第5話:勇者パーティ、干し肉で詰む
国境の村、ブランカ。
王国の辺境にある小さな村だ。石造りの家が数十軒、古びた教会が一つ、冒険者向けの安宿が二軒。それだけの場所だ。
その安宿の一つに、勇者パーティ『聖剣の導き』は転がり込んでいた。
「……銀貨12枚。これがパーティの全財産だ」
賢者メルヴィンが、テーブルの上に硬貨を並べた。
安宿の一室。壁にはカビが生え、窓枠は軋み、ベッドのシーツは薄汚れている。
「は? たった12枚? ふざけんなよ、Sランクパーティの財布がそれだけか!?」
勇者アレクが怒鳴った。
「ふざけているのはお前だ、アレク」
メルヴィンは眼鏡を押し上げた。
「パーティの会計は、レンがやっていた。装備の修理費、ポーション代、食材費、宿泊費、税金の支払い……全部だ。お前の散財を差し引いた残りが、これだ」
「俺の散財って何だよ!」
「先週、酒場で見栄を張って貴族に奢った金貨5枚。先月、気まぐれで買った装飾つきの鎧。その前は――」
「うるせえ! それはいいんだよ! 勇者ってのは体面が大事なんだ!」
「その体面を維持していたのがレンの経理力だったんだがな」
「レンの名前を出すな!」
アレクはテーブルを拳で叩いた。
リーゼが爪を磨きながら口を挟む。
「とにかく、お金がないなら稼ぐしかないでしょ。クエストを受ければいいじゃない」
「……それもそうだな。Sランクパーティの俺たちなら、高額クエストも余裕だろ」
アレクは不敵に笑った。
◇ ◇ ◇
翌日。冒険者ギルド、ブランカ支部。
「Sランクパーティで受けられるクエストはないのか?」
アレクが受付嬢に尋ねた。
「申し訳ございませんが、この支部にはSランク向けのクエストはございません。最高でもBランクの魔物討伐になります」
「はあ? Bランクだと? そんな小物の相手なんぞ――」
「アレク」
メルヴィンが袖を引いた。小声で囁く。
「選んでいる余裕はない。Bランクでもいいから金を稼ぐぞ」
「……ちっ。わかったよ」
受注したのは、村の周辺に出没するオーガの討伐クエスト。Bランク。報酬は銀貨30枚。
Sランクパーティにとっては、本来なら寝ぼけていてもこなせる仕事のはずだった。
はず、だった。
◇ ◇ ◇
森の中。
「ぐっ――重い!?」
アレクが聖剣を振り下ろした。
だが、オーガの腕を斬り落とすはずの一撃は、表皮を浅く裂いただけだった。
「なんで……こんなに力が入らない!?」
オーガの反撃。丸太のような腕が横殴りに振られる。
アレクはかろうじて剣で受け止めたが、体が大きく吹き飛ばされた。木に激突し、背中から崩れ落ちる。
「アレク! リーゼ、回復を!」
メルヴィンが叫んだ。
だが、彼自身も余裕がない。炎の魔法を放つが、詠唱速度が遅い。いつもなら一秒で完成する詠唱が、三秒かかる。
「くそ、集中できない……! 頭が、もやがかかったみたいに……」
いつも飲んでいた『知恵のハーブティー』がないからだ。
魔法威力+30%のバフが消えた今、メルヴィンの魔法は本来の七割程度の威力しか出ない。
「聖なる光!」
リーゼの回復魔法がアレクを包んだ。
だが、傷の治りが遅い。いつもなら一発で全回復するはずが、半分ほどしか回復しなかった。
「はあ……はあ……もう限界……」
三回目の回復魔法で、リーゼはその場に膝をついた。
MP切れだ。いつもは十回以上使えるのに、たった三回で枯渇した。
『MP回復クッキー』を毎日食べていたことで、MPの持続回復バフが常時かかっていたのだ。
それが消えた今、リーゼの素のMP量では回復魔法を三回使うのが限界だった。
「リーゼ! どうした、もっと回復しろ!」
「無理よ……! MPが……もう、ない……!」
オーガが吠えた。
勝ちを確信した魔物が、棍棒を振りかぶる。
「くそっ! 退却だ!」
アレクが叫んだ。
Sランクパーティが、Bランクの魔物から逃げ出す。
あり得ない光景だった。
◇ ◇ ◇
安宿に逃げ帰った三人は、ボロボロの状態でテーブルを囲んでいた。
アレクの鎧は凹み、メルヴィンのローブは破れ、リーゼは疲労で顔色が真っ白だ。
「……飯はあるのか」
アレクが尋ねた。
「干し肉と、水だけだ」
メルヴィンがリュックから取り出した干し肉は、もう残りわずかだった。
三人は無言で硬い干し肉を齧った。
塩辛い。硬い。噛んでも噛んでも繊維がほぐれない。
「…………」
アレクは干し肉を噛みながら、ふと考えた。
レンの飯。
あいつが毎日作っていた料理。
朝はふわふわの焼きたてパンと、温かいスープ。
昼は道中でも食べられるサンドイッチと、果物のデザート。
夜は肉料理をメインに、サラダとスープとパンがテーブルに並んだ。
それが、当たり前だった。
「味気ない」と文句を言った。「もっと豪華にしろ」と命じた。「料理なんて誰でもできる」と笑った。
今、目の前にあるのは硬い干し肉と、ぬるい水だけだ。
「……レンの飯の方が……」
口に出しかけて、アレクは唇を噛んだ。
「…………ちっ」
メルヴィンが静かに口を開いた。
「アレク。一つ聞いていいか」
「あ?」
「我々のステータスが下がった原因……心当たりはあるか?」
「ねえよ! だから呪いだって言ってんだろ!」
「呪いの痕跡は検出されなかった。呪術系のスキルも、レンは持っていなかったはずだ」
「じゃあ説明しろよ! なんで俺たちのステータスが三割も下がってんだ!」
「…………」
メルヴィンは沈黙した。
本当は、薄々気づいていた。
レンの料理に何か特殊な効果がなかったか。毎日食べていたあの料理が、何かをしていなかったか。
だが、その可能性を口にすることは、自分たちの愚かさを認めることだ。
「レンの料理に……何かの効果が——」
「ありえねえだろ」
アレクが一蹴した。
「あいつはEランクの料理人だぞ。料理に特殊効果なんてつけられるわけがねえ。そうだ、きっとあいつが追放の腹いせに毒でも盛ったんだ。毒が今になって効いてきたんだ」
「……毒だとしたら、治療すれば回復するはずだが。リーゼの解毒魔法でも反応がなかった」
「じゃあ新種の毒だ! とにかくあいつのせいだ!」
アレクの声が安宿に響いた。
メルヴィンは、もう何も言わなかった。
リーゼは黙って干し肉を見つめていた。
同じ夜。
荒野のログハウスでは。
レンが焼きたての黄金のパンをルナと半分こしながら、暖炉の火を眺めていた。
「ワフッ」
「ん? まだ食うのか。もう五個目だぞ」
「……もっと」
「お前、本当に底なしだな」
小さなキッチンに、穏やかな笑い声が響いた。




