表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された飯炊き係の【万能調理】が神スキルだったので、荒野で極上グルメ帝国を築きます  作者: らいお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第3話:わんこ拾いました

 ログハウスでの生活が三日目を迎えた頃、レンはある問題に直面していた。


「……食材が、減ってきたな」


 『無尽蔵エンドレス・パントリー』の中には、まだ大量の素材が残っている。だが、それだけに頼っていてはいつか底をつく。

 自給自足の手段を確保する必要がある。


「まずは周辺の食材を探すか」


 レンはエプロンを外し、ログハウスの扉を開けた。


 荒野は相変わらず枯れた風景だが、ログハウスの周囲だけは事情が違う。【万能調理】で整地した大地は柔らかく、下処理した香草が小さな花を咲かせている。まるで結界のように、レンの手が入った場所だけが生きていた。


 ログハウスから南に歩くこと三十分。

 荒野の端に、小さな森がある。枯れてはいるが、木々が密集していて、動物の気配がわずかにあった。


「ここなら何か採れるかもな」


 足元の落ち葉を踏みしめながら森の中を進む。

 『味覚解析』を常時発動させていると、使えそうな素材が次々とハイライトされる。


《野生セリ(品質C級)》

《ヨモギの葉(品質D級、下処理で薬効あり)》

《鉄クルミ(品質B級、殻が非常に硬いが中身は良質な油脂)》


「お、結構あるじゃないか。鉄クルミは面白いな。殻を精錬すれば金具にもなりそうだ」


 食材を採集しながら、森の奥へと進んでいく。

 そのとき、足が止まった。


「…………血の匂い」


 鉄錆のような匂いが、風に乗って流れてきた。

 人間のものではない。もっと野性的な、獣の血。


 レンは慎重に茂みをかき分けた。


 ――そこにいたのは、白い狼だった。


「っ……」


 真っ白な毛並み。体長は一メートルほど。まだ子供だろう。

 だが、その白い毛は赤黒い血で汚れていた。後ろ足に深い裂傷があり、周囲の土が血で染まっている。


 呼吸は浅い。目は閉じている。

 かろうじて生きている、という状態だった。


「おいおい……こりゃひどいな」


 レンは膝をつき、そっと狼の体に手を触れた。


 『味覚解析』が自動発動する。


《対象:幼体(種族不明・大型獣)》

《状態:重傷。出血多量、体力枯渇、衰弱》

《備考:治療しなければ数時間以内に死亡と推定》


「種族不明……? まあ、今はそんなことどうでもいい。まずは手当てだ」


 レンは『無尽蔵』からマンドラゴラの根を取り出した。

 昨日のシチューで使い方はわかっている。毒抜きすれば万能薬になる最高級の素材だ。


「でも、こいつに固形物は食わせられないな……スープにするか」


 森の中に簡易キッチンを展開する。

 と言っても、やることは簡単だ。石を二つ並べて即席のコンロを作り、『無尽蔵』から鍋を取り出す。水筒の水を注いで火をつけた。


「【万能調理】――『下処理』」


 マンドラゴラの根から紫色の毒素が抜ける。残った根を薄くスライスし、鍋に投入。

 さらに『無尽蔵』から乾燥していた薬草を数種類追加する。


 『味覚解析』が最適なレシピを表示した。


《推奨調理:薬膳スープ》

《マンドラゴラの根+賢者草+月光ミント》

《効果予測:HP回復(特大)、毒耐性付与、体力回復促進》


「よし、こいつでいこう」


 鍋がコトコトと煮え始める。

 澄んだ琥珀色のスープが、静かな森の中に温かい湯気を立ち上らせた。

 甘い薬草の匂い。スパイシーで、でもどこか優しい。病人の体に沁み込んでいくような、柔らかい香りだ。


 レンはスープが適温になるのを見計らい、木のスプーンですくった。

 白い狼の口元にそっと近づける。


「ほら、飲めるか?」


 最初は反応がなかった。

 だが、スープの香りが鼻に届いたのだろう。狼の鼻がヒクヒクと動いた。


 薄く目が開く。

 澄んだ蒼い瞳が、レンを見つめた。


「……大丈夫だ。毒は入ってねえよ。俺は料理人だ」


 意味が通じたのかどうかはわからない。

 だが、狼はぺろりとスプーンのスープを舐めた。


 一口。二口。三口。


 舐めるスピードが、どんどん速くなっていく。


 そして――狼の傷口が、光を帯びた。


「おお……」


 裂けていた後ろ足の傷が、見る見るうちに塞がっていく。赤黒い血が止まり、新しい皮膚が傷口を覆い、白い毛が生え始める。


 薬膳スープの回復効果だった。


 鍋のスープを全部飲み干す頃には、狼は完全に回復していた。

 白い毛並みが艶やかに輝き、蒼い瞳がキラキラと光っている。


 そして。


 ブンブンブンブンブン。


 しっぽが、ものすごい勢いで振れていた。


「ワフッ!」


 狼がレンに飛びついた。

 体重が予想以上に重い。一メートルの体が勢いよくぶつかり、レンは背中から地面に倒された。


「うおっ!? 待て、ちょっ、重い!」


「ワフワフワフッ!」


 ベロベロベロ。

 顔中を舐め回される。尻尾はブンブン振り続けている。


「わかった、わかったから! 嬉しいのはわかったから、顔を舐めるな!」


 なんとか起き上がると、白い狼はレンの足元にぴったりとくっついて離れなくなった。蒼い瞳でジッと見上げてくる。


 見上げてくる。


 じーっと。


 レンは首を傾げた。


「……なんだ? もう元気みたいだし、森に帰らないのか?」


「ワフッ」


 尻尾ブンブン。


「いや、俺について来られても困るんだが……」


「クゥン……」


 蒼い瞳がうるうると潤んだ。

 上目遣い。しっぽは控えめに揺れている。


「…………」


 レンは天を仰いだ。


「……まあ、飯は多めに作るか」


「ワフッ!!」


 しっぽ最大出力。



◇ ◇ ◇



 ログハウスに戻る途中だった。


 レンが白い狼を連れて森を出たとき、空気が変わった。


 ザワリ、と草が揺れる。

 風向きが変わったのではない。何かが、ゆっくりと近づいている。


「…………来るな」


 匂いで気づいた。

 血と、泥と、腐った肉の匂い。


 茂みの向こうから、のそりと姿を現したのは――オークだった。


 身長二メートル超の豚面の魔物。

 しかも一体ではない。二体、三体……十体。群れだ。


「……狼の血の匂いに誘われたか」


 オークたちは、レンと白い狼を見て、下卑た笑いを浮かべた。


「ブヒヒ……エサ、エサだ……」


 白い狼がレンの前に出た。低いうなり声を上げ、牙を剥く。

 だが、足がわずかに震えている。傷は治ったが、体力が完全には戻っていないのだ。


「無理すんな。お前はさっきまで死にかけてたんだ」


 レンは狼の前に立った。


 オークの群れ。十体。

 正直、戦闘スキルは持っていない。【料理人】は最底辺の不遇職であり、戦闘向きのスキルは何一つない。


 だが。


「……料理中に邪魔すんなよ」


 レンは右手を上げた。


 その手には、ミスリルの鍋。

 今朝、岩から精錬した最高級金属で作った愛用の鍋だ。


「【万能調理】――『成形(ファソナージュ)』」


 光が走った。


 鍋が、形を変えた。

 丸い底が平らに伸び、取っ手が握りに変わり、表面に文様が浮かび上がる。


 一秒後、レンの手にあったのは――ミスリルの大盾だった。


「素材は同じだ。形を変えただけ。『調理器具の成形』の応用だな」


 先頭のオークが突進してきた。

 レンは盾を構えた。


 ガァンッ!!


 衝撃が腕に来る。だが、ミスリルの盾はびくともしない。

 オークの方が弾き飛ばされ、後方の仲間にぶつかって将棋倒しになった。


「硬っ……! さすがミスリルだな」


 だが、十体を盾だけで倒すのは厳しい。

 レンが次の手を考えた瞬間。


 背後の空気が、凍った。


 文字通り――凍った。


「ワオオオォォォン!!」


 白い狼の咆哮が森を震わせた。

 口から放たれたのは、凄まじい冷気の奔流。氷のブレスだ。


 白い嵐がオークの群れを飲み込んだ。

 十体のオークが、一瞬で氷の彫刻に変わる。


 氷漬けのオークたちが、月光を反射してキラキラと光っていた。


「…………」


 レンは口を開けたまま固まった。


 白い狼は、何事もなかったかのようにレンの足元に戻り、しっぽを振った。


「ワフッ」


「…………お前、ただの犬じゃなくね?」


 レンの脳裏に、昔ギルドの図書室で読んだ魔獣図鑑の一ページが蘇った。


 ――『フェンリル。伝説の神獣。白銀の毛並みと蒼い瞳を持ち、氷属性の魔法を操る。古代から信仰の対象とされ、人前に姿を現すことは極めて稀。戦闘力は単体でSランク魔獣に匹敵する』


 白銀の毛。蒼い瞳。氷のブレス。


 全部、一致する。


「フェ……フェンリル……? 伝説の、聖獣……?」


 レンは目の前の白い狼を見た。

 伝説の聖獣フェンリルは、しっぽをブンブン振りながら、レンのエプロンの裾を咥えて引っ張っていた。


「クゥン……」


 腹が減った、と言っているようだった。


「…………」


 レンは深くため息をついた。


「……わかったよ。帰って飯にしよう。――お前の名前、考えなきゃな」


「ワフッ!」


 月明かりに照らされた荒野を、料理人と、伝説の聖獣が並んで歩いていく。


 フェンリルのしっぽは、ずっと振れ続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ