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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
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町へ行こう!

「―――ナテアはどうするんだい?」

「……え?」

 ナテアの後ろから女性が話しかけてきた。しかし料理に集中していたナテアは質問の声が聞こえず、聞き返した。


「だから町に下りるかどうするかって話。……聞いてたか?」

「あぁ、ごめん聞いてなかった」

 クラウスが女性の質問に付け加えるように言った。正直にナテアが聞いていなかったというと「次はちゃんと聞いてろよ」と、今言っていた内容をもう一度話し始めた。


「さっき町に王族か貴族の方が視察に来るかもしれないって言っただろ?」

「2日後って話してたやつね」

「そうそう、……で町に行かないかって言ってたんだよ」

 料理場へ行く途中にしていた話の続きらしく、ナテアは先ほどの話を思い出しながら聞いた。


「……でもそういった高貴な人が来るなら町は人で溢れるんじゃない? わざわざこんな時に行かなくったっていつでも行けるし」

 自然豊かな孤児院で暮らすナテアにとって賑やかな町は少し苦手と感じる場所だった。もちろん、年頃の少女のように甘い菓子や服、雑貨などには興味はあり、それらの売ってある町に時々は行くこともある。しかし見はしても、買うことはほとんどない。院長は遠慮はするな、とナテアを含む子供たちに言っている。それでも必要なもの以外を買うことは少なかった。


「たまには町に下りて遊んで来たらどうだい。下の子たちの面倒ばかり見て、遊ぶ暇もなかったじゃないか」

「でも………」

「旦那さまには私から言っておくし、それに1日くらいなら誰も文句は言わないよ」

「エルザさんの言うとおりにしろよ。弟や妹たちにはなんか甘いものでも土産で買って帰れば喜ぶだろうし」

「エルザさん、クラウス……」

 目線を下におろし、どうするかと暫く考えた。そしてそのままの状態でナテアは2人の説得に頷き「分かった」と、行くことの意思表示をした。


「わざわざこんな時じゃないとナテアは誘ってもあまり町に行かないしな。……それに王族が来るかもしれない」

 言葉の最後の方は小声で掠れたようにしか聞こえなかった。それでもそのうっすら聞こえた言葉にナテアはぴくり、と反応する。

 肩を小さく揺らしたナテアをクラウスは目を細め、上から見下ろした。


「そうだねぇ、こういった時じゃないと『でぃーと』になんて誘えないだろうしねぇ」

「そうなんだよな…………って、エルザさん?!」

「会える時間が少ないからねぇ。でもだからって羽目を外したらいかんよ」

「いやいやいやいや!」

 クラウスが年配の女性、エルザに向かって首を横に振りながら否定の意味を示している。エルザはそんなクラウスを皺の入った目元を緩めるように見ながら「若いねぇ」と返す。


 ナテアはあわてた様子のクラウスとエルザを眺めながらクラウスが囁いた言葉をポツリと繰り返した。

「―――王族が来るかもしれない」


 ナテアの横ではまだクラウスとエルザが話していた。ナテアはその様子をちらりと見るとくすり、と笑った。そして3人で話している間に料理する手を止めていたのを再開し、手元を見ながら何かを考えるように眉間にしわを寄せた。

  


 + + + +



「ナテアおねーちゃんお菓子忘れないでねー!」

 ナテアが孤児院から外に出て、丘の下にある町へ行こうとしたら後ろから声がかけられた。その声に反応したナテアは後ろを振り向く。振り向いた先にいたのは3人の子供たち。ナテアが出てきた玄関の扉から顔を出し、手を振っている。


「分かったからみんなきちんとお仕事と勉強してね!」

「はぁーい!」

 すでに玄関から少し離れていたナテアは3人に声が聞こえるようにと、大声で言った。

 そのナテアの声ははっきりと聞こえたようで、3人は元気よく返事を返した。

「クラウスー、ナテアおねーちゃんを頼むよー」

 3人のうちの誰かがナテアの方向を向いたままそう叫んだ。残りの2人はけらけらと笑っている。

「―――クラウスお兄ちゃんと呼べって何度も言っているだろ!」

 そう言いながらクラウスはナテアの横に立った。いつの間に来たのだろうかと思いながらナテアは話しかける。

「クラウス、待ってたなら声かけてくれればよかったのに」

「ん? 話しかけようとしたら丁度、あいつらが大声でナテアのことを呼んでたからな」

 行くか、とクラウスは孤児院の方向を向いているナテアを促す。そしてまだ玄関で騒いでいる子供たちに「あまりエルザさんたちを困らせるなよ」と一喝した。



 町は丘の上にある孤児院から下ったところにある。歩いて行ける距離だが天候などによっては馬や馬車に乗って行くことも少なくはない。歩いて行くには途中、日差しをよける場所や休憩する場所がないからだ。

 ナテアとクラウスは話をしながら丘を下る。日差しは強く、ナテアの金髪とクラウスの赤髪が太陽の下で輝く。荷物の量によっては、帰りに馬車に乗るか、馬を借りるかと相談しながらナテアとクラウスは町へと続く道を歩いた。


「……ぅわあ、人がたくさん」

「まるで何かの祭りみたいだな」


 町へ入るとどこもかしこも、人で溢れていた。王族または貴族が視察に来るという噂が広がっているのだろう、ひと目見るために集まった人々で賑わっている。

 

「えーと、とりあえずどうする?」

 予想以上の人の多さに、慣れない様子のナテアがクラウスに尋ねた。

「そうだな、飯でも食うか。この様子じゃ先に買い物しても邪魔なだけだからな」

「それもそうだね」

 辺りを見回しながらナテアはクラウスと離れない様に歩く。久しぶりの町というのもあってか、まだ着いて少ししか経っていないというのに疲れを感じていたナテアはクラウスの提案に大きく頷いた。


 カラン、と店の扉に付いているベルを鳴らしながら中へと入った。

 町の通りとは違って店内に客は少なく、静かな空気が流れている。いらっしゃい、と奥から聞こえてきた。ナテアとクラウスはその声を聞きながら、通りが見える窓際の席についた。


「想像以上だな。……誰が来るかわかってんのかな?」

 クラウスの声にナテアはため息を小さく吐く。

「もう少し離れた場所に行けばよかった……」

 ナテアの言葉に軽く笑うとすみません、とクラウスは店内に向かって手をあげた。

「俺がいる城下、王都は毎日こんな感じなんだけどな。まぁ、ここからでも通りは見えるし、一時いっときここにいるか」

「お願いします……」

 

 ナテアが疲れた顔を見せていると、店の奥から店員が来て注文を聞いた。クラウスはコーヒーだけ頼み、ナテアはサンドウィッチを頼んだ。

 

「お客さんも王都からいらっしゃる方々を見に来たのかい?」

 お待たせしました、とテーブルに注文したものを置きながら店の人が話しかけてきた。他に店員らしきひとは見当たらず、注文する際も同じ人物だったので店長なのだと思われる。

「はい、とはいってもこの人の多さには驚きました」

 店の人の言葉にナテアは肩をすくめる。

 ははは、確かにね、と笑う店の人にクラウスが聞いた。

「誰が来るとかは分かっているんですか?」

 クラウスの質問に店の人はああ、と答える。

「今朝聞いた噂では確か直系の王族のだれか、だったかな。……王子か王女かまでは分からんが」

「王子か王女ですか……」

 この国には3人の王子と1人の王女がいるのは周知のこと。クラウスは質問に答えてくれた店の人にありがとうございます、と返した。

「個人的にはお偉いさんたちはあまり好きじゃないんだけどね……。ここの領主さまはいいが、……町のみんなはどう思っているのか」

 そう言いながら店の人は新しく来店したお客の元へと向かった。


 店の中からも外にいる人の声が聞こえてくる。大勢の人間でひしめき合う通りを見ながら、早めに店に避難して良かったとナテアは思った。

 外の通りでひと際ざわり、とするのが聞こえた。そのざわめきは徐々に大きくなる。


「ナテア、外見てみろ」

 クラウスはそういうと立ち上がり、窓の方へと向いた。ナテアもクラウスにつられて立ち上がる。

「……あ、」

「………見えたか?」

 外から聞こえる声が一段と大きくなったと思った時、馬車が通るのが見えた。通りには多くの人がいて、はっきりとではないがその馬車から流れるような銀髪には気付いた。ふわり、と風に揺れるようにキラキラと銀色に輝く長髪だった。


「王女さま、か」

 立ったままポツリ、とクラウスが言った。ナテアは窓に手をつき、もう通りを過ぎ去った馬車を目で追っていた。

 いつの間にか椅子に座っていたクラウスがまだ立っていたナテアに声をかける。

「……もう少ししたら出るか」

「そうだね」

 ナテアは小さくそういうと席に着き、手をつけていなかったサンドウィッチを口に入れた。


 店を出た後、ナテアとクラウスは子供たちへのお土産や細々とした必要なものを買った。孤児院ではなかなか食べることのできない甘い砂糖菓子や文房具などだ。文房具は子供たちの勉強で使う。

 ナテアのいる国、ダールベルク王国にはもちろん学校がいくつかある。学校の数は少なく、入学は簡単ではないが卒業すれば国の役人になれる。しかしナテアのような孤児や下にある町から学校に入学できるのはほとんど……いや、限りなく無いに等しい。

 そのことについて疑問を抱かず、当たり前だと思っている人々がほとんどだ。だが、ナテアいる孤児院の院長はそのことに疑問を抱いており、個人的に子供たちに文字や国の歴史などを教えいる。


「なんだ? それだけか?」

 もっと買えばいいのに、とナテアが持っている荷物も見ながらクラウスが言った。

「あまり買うと帰りがきついからね」

 店の外で待っていたクラウスの傍に寄る。

 荷物が多いなら馬や馬車で帰ればいいとクラウスが言っていたが、歩いて帰れるならそうしたいとナテアは考えていた。


 ナテアの考えていることが分かったのか、クラウスは「ナテアらしいな」と口元をゆるめる。

「じゃあ日が傾く前に帰るか」

「そうだね」

 昼間は町に王族が来るということでかなりの賑わいを見せていたが、ほとんど今ではいつも通りの町並みだ。


「……いつ帰ってくんだろうな、あいつ。もしかして俺らのこと忘れてんのかな」

 孤児院へ帰るために丘を登りながらクラウスは笑っている。ナテアもつられてくすくす笑った。

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