重なる偶然
「ヴィーが今日来てくれてよかった。1日でも遅れたらこうやって会えなかったよ」
久しぶりに再会したナテアとクラウス、ヴィーの3人は泉から移動するために、森の中を歩いていた。
泉から森の外まで整備された道はない。そのため人ひとり通れるほどの細い獣道を縦に並んで進まなければならなかった。草が生い茂っている道は知らない人間ならば気がつかないかもしれない。先頭にはその道を歩くのに慣れたナテアがいた。
「1日でも、とはどういうことだ?」
前を行くナテアの背を見ながらヴィーが首を傾げる。ナテアは道を阻む枝を鬱陶しげに払い前を向いたまま話した。
「クラウスは今日で王都へ帰る予定だからね。ここ数年はクラウスにもあまり会えなかったし、こうやって3人で会えたのは本当に偶然!」
「クラウスは王都で暮らしているのか?」
ヴィーの問いにクラウスは得意げに口を開いた。
「まあ騎士見習いとして、な。いつか必ず正騎士になるつもりだ」
ナテア達のいるダールベルク王国には騎士制度がある。騎士は国を防衛し、町の安全のために働き、そして一度戦争が起きれば国の為に剣を抜く者たちだ。まだまだ戦争や内粉が多く、戦いの為に命を落とすことさえある職業の為、国民からは憧れのまなざしで見られることも少なくはない。
「正騎士って! 大きく出たね~」
「うるさいぞ、ナテア!」
ははは! と笑うナテアにクラウスは後ろから声をあげる。
騎士には3つの階級が存在する。それは正騎士と準騎士、見習い騎士だ。見習い騎士は若者がほとんどで、準騎士になるための訓練を受けている。そして1番人数が多いのは準騎士。見習い騎士を卒業したものか、または貴族の子弟がこれになれる。その準騎士で何らかの功績をあげた者が正騎士になることができるのだ。正騎士と準騎士の違いは位の差、正騎士は騎士団だけではなく国政にも影響を与えるのだ。もし平民での人間が正騎士になれば貴族と同等の、元々貴族の人間ならば大臣などに及ぶほどの権力になる。
しかしそれだけの権力をもつ正騎士には簡単になることはできない。騎士としての力量はもちろん、聡明さや内政、外政の知識、その他いろいろなものが求められるからだ。
ダールベルク王国に住む人間ならば誰もが知っている事実だ。だから騎士を志す者でも正騎士を目指す者は少ない。それでも正騎士になると言いきるクラウスに、ナテアは笑いながらも心では応援していた。
「騎士、か」
ヴィーはナテアとクラウスを見ながら何かを考えるように手を口に当てた。
「―――それじゃあ一度孤児院で必要な荷物を持ってから町へ行くでしょ?」
「そうだな。準備はしてあるし。ま、そもそも荷物自体少ないからな」
森からでた3人は体に付いている葉や枝を払いながら孤児院へと向かう。敷地内の畑の方からは子供たちの笑い声が聞こえる―――遊びたい盛りの子供たちだが、ナテアを含む年長者の言いつけを守り、仕事をこなしているようだ。
「じゃあ俺、準備してくる」
「院長にあったら挨拶してよね!」
わかった、とナテアの声を背中で聞きながらクラウスは孤児院の館の中へと入っていった。
扉が閉まるのを見届けるとナテアはヴィーを振り仰ぐ。森から出てあまり言葉を発さなかったヴィーを見ながら、そういえばヴィーとここに来るのは初めてだと気がついた。
「びっくりした?」
ナテアの言葉にヴィーは「いいや」と首を振る。
「……いや、やはり少しは驚いたかな」
「でしょ? 敷地自体は広いし、館もりっぱだけど所々痛んでいるし。それに館に合うような庭園なんかじゃなくて畑が館を囲んでるしね」
自嘲するナテアを見下ろすヴィーは笑みを浮かべながら「違う」と再度首を振った。
「この場所を見たのは初めてではないからそう驚いてはいない。ただここは相変わらず、暖かいな」
一度大きく瞬きをして言葉の意味を理解したナテアはにこり、と笑った。
「ナテア、帰ったのか」
館からではなく、子供たちの声が聞こえていた畑から現れたのは院長だった。泥で汚れた動きやすい服装に日よけの帽子を被った様相は、普段館にいるときの姿とはかなりかけ離れている。遠くにはまだ子供たちの声が聞こえているところから、他の大人も一緒に付いているのだろう。
「ただいま戻りました」
ナテアは小さく礼をすると話を続ける。
「クラウスが今から町を出ると。だから下まで見送ろうと思って」
そうか、と返す院長はナテアから隣に立っているヴィーに視線を向けた。
「まさかとは思いますが、もしやヴィルフリート殿下では?」
「……さすがにこの姿では私が誰だかすぐに分かってしまうな」
太陽の下で銀色に輝く髪を摘まみ、苦笑いする。そしてヴィー、ヴィルフリートは地面に膝をつこうとする院長に手のひらを立てて制した。
「私は頭を下げさせるために来たのではない。友人に会いに来ただけなのだ。それでも膝をつこうというのなら私も頭を下げ、この地の領主である貴殿に非礼を詫びよう。突然来て驚かせたのは私なのだから」
ヴィルフリートの言葉で頭を伏せ、膝をつこうとしていた院長が顔をあげた。
「子供の話だと、最後まで聞きはしても真剣に耳を傾けたことはありませんでした。しかし本当に銀色の髪の子と友人だったとは……」
力なく言う院長にナテアは目を向ける。
「今日会ったのは偶然だったんだけどね。本当はずっと会えないんじゃないかと思っていて、だから偶然でもクラウスとヴィーと3人一緒に会えたことがすごく嬉しいです!」
破顔するナテアを見た院長は釣られたように微笑み返した。しかし一方では眉を寄せて何かに苦悶する様子だ。高齢のために皮膚に現れる皺のおかげで眉間の皺には気付かれなかったが。
「準備はしたけどさー、院長はいなかったぜー」
突如開かれた扉に、院長を含む3人は一斉に館から出てきたクラウスに顔を向けた。
「……って、院長ここにいたんですか? あれ? 会話の途中だった、のか……?」
「いいや、大丈夫だクラウス。出ていく前に子供達には会わなくていいのか?」
扉を開けた瞬間、3人の視線を浴びたクラウスは一瞬動きを止めたが院長に話しかけられてまた動き始めた。
「はい。また数ヵ月後に会うわけですし」
そうだな、と言う院長に一礼したクラウスは手に持った荷物を肩にかける。
「それじゃあ私はクラウスを見送ってきます」
「気をつけて行きなさい。……殿下もどうかお気をつけて」
院長はそう言うと浅く立礼をする。
「偶然、……いや運命か」
この孤児院の院長であり、裏の森や丘の下にある町周辺一帯を治めるクレナート領主は徐々に小さくなる3人の後ろ姿を何かと重ねるように見ていた。
院長と別れた3人は町へ行くため、丘を下っていた。草花が広がるその丘に孤児院の方向から声が突然響きわたる。
「クラウスー!」
子供の高い声はナテア達の足を止めた。
「また帰ってくるよねー?」
3人が振りかえると、院長の周りに集まる子供達が見えた。院長の姿と同様に子供たちの服も畑仕事で汚れているのは遠目でもわかる。
「ああ! だからお前らもいい子で待ってろよ!」
一生懸命に腕を振る子供たちにクラウスも大きく振り返した。
町に着いたナテア達はひと息をつくため、足を止めていた。食堂や宿以外にも出店や屋台などが見受けられ、道では行き交う人の間を子供たちが走り回っている。全体的にこの町はいつも賑やかな声で溢れていた。
「さ、町に着いたし、馬でも借りてこないとな」
王都に行くまでの手段は馬か馬車が一般的だ。中には徒歩という人間もいるが、時間が掛かるうえに危険なのでほとんどいない。
町に着く前、髪を隠すようにフードを深くかぶったヴィルフリートがある提案をする。
「……馬なら俺が連れてきたのをやってもいいが」
「は? ……いや、さすがに駄目だろ。王子の馬を借りるとか」
そう言うクライスを見ながらナテアは苦笑いし、同意するように頷いた。ヴィルフリートの中ではクラウスとナテアは友人かもしれないが違う人間、特に王子だと知っている人間からすれば2人はただの平民なのだから。
「いや、大丈夫だろう。ここに来る前に寄った街で荷物を乗せるために連れてきた馬だからな。その荷物も今はほとんどないし、まだ他にも何頭かいる。だから心配はないはずだ」
ナテアとクラウスの考えが分かったヴィルフリートは肩をあげながら理由を説明する。
「本当か?! あー、でもなぁ……」
独り言を言いながら悩む。だがヴィーの馬を貰えば手間も金も掛からないということが大きかったらしい。結局クラウスはヴィルフリートの案を受けた。
「それなら今から俺が滞在している宿に行くか」
ナテアとクラウスはフード姿のヴィルフリートについて馬を預けている宿へと向かうことになった。