崩壊を愛した少女
ある家に一人の少女がいた。とてもやさしい子で、自分より先に常に相手のことを考えるような子だった。
彼女の部屋は暗かった。たくさん本が並んだ部屋は、どこか埃っぽく湿っていた。それは、明かりがないせいかもしれないし、ろくに換気や掃除をしていないせいかもしれない。彼女が動くたびに、ほこりが踊り、空気を温めた。
部屋の扉が開くのは日に三度のみ。その時も会話は交わされない。
蚊帳の外の人々は言った。
「彼女はすでに悪魔に食われた。あいつはただ、悪魔に餌を提供しているだけの愚か者だ」
餌をやっていた彼はもし、本当に私が育てているのが悪魔だったら、と妄想した。それを考えている間だけは彼に平穏な時間が訪れた。悪魔だったら、もう与えなくていい。責任を持たなくていい。殺したっていい——。現実は悪魔よりも醜く、悪魔より暗かった。彼には勇気がなかった。いっそのこと、その妄想を現実にしてしまえば楽になるというのに。彼にはその手段があった。だが、彼はそれを望まない。
昔の話だ。彼は現実が嫌になると、すぐにやり直していた。彼は弱かった。自分に自信がなかった。でも、たった一つだけ彼自身が長所と思える特技があった。それは、やり直しができること。だからこそ、彼は好んでやり直していたのかもしれない。いまと違い、その頃の彼はやり直しが誰にでもできることを知らなかった。なにもやり直しは彼だけの特別なものではなかったのだ。いたって普通の技術だったのだ。皆がそれを行わない理由は明確だった。倫理観に反するから。
彼が育てた彼女がこうなった原因はいくつか考えられる。もちろん、その中には「彼が育てたから」という理由も含まれる。ただ、彼女自身もこうなることを望んでいたのかもしれない。
彼女は本を読むのが好きだった。よくある話だ。妄想の世界に入り込み、その間だけは現実を忘れられるからだ。その中でも、彼女は取り返しのつかないことを妄想するのが好きだった。現実はひどくもろい。積み上げるのは時間がかかるというのに、崩すのは一瞬だ。その一瞬に大きなことが起きる。彼女はそれにひかれていた。
ただ、現実はそれを許してくれない。それは積み上げた時間にこそ価値があり、壊すではなく、現存していることにこそ価値があるからだった。もっとも、現存していなくとも価値が残るものは多々ある。ただ、彼女は価値ごと崩れ去るような壊し方が好きだった。
彼女は思った。どうにか自分の現実とは関係のない部分を、きれいに崩すことはできないのか。彼女は今まで積み上げてきた知識を総動員して考えた。でも、思いつくことはなかった。彼女はあまりに幼く、その野望も小さかったのだ。暇つぶしの中の一つでしかなかったそれに、彼女の脳はリソースを割いてくれなかった。だから、彼女は不満だった。どうして私はこんなにも考えれられないのだろう、と。彼女に対してこの夢はとても魅力的だった。だから、どうしても実現したかった。
小さな脳で考えた結果、最終的にたどり着いたのが自分の身近でことを起こすことだった。自分に危害はないこと。この条件にずっと縛られていたから、このような初歩的な考えにたどり着けなかった。彼女は惜しんだ。別に自分に危害が加わらないのなら、自分の身近でも問題は起こせるではないか。しかも、それはとても簡単なことではないか、と考えた。
彼女はすぐに実行に移した。彼女は適当に作った殻に閉じこもった。彼女は少し考えた。こんな適当な殻でいいのだろうか、と。しかし、現実は想像よりも容易かった。人間というのは彼女が考えていたよりも無知だった。だって、目に見えるものしか考えず、目に見えない部分は想像するしかできないのだから。彼女の想像がどれほどもろかったとしても、うそをつき続ければそれは固い真実となった。そのおかげで身近な塔は次々と崩壊していった。
彼女自身が意図したわけではなかったが、偶然できていたこともあった。それは真に価値をすりつぶすためには、宝石が見つからないほどすりつぶせばいいこと。壊すのは一瞬だ。だからこそ、たくさん残ってしまう。それを防ぐために時間をかけて毒を回らせる。たとえ、その毒が弱かったとしても毒が回っている間は価値は薄れ続け、最終的には消える。
彼女の夢はかなった。彼女は思った。さて、夢はかなった。しかし、私の毒はあまりにも弱かった。これでは毒をまき続けなければ価値は残る。現状は大丈夫だ。しかも、まいた種は順調に芽をだした。これは私とは違って光を浴びている。放っておいても勝手に成長するだろう。後は私との勝負だ。彼女は、深く息を吸った。この退廃的な空気感が気持ちよい。彼女はほこりを吸って重くなった布団をかぶり、深い眠りについた。




