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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
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黒髪の王妃


 エルミーラとその兄王子であるヴィルフリートが共に帰城する数日前。ダールベルク城でも最奥に近い部屋にローザはいた。

 黒く艶やのある髪と白い肌。その肌は常日頃磨かれているためか、もう四十を迎えるであろうとは思えないほどにきめ細かく、弾力もある。

 つり目気味であるために気の強そうにも見えるローザはダールベルク国王の妃――そしてエルミーラとヴィルフリートを含めた四人の子を持つ母親であった。


「王妃様、大臣が面会したいと、隣においでです」

 朝の身支度が終わって一息つくようにお茶を口にしていた時、ローザ付きの侍女が言った。

 火急の知らせなのだろう。でなければ少なくとも今朝の朝食時にはローザの耳に届くはずだからだ。

「そう、分かったわ。入れなさい」

 突然の来訪だからといって決して慌てることはしない。ローザはまだほとんど中身の減っていないカップをテーブルに置いた。

 

 

+ + + +



 王妃を警護する騎士たちによって扉が開かれる。大臣の男は扉を支える騎士たちの間を通って入室した。

 部屋の中の家具は王妃にふさわしく、どれも豪華だ。壁には名だたる名画が並び、暖かい今の季節には不必要な暖炉は丁寧に磨かれ光沢を放っているし、床全体に敷かれた毛長の絨毯には塵ひとつもない。

 しかし大臣はそれらに目もくれず、王妃の姿を見つけるとまっすぐに足を進めた。

「申し訳ございません、突然訪問いたしまして」

 王妃の目の前までたどり着いた大臣は片腕を胸に略式の礼をする。

 服の上からもわかるほどのがっしりとした体躯は大臣というよりも鍛え抜かれた騎士のようだとよく言われるものだった。実際に若いころは本物の騎士であったのだが。

 今では髪の一部にはすでに白髪が混じっており、年齢的にいえば王妃であるローザと近く、盛りをわずかに過ぎた男である。


「いいのよ。アゼルが来ると、侍女たちも嬉しいようだし」

 大臣は王妃の言葉に控える侍女たちの周りでざわりと空気が膨らむのを感じた。

 大臣――アゼルは男盛りという時期は過ぎていたが、端正な顔立ちと体格の良さもあって女性からの人気は長年を通して高い。結婚もして子供もいるのに変わらない人気なのは彼の外見からだけではなかった。

「またそんな……世辞を」

「そうかしら。少なくとも彼女たちはそう思っていないようだけれど」

 王妃は言いながら微笑んでいる。彼女の後ろに控える侍女たちは声こそ上げたりはしないが、照れたように頬を赤くさせていた。

 

 国王夫妻とは互いに近い年齢であること、そしてアゼル自身が爵位を持つ上流階級であることから幼い時より、それなりに顔を知った仲である。

 しかしながら王妃のその優美な笑顔だけ見れば成人した子もいる女性には見えない。アゼルは慣れた視線を王妃の傍らに立つ侍女たちから受けながら苦笑いを漏らした。



「――それで、用件は?」

 一瞬で空気が変わった。

 挨拶といくつかの軽い雑談が終わると、柔らかな表情を見せていたローザは王妃の顔に変わっていた。凛としたその雰囲気に気が付いたのはアゼルだけではない。王妃の背後にいた侍女たちはすでにアゼルたちから離れ、部屋の隅に移動している。

  

 アゼルが告げたのは第三王子と末姫の帰城についてだ。

 おそらくある程度は把握していたのだろう。アゼルが伝える内容に王妃は頭の中でこれからのことについて時間の調整を図っているようであった。

「……話からすると、まだ数日はかかるでしょうね――このことを陛下は?」

「すでに耳に入っているかと」

 アゼルの返事に王妃は「そう」と軽く頷く。

 王には知らせが入ってすぐの昨夜遅く、帰城のことは伝えていた。王妃には夜遅いということもあって、直接伝えるのは今となってしまったが。

 アゼルはわずかに視線を下げている王妃を伺う。そしてそのまま、王宮内では当たり前になっている出来事を思い返すと気付かれないよう胸の中ではぁと息をついた。


 王宮内にある噂のひとつに国王と王妃の不仲があった。

 二人が夜を共にする共有の寝室は名ばかりで、王妃が末姫を産んでから使用されていないともいわれている。双方忙しいからかもしれないが、三度の食事も普段は別々である。

 王に愛妾が存在するのかといえば、否だ。王はその地位から持つことが許されている後宮に、ひとりの姫すら囲っていなかった。

 公の舞台では会話は少ないものの、アゼルが知る中でこれまでにらみ合うことはなかったはずだ。

 だから国の大部分を占める国民にまで、国王夫妻の不仲という噂は漏れ出していないだろうが。

 

「夜会の準備をしなければね。王子と姫の帰城なのだから」 

 一時的に城を離れ、各地を回っていた末姫も久しぶりの王宮なのだろうがそれ以上に、第三子ヴィルフリート王子の帰国は数年ぶりといっていいほどである。それ故に、帰還の夜会は盛大になるだろうことは予測された。

 だがしかし、

「王子――ヴィルフリート殿下はさらに陛下とそっくりになられているのかもしれませんね」

 アゼルがそう言えばわずかに顔を歪ませる王妃。

 仕える侍女たちは二人の話の間、同じ部屋でも声のほとんど届かない場所にいるので、その表情はアゼル以外伺えることはなかった。

「そう、そうね。きっと立派になっているのでしょうね、陛下のように」

 まるで言い聞かせるような言い方だと、アゼルは思う。

 

 アゼルの記憶にあるのは現国王と同じ透けるような銀髪を持った第三王子。覚えているその姿はまだ幼いころのものであるが、面差しも二人の王子たちよりも第三王子のほうが似ていた気がする。

 王とは正反対ともいえる王妃の黒髪を受け継いだのか、上の王子たちはどことなくくすんだ銀髪であった。末姫は王と同じ色合いの銀髪であるが、性別的にもやはり第三王子がもっとも現国王に似ているといわれていた。

「……そういえば」

 話を切り替えるように王妃が小声を上げる。

「王子に付いて、あなたの子も国を離れていたわね。名は確か――」

「ジーンです、王妃様。恐れながら、息子が帰り次第、休みをいただいております」

 アゼルが言うと、王妃はなにか思い出すように手を唇にあてる。

「エルミーラ付きの侍女もあなたの子だったわね。ナタリア、だったかしら。どうせなら家族そろって休むのでしょう?」

「はい。ついでにほんの少し多めに日数をもらい、城下の屋敷ではなく領地へ帰ろうかと。――周りからは鋭い目で見られましたが」

 肩をすくめるアゼルに王妃が目を細める。

「そう、大変そうね」

 それにしても、と王妃は続けた。

「変わらないわね。アゼルは」

「王妃様こそ変わらず……いや美しさに磨きがかかっている」

 アゼルは真面目にそういった。

 実際、王妃は同年代の婦人方と比べてもその輝きは際立っているし、末姫と並んでも母娘というよりは姉妹といったほうがしっくりくるくらいなのだ。

 王妃がぽかんとした表情でアゼルを見ていた。普段見ることのできないその顔はアゼルの言った「美しい」とはだいぶ離れたものだ。王妃自身も自覚しただろう、次の瞬間には王妃の顔に戻っている……はずだった。

「ふふ、その口も本当に……変わらないわ!」

 しかしアゼルの予想は外れ、ついには王妃が笑い声をあげた。


 室内には表情を崩さないままのアゼルと、クスクスと肩を揺らす王妃という光景が広がった。

 そうしてしばらくして落ち着いたのか、王妃は「ふう」を息を整えた。

「……大丈夫ですか?」

「ええ……でもこんなに笑ったのは久しぶり」

 まだ息が上がっているのか、王妃は胸に手を当てている。

 その様子を見ながら、アゼルは内心で驚いていた。常に冷静、とはいかなくとも王妃がここまで感情を露わにすることは今ではほとんど見られないものだったからだ。

「……王妃様、」

「ねぇ、アゼル。わたくしはこれからも変わらないわ」

 人というものは常に変わり続けるものである。大部分がそうでなくとも、時が流れ続けるのと同じく人間もなんらかは変化しているのだ。

 しかしアゼルの前にいる王妃はそれを望んでいないようであった。見た目の美しさか、それとも心か――アゼルにはわからない。

 あと数日もすれば第三王子が帰城するという。国王にもっとも似ているといわれた王子が。

 

 

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