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孤児院のナテア  作者: 亜矢
第1章
13/27

風の強い日


 枝葉の鳴る音が聞こえた後、一陣の風が窓を通り抜けて室内へと流れ込んできた。

 室内の片隅に佇んでいた孤児院の院長――クレナート領主であるラルスはそれまで向けていた視線を一度窓へ移すと眩しそうに目を細める。

 真昼から少し過ぎた時間。

 頭上にあった太陽は斜めに移動し、その日差しが窓から入り込もうとしていた。日よけのために窓には薄い布が垂れ下がっているが、時折吹く風で布はふわりと舞い上がり日差しの侵入を許していた。

「今日は風が強いな……」

 ポツリと呟かれる言葉に返事をする者はいない。

 ただ静まり返る部屋の中、窓脇のベッドには小さく寝息をたてるナテアがいた。



「――ラルス様」

 室内と廊下をつなぐ扉から控えめにノックがしたかと思うと、その後すぐにラルスを呼ぶ声が続く。

「入れ」

 ラルスは特に外の人物の確認をすることもなく入室を許可する一言を発した。

「――失礼します」

 一拍おいた後、扉が開く。入ってきたのは自警団に所属する40代前後の男。出入り口の扉とほとんど変わらないくらい長身の男はその体に似合わず、ノックのときと同様に静かに入室した。

 ぱたん、と扉が閉まればそれを待っていたかのようにラルスが口火を切る。

「それで、何か分かったか?」

「全くといっていいほど上手く隠しています。外の現場と目撃者がいなければ盗賊の仕業と確信して思えるほどに」

「……そうか」

 ラルスの相槌に耳を傾けながら男は声を落としたまま話を続ける。

「町民たちは山賊の残党だと思っているようです。今日の昼、町を襲った山賊の……」

 孤児院を襲った男たちが姿を消した後に到着した室内にいる男を含む町の自警団員は、あの惨状にしばらくの間呆然とした。

 町のふもとからも丘の上にある孤児院から不審な煙が上がっているのは確認していた。しかし実際に自警団の男たちが目にしたのは予想を超えたものであった。

 主要な部屋から調理場の小さな棚まで荒らされていた館内はもちろんだが、ラルスや孤児院の子供たちを保護した館の周りが特に。

 つい鼻を覆ってしまいたくなるような異臭と所々抉られた地面。何かしらの魔法がぶつかり合ったのは誰が見ても一目瞭然であった。


 男はたった数時間前見た状況を思い出すと口を閉じた。

 室内にいる人間はラルスと男に加えてベッドで眠るナテアの3人。それまで話していた男が黙ったことで外にいるであろう人の声や鳥の鳴き声が自然と耳に入ってくる。2階であるこの部屋の窓辺からは丁度枝に止まっている数羽の小鳥が見えた。

 窓から見える風景だけを見れば普段となんら変わらない。しかし窓から下を覗き込めば黒く焼け焦げた牧草地が広がっていた。


 男は小鳥が枝から飛び立つのを見送ると大きく息を吸い込む。

「申し訳ありませんでした」

 深く腰を曲げ、言ったのは侘びの言葉。言い終わっても男はその姿勢を崩さない。

「何がだ」

 しかしラルスは真剣な様子の男に対し、とぼけた風の返事を返す。

「そ、れは。ラルス様の元へすぐに駆けつけ……」

「子供たちの様子はどうだ?」

 ラルスは男の話に全く耳を傾けようとはせずに、ついには話題まで変えてしまった。

 そんなラルスの態度に男は床に視線を向けたまま瞬きを数回する。よくあることだった。それは悪い意味ではなく。

 良くも悪くも、ラルスは相手が本当に謝罪の気持ちを持っていると判断したらそれ以上追及はしない、そんな男であった。

 

 男は入室してから崩さなかった硬い表情でさらに唇をかみ締める。

「はい。気を失っていた子供たちは今ではほとんどが起き上がっています。ただ、気を失う前に見た光景を覚えている子もいるようで……」

「子供たちには本当に悪いことをした。どんなに怖かったか……、詫びても詫びきれん」

 

 世の中には人の記憶を消すことができる魔法があるとされる。

 あるとされる、というのははっきりと確証されていないからだ。それは秘密裏に研究されている魔法か、遠い昔に消えてしまった魔法か、それとも人のうわさが作り出した魔法か。

 言えるのは、たとえ存在していても安全な魔法ではないということだ。

 魔法は完璧ではない。

 できたとしても、人のもっとも繊細な部分である心はただ傷つくことだけ。

 人の心を動かせるのは魔法ではなく、同じく人の心だけなのだ。


 弱弱しく呟かれる声に、未だ腰を折ったままの男は顔を上げてラルスの表情を確認することができなかった。ただ、見えたのは床に映るひとつの影。窓からの光で映る人影は、同様に映る少しだけ盛り上がっているベッドの端で肩を丸めているようだった。


 それからまたしばらく時間がたってコンコンと扉をたたく音がした。

 そのときはまだ自警団の男を含めた3人が室内におり、沈黙が辺りを包んでいた。

「院長、はいらっしゃるか?」

 若い男だと思われる声が聞こえると、少しだけ張り詰めていた空気が窓の外へと抜け出していく。

 ラルスとともにいた男は体こそ元の状態に戻していたが動けずにいた。男は話も続けずベッドに横になっている少女、ナテアを見続けるラルスにどうしたものかと戸惑っていた。

「どうぞ、お入り下さい」

 ラルスの声が部屋に広がる。男は一瞬、ラルスの言葉遣いに違和感を感じながらも、それまで張り詰めていた緊張感からの開放のためか、気にはなっても深く考えることはなかった。ほっと息をつき、開いた扉に顔を向けた。




「それではラルス様、失礼いたします」

 通常の成人男性よりも少しばかり高い身長で器用に腰を曲げる。

「ああ、わざわざすまなかったな。私ももう暫くしたら子供たちのところへ向かうとしよう。それまでは頼んでもいいか?」

「もちろんです、……では」

 男は新たに入室してきた青年と思われる男をちらりと見ると、最後に一度ラルスに視線を送り部屋から退出していった。


 パタン、と扉が閉まり足音が徐々に遠ざかっていく。

 新たに部屋へ訪れた男は足音が聞こえなくなるのを確認するとそれまで頭を覆っていたフードを取った。

「そのままで」

 フードから流れ出たのは少し青みをおびた銀髪。王族特有の髪を片手でくしゃりと掻き分けながら男は言った。

 扉のほうへと歩み寄ろうとしていたラルスは男の言葉に足を止めるとその場で軽く頭を下げた。

「本来ならば私から挨拶しなければならないのですが、……申し訳ありませんヴィルフリート殿下」

 ラルスは狭いながらも領地を持つ貴族であった。親兄弟を様々な理由でなくした子供たちのために領館を孤児院としたり、領内の安全を図る目的として自警団を組織したりと、ラルスの行動は幅広い。

 ヴィルデの町を中心としたラルスの治めるクレナート領は主要な都市や王都からも遠い。だが領民たちにとって、不便さは感じても不満を感じることはほとんどなかった。

「いや、私が勝手に動いたことだ。まぁ、私だけではないようだが……」

 謝るラルスにヴィルフリートは目を細めた。

「昼のことでみなも大変なはずなのですが……」

「それだけ慕われているということなのだろう。町、いや領民に」

 現に今も多くの町民たちが孤児院に集まっている。領主であり、孤児院の院長であるラルスが呼びかけてないのにもかかわらず。

 ヴィルフリートは先ほどまでいた男を思い出した。

 がっちりとした体格と風貌から見てクレナート領の自警団でそれなりの地位のものだろうことは予想できた。

 あの男もラルスを慕う者のひとりなのだろう。

 男が退出する際の一瞬。フード姿のヴィルフリートを見る目は鋭く、訝しげであった。

 しかし考えてみれば、ラルスを慕うものからすると顔を隠した怪しげな男がラルスに近づくのだから当たり前な態度ではある。

 

「――ところで、よろしいのですか?」

「あぁ、しばらくは。早馬もすでに出した」

 ラルスからの質問にヴィルフリートは何が、と聞き返さない。

「数年ぶりの本国へのご帰還が、このような形になってしまいなんと申し上げたらよいか」

 ヴィルフリートが巻き込まれたのは偶然だった。

 クレナート領への王族訪問はほんの数時間の予定で、王女を乗せた馬車が町を通るだけであった。そのため本来はその土地を治める貴族の館で王族を迎え入れたりするのだが、それすらも省略されるほど。

 それほど重視されていない領地だといわれても、どこか少し不自然な気もする。

「いや、むしろ助かった。あのままだったら王都まであの馬車に乗らなければならなかったからな」

 ヴィルフリートにとって長時間馬車に揺られることは苦痛、ではないが得意でもなかった。馬車は馬車で、ものすごく派手ではないがやはり王族が乗る馬車ということで常に気を張らなければならない。

 どうせなら馬のほうがいい。

 どちらにしても護衛が囲むのは変わりないが。

 それにヴィルデの町に立ち寄ることは伝えてあったし、次の領地で落ち合うことは決めていた。ここでの出発が少しくらい遅れても大丈夫なはずだ。

「しかし王女様はがっかりされているでしょう。なにせ久しぶりの再会でしたでしょうから」

 ラルスの言葉にヴィルフリートは軽く微笑んだ。

 家族の中で唯一信頼できる存在。それが妹だった。

 留学中に何度か会う機会はあったが、最後に覚えている姿から随分と変わっていた。だが姿かたちは成長していても見えない部分は変わっていないようだった。

 ――向けられる笑顔と言葉に何度助けられたことか。

 そしてそれは。

 妹だけではなく、ラルスの近くで眠っているナテアにもいえた。


「ラルス様ー!」

 突然、窓の外からラルスを呼ぶ声が響いた。

「いらっしゃいますかー。ラルス様ー!」

 子供たちの声ではない大人たちの声。その声を聞き、ラルスは「まったく」と息を吐く。

 ベッド脇から移動し、窓の外へと顔を出す。その間に何度か同じような呼びかけが続いた。

「怪我人もいるんだ。静かにしなさい」

 ラルスがそう言えば「すいません~」とばらばらと謝罪の言葉があふれた。

 窓越しで会話をするラルスをヴィルフリートは黙ったまま見つめる。

 ラルスは本当に慕われているのだろう。ラルスを呼ぶ町民たちの様子がそれを裏付ける。

 ナテアやクラウスの王族であるヴィルフリートに対して、何も知らなかった子供のころと変わらない態度である理由がわかった気がした。


「殿下、申し訳ないのですが部屋を少し離れます」

「私はかまわない。呼ばれているだろう? 早く行ってやれ」

「ありがとうございます」

 ひとつ、お礼の言葉を述べるとラルスは足早に部屋から出て行ってしまった。ヴィルフリートはそれを確認すると部屋の中心から窓のほうへと移動する。

 

 少したって、ヴィルフリートはラルスが外で町民たちに囲まれているのを見つけた。

 周りでは自警団だけではなく町の男が、女が、年齢に関係なく倒れた木や燃えた草木の後片付けを行っている。ほとんどが自主的に集まってきた者たちばかりだ。

「ん……」

 暫くの間外を眺めていたヴィルフリートは背後でかすかに声を聞いた。振り返ればナテアがごろりと寝返っている。

 詳しくは聞いていないがナテアは孤児院を襲ってきた男たちに魔法で抵抗したらしい。

「……無謀な」

 もしかしたら死んでいたかもしれないのに。それを無謀といわず何という。

 ヴィルフリートは眠るナテアを見下ろしながら、無意識に言葉を吐き出していた。

「大丈夫よ……アベル」

 むにゃむにゃと言うのは寝言か。アベルというのはナテアが倒れていたときに抱きしめていた子供の名前だ。

 

 『だってママだから!』

 ふと思い出したのは今朝出会った花売りの少女。

 少女は母親を守るために山賊の前に飛び出した。まだ小さく、か弱い少女がかなうはずもない山賊たちの目の前に。

 良くいえば「勇気」、悪くいえば「無謀」といえる行動。

 それでも――。

「……羨ましい」

 大切な、守りたい人がいることは。

 ヴィルフリートの頭に思い浮かぶのは妹、家族と数少ない友人たち、そして――。

 ナテアが「うぅん」とうなり声を上げた。窓から入り込む夕日の眩しさに眉を寄せ、不満げな様子でシーツに顔を埋めている。

 ヴィルフリートは口元を緩めながらごそごそと動くナテアを見ると、後ろに振り返った。

 森は沈む夕日に彩られている。

 下ではまだラルスたちの姿を確認することができた。

 夕日の眩しさに加えて、夜の空気をまとい始めた風がヴィルフリートの髪を揺らす。

「――風が強いな」

 目を細めて空を見上げれば風にのって花の香りがした気がした。

 

  

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