町の女性たちに囲まれていた。けがの手当てか、女性はゆっくりと背中を押されながらすぐ近くの民家へと入っていった。

 残った女性たちや、自警団たち数人が壊れた屋台の後片付けをしている。売り物だったはずの果物はほとんどが土で汚れ、踏みつぶされたものも数多くあった。

「俺たちも手伝います」

 自然と、ナテア達3人もその中に入っていった。



「――あ、これもまだ大丈夫ね」

 

 ナテアは言いながら地面に落ちていた果物を拾う。先ほどの騒ぎでつぶれたりしたものがほとんどだが、それでも無事なものもいくつか残っているのだ。ナテアは着ているワンピースの裾を持ち上げ、その中に果物を入れていった。ワンピースの下には長ズボンを履いているため素足は見えない。両手では持ち切れそうにないほどの果物を拾ったナテアは、そのひとつを自分の服にこすりつけ、土を軽く払った。


「あら、結構拾ったね! それじゃあこっちへ持ってきてもらおうか。これから水で洗い流すからね」

 ナテアに声をかけたのは恰幅の良いおばさんだった。彼女は周りにいる女性たちにも次々と呼びかける。その大きな声でナテアと同じように、ワンピースやエプロンをかご代わりにして果物を拾っていた女性たちが集まってきた。

「思ったよりもたくさん残ってよかったわ」

「少し傷がついてるけど大丈夫よね」

 用意された木の箱に果物を入れていく。洗うために近くの井戸からたっぷりの水も木の箱の周りに置かれていた。


「――おい、何やってんだ?」

「クラウス? ……あぁ、ちょっと休憩中」

 声を上げ、女性たちをまとめていたおばさんを中心に、数人の女性たちが丁寧に汚れを落としていく。あまり大勢でしても邪魔になるだろうと思ったナテアは、休憩もかねて壁に寄りかかりながら女性たちの様子を眺めていた。

 ナテアの視線を辿ったクラウスは果物を洗う女性たちを見ると「なるほどな」と頷いた。


「……そっちは? 終わったの?」

 ナテアは自分と同じように壁に寄りかかるクラウスを見上げる。クラウスは孤児院を出てきた時よりも少しだけ汚れた服で汗を拭っていた。

「ほとんどな。ヴィーも、もう来るんじゃないか?」

 落ちた果物を拾ったり、被害者の女性を手当てしている女性たちとは別に、自警団を中心とした男性たちは壊れた屋台や、散らばった木片を片づけていた。しかしそれもほとんど終わったようだ。


「クラウス、もういいそうだ」

 壁に立ち並んでいた2人にヴィーが近づきながら話しかける。途中、ナテア達の方へと向かうヴィルフリートに対して「おつかれ!」と声をかける男性が何人かいた。

 ヴィルフリートはクラウスと同じように服が若干汚れているようだが、目深にかぶったフードは町に来た時から変わらない。初めは少しばかり不審に見られはしたものの、積極的に折れた木材を運ぶなどの姿に、最終的には町の男たちとまるで仲間のように接していた。

 

「――これからどうするの?」

 だいぶ落ち着きはしたが、まだ町の外には残党が残っているかもしれない。そのため、町中は安全だが外が今現在どうなっているか分からなかった。

「そう、だな。この状態じゃあ今はまだ出られない感じだな。まぁ、少し遅れても馬でとばせば大丈夫だろ」

 外に出たとして、もしかしたら自警団から山賊と間違えられるかもしれない。間違えられるだけならいいが、集団で攻撃をされる可能性も少なくはないのだ。

 

「クラウスはまだしばらくここにいるとして、ナテアはどうするんだ?」

 クラウスを見送るために来たナテアは特に町にとどまる理由はなかった。ナテアは被害者の女性と娘の花売りの少女にひと言声をかけたいと思っていたが、まだ手当てが終わっていないのか、外に出てくる気配はないようだ。

「うん……。一度、孤児院に帰ろうと思う。報告とか、まだいってないと思うし」

 この辺り一帯、クレナート領の領主である院長に今起こった出来事を伝えなければならないのだ。普段なら自警団の人間がその役目を果たすのだが、このままだったら今日の夕方辺りになるかもしれない。

 逃げた山賊たちを追いかけに行った多くの団員達がまだ帰ってこない様子から、ナテアは昇りきった太陽を眩しそうに手をかざし、見上げながら呟いた。




「ヴィル様……! やっとみつけましたよ!」

 

 ナテア達がこれからのことを話していた時、ナテア達の方へ歩いてくる若い男性がいた。顔立ちなどから年はナテア達よりもいくつか上だろうと思われる。額を濡らす汗と少しばかり荒げた息の男性はヴィルフリートを見ると安心したように大きく息を吐いた。


「なんだ、ジーンか。丁度いい、今から向かうところだった」

「は、はぁ……、あなたという人は。町が騒ぎになっていると聞いて、俺がどれだけ心配したと思っているんですか」

 ヴィルフリートの言葉にジーンと呼ばれた男性はがっくりとうなだれる。しかし、すぐに立ち直ったジーンは次に、ヴィルフリートと共にいるナテアとクラウスに視線を移した。態度には表さないが、その視線は2人を訝しげに見ている。それに気がついたヴィルフリートが紹介のために口を開く。

「ジーン、この2人がナテアとクラウスだ」

「ナテア、クラウス……? あぁ! 会うことができたのですね」

 どうやらナテアとクラウスのことを知っているらしいジーンに、今度はナテア達が説明を求めるような目でヴィーを見た。

「ヴィー? ……ええと、どういうこと?」


 首を傾げるナテアに「申し遅れました」とジーンが1歩前に出る。

「ヴェル様の侍従をしております、ジーン・ヘリンソンと申します」

 そう言い、腰を折るジーンにつられて、ナテアとクラウスも小さく頭を下げる。

「ジーンは俺の兄のような存在だ。2人のことももちろん知っている」

「それはもう……、なんども、聞かされましたからね」

  なんども、ジーンは意地悪そうな顔で強調する。

「……ふん」

 ヴィルフリートはそんなジーンの言葉が気に食わなかったのか、顔を逸らし鼻を鳴らした。 

 

 ヴィルフリートとジーンの上下関係は互いの言葉づかいで把握できるが、それ以外では友人のようにも見える。

 ジーンは侍従、と言っていたが王子であるヴィルフリートに対しての態度が所々、親しい友人といるかのように接していた。



「くすっ」

 ナテアは3人に聞こえない程度の声で笑みを漏らした。ヴィルフリートとほとんど変わらない身長のクラウスやその2人よりも頭半分ほど高いジーンには気づくことのできないものを見たからだ。

 ヴィルフリートが銀髪を隠すため、ヴィルデの町中でずっと被っているフード。離れた場所やヴィルフリートと同じ目線だったら独特の髪だけではなく、顔の表情も伺うことはできないだろう――その照れたように赤くなった顔も。

 身長差で下から見上げるナテアだけが気付いた変化。ナテアはヴィルフリートと久しぶりに再会して初めは随分と変わってしまったと思っていた。背丈や物腰、言葉づかいを含めた多くのものが。だが、変わってないものもあったのだ。


「――っジーン、馬をかりる。2頭連れてこい」

 ごほん、と咳をしたヴィルフリートはジーンに命をだす。まるで照れ隠しのようなその仕草にジーンは一瞬ニヤリと笑ったが、すぐに表情を戻した。

「馬を? どうなさるのですか?」

 ヴィルフリートたちが王都へ帰る予定は今日ではなかった。ジーンのもっともな問いにヴィルフリートは「クラウスに貸すのだ」と話す。

「そうなのですか。それでは今から連れてまいりますのでお待ちください」

 なるほど、と頷くとジーンは礼をして足早に立ち去り、普段の活発さを取り戻しつつある町の人ごみに消えていった。




「――にしても、」

 ジーンが立ち去った後、それまでほとんど黙っていたクラウスがジーンの向かった方向に目をやりながら口を開いた。

「ヴィー、本当に偉かったんだな」

 クラウスは「はー」と息を吐きながら改めて確認する。ヴィルフリート自体は目立たないようにしているからか、見た目だけならば服装などはナテアやクラウスと変わらない。

 しかし今いた、ヴィル様の従者、であるジーンの姿はナテア達とは違い、まるで貴族のような身なりであった。豪奢ではないが見ただけで質の良い服はそれだけで、ヴィルフリートとジーンの主従関係を間違えそうなほどに。


「……本当に、とはなんだ。本当にとは」

 ヴィルフリートの少しふてくされた声に、クラウスが「悪い、悪い」と笑う。2人のやりとりにナテアは小さく微笑んでいると、賑やかに町人たちが行き交う町中でひと際ざわり、とするのが聞こえた。

「なんだろ……?」

 ナテアはざわめきの元となっている方向へと視線を向ける。

 また山賊か?――とも思われたが、どうやら違うようだ。3人が耳を澄ませば「よかったねぇ」と言いあう人々の声が聞こえてくる。



「――あの子」

 ざわめきの中にいる親子をみると、ナテアはぽつりと呟いた。その親子は町中へ入りこんだ山賊たちに被害を受けた親子だった。

 母親の方は顔や手に手当てをした跡がある。体を庇うように歩く様子から腹や背中など、服で見えない部分も怪我をしているだろう女性は、娘と並んで今まで治療を受けていた家から出てきた。

 

 女性の無事を確認すると3人はほっと息をついた。それでも女性の傷を見ると何もできなかった自分に後悔してしまう。ナテア達が内心、やり切れない気持ちでその様子を見ていると、母親の隣にいた少女が「あ!」と声をあげた。


「さっきの……! お兄さんたち!」

 少女がナテア達の方を見たと思うと、ぱたぱたと走り寄ってきた。

「……わっ、走ると危ないよ」

 ナテアは走った勢いが強すぎてよろめきながら立ち止まる少女を抱きとめる。ごめんなさい、と素直に顔をあげて謝る少女には怪我の跡はなかった。


「頑張ったな」

 ナテアの腰に抱きついた形の少女の頭をクラウスが撫でる。山賊に立ち向かった勇気を称えるその言葉に、少女はぱちぱちと瞬きをすると誇らしげに頷いた。

「うん! だってママだから!」

「お母さんのこと大好きなんだね」

 ナテアがそう言うと少女は笑顔で返す。本当に大好きなのだろう、その気持ちが少女に勇気を与えたのだ。

「でも後でママに怒られちゃったんです」

 えへへ、と少女は母親に怒られたと口では言っているが、後悔している様子ではなかった。まるで自分のことを勇者のように話し、けれども本当は怖かったのだと続けた。

 

 ヴィーが少女に近づき、少しだけ腰を折る。

「きっと母君は怪我でもしないかと心配でならなかったのだ。分かるだろう?」

 少女の母親の立場なら、少女が山賊たちの前に出てきたときはどのような気持ちだったのだろう。きっと生きた心地はしなかったはずだ。少女は無言で頷くと、ヴィルフリートの方へ顔をあげた。


「……おうじさま?」

 ぽつり、と少女の口から出た言葉に3人が一瞬で体を固まらせる。少女は腰を折った状態のヴィルフリートの顔を覗きこみこんだまま、首を傾げた。


 まさか、ばれてしまったのかという同様を隠しながらナテアが聞いた。

「ど、どうして? どうして王子様って思うの?」

 偶然出た言葉だとはしても、もしかしたら、とナテアの声はかすかに震える。

 同様に、ヴィルフリートとクラウスの息を飲む音も聞こえた気がした……しかし。

 しかし、少女の答えは3人の考えとは遥かに違うものであった。


「物語のおうじさまみたいだったから! おにいさん、すっごくきれい!」


「え……」

「っぶ!」

 口を開けてぽかんとするナテアと吹きだしたクラウスに対し、ヴィルフリートは口端を引きつらせた。

 


 そんな3人の様子など気にかけるでもない少女は、続けて思った事を口にする。

「――おねえさん、おねえさんはどっちなんですか?」

 少女はナテアの服の裾を引っ張り、近づけた耳元で内緒話をするときのような小声で聞いてきた。

「――え、何が?」

 王子発言は少女の勘違いであったことでほっとしながら、ナテアも少女と同じく小声で聞き返す。

「恋人です。どっちのおにいさん?」

 

 こいびと、コイビト、恋人……。


 ナテアは少女の言葉を頭の中で反芻させる。そして少女の言葉の意味を理解すると急激に顔を赤らめた。

「――へっ?! な、なな何?」

 予想外の質問にナテアは大声をあげる。だが、動転しているナテアはそれどころではなかった。

「恋人、じゃないんですか?」

 なおも続く言葉にナテアの顔は真っ赤になり、口はぱくぱくとするばかりだ。


「なにしてるの、早く来なさいっ」


 少し離れた場所から少女を呼ぶ母親の声が響く。はーい、と返すと少女はナテアに言った。

「早くしないと盗られちゃいますよ?」

「なっ……!」

 小さく笑う少女にナテアは再度顔を赤らめる。

 少女はというと、「頑張ってください」と手を振りながら母親の元へと戻っていった。

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