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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第2章
22/27

調理場での攻防

 大広間の掃除を終え、使った掃除用具を片付けたナテアとセアラは食堂へ向かった。

 食堂、といっても調理場の隅にテーブルと椅子があるだけの簡素なもの。調理場と併設された食堂は、ローウェル家使用人の憩いの場所だ。

 

 公爵家の食卓をまかなう場所なだけあって、調理場は十、いや二十人は一度に動き回ることができる広さがある。だから隅とはいっても、窮屈さを感じることはほとんどない。

 元々ナテアたちのような使用人はそれぞれが空いた時間に食事をとるので、一度に大勢が集まることは少ないからというのも理由なのだが。



 調理場中央にあるテーブルでシェフ達が包丁をふるう。飛び交う声に、周囲ではキッチンメイドたちがワタワタとせわしなく動き回っていた。 

 食事時は毎日当たり前に忙しさをみせるこの場所だが今日はそれ以上だ。まるで小さな戦場へと様変わりしていた。

「うわぁ……ここも忙しそうだね」

 キッチンの扉を開いたナテアは、広がっていた光景に圧倒されて息をのんだ。人の声はもちろん、食材を刻む音や炎の音などがひっきりなしと耳をつく。

 見渡しながら雰囲気にのまれているとナテアは突然女性の叫び声を背中で受けた。

「ちょっと邪魔よ! そんなところに突っ立ってられると!」

「えっ? あ……、す、すいません」

 ナテアはビクリと肩を震わせた。振り返れば、何枚もの食器を乗せたトレイを持って、イライラと睨みつけてくる女性の顔があった。

 慌てて扉を支えたまま体を横にずらして彼女を先に通す。フンと鼻を鳴らされたかと思うと、あっという間に調理場へと姿が消えていった。


「――大丈夫? 忙しい時はいつもこんな感じだから気にしなくていいよ」

「そ、そうなんだ」

「それよりも! 早く食事!」

「わ、わっ、セアラ押さないで……!」

 力強くセアラに背中を押されて、ナテアは背をのけ反らせた。足がよろめいたままここ数日で見慣れてきたテーブルへと向かう。

 少し騒がしかったのか途中、年配のキッチンメイドに注意を受けてしまった。




 並ぶ料理を一通り眺めて、ナテアは涎が出やしないかと無意識に片手で口元を拭った。

 テーブルには数種類のパンに、豆や野菜を煮たスープ。魚もあればこんがりと焼き色のついた肉もある。

 疲れた体と、場所が場所なだけに周囲に漂うおいしそうな匂いも重なって、ナテアのお腹が悲鳴を上げるのには十分な刺激だ。

 

 ただ大量に作り置きされるものだからどれも冷めているし、パンなんてカチカチだというのだけが残念でならない。

 それでも「外」で暮らす人々と比べたらかなりの贅沢だ。

 選べるほどに種類があるなんて、一般的な農民や町民の家庭ではほとんどないだろうから。

 

 それならば使用人はというと、住み込みの仕事で自分の家にはほとんど帰ることはない。さらに自由な行動も制限されることもある。

 つらくて逃げ出す使用人の話なんてのはどこでもあることなのだが、このローウェル家ではどうなのだろうか。……少なくとも料理を目の前にニコニコと笑顔のセアラを見れば、そんなことを考える必要なんてとりあえずはなさそうだ。


「さすが今日の食事は豪勢ね。――あっ、砂糖漬けもある!」

「え、本当?」

「ほらここ。ナテア、こっち」

 セアラが鍋のひとつを覗いて言った。食事用のテーブルに並ぶ鍋には日によって異なる具材が用意されている。最初こそ料理の内容や量に驚いていたナテアだが、今ではそれが日々の楽しみだったりする。

 

 少し興奮した声につられてナテアもセアラの横に顔を寄せた。

 鍋の中にはたっぷりの砂糖で煮た果実が入っていた。ドロリとした中に、形の崩れてしまっている果物がゴロゴロとある。見ただけで甘そうだ。

 砂糖は高価だ。

 ナテアのいた孤児院院長のラルスも一応子爵の称号を持っていたが、果物の砂糖漬けなんてものをお目にかかったことは数えるほど。しかもここでは余るほどあるなんて。

「わぁ~本当だ!」

「お客様が来たりパーティーがあるときはこんな風に余ったものを食べられる時があるんだけど……、今日はまさにそれみたい」

 嬉しそうに言いながら、セアラはすでに鍋の中にあったスプーンを手に持っていた。


「って、セアラ、そんなに入れるの?」

「当たり前よ。ナテアもいる?」

「……ううん私はいいや」

「そう? せっかくこんなにあるのに」

 先に席に着いていたナテアは、セアラの皿を見て苦笑いした。

 ひと口食べれば酸味のあるふんわりとした甘さが広がるのを知っている。甘さが頬にしみて、それだけで幸せな気分になれるのだ。

「――でもセアラのは入れすぎだと思う」

 隣に座ったセアラの皿をナテアは再度チラリと見る。

 皿にはパンの欠片を数個。そしてその上にたっぷりの砂糖漬けが小さな山を作って、パンの欠片はほぼ見えていない。

「三食ともこれだったらいいのになぁ~」

 苦笑いするナテアの横でセアラが片手で緩んだ頬を抑えながら、もう片方はこんもりと盛り上がった砂糖漬けへとスプーンを伸ばしている。

 その様子を見てナテアは塩気のあるものなんだか無性にほしくなった。



「セアラ・クロフォード?」

「え……?」

 突然間近で聞こえた声にセアラが反応した。

 顔を正面へ向けたセアラは、今からまさに食事を始めようと開けた口の形でポカンとしている。手にはスプーンが中地半端に掲げられたまま。

 可愛い顔がまるで間抜けになっているセアラに、声をかけてきた人物が一瞬だけ、眉を寄せた。

「――あなたがセアラ? そう……」

 テーブルを挟んで向かいに立った女性が食事をしていたナテアたち――セアラだけに目を向け、立ったまま見下ろしてくる。

「あ、あの……何でしょうか?」

「奥様がお呼びです。今から部屋までお越しください」 

「は、えっと。奥様が? 一体どうして」

 急な出来事にセアラが戸惑い気味に慌てるのは当然だ。もちろんナテアにも訳が分かるはずもない。

 そんな二人の動揺にまったくと気にすることなく、彼女は手を前に組んだまま微動だにしない。

 セアラはオロオロと視線を彷徨わせている。それでも女性の言葉に従うように、スプーンを皿の上に置くと恐る恐るという感じ立ち上がった。


「お越しくだされば分かりますので」

 セアラが立ってもどうやら女性の見下ろす形は変わらない。彼女はピシリと結われた髪と同様に、顔の化粧や服装もきっちりとしていて、まるで使用人のお手本のようだ。

 そんな雰囲気に逆らえないのか、セアラは出口へと歩き出した女性の後へと続いた。


「セアラっ」

 背を向けて行ってしまいそうになって、ようやくナテアは友人に呼びかけることができた。

 もう大分離れてしまってたが、それでも声に気付いてくれたセアラは一度だけナテアを振り返った。




「セアラ、どうして連れてかれたんだろ……」

 結局一人で昼食をとり終わったナテアは次の仕事のため、厨房から外へ出ていた。

「ちょっとあんた、――これ、この香草も一束持ってきて!」

「あっ……はい、分かりました」

 午後からの仕事は調理場の手伝いだ。本来の仕事ではないため、材料運びなどの雑用程度なはずなのだが、やはり今日は特別らしい。

 頼まれた材料は厨房から外へ出てしばらく歩いた倉庫にある。敷地内の養鶏や牧草地とのちょうど中間あたりだ。

 元々はセアラと二人で任されていた仕事だったのだが、今の状況ならナテア一人でこなさないといけないのだろう。言われた荷物の量と倉庫までの距離を考えたナテアは仕事前からハァとため息をついた。


「――ねぇ……ねぇ、そこのあんた」

 目的地である倉庫へ行こうとした途中、ナテアは聞こえてきた声に足を止めた。

「え?」

 キョロリとあたりを見渡した。昼からの調理場手伝いはナテアとセアラだけだったはずで、同じ仕事仲間は誰もいない。

 あるのは季節の花々が美しい草木だけだ。


 呼ばれているのは自分だろうかと傾げているところで再び、今度は少し大きめな声がかかった。

「あんたよ、あんた! こっち、後ろよ」

 その声に振り返って、ナテアはまず数度瞬きをした。

「あの……? 何ですか。あ、さっきのこと?」

「違うわよ」

 背後にいたのは昼食時、調理場の入り口で道をふさいでいたナテアに睨みつけてきたときの女性だった。


「じゃあ……」

 ナテアは首を傾げた。先ほどのことではないとすれば、ナテアと彼女との共通はないはずだ。それなのにわざわざ、今話しかけてくるなんて。彼女も仕事中のはずである。


「あんたの友達よ。ほらあの、茶毛のちまっこい子」

「セアラ、ですか?」

 そのたとえはどうかと思いながらも、ナテアは浮かんだ人物の名前を素直に出した。

「さっきその子を呼び出してたのって、セシリア様の侍女でしょ。ね、だからそのセアラって子が選ばれるんじゃないかって今厨房で噂してたのよ」

 ナテアはかすかに眉をひそめて目の前の彼女をじっと見つめた。話の内容が全くつかめない。

 分かったのはどうやら「噂」とやらを確かめるために彼女が代表でナテアに話しかけてきたということだ。

 だがしかしナテアは彼女たちの期待に応えられるようなことは生憎となく、逆にこちらが聞きたいくらいだ。

「選ばれるって……何に、ですか?」

「ナタリアお嬢様の侍女にじゃない!」

「……え?」

 ナテアはぽかんと口をあけた。

「侍女となればお嬢様について王宮に行ったりパーティーに参加できたり、って他のみんなが羨ましがってたわけよ。……ま、あたしはそんなことよりもお給金が上がることと、この野暮ったい制服を着なくていいっていう方が羨ましいんだけど」

 調理場の入口で睨みつけてきた時とは全く違い、彼女は言いながら方頬にえくぼを浮かべている。……が、今のナテアにはそんなことはどうでもいい。

「――あんたってここ最近入ったんでしょ? 一緒にいることが多いみたいだけどさ、あの子が侍女になったらそうはできなくなるんじゃない?」

 告げられることに頭がついていかない。分かったことは、日常というのは同じことの繰り返しなんかではなかったということだ。


「セアラが侍女、か」

 ナテアは倉庫までの道なりを歩きながら呟く。

「せっかく仲良くなってきたのに……」

 セアラを連れて行った女性はおそらく、服装から見て侍女なのだろう。主たちの身の回りで動き回る彼女たちはナテアのような使用人用の制服は着なくてもいいから。

 そして侍女も使用人ではあるのだが、それなりの教養や身分が必要だ。

 そこまで考えてナテアはそうか、とセアラの出自を思い出した。


  

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