表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された飯炊き係の【万能調理】が神スキルだったので、荒野で極上グルメ帝国を築きます  作者: らいお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/20

第2話:極上シチューと嵐の夜

 翌朝。


 荒野に立つレンは、目の前の光景に途方に暮れていた。


 見渡す限りの荒れ地。枯れた草と灰色の岩と、冷たい風。

 屋根もなければ壁もない。当たり前だ。追放された人間に、住む場所なんてない。


「……さて、どうするか」


 昨夜は結局、岩陰で丸くなって寝た。背中が痛い。

 それでも頭は妙に冴えている。

 理由は一つ。昨日覚醒した、あのふざけたスキルのせいだ。


 【万能調理(ユニバーサル・クック)】。

 あらゆる素材を「調理」できる、神級スキル。


「対象は食材に限定されない、か……」


 足元の地面を見る。硬く乾いた土。

 昨夜は枯れ草を香草に変え、岩からミスリルを精錬した。

 じゃあ、これは?


「試してみるか。――【万能調理】、『下ごしらえ(プレパラシオン)』」


 両手を地面に当てた。

 淡い光が手のひらから広がり、地面に染み込んでいく。


 ゴゴゴ、と低い音。

 足元の土が変わった。


 硬く乾いた灰色の大地が、柔らかく整地された平坦な地面に変わっていく。デコボコだった岩が沈み、雑草の根が分解され、まるで誰かが何日もかけて整備したかのような、完璧な更地が現れた。


「……いけるじゃねえか」


 範囲は直径十メートルほど。十分すぎる広さだ。

 次は建材が必要だ。


 荒野の端に、数本の枯れ木が立っている。触れた瞬間、『味覚解析(テイスト・アナライズ)』が発動した。


《素材名:灰カシの枯れ木》

《品質:D級(そのままでは建材には不向き)》

《最適調理法:「燻製」により繊維が強化され、A級建材相当になります》


「燻製で建材にランクアップ……マジかよ。やるか」


「【万能調理】――『燻製(フュメ)』」


 枯れ木が煙に包まれた。

 数秒後、煙が晴れると――そこには深い飴色に光る、美しい木材が立っていた。

 手で叩くと、カンッと澄んだ音がする。石のように硬い。


「これ、千年樹の木材と遜色ないぞ……」


 次々と枯れ木を燻製にし、建材を十分に確保する。

 そして荒野に散らばる岩を精錬して釘と金具を作り――



 気がつくと、目の前にログハウスが建っていた。



「…………調理スキルで、家が建った」


 自分で言っていて意味がわからない。

 だが、事実だ。


 飴色の木材で組まれたログハウスは、堅牢で美しい。

 中に入ると、天井が高く、窓から朝日が差し込んでいる。


 でも、まだ足りない。


「キッチンがないと意味がない」


 料理人の矜持だ。住むための家じゃなく、料理をするための城が欲しい。

 レンの手が止まらなくなった。


 岩を精錬してミスリルの調理台を作る。

 枯れ木を燻製にして食器棚と椅子を作る。

 地中の粘土を下処理して、耐火レンガの暖炉を組み上げる。

 鉄鉱石を精錬して、包丁、鍋、フライパン、スプーンを鋳造する。


 一時間後。


「……うん。いい感じだ」


 完成したキッチンは、王宮の厨房にも引けを取らない設備だった。

 広い調理台。火力を自在に調節できる暖炉。壁一面の食器棚。

 窓際には小さなハーブの鉢植え。昨夜の枯れ草を下処理した香草だ。


 レンは深く息を吸った。

 木の香り。暖炉の残り火の温もり。自分だけの空間。


 二年間、一度も感じたことのない安堵だった。



◇ ◇ ◇



「さて……飯にするか」


 キッチンに立つと、自然と背筋が伸びた。

 ここは俺の城だ。誰に気を使う必要もない。好きなものを、好きなように作ればいい。


無尽蔵エンドレス・パントリー』を開く。


 中には、二年間の冒険で手に入れた素材がぎっしり詰まっていた。

 アレクたちが「ゴミ」「いらねえ」と押し付けてきたものばかりだ。


「さて、何があるかな……」


 一つずつ取り出し、『味覚解析』をかける。


 ――コカトリスのモモ肉。


《品質:A級》

《備考:適切な調理により絶品の肉料理に。バフ効果『攻撃力+50%(6時間)』》


「A級……。アレクのやつ、『硬くて食えねえ、捨てろ』って言ってたな。調理法を知らないだけだろうが」


 ――マンドラゴラの根。


《品質:S級》

《備考:猛毒。ただし『下処理』により毒を完全除去した場合、万能薬の素材に。バフ効果『HP自動回復(1時間)』》


「S級!? あいつら、これをただの雑草だと思ってたのか……」


 ――ミスリルカブ。


《品質:B級》

《備考:鉄分豊富な根菜。シチューに最適。バフ効果『防御力+40%(6時間)』》


「B級の根菜か。シチューに入れたら美味そうだな」


 ゴミの山だと思っていた食材庫が、宝の山だった。

 アレクたちが無知ゆえに捨てた素材は、どれもプロの料理人が血眼になって探す一級品ばかりだ。


「……よし、今夜はシチューにしよう」


 包丁を手に取る。


 まずはマンドラゴラの根の下処理だ。猛毒を持つこの素材は、通常なら専門の錬金術師でなければ扱えない。だが――


「【万能調理】――『下処理』」


 光がマンドラゴラの根を包んだ。

 紫色の毒素が霧のように抜けていき、残ったのは象牙色の、ぷるぷると弾力のある根だった。

 甘い香りが漂う。高麗人参に似た、滋養に満ちた匂い。


「毒抜き完了。……いい香りだ」


 次にコカトリスのモモ肉。

 表面の硬い鱗を丁寧に剥き、筋を取り除く。下ごしらえをした肉は、手のひらに吸い付くような柔らかさだ。

 一口大に切り分け、軽く塩を振る。


 ミスリルカブは皮を剥いて角切りにする。包丁を入れた瞬間、シャクッと小気味よい音がした。断面から鉄分を含んだ鮮やかな赤い汁が滲む。


 暖炉に火を入れる。

 ミスリルの鍋にバターを溶かし――白い油脂が熱でじわりと泡立つ。


 肉を入れた。


 ジュウッ。


 その瞬間、キッチンが別世界に変わった。


 コカトリスの肉が焼ける香ばしい匂いが、暖炉の薪の匂いと混ざり合って広がる。表面がきつね色に変わっていく。一つ一つの角が、カリッと黄金色に焼き固められていく。


 焼き目がついたら、ミスリルカブを投入。バターに絡めて軽く炒める。

 そこに水と、昨夜作った香草を加え、蓋をして煮込む。


 コトコト。


 コトコト、コトコト。


 暖炉の火に照らされたキッチンで、鍋が静かに歌い始めた。

 蓋の隙間から、白い湯気が立ち上る。クリーミーなスープの香りに、ハーブの清涼感が重なる。


 三十分後。蓋を開けた。


「――いい色だ」


 黄金色のシチューが、鍋の中で輝いていた。

 コカトリスのモモ肉はとろけるように柔らかく、スプーンで触れただけで繊維がほどける。マンドラゴラの根は象牙色のまま、ぷるぷると震えている。ミスリルカブの赤色が、黄金のスープに鮮やかなアクセントを添えていた。


 木のスプーンですくい、息を吹きかける。

 湯気が顔を撫でた。温かい。


 口に運んだ。


「…………」


 味覚が、爆発した。


 最初に来るのは、コカトリスの肉の旨味だ。舌の上でとろけると同時に、凝縮された肉汁が一気に広がる。噛む必要がない。歯がいらない。ただ舌の上に置くだけで、肉が自ら溶けていく。


 次にマンドラゴラの根の甘み。毒が抜けたことで本来の風味が解放され、まるで蜂蜜のように濃厚な甘みが、肉の旨味を包み込む。体の芯から温かくなる。疲労が、溶けていくようだった。


 そしてミスリルカブの食感。シャクシャクと歯ごたえを残しながらも、スープの味を吸い込んで、一噛みするたびにジュワッと旨味が溢れる。


 スープそのものは、すべての食材の旨味が溶け合って、一つの完成された「味」になっていた。濃厚なのにくどくない。温かいのに切れがある。最後にハーブの香りがふわりと鼻を抜け、すべてを爽やかに締めくくる。


「…………美味い」


 声が出た。


「美味い……。なんだこれ。パーティにいた時より、遥かに美味いぞ……?」


 当たり前だ。

 パーティにいた頃は、アレクたちの好みに合わせ、素材の力を半分も引き出せていなかった。コカトリスの肉は「硬い」と言われて薄切りにし、マンドラゴラは「気味悪い」と言われて使えず、ミスリルカブは「変な色」と言われて捨てられた。


 今は違う。

 誰にも文句を言われない。素材の力を100%引き出して、自分の好きなように料理ができる。


 二杯目を注ぐ。三杯目を注ぐ。

 気がつくと、鍋が半分空になっていた。


 ふと、スキルウインドウが光った。


《バフ効果が発動しました》

《『万能シチュー』:全ステータス+30%(6時間)》

《『体力回復(大)』:HPが全回復しました》

《『精神安定』:精神状態が最良になりました》


「全ステ+30%……。しかも体力全回復に精神安定まで」


 思わず笑った。


「これ、パーティにいた時に作ってたバフ飯より、遥かに効果高いんだけど」


 料理の質は、料理人の精神状態にも影響する。

 自分のために、自分の好きなように作る。それだけで、こんなにも変わるのか。


 窓の外を見た。

 荒野に夕日が沈んでいく。オレンジ色の光が、新品のキッチンを黄金色に染めている。


 温かい。

 腹がいっぱいだ。

 自分の居場所がある。


 たったそれだけのことが、二年間で一番の贅沢だった。



◇ ◇ ◇



 同じ夜。

 レンが追放された国境の森。


 大雨が降っていた。


「アレク、テントが倒れた! 早くなんとかしろ!」


 僧侶リーゼの甲高い叫び声が、雨音に混ざる。

 ぐちゃぐちゃになったテントの残骸の前で、勇者アレクは濡れ鼠になっていた。


「くそっ……! なんでテントが立たねえんだ!」


「お前が支柱の向きを間違えてるからだろうが」


 賢者メルヴィンが眼鏡を拭きながら言うが、彼も正解を知っているわけではなかった。


 テントの設営。それは二年間、レンの仕事だった。

 火起こしも、水場の確保も、夜営の場所選びも。

 すべてレンがやっていた。

 当たり前すぎて、誰も気づいていなかった。


「もういい、テントは諦めろ! 木の下で雨宿りだ!」


 アレクが叫び、三人は大木の根元に身を寄せた。

 冷たい雨が容赦なく体を叩く。服はびしょ濡れだ。焚き火を起こそうにも、薪が濡れていてどうにもならない。


「……飯は?」


 リーゼが低い声で言った。


「干し肉がある」


 メルヴィンがリュックから取り出したのは、硬い干し肉の塊だった。

 ナイフで切ろうとするが、硬すぎて刃が通らない。


「……齧るしかないな」


 三人は無言で干し肉にかじりついた。


 硬い。

 不味い。

 冷たい。


 顎が疲れるほど噛んでも、繊維がほぐれない。塩気ばかりが舌を刺す。旨味なんてものは存在しない。


「……まっず」


 リーゼが顔をしかめた。


「レンの飯は……」


 ――言いかけて、口をつぐんだ。


 アレクが睨んでいたからだ。


「あいつの名前を出すな。あんな味気ない飯、食えなくなって清々するだろうが」


「……ああ、そうだな」


 メルヴィンが生返事をした。

 本心では、昨日まで毎晩食べていた温かいシチューのことを思い出していた。

 あの、口に入れた瞬間に体の芯まで温まる、黄金色のシチュー。

 香草の香り。とろける肉。ほくほくの根菜。


 ――もう、あの味は食べられない。


「おい、薬草ポーチはどこだ? 昼間の戦闘で傷が痛む」


 リーゼがリュックを漁るが、見つからない。


「……薬草ポーチはレンが管理してたな」


 メルヴィンが静かに言った。


「レンが、管理……」


 沈黙が落ちた。

 雨音だけが響く。


「ちょっと不便なだけだ!」


 アレクが声を荒げた。


「料理なんざ誰でもできる! テントも、薬草も、すぐに慣れる! あんなEランクの料理人がいなくたって、俺たちは勇者パーティなんだよ!」


 その声は、自分自身に言い聞かせているようだった。


「……アレク」


 メルヴィンが眼鏡の奥の目を細めた。


「気のせいかもしれないが……今日のCランクのゴブリンリーダーとの戦闘、妙に苦戦しなかったか? 先週までならお前の一撃で倒せていたはずだが」


「は? たまたまだ。体調が悪かっただけだろ」


「リーゼ、お前の回復魔法も、いつもの半分くらいしか効いていなかったが」


「……言われてみれば」


 リーゼが自分の手を見つめた。


「いつもは十回は使えるのに、今日は五回で息切れしたわ。おかしいわね……」


 メルヴィンはステータスウインドウを開いた。

 そして、わずかに目を見開いた。


「……なぜだ。俺の魔力値が、昨日より三割も下がっている」


「はあ? そんなわけあるか。バグだろ」


 アレクも自分のステータスを開き――固まった。


 攻撃力。防御力。俊敏性。魔力。

 すべてが、昨日までの数値から大幅に下落していた。


「な……なんだこれ……。なんで、ステータスが……」


 大雨の中、三人の顔が青ざめた。


 答えは簡単だった。

 レンの料理のバフ効果が、切れたのだ。


 『力の猛牛ステーキ』。

 『知恵のハーブティー』。

 『MP回復クッキー』。


 毎日毎日、何の疑問も持たずに食べ続けていた、レンの「味気ない飯」。

 その料理には、全ステータスを三割以上も底上げするバフが含まれていた。


 だがもちろん、三人はそのことを知らない。


「……呪い、か?」


 アレクが唸った。


「あの飯炊き係が、追放の腹いせに俺たちに呪いをかけやがったのか……?」


「まさか。あのEランクにそんな力は……」


「じゃあなんで説明がつくんだよ!」


 雨が、さらに激しくなった。


 冷たい干し肉を齧りながら、勇者パーティは震えていた。


 同じ夜。

 遥か北の荒野では。


 暖炉の火に照らされたキッチンで、レンは極上のシチューを味わいながら、穏やかに微笑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ