ギャル守護精霊が憑いたツンデレ令嬢は、バクアゲハッピーエンド!!
この国では15歳の「祝福の日」、教会で祈りを捧げることで守護精霊を召喚する儀式がある。守護精霊は本人にしか見えず、稀に強い力を持ち人間に能力を貸す、寄り添う神秘の存在……のはずだった。
侯爵令嬢、リコリー・フォン・ルルが祭壇から目を開けたその時、目の前にはピンク色に光輝く、チャラチャラしたリボンや宝石を付けた、猫のような精霊が、浮いていた。
「わぁ!貴女があーしの契約っちね!あーしが憑いたからにはバクアゲハッピーエンド直行ーーー!」
「……守護精霊様。はじめまして、わたくしリコリーと申しますわ。守護精霊は……えっと……。」
「あーし、ギャルだから、ヨロシクーー♡」
「ぎゃる……?」
氷の悪役令嬢と恐れられる、リコリーには、騒がしい守護精霊が憑くことになった。
「じゃリコっちの好きピ教えて。恋バナしよ!」
「す、すきぴ……?こい……ばな……?」
耳慣れない響きに、リコリーは困惑して瞬きを繰り返した。学園でも社交界のパーティーでも聞いたことがない言葉だ。その夜は根掘り葉掘り、婚約者である、第一王子ヴェクス・レイヴンクロフトとの馴れ初めを聞かれまくった。幼少期の顔合わせ、王城での薔薇園でのやり取り、彼がいかに聡明で、そして自分がいかに侯爵令嬢として完璧に接してきたのかをリコリーは説明した。
「ふーん。それで、そんなに冷たく当たっちゃってんの?」
「つ、冷たくありませんわ!婚約者としての、礼節に基づいた当たり前の距離感ですわ。馴れ合いは不要ですもの。」
リコリーはツンと顎をそらし、そっぽを向くが、耳は微かに赤くなっているのを、守護精霊は見逃さなかった。
「ぴえーんっ!リコっち、それはマジで塩すぎ!ほんとはイチャイチャしたくない?」
「いちゃ……!な、なんですのその、はしたない響きはっ!」
「そんなぁ!結婚する相手とは、マジ愛して一生添い遂げたいものじゃーん!リコっち寂しくない?」
「それは……。」
リコリーの言葉が詰まった。ヴェクスと並んで歩くとき、彼が他の令嬢と談笑しているとき、胸の奥がチリチリと焼けるような感覚。本当はもっと近くにいたい。心からの笑顔を自分にだけに向けられたい。だが、侯爵令嬢としての矜持が、そして踏み込んで嫌われてしまうかもしれないことへの恐怖が、彼女の心に厚い氷を張らせていた。
「その……。」
「図星だっ。寂しいんねっ!リコっち!」
守護精霊はリコリーの鼻先に飛びつくと、猫のように喉を鳴らした。
「おけまる!じゃぁ明日会ったときは、一度でいいから素直に接してみよ!あーしがついてるから大丈夫だって!」
「うぅ……。はいですわ……」
氷の悪役令嬢として名高いリコリーが、猫のような守護精霊に押し切られ、蚊の鳴くような声で返事をした。翌日、さっそくヴェクスと出会い挨拶をする。
「リコリー嬢、おはよう。昨日はよく眠れたかい? 私は、守護精霊様と話が盛り上がってしまって、少し寝不足気味だよ。」
彼はいつも通りの完璧な微笑みを湛えていたが、その目元には僅かに隈がある。リコリーは、いつものようにヴェクスに向き合った。
「……おはようございます、殿下。守護精霊様とは話が盛り上がるのに、わたくしとは盛り上がらないと仰りたいのですか?」
眉間に皺を寄せ、冷ややかな視線を向ける。彼女が矜持を守ってきたいつも通りの仕草だった。それを見て守護精霊は騒ぎ立てる。
「リコっちぃー!冷たいっ!冷たいよぉ!いきなり塩対応ブチかましぃ!素直な方に路線変更してぇ!」
(うぅっ…!そんなに簡単に素直になんてなれませんわっ!)
「いや……そんなことは……。リコリー嬢……私は君と一緒に、盛り上がっていきたいと思っているよ。」
ヴェクスの誠実な言葉に守護精霊は盛り上がる。
「キャー!盛り上がりたいですって!リコっちも言っちゃいなよ!あーしもベッドの上で貴方と盛り上がりたいって返すんよっ!」
「……っ!?」
リコリーの脳内で、その言葉が再生される。彼女の顔が、火がついたように一瞬で真っ赤に染まった。
「なっ、そっ、でっ……破廉恥ですわっ!!」
「えっ?」
突然の破廉恥宣言に、ヴェクスは呆気に取られた顔で固まった。場を修正しようと、ヴェクスは少し焦りながら話題を変える。
「……じゃあ、今日のランチは二人きりでどうだい? いつもは側近も一緒だろう? 私は君と二人で、ゆっくり過ごしたいんだ。」
「ふっ、二人きりっ……!」
リコリーの心臓が跳ね上がる。ヴェクスからの積極的な誘い。二人きりで独占する。それはリコリーがずっと夢見ていたシチュエーションだった。
「キャァッ!さっそく二人きり密室で、あれやこれやめくるめく蜜な世界が始まっちゃうやつっ!リコリー、今日勝負パンツ履いてきた!?」
「……っ!!」
リコリーは衝撃を受けたように目を見開く。その羞恥心は限界突破し、リコリーはぶるぶると震えだす。あまりの反応の激しさに、ヴェクスは「無理に誘いすぎたか。」と、不安げに視線を落とした。
「やっぱり……嫌だったかな……?」
「そっ、そんな……もごもごもご……。」
「うん?なんだい?」
ヴェクスが内容を聞き取ろうと、リコリーの口元に耳を近づける。ふわりと香る、彼の清潔なシトラスの香り。近すぎる距離に、リコリーはさらなる限界を迎える。
「嫌じゃない!好きですって言っちゃいなよー!」
(言えるわけありませんわっっ!!)
ヴェクスはリコリーの瞳をじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「嫌じゃないなら、ランチ、楽しみにしてるよ。」
「は……はい……。」
リコリーは消え入るような声で返事をし、爆発しそうなほど真っ赤になった顔を、両手で隠し、足早に去った。
「二人きりのランチ!距離詰めてテンアゲしてこ!」
「うぅ……無理……無理ですわ……今だって……まだ顔が変ですわ!!」
「変じゃないよ!?リコっちはバリカワだよ!完璧!優勝!自身もってこ!目指せイチャイチャバクアゲハッピー!リコっちしか勝たん!いざ、二人きりのランチへゴ―!!」
「ぴえんですわ……。」
ヴェクスと向かい合い、穏やかな日差しの中でランチが始まった。彼が時折見せる、自分だけに向けられた柔らかな眼差し。リコリーの心臓はどかどか跳ね、喉を通るスープの味さえ分からない。だが、その二人だけの空間を切り裂くような、粘りつく甘い声が学食に響き渡った。
「ヴェクス様ぁ! そんな怖いリコリー様より、私と一緒に過ごしましょうぅ。」
(は??)
リコリーの思考が一瞬、凍りついた。そこには、男爵令嬢ミイアが、周囲の視線も構わず、ヴェクスの腕に豊満な胸を押し付けようと、絡みついている。リコリーの眉間の皺が一気に深まり、周囲の空気が凍りつく。
「貴女は男爵令嬢の……ミイアさん……でしたかしら。食事の邪魔をして、どういうつもりですの?殿下の名を気安く呼ぶなんて。身の程を弁えなさい。」
鋭い牽制。しかし、ミイアは怯えるどころか、わざとらしく肩をすくめてヴェクスにさらにすり寄る。
「えー、リコリー様こわぁい。ヴェクス様ぁ、私、邪魔なんかじゃないですよねぇ?」
その瞬間、ミイアの瞳がピンク色の光で怪しく揺らめく。ヴェクスは勢いよく目を逸らした。
「えー、ヴェクス様照れてますぅ? 可愛いー! 私にメロメロなんですね!」
「殿下……?」
震える声で呼ぶが、ヴェクスは顔を上げない。リコリーの顔から血の気が引いていく。
(なぜ、引き剥がさないのです……?わたくしなんかより……あのような可愛げのある令嬢の方が……良いというのですか?)
リコリーの心に、かつてない激しい感情が湧き上がる。
(いえ…なぜ、あんな娘にわたくしのヴェクス様が取られなくてはなりませんの?なぜ、わたくしはもっと素直になれないのです?)
「ヴェクス様ぁ私だけを見てください。ね?」
ミイアはさらに、ヴェクスへと顔を近づる。
「……離れて、くれないか」
「えー、照れちゃってぇ。本当は、私に夢中なんでしょう?」
その時、リコリーの側で守護精霊の声が鋭く響いた。
「ちょっとリコっち!あーしの力を使えば、あんな変な虫、一発で追っ払えるよ!ほら、リコっちは誰の婚約者なわけ!?」
その言葉が、リコリーの中で張り詰めていた糸が弾ける。
(……そうですわ。わたくしがここで動かなければ、誰が彼を守るというのです!)
リコリーはがたりと椅子を蹴るような勢いで立ち上がった。
「……ええ、そうですわね。毒虫を払うのは、婚約者であるわたくしの役目ですわ。」
リコリーの全身から、これまでに見たこともないような神々しくも圧倒的な力が溢れ出す。守護精霊の力を媒介にした、浄化の力が、学食全体を飲み込まんばかりに膨れ上がり、リコリーは叫ぶ。
「ヴェクス様は、わたくしのですわ!!」
「ひっ……!?」
光が弾け、ミイアの中に居た禍々しい気配が霧散していく。
「私の体……戻った……。」
ミイアはその場で泣き崩れ落ち、震える声で呟いた。
「わぁ、ホントに変な虫ついてたぁ。マジやばぁ。ドン引きぃ。あっ!でももう大丈夫!あーしの浄化で、キモい魂消滅したよ!」
リコリーは戸惑いながらも優しくミイアの手を取る。
「…大丈夫ですわ、ミイアさん。悪いものに取り憑かれていたのですって。わたくしの守護精霊の力で浄化されたそうよ。」
ミイアの話によれば、「祝福の日」に何者かに肉体を乗っ取られ、意のままに動かされていたらしい。動けない体の中で、「ヒロインに転生した!逆ハーレム作るんだから!」と意気込む声を聞いらしい。だが、リコリーの放った守護精霊の力は、居座っていた魂を根こそぎ浄化し消し飛ばしたのだった。
「リコリー嬢…すまない。私は何も出来なかった…。全て君のおかげだ。」
ミイアを側近に預けたヴェクスが、沈痛な面持ちで歩み寄ってきた。魅了の瞳に見つめられ、抗うことが難しく、目を逸らすことしかヴェクスは出来ないでいた。リコリーはいつもなら、「ええ、殿下がしっかりなさらないからですわ。」と突き放すところだろう。しかし、今の彼女にそんな余裕はなかった。
「……っ」
リコリーは慌てて首を振る。その瞳にはいつもの険しさはなく、熱い涙がじんわりと浮かんでいた。
「ほら! 今だよリコっち!大好きだよって追い討ちかけちゃいなよ!」
守護精霊の茶化すような声も、今は遠く聞こえる。リコリーは赤くなった顔を伏せ、ヴェクスの袖をきゅっと掴んだ。
「そんなことありませんわっ!殿下が…魅了に抵抗してくださったおかげで、守護精霊様のお力を借りる時間ができましたの。……それに。」
リコリーはふいと視線を逸らし、耳まで赤くして呟く。
「わたくし殿下に対して酷い態度を取っていたと…守護精霊様に怒られてしまいましたわ。……素直になれ、と。」
その言葉に、ヴェクスはふっと表情を緩める。
「……そうか。私も、守護精霊様が居なければ、君とすれ違ったままだった。でも私はリコリー嬢のものらしい。」
「そっそれはっちょっとした言い間違いですわっ!」
リコリーは顔を跳ね上がる。横で守護精霊が追い打ちをかけるように騒ぎ出した。
「そこは好き好き大好きって言うんよ!」
「えっ。」
「それか今すぐ抱いてって!ほら!」
「あっ。」
「それも無理なら、せめて素直にリコっちはあんたのものって言っちゃいなよ!」
「う…守護精霊様…」
「ほら!さんはい!」
心の中で葛藤をするリコリーをヴェクスは楽しげに見守る。ついに限界を迎えたリコリーは、目をきゅっと瞑り、守護精霊への抗議と本心が混ざりあった叫びを上げた。
「本当はわ、わたくしも殿下のものですわ………って言えって言われましたわー!!」
愛の告白か、守護精霊への断末魔か。だが、涙目で必死にヴェクスを見つめるリコリーの瞳は、真実を語っていた。ヴェクスはその場で跪きリコリーの手を取った。恭しく、そして熱を込めてその指先に口づけを落とす。
「でっでっ!!」
「きゃぁー!跪いてちゅー!王子バリ王子ぃー!テンアゲなんだけど!」
「リコリー。……君がそう言ってくれるなら、私は幸せだ。」
ヴェクスは顔を上げ、リコリーを射抜くような情熱的な眼差しで見つめた。
「心から私を愛してもらえるよう、これから一生かけて頑張るよ。」
「……っ!!」
リコリーの顔からボッと音がしそうなほど熱気が上がる。彼女は真っ赤な顔で固まった。
「完璧じゃん!ほら!リコっち、もっと素直になって!結婚式はキラッキラッに派手にやろー!!バクアゲハッピーエンド直行ーーー!」
ピンク色に輝く猫のような守護精霊が舞い踊る中、二人は見つめ合う。リコリーが素直になるまであともう少し。
王子ヴェクスサイドの短編もあります。よろしくお願いします。




