第8話:ようこそ、「美食の砦」へ
ロランドとの契約から一週間。
約束通り、ロランドは荷車いっぱいの品物を持って戻ってきた。
「レン殿! お約束の品をお持ちしました!」
荷車の中身は、南方の香辛料、東方の岩塩、西方のオリーブオイル、そして各地の珍しい種子。さらに、前回の取引の売上金として――金貨の入った革袋がどさりとテーブルに置かれた。
「金貨……50枚?」
「ミスリルインゴットが金貨30枚。食材のセットが金貨20枚。すべて即日完売でした。王都の鍛冶ギルドが『この純度のミスリルはどこから仕入れたのか』と大騒ぎしておりまして」
「そんなに高く売れるのか……」
「むしろ安いくらいです! 次回からは金貨80枚で押し通しますぞ!」
ロランドの目がギラギラしている。商人の本能が全開だ。
「それと、レン殿。一つご報告が」
「なんだ?」
「食材の方ですが……王都のとある貴族が、魔力トマトを一口食べて『これは何だ』と叫んだそうです。そこから噂が広がり、『奇跡の食材を売る謎の商人』として、私のことが王都中で話題になっております」
「……目立つのはまずいんだが」
「ご安心を! 出所は絶対に明かしません。ロランド商会の秘密です!」
レンは頷いた。
ロランドの信頼性は、この一週間の取引で十分に確認できた。約束を守る商人だ。
「さて、ロランドさん。ちょうどよかった。今日は見せたいものがあるんだ」
「おお、何でしょう?」
「拠点の改築計画だ。金と素材が揃った今、本格的にやろうと思ってな」
◇ ◇ ◇
ログハウスの前に立ち、レンは荒野を見渡した。
今の拠点は、良く言えばこぢんまりとした隠れ家。悪く言えば、防御力ゼロの小屋だ。
ルナがいるとはいえ、いつまでも無防備ではいられない。ロランドとの取引で人の出入りも増えるだろう。
「本格的な拠点を作る。名前もつけよう」
「名前……! それは素晴らしい!」
「ルナ、お前も意見くれ」
「……ごはん、たくさんつくれるところ」
「それはまあ、大前提だな」
レンは腕をまくった。
「【万能調理】――全力で行くぞ」
◇ ◇ ◇
改築作業は、圧巻の一言だった。
ロランドは目を丸くして、レンの仕事を見つめていた。
まず、敷地全体の大地を『下ごしらえ』した。
ログハウスを中心に、半径百メートルの円形エリアが完璧に整地される。
次に、防壁。
地下ダンジョンからミスリル鉱石を大量に採掘し、『精錬』して巨大なミスリルのブロックに変換。それを敷地の外周にぐるりと並べ、高さ五メートルの防壁を築き上げた。
銀色に輝く壁面は、朝日を受けて荒野に眩い光を放つ。
「ミスリルの城壁……!? く、国の要塞でも使わない贅沢さですぞ……!」
防壁の四隅には見張り塔を建てた。塔の頂上にはミスリルの風見鶏。ルナのデザインだ。
「ルナ、風見鶏はもうちょっと犬っぽくしなくていいぞ」
「……もっと耳おおきく」
「それはもう犬だ」
門を作る。厚さ三十センチのミスリル鋼の大門。蝶番も錠前も、すべてレンの手作りだ。
門の上部には紋章のスペースを空けておいた。後で何かデザインを入れよう。
防壁の内側には、施設を次々と建設していった。
まず、メインの建物。
元のログハウスを解体し、倍の規模で再建。
一階は大食堂とメインキッチン。天井が高く、大きな窓から陽光が差し込む。ミスリルの調理台は三台に増設。暖炉は大型のものに取り替え、鍋を三つ同時にかけられるようにした。食堂には十人がけのテーブルを二つ。壁には食器棚と香辛料のラック。
二階は居住スペース。レンの部屋、ルナの部屋、客室が二つ。
ルナの部屋は特別仕様だ。
床一面に分厚いクッションを敷き詰め、壁面はもふもふの毛皮で覆った。獣形態でもゴロゴロできる広さを確保し、天窓から月光が差し込む設計にした。
「ルナ、部屋どうだ?」
ルナは獣形態のまま、クッションの山にダイブした。
巨体がもふっと沈み込み、尻尾が至福でゆらゆら揺れた。
「……さいこう」
「よし」
さらに別棟を建てた。
パン窯。赤い耐火レンガを組み上げた本格的な石窯。薪をくべると、窯全体が均一に温まる。
燻製小屋。木材と肉を長時間燻す専用の施設。天井にフックが並び、ソーセージやベーコンを吊るせる。
地下食料貯蔵庫。ログハウスの直下に掘った大型の地下室。常時冷涼に保たれ、食材の長期保存に最適だ。
温泉。地下ダンジョンの温かい地下水を引き上げ、露天風呂を作った。ミスリルの湯船は贅沢だが、保温性は抜群だ。
「お、温泉まで……!?」
ロランドが目を回している。
「ロランドさん、風呂は大事だ。一日の疲れを取るのは良い食事と良い風呂だからな」
改築は丸一日かかった。
だが、結果は圧倒的だった。
◇ ◇ ◇
夕暮れ。
レンは門の前に立ち、完成した拠点を見上げた。
銀色のミスリルの防壁に囲まれた、小さな砦。
中央には堂々たるログハウスがそびえ、別棟のパン窯からは焼きたてパンの甘い香りが漂っている。
南側には色鮮やかな菜園が広がり、門の脇には小さな花壇。内側には温泉の湯気が立ち上っている。
荒野の真ん中に、一つの小さな世界が出来上がっていた。
「……名前をつけるか」
ルナが人化形態でレンの隣に立った。
「なまえ?」
「ああ。この場所の名前だ」
「……ごはんのおしろ?」
「直球すぎるだろ」
「ごはんのとりで?」
「方向性は同じだな……。まあ、間違ってはいないか。食から始まった場所だし」
レンは腕を組んで考えた。
「――美食の砦」
「……びしょくのとりで?」
「ああ。ここは俺のキッチンから始まった。だから、最初の――一番目の厨房だ」
「ファースト・キッチン……」
ルナが口の中で転がすように繰り返した。
そして、にっこりと笑った。
「いい」
「そうか」
レンも笑った。
「じゃあ決まりだ。ここは今日から、『美食の砦』だ」
「ワフッ!」
レンは門に手を当てた。
「ここは俺のキッチンだ。誰にも邪魔はさせない」
ロランドが感極まって鼻をすすっている。
「美しい……! この砦は、必ずや名を馳せますぞ! レン殿!」
「大袈裟だな……。まあ、今日は完成祝いだ。特別メニューで行くぞ」
「おおっ! それは楽しみです!」
「ごはん!」
三人は食堂に入り、出来たてのキッチンで祝いの宴を始めた。
焼きたての黄金のパン。
コカトリスのモモ肉ロースト。
魔力トマトのスープ。
深淵キノコのグラタン。
洞窟クリスタルフィッシュのムニエル。
デザートに魔力メロンのジェラート。
新しい食堂に、笑い声と食器の音が響いた。
暖炉の火が、三人の顔を暖かく照らしている。
◇ ◇ ◇
夜。
ロランドが客室で眠りにつき、ルナがもふもふ部屋で丸くなった後。
レンは一人、食堂のテーブルに座っていた。
窓から月明かりが差し込んでいる。
ミスリルの防壁が月光を反射して、砦全体が淡く光っている。
「……二週間前までは、森の中で干し肉を配る役だったんだがな」
追放されて、覚醒して、ルナを拾って、菜園を作って、ダンジョンを見つけて、商人と契約して、砦を建てた。
たった二週間。
だけど、人生の中で一番密度の濃い二週間だった。
「さて……明日は何を作ろうか」
レンはキッチンの包丁を手に取り、刃を布で拭いた。
銀色の刃に、自分の顔が映っている。
追放された飯炊き係。
Eランクの料理人。
でも、もうそんな肩書きはどうでもよかった。
今の俺は、『美食の砦』の主。
世界で一番美味い飯を作る、ただの料理人だ。
――そう決めた夜だった。
◇
……同じ夜。
砦から遥か南西、荒野の入り口に。
ボロボロのローブを纏った少女が、一人で立っていた。
長い銀髪が夜風に揺れている。碧色の瞳が、遠くに微かに光る銀色の建物を見つめていた。
風が変わった。
北から、甘い香りが流れてきた。
パンの焼ける匂い。肉を焼く香ばしさ。果物の瑞々しい甘さ。
「……この香り」
少女の目が、見開かれた。
「信じられない……。こんな荒野に、この級の料理が……?」
宮廷味覚鑑定士の舌が、数キロ先の香りだけで料理のレベルを感じ取っていた。
少女は一歩を踏み出した。
銀色に光る砦を目指して。
第1章「追放と最初のキッチン」――了。




