表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
5/27

笑顔の記憶

 ダールベルク王国内の片田舎にある小さな町、ヴィルデ。そのヴィルデの丘の上には孤児院と呼ばれる屋敷があった。数年前までは隣国との国境沿いであったヴィルデは、今では国の領土拡大のために自然と、国境とは離れた場所に位置している。町自体には特に目立った特産物があるわけでもなく、有名な観光地があるわけでもない。それでも国が領土拡大する前までは、国境の町として商人や吟遊詩人、時には他国の人間なども町を訪れていた。しかし今現在、広大な領土に住む国内の人間でこのヴィルデの町に訪れようとするものは数えるほどだった。

 だが一般の民が来ようとは考えない、そんなヴィルデの町にわざわざ訪れるもの達がいた。



「―――あ! やっときた!」


 孤児院の裏にある森の中、その森が開けた場所にある泉に3人の子供がいた。先に泉にいたのは1人の女の子と1人の男の子。女の子は長くふわふわとした金髪を紐で2つにまとめている。泉の周りに生えている野花を摘み、編んでいたのか、女の子の周りには色鮮やかな花輪が落ちていた。


「おそいぞ、ヴィー! 俺たちがどれだけまったと思ってるんだ?」

 

 次に声をあげたのは女の子の横にいる男の子。座って花輪を作っている女の子の隣で寝ころんでいたためにその女の子よりも少し遅れて、今来た男の子に声をかける。起き上がると地面に直に体を横たえていたせいで、背中や短い赤銅色の髪に草や花びらがついていた。


 泉の近くにいた2人が声をかけたのは森から現れた1人の男の子だった。体格から男の子を呼ぶ2人よりも少し年上だと分かるが、自信のなさそうな、大人しそうな表情から実際の大きさよりも小さく見え、赤銅色の髪の少年と同じくらいに感じる。

 その大人しそうな少年は泉で少年を待っていたらしい2人よりも格別に身なりの良い服を着ており、靴も森の中を歩くには綺麗過ぎていた。しかし少年に目を向けるとしたら上質な服や靴でないだろう。

 ―――銀色に輝く髪。風でさらさらと揺れる様はまるで上等な絹にも見え、加えて整った容姿によって、少年を夜空に輝く月の使者だと言うものもいるかもしれない。


 そして少年は2人の元へと歩み寄りながら申し訳なさそうに眉を寄せる。

「ご、ごめん……。抜け出すのにちょっと手間取ってしまって。……お詫びというか、これ持ってきた」


 はい、と言いながらヴィーと呼ばれた男の子がポケットから小さな何かを取り出した。子供の片手で収まる程のそれは、繊細な刺繍が施された白いハンカチに包まれたもの。ヴィーは中身を落とさない様に、そのハンカチをそっと開く。


「わぁー、きれい! これくれるの?」

「なんだこれ? ―――ガラス玉、か?」

 ヴィーが持ってきたものは親指の爪程の、一見したらガラス玉に見えるものだった。小さなそれに、ナテアは空色の瞳をキラキラ輝かせながら覗きこむ。

「ちがうよクラウスー。キャンディーだよ、これ。……ヴィー、食べてもいいの?」

「うん。ナテアとクラウスにって思って持ってきたから。全部いいよ」

  

 ヴィーがそう言うや否や、ナテアはいくつかあるうちの1つ、赤いキャンディーを摘まみ、口に入れた。

「あまーい! ムムの実の味だーっ。クラウスも食べなよ!」

 きゃっきゃっと笑顔のナテアを見ながら「こんなきれいなの食べるのか?」と言いながら恐る恐る、ぱくり、と口にした。



「ねぇヴィー、どうして今日はおそかったの? もしかしてキャンディー持ってきたから?」

 溶けて小さくなったキャンディーをカラカラと口の中で転がしながらナテアが言った。同じくクラウスも噛まずに、味わうようにして舐めている。

「んと、少しごえいが、……人が多くなってて。で、でも大丈夫だから!」


 ナテアの質問にしょんぼりとした様子を見せるヴィー。幼いナテアから見ても、ヴィーがナテア達のような孤児、いや、町の1番裕福な家の子供より身分が上だと気づいていた。しかしヴィーはそのことについて話そうとはせず、またナテア達もヴィーについて聞こうとはせずに友人として迎え入れていた。


「それよりも、さっきは大きな声出してわるかったな。今日はどれくらいいれるんだ?」

 初めは恐々と口にしたキャンディーが気にいったのか、クラウスは機嫌よくヴィーに話しかける。

「え、えと、昨日よりは早く帰らないといけないかも……。抜け出していることがばれたらここには来れなくなるだろうし………」

 しょんばりとしていた体がさらに肩を落としたことで小さくなる。


 そんな様子のヴィーをみてクラウスが慰めるように声をかけた。

「あんまりむりして来んなよ? 家の人に怒られるかもだしさ。それに来年もあるし」

「そうだよ! 来年も3人であそびたいから、今ヴィーが怒られてここに来れなくなるのはだよ!」

「……うん。ありがと」

 クラウスとナテアの言葉に少し照れた様子のヴィーの顔。ぎこちなく唇の端をあげて笑うヴィーを見て、ナテアは周りに咲く花達のように笑顔になった。


 ヴィーの小さく笑う様子を見ていたクラウスは腕を組みながら言った。

「ヴィーはさ、あれだよな。なんて言うか、堅い! もっとこう、『にぃっ』と歯を見せて笑ってみろよ」

 そう言いだすとクラウスは自身の両頬を引っ張りながら「わりゃえ~」とヴィーに顔を向ける。

 しかし笑いだしたのはヴィーではなく、

「きゃははははっ! なにそれーっ、変なかお~!」

 両手をお腹に当てて大声で笑うナテアだった。


 素直に笑うナテアに気分が乗ったクラウスはさらに続ける。そして初めはどのように反応すればいいか分からなかったヴィーも、口を大きく開けて笑いこけるナテアを見て、たまらずに爆笑した。

「あははは! ふふ、ははっ! 何、その顔っ、おもしろいっ」

 まるで腹をよじるように笑うヴィーにクラウスは満足した様子だった。


「それが『笑う』ってことだ。ヴィーはいつも偉い大人みたいな風にしか笑わないから気持ち悪かったんだよな」

 頬から手を離し、赤くなっているのを労わるように揉みながらクラウスは言った。

 

 遠回しでもなく、嘘でもない本当の気持ちをはっきりと伝えるクラウスに一瞬目を大きく開いたヴィーは口角をあげ、苦笑いした。それでも気分を害した感じでもなく、「わかった」と逆に嬉しそうに言葉を返した。


「クラウスの顔もちょっと気持ち悪かった~」

「はぁ?! あれはわざとだし。わ、ざ、と!」

 先ほどのクラウスを真似するように、ナテアが頬を軽く伸ばした。クラウスはそれに唇を尖らせてむっ、とした表情になる。

 

「……はは、ふははっ!」

 その様子を見ていたヴィーが突然笑い出した。元々あまり笑わないヴィーに、今日2度も声をあげる姿を見たナテア達は驚いた顔をする。ナテアとクラウスが言いあうのを止めてもまだ笑い続けるヴィーに2人も自然と笑みを漏らした。



 ナテアとクライスがヴィーについて知っているのはほんの少しだけ。名前と年と、上に兄がいて下には妹がいるということ。

 ナテア達2人がヴィーに出会ったのは丁度1年前の今頃の季節。2人がこの泉のある場所で遊んでいたときに、偶然ヴィーがやってきたのがきっかけだ。遊ぶ、というのは薬草を摘んだり木の実を拾ったりという2人の仕事の合間だったりもしたのだが。この町の子供ではないというのはすぐに気がついた。自分たちや町の子供の身なりの違いで分かったのだ。

 

 気がついたら毎日一緒にいた。名前を知っていて、友達になっていた。

 そして1年前の春の終わり、夏になりかけた頃、ヴィーは急にいなくなった。 

 悲しくなかったのは、それでもまた会えるとなんとなく分かっていたから。たった数カ月だったけれども、子供のナテア達にとって友達になるのには時間の短さなんて関係なかった。


 そして今年もまた会うことができた。初めて出会ったこの泉で。

 小さく風が吹き、花びらが舞う。ナテアが摘んだ花も風に揺れている。

 今年はまだ春、花の季節で夏は遠い。だから3人はもう少しの間、この泉で遊ぶことができると思っていた。


 だけどその「もう少しの間」は突然消えた。

 大声で笑いあった次の日、急に来なくなったヴィーをナテアとクラウスは心配したが探すことはできなかった。知っていることが少なすぎたから。そして3人で話した「来年」もその次もやってはこなかった……。

 あれから毎年、春になるとナテアはこの泉に足を運ぶようになった。成長するにつれて、兄弟たちの世話や仕事に追われるようになり、訪れることが少なくなった思い出の泉に。

 騎士見習いになるため、王都へ行ったクラウスも春には必ず休暇のついでに孤児院へ戻ってくる。ヴィーが来ることはなかったのだがあのころを思い出すように、泉に行った。気付くと、春になれば必ず泉へと向かうようになっていたのだ。



 そして突然の別れから数年後―――ナテア17歳の春。


「まさか、……ヴィー、なのか?」

 クラウスがナテアの横で小さく言った。


「あぁ、久しぶりだな。……クラウス、ナテア」 

 懐かしい友人に再会した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ