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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
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思い出の場所

 孤児院の外には色とりどりの小さな花があちらこちらに咲いている。特に誰が手入れをしているわけではないが、毎年暖かなこの時期になると孤児院を囲むようにほころびる。そしてその花は玄関や広い食卓にある花瓶に生けられ、飾り気のない建物内を彩っていた。

 そんな花達を摘んでくるのはナテアが妹、弟と呼んでいる下の子供たち。今年も女の子たちが中心となって様々な種類の花を摘んできた。

 数年前から始り、今では春の行事のようになっている。今年もナテアは妹達と協力して花瓶に生けた花を飾っていった。


 ナテアは花が咲き乱れるこの季節が好きだった。花だけではなく、丘に吹く暖かな風も。そして丘や森はナテアを懐かしくも感じさせた。

 また、孤児院の裏にある森の中にもナテアがこの時期を好きだと感じさせる場所があった。その場所は昔、幼馴染であるクラウスとそしてもう1人の幼馴染とよく遊んだ場所だった。


「クラウス、こんな所にいたの?」

 ナテアは泉の淵に立っている幼馴染に声をかけた。

「ナテアか。……今日で出発だからな、その前に一度ここに寄っておこうと思って」

 声をかけられたクラウスが泉とは反対方向にいるナテアに振りかえる。


 先日、下の町に王都から王族が視察にきて2日が経った。まだその余韻が残ってはいるものの、ほとんどが普段の生活にもどりつつある。クライスは町が落ち着きを取り戻した今日、自身も王都へと帰ると話していた。

 

「そう……。でもあっちに帰る前に一度、孤児院に寄るでしょ? 急にいなくなるとみんな寂しがるよ?」

 ナテアはそう言いながらクラウスの方へと歩み寄った。泉の水はそこに住む魚たちを見ることができるほど透明感がある。森に囲われたこの場所はナテア達の思い出の場所。空から見たらぽっかりと空いているであろうこの泉に太陽の光が降り注ぐ。


 風は暖かくなったものの、まだ冬の名残を残す森の泉は冷たいだろう。ナテアはクラウスの横に立つと、しゃがみ込んだ。


「今年も来なかったな、あいつ」


 泉のほとりにしゃがみこんだナテアに向かってクラウスは呟いた。小さな声だったが、森の静かな空間の中でははっきりと聞きとることができる。


「……分かってる。それと、クラウスが私を町に誘った理由も」

 ナテアはそう言葉を返しながら泉の透き通る水に触れた。やはり冬の名残を残しているのか、水は暖かな陽気に比べてひんやりと冷たい。

「まぁ……あいつのこともあるが、たまには外に出た方がいいんじゃないか? いつまでもここにいるわけじゃないんだし」

 目では上から見下ろすように言うクラウスはどこか遠くを見ているようだ。

「それは……」


「なんていうかさ、俺らはもう子供じゃないんだし。久しぶりに会ったけどあいつらも随分成長してた―――」

 孤児院のある方向に視線を向けながらクラウスは言った。しかしいつまでたっても返事が返ってこないのを不思議に思い、ナテアへと視線を戻した。


「ナ、ナテア?」

 膝を抱えうずくまるナテアにどうしたのかと尋ねる。それでも反応がないナテアにクラウスはあわてた。

 反応もなく、丸まっているナテアに何かしてしまったのかと両手を振りながらナテアに声をかけ続ける。


「クラウス……」

 屈みこんだまま動かないナテアはそのままの体勢で囁くように名前を呼ぶ。その声が聞こえたのか、クラウスは動かしていた腕を下ろす。

「私たちはもう子供じゃないんだよね」

 そう言いながらクラウスに並ぶように立ちあがった。座らずに屈んでいたからか、ナテアは足が少ししびれているように感じる。


「俺らだけじゃなくて下のあいつらもいつかは大人になるよ」

「そうだね……」

「でも、」


 向かいあうようにしてナテアとクラウスは立っていた。でも……、と続けるクラウスにいつの間にこんなに背が高くなったんだろう、と思いながらナテアは言葉に耳を傾ける。


「ここは変わらない。もちろん俺も、まだ会ってないから分かんないけどあいつだって変わってないと思う」


 水面で魚が跳ねる。森の中にあるここはいつも時間がゆったりと流れていた。キラキラと輝く泉にひっそりと咲く小さな野の花。今の季節はいたるところに花が咲いているが夏、秋、冬になればまた違う様子を伺うことができる。


 普段よりもいくぶん真剣な顔で話すクラウスにナテアは「ぷっ」とふきだした。そんなナテアを見たクラウスは唇を尖らせ、ムッとする。

「……なんだよ、なんで笑うんだよ」

「だって……クラウスの真面目な顔、久しぶりっていうか」

 ナテアは手の甲で口元を押さえながら笑いを殺す。

「俺はいつだってマジメなつもりだ」

「えぇ~、恰好つけてるかと思った!」

 くすくす笑うナテアに対しクラウスは手を腰にあて、にやりと口角をあげる。

「惚れたか?」

 クラウスの言葉に対し、ナテアは「あはは!」と声を立てた。

「はははっ! 何でそこで惚れたってなるの?」


 動物の鳴き声や風の音しかない森にナテアとクラウスの笑い声が響く。笑いながらナテアは心の中でほっと溜息をついていた。真剣な顔で「変わらない」と言ったクラウスの横顔。口では変わらないと言っているのに、その横顔が、雰囲気が、声の低さが前よりも違って見えたから。

 下から見上げたクラウスに一瞬どきりとした。ナテアはその動悸を隠すかのように声をあげて笑う。


 2人で笑い合っているとかさり、と枝の揺れる音がした。森の動物ではなく人の気配に、音が鳴るよりも前に気付いたナテアとクラウスは笑うのを止め、同時に振り向いた。音がしたのは泉に来たナテアが最初にいた場所。その場所から1人の人間が現れた。


「うそ…………」

「まさか、」

 生い茂る枝葉をかき分けながら、泉へやってきたのは1人の青年だった。日差しに反射するように輝く銀色の髪。

 森には下の町や他から猟師などが狩りをするためにくることがあるが、それ以外の人間が、しかも若者が用もなく来ることはほとんどない。しかしそういった事をなしにしても見間違えることはないだろう。


 目を見開き、固まったままのナテアの横でクラウスが小さく言った。

「まさか、……ヴィー、なのか?」

 

 クラウスが呼ぶのは幼馴染の名前。数年ぶりに聞いた名前にナテアは懐かしさが溢れた。

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