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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
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身分と友達

 森の泉にいるのは3人の、子供というよりも大人に近い青年達。それでもまだ若干の幼さを残した様子の彼らは互いに見つめ合うように立っていた。


「ここに来れば2人に会えると思った。正解だったな」

 そう言いながらナテアとクラウスのいる泉の方へ歩いてくるのは成長した姿のヴィーだった。会わなかった数年の間に成長したヴィーだが、新緑を思わせる色の瞳や銀色の髪は2人の記憶の中と一緒で変わらない。

 何が起こっているのか分からない、といった表情の2人にヴィーは目を細める。


「本当にヴィー、だよな?」

「……ああ」

「本当の本当、よね?」

「ああ、……って何度言わせるんだよ」

 クラウスとナテアが交互に呟く。その2人は揃ってぽかんと口を開けている。泉には毎年訪れていたがヴィーと会うことはこれまでなかった。そしてヴィーは相変わらず2人とは比べ物にならないほどのいでたちだった。2人は再会を期待していたが、自分たちとヴィーとの関係を考えるとこれからも会うことはないと思っていた。

 クラウスとナテアは予想外の出来事に驚くことしかできない。ヴィーはそんな2人を見て苦笑いしながら歩み寄った。



「あの時、急にいなくなってすまなかったな」

 あの時、とはナテア達3人が最後に会った時のことだろう。ヴィーは2人の前に立つと、まず別れを告げずに去ったことを謝った。


 久しぶりに再会した友人を目の前にして、クラウスは少しばかりたどたどしく返事をする。

「……あの時って? まぁ、……あれからちょーっとは時間経ったな」

「そうだね。ま、クラウスは『今年もヴィーは来ないな』なんて、寂しがってたけど」

「は、はぁ? 別に寂しがってはねーよ!」

 にやり、とするナテアに向かってあわてた口調のクラウス。

 ヴィーはクラウスとナテアの反応に1度目を見開くと小さく口元を緩めた。そして2人のやり取りを見やると口をはさむ。


「そうか。クラウスは俺が急に消えて寂しかったのか」

「はぁ?! だ、だからそんなことひと言もいってねーし!」

「またまた~。私、知ってるんだからね。毎年この時期になるとここに来てたでしょ」

 下から見上げるナテアと目の合ったクラウスは顔をそらしながら「別に、たまたまだし!」と声をあげる。

 

 照れているのか、顔を背けたクラウスを見てナテアが笑う。笑われたことと照れ隠しの為か、少し不機嫌になったクラウスは唇を尖らせ話を変える。

「そんなことよりもさ、……ヴィーって変わったよな」

 そう言いながらヴィーを見るクラウスに、ナテアも頷く。

「確かに。身長なんかはかなり変わったよね。なんだか雰囲気も違うような気もするし、最初は誰だかわかんなかったよ。でも次にはすぐヴィーだって気付いたけどね!」

 ナテアはうんうんと首を縦に振る。

 幼いころの姿しか記憶にない2人には余計にヴィーの変化に目がいった。まだ久しぶりに会って少ししか話していないが、話し方や雰囲気、立ち振る舞いが昔と違うことが分かる。髪色や顔立ちなどの容姿がナテア達の知っているヴィーの面影を残していたため判断することができていたが、もし再会した当初に兄弟、または親類だと言われれば2人はそれを信じたかもしれない。


「そうか? 変わったと言われればそうかもしれない。変わらざる負えなかったから……」

 初めて出会ったころのように、ヴィーは感情を表さずに言った。なおも続けようとするヴィーにナテアが声を重ねる。

「でも。でも、私たちは覚えてるから。あのころのヴィーを」

 ナテアは笑みを浮かべながらヴィーを見やった。

「……そう言うナテアは変わらないな。いや、小さくなったか?」

「ええっ? それはヴィーがおっきくなったんでしょ!」

「ははは! 確かにちっこいな、ナテアは。細ッこいしな。ちゃんと食べてんのか?」

 ヴィーだけではなく、クラウスにまで小さいと言われたナテアは2人を睨むように見上げる。しかし2人にはナテアの睨みは効かなかった。涙を浮かべながら見上げる少女など、可愛くは感じても怖くは感じない2人はそれでも一生懸命に睨んでいる様子のナテアを見て、頬を緩めた。


 

「そういえばさ、何で今まで来なかったんだ? あ、別に言いたくないならいいけどさ。……俺ら2日前に町へ降りたんだぜ、噂を聞いて」

 まだ怒っているそぶりのナテアを横目で見ながらクラウスが問いかける。さきほどまでのたどたどしさはもうない。

 何かを含ませた言い方に、ヴィーはナテアから視線をそらしクラウスに顔を向け目を見たかと思うと、目線を下へ向けた。

「……あの時は俺も馬車に乗ってはいたんだが。というか知ってたんだな、俺のこと」

 ヴィーはそう言うと下げた視線を元に戻す。顔をあげるとクラウスだけではなく、ナテアもヴィーを見ていた。


「あの頃は知らなかったんだけどね……。私たちにとってはあまりにもかけ離れていたから」

 何も知らなかった頃を思い出しているのか、ナテアの目は遠くを見ているようだった。



 ヴィーはナテアを見ると気づかれない様に唇を噛んだ。ナテアと同じようにクラウスも何か思っているのか、どこか違うところを見ている。そしてそんな2人を一瞥いちべつし、心の中で小さく呻いた。―――2人も他のやつらと一緒なのか、と。


 ヴィーの周りにいる人間は大抵、彼の容姿を伺うと媚びへつらうか恐れるかのどちらかだった。それは彼より年上であっても、また見ず知らずであってもだ。そういった目で見ないのは彼の家族と唯一の親友だけだ。

 いや、妹以外の家族はまた違った目で見ているな。ヴィーは家族の顔を思い出すと「ふっ」と鼻で笑う。

「……ヴィー? どうしたの?」

 ナテアが覗き込みながら聞いてくる。

 ―――目の前にいる2人はどのような態度に出るのだろうか。幼いころを知っている間柄だからと、何かを求めてくるのか、それともこれからは関わらないでくれと恐れるか、だ。

 ヴィーはこれまでの経験からこれから起こるであろう出来事を予測する。苛立ちを顔に出さない様に。しかしもしかしたら………


「2人は俺が誰だか知っているんだろう?」

 知らず知らずに低く、人を威圧するような声色で問いかけた。

 そしてヴィーは2人が媚びた目つきで自分を見る姿を想像すると眉間にしわを寄せた。


「王子様でしょ?」

「…………は?」

 ヴィーはあっけらかんと答えるナテアに、今度は自身がぽかんと口を開けた。

 ナテアはそんな様子のヴィーを見てきょとんと首を傾げる。


「え、まさか違った?! うそ! 恥ずかしいっ」

 ぽかん、としているヴィーを見て間違ったと思ったらしいナテアが口に手を当てながらあわてている。

「そんなことはないはずだけどな? ヴィーは銀髪だし。いや、王族かそれに近い大貴族か?」

 ナテアの横でぶつぶつとクラウスがいっている。

 特に演じているわけでもない様子の2人をみたヴィーはいつの間にか眉間のしわをといていた。


「いや、2人の考えていたので合っている。……俺はこの国、ダールベルク国王の息子だ」

 最初に予想していたのとは違った2人に少し肩の力を抜きつつも、はっきりと身分を明かした今、どのような反応を返すのかと気を張りながら目の前の2人を見つめた。


「ナテア! やっぱりな、俺の言ったとおりだろ?」

「うわぁ~、ヴィーって本物の王子様だったんだ。でも言われれば確かにって感じ」

 クラウスとナテアはそれぞれ声をあげ交わす。そして容姿だの、服装だの、気品だのと次々とヴィーが王子であるという理由を述べていった。


 2人だけで盛り上がっていく会話にヴィーは少したじろいだ。それと同時に今までにない反応になんと続けたらいいか分からなかった。

「な、何かないのか? 俺に言いたいこととか……」

 ヴィーは自分でそういいながら、これまでのことを思い出していた。

 自分の周りにいる貴族、一回り以上年上の者でも王族の血を引く証の1つである自分の銀髪を見れば、見ている側が不快になるほど腰を低くし話しかけてくる。貴族の令嬢ならば誘うような上目づかいで、またこちらも同じように不快に感じるほどの態度で接してくるのだ。


「んー、特にないな。……しいていえば苦手だ」

「え、クラウスって王族の人で知ってる人とかいるの?」

 ヴィーはクラウスの言葉に、過去の出来事を思い出し再度眉間に寄せていた皺のまま聞き返した。

「普通は……王子だと、王族だと分かったら媚びるか恐れるかのどちらかのはずだ。2人は俺に対して何もないのか?」

 戸惑いの表情で話すヴィーにナテアとクラウスは「どうして?」と不思議なものでも見たかのように、互いに顔を見合わせる。

「普通って……確かにヴィーの周りはそうかもしんないけどさ、別にヴィーが王子と分かっても媚びたり怖がったりするのは変じゃないか? 友達だろ?」

 クラウスの言葉にヴィーは大きく目を開く。当たり前だろ、と言うように語るクラウスにヴィーは自分の態度を悔いた。


「私も、……王子だからって、王族だからって関係ないと思う。って言っても孤児院出身の私たちがヴィーと友達だなんて本当は恐れ多いことかもしれないけど。でもここにいる間だけ、3人でいるときだけは友達と言ってもいいでしょ?」

 ナテアは白い歯を見せながら言う。

 ヴィーは2人の言葉を聞き、自分自身が考えていたことを思い出し恥ずかしさを感じた。自分は2人を疑うような目で見ていたのに、クラウスとナテアは真っ直ぐに自分だけを見ていたからだ。


「あぁ、……俺はここで出会ったのがナテアとクラウスでよかったよ」

 目を細め、ゆるく笑いながら言うヴィーに2人は笑顔を返した。


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