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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第2章
23/27

ともだち

 壁にかかったランプの薄明かりを頼りに廊下を進んでいた。

 廊下には個室とをつなぐドアが通路を挟んで向かい合うようにあるだけ。並ぶランプは隙間風で揺れていて儚く、今にも消え入りそうだ。

 つきあたり以外に窓はない。そのためによけい薄気味悪く感じられて。昨日までセアラと歩いていた廊下はひとりで歩くには少し広くて、少し怖い。

 背中は丸めるようにして自室へと向かっていたナテアの足が速くなるのは自然なことだった。


 


 割り当てられた仕事を終えたのはすっかりと日が落ちてしまってからだった。それでもいつもより遅い時間ではあったが、きちんと夕食はとれた。

 今夜はゆっくりと食事もとれないかと思っていたから食事にありつけたのは正直嬉しい誤算だ。しかもどれも冷めたものだった昼間とは違って、並んでいた料理はホカホカと温かいものばかり。ひとつ、口にすれば疲れた体にくるくると空腹を訴えていた胃に染み渡っていった。


「――ナテアももう終わり?」

 怖さを紛らわすようにと、まだありありと思い出せた夕食の様子にふけっていたナテアは、突然の声と薄明かりに浮かんだ顔に瞬間、ビクッと肩を跳ね上がらせた。

 ランプの光でようやく声の主を確認して、同じ人間だと安堵しながら声の主を見た。――顔を見て、見たけどナテアは彼女が誰だか分からなかった。一度同じ使用人たちの前で自己紹介をしていたから、彼女の方はその時にナテアを知ったのだろう。彼女はナテアと同じ、ただナテアのよりも少しくたびれた服を着ている。

「……あ、はい、部屋に戻ろうかと思って」 

「休むの? もう? 昼のみんなはキッチンに集まって騒いでるのに」

「なんか疲れちゃって。まだ慣れてないのかもしれないです」

 今日は当主家族が揃うということで普段以上に気合いの入った掃除や料理、といったものが使用人たちの仕事の量を増やしていた。

 ハウスメイドであるナテアは掃除が主な仕事である。

 でも今日はキッチンなどで使い走りもしたし、普段よりもたしかにいくらか仕事量が多かった。昼と夜と、出てきた豪華な食事たちのおかげで、たまった疲れのほとんどはどこか端に行ってしまったけれど。それでも疲れているのは本当だった。

 ナテアはくたびれた様子で肩を大げさに竦めてみせる。すると目の前の彼女が可笑しそうに大きく笑い声をあげた。

「あはは! まぁ最初はね。ここの当主は、エミリア様もだけど結構寛容なの。今日みたいな日はお酒を差し入れてくれたり……避暑から帰られるときはみんなにお土産買ってきてくれたり」

「へぇ、すごい」

「そうよ! 他の貴族の所なんかと比べられないわよ……ってこれはあくまで聞いた話だけどね。でもま、ここの使用人って人気あるでしょ。辞める人も少ないし、運がいいか相当なコネがあるかどっちかじゃないとなれないんだから」

 

 ――誰かしらいるはずだから来たくなったらいつでもきなよ!

 最後に言い残して彼女がナテアの歩いてきた方向へ消えてしまうと、辺りは再び静けさが漂ってきた。

 今の彼女のおかげか、体が軽くなったみたいだ。疲れとかではなくて、薄暗い廊下にいつのまにか体が緊張で硬くなっていたから。


 屋敷のほとんどは朝から夜中までほぼ一日中静寂に包まれているが、使用人の部屋などが集まっているキッチンや半地下周辺、屋根裏などは所々でにぎわうように騒がしい。特に今夜は細くほの暗い廊下までも笑い声が漏れて、さらに漂うアルコールのつんと鼻をつく香りが浮かれている使用人たちの気分を上昇させているようだ。

 改めて周囲を見渡せばかすかに物音や話し声はするし、どこか孤児院にいるときを思い出す気がした。そう思ってしまえばもう暗闇に怯えることはない。

 自室にたどり着くころには、しっかりとした足取りを取り戻すことができていた。




 部屋に入るとまず、仕事着のエプロンと首元ぴったりまで留められたボタンを上から数個外した。

 手に丸まったエプロンを机の上に放り投げて、それからベッドへと倒れこむ。

「はぁ~」

 ナテアは腹の中から吐き出すように大きくため息を漏らした。

 ――朝日より先に一日を始めた。真昼の太陽が傾いて、伸びる影が大きくなる頃に昼食をとった。夕日はもちろん、星空に心をやすめることもなく仕事を終えた。

 大きな屋敷ともなるとやることはたくさんあって、たとえ掃除だけでも大変な労力と時間がいった。

 加えて働き始めてまだ日の浅いナテアは慣れない生活に、睡眠をとっても十分と休めない時もあった。

 だから今キッチンなどで行われているだろう酒盛りに、それに参加している人たちの気がしれない。――行きたくない、ということではない。一体どこにそんな元気があるのか、それが不思議なのだ。

 

 頭に手をやって、髪をきつく縛っていた紐を勢いよく外す。

 そのまま紐がどこかに飛んで行ってしまってそれにさえ視線さえ送るのもひどく億劫だ。

 ナテアは長時間まとめられていた髪が束でうつ伏せに寝転がる顔にかかるのを、ほどくように頭を掻く。……髪まで疲れが行きわたっているのかパサついた金色の髪が指に絡み付いてきた。

「……っもう!」

 月明りだけの静かな部屋の中に、ナテアの声だけが大きく響いた。耳に届いた自分自身の声を聞いて、ナテアはそこで初めて、疲れとは別にどこか苛ついている自分がいることに気付いた。

 皺だらけのシーツに顔を埋めて、ギュッと強く目をつむる。

 苛々したって物事が変わるなんてことはないって分かってる。それでも、胸に渦巻くのだ。


 昼食時にここローウェル家の女主人であるセシリアの侍女に連れてかれたセアラとは結局、夜になっても会えずじまいのままだった。

 それでもセアラの動向は会わずともある程度知ってはいた。噂とはきっとどんな早馬よりも素早く駆け巡るに違いない。だって夕食頃にはほとんどの使用人が知る話となっていたんだから。

 ――羨ましい。聞こえてくる話声にはそんな言葉が多く乗っかっていて。それらを聞くたびに友人として誇らしく思う一方で、ナテアの胸の中にモヤモヤとしたものが渦巻いていった。

  

 うつ伏せに倒れこんだままでいると閉め切った扉や窓越しでもかすかにいくつかの笑い声が聞こえた。

 使用人同士の祭りのような賑わいは遥かに遠く。――ただ、冷たいベッドの上でナテアが淋しさを募らせていくのには十分だった。





 近くで物音が聞こえた気がした。

「……セアラ?」

 いつの間にか眠っていたようだ。ふわふわとする思考で半ば夢に浸りながら出した声は思いのほかはっきりとしていて、頭に響いたそれがナテアの意識を少しずつ覚醒させていく。

 うっすらと開いた瞼には月明りに浮かぶ、今では一番見慣れた姿があった。


「――そんな恰好で寝たら服、皺になっちゃうし風邪ひくよ」

「んー、うん」

「顔は洗ったの?」

「んー、……さっき、下でしてきた」

 すぐ近くにいるのは分かるのに、声はすごく遠くから聞こえているみたいで。もちろん自分の声もだ。

 半分だけ開いている瞼はひどく重い。覚醒しだした意識とは反対に、訴えるように体が睡眠という休息を強いている。

「もう……、せめて靴くらい脱ぎなよね」

 呆れたよう言うセアラに、ナテアはしぶしぶと寝ころんだまま体を丸めて足に手を伸ばす。力なく脱いだ靴がごとりと音を響かせて床に転がった。

 冷たい空気に晒された両足を合わせてシーツに包まる。

 寒さで目が少し冴えてきた。

 そのまま頭だけを出してセアラを見上げる。月が背後から照らすから、セアラの表情はよく見えない。


「……セアラは侍女になるの? ナタリアお嬢様の」 

 夢うつつ、というわけでもないのに気付けばそう聞いていた。

 暗闇でよく見えない顔をナテアはじっと見つめる。 

「聞いたの?」

「周りの人から」

 ナテアの言葉にしばらく間が空いた。

 見上げていた影が揺れて、ナテアの横になるベッドに腰をかける。

「うん……といってもナタリアお嬢様がここにいらっしゃる間だけなんだけどね」

「それでもすごい事だよ」

「へへ、ありがと」

 小さく照れたような笑い声が上がった。


 笑うセアラを見届け、ナテアはこの際だと思って聞きたいことは聞くことにした。 

「……ね、仕事は別になるよね。部屋も――」

「ううん、このまま。長期的なものじゃないみたいだし、それに――この部屋、居心地がいいから」

 途中セアラに遮られた言葉で、今度はナテアが笑う番だった。

 共通の思い出を語り合えるほどな年月を過ごしてきたわけでもない。ただ何というか、初めて会った時からセアラとは気が合う気がした。だから彼女も似たようなことを思ってくれていることは嬉しい。

「――セアラ?」

 ベッドに腰を掛けていたセアラがナテアの羽織っていた上掛けをめくった。ナテアは触れた夜の冷気に肌を震わせながら首を傾げる。

「今日一緒に寝てもいい?」

 そう言い終わったころにはセアラはベッドの中に入り込んでいた。いつ持ってきたのか、自分の枕も用意してある。

「どうしたの急に」

「たまにはいいでしょ。あったかいし」

「変なの」

 口ではそう言ったが、心の中では正反対で。

 ナテアの口元は弧を描いていた。

 


 いくら少女といっても一人用のベッドに二人は少し狭い。

 隣り合う枕はくっついて、ナテアとセアラは向かい合うように肩を寄せている。

「ナテアがね、お母様の大切な人に似てるの」

「なあに、それ。どんな人?」

 興味深げに瞳を瞬かせながらナテアが尋ねる。

 セアラは記憶を遡らせるためか一度長く目を閉じて、それから思い出すように言った。

「綺麗な金色の髪に太陽みたいな笑顔で。少しそそっかしいんだけど、でも本当は頑張りやな人」

「その人ってセアラの母様の友達?」

「友人で親友で、お母様が仕えたたった一人の方。私も話でしか知らないんだけどね」

 セアラの顔には笑みが浮かんでいた。微笑むように笑うセアラに、ナテアはそのまま口を閉ざした。

「――だから今日、侍女の話をもらった時にお母様の話を思い出して思ったの。羨ましいなって思ったのと、母様が話していた人みたいに私もナテアと親しくなれそうだなって」

 笑っているのに呟かれる声は小さい。今セアラの瞳に映っているのは薄暗い部屋ではなくて、たぶんここからずっと遠い、家族のところなのかもしれない。

「仕事は別々でも部屋が一緒だとこうやって、ナテアと話せるかなって、そう思ったの……」

 

 たどたどしくなる語尾に、聞いていただけはずのナテアが何だか照れくさくなってしまった。

 人差し指で頬をかくとゴロリと寝返りをうつ。

「……ねぇその女の人って何ていう人?」

 ナテアはできるだけ素っ気なくなるように聞いた。

 同性で、年の近い友人といえるのはセアラが初めてで。今まで、孤児院では年の離れた子たちや大人ばかりだったから。……クラウスとヴィルフリートは除いて。

 だからセアラとこうして話していることが新鮮で、どこか気恥ずかしかった。

「セアラ……?」

 返事のないセアラに頭だけを後ろへやった。

 後ろへ向いたのと同時に、セアラの唇からすーと息の抜ける音がした。

「……寝てるし」

 しばらく見つめてから本当にセアラが寝ているのが分かると、ナテアも向けていた首を戻して瞼を閉じる。これから何度も言うであろう言葉を呟いて。

「おやすみ」

 

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