第14話:ロランド再来と、王都の「奇跡」
ある朝。砦の門を叩く音がした。
ドンドンドン。元気の良い、遠慮のない叩き方。
「レン殿ーーーっ! お久しぶりです! ロランドですぞーーーっ!」
門を開けると、丸い体型の行商人ロランドが、満面の笑みで立っていた。前回同様、大きな荷車を引いている。ただし、今回の荷車は前回とは比較にならない大きさだった。四頭立ての馬車。屋根付き。側面にはロランド商会のエンブレムが金色で描かれている。
「ずいぶん立派な荷車になったな」
「ええ! それもこれも、レン殿の食材のおかげですぞ! いやあ、大成功! 大成功でございます!」
ロランドが転がるように食堂に駆け込み、テーブルに帳簿を広げた。分厚い革表紙の帳簿は、付箋と書き込みでパンパンに膨れている。
「まず、精霊トマトの販売報告から!」
ロランドの目が商人の目に変わった。丸い顔は変わらず愛嬌があるが、瞳の奥に鋭い光が宿っている。
「王都の市場で、精霊トマト一個あたり金貨一枚で取引されています」
「金貨一枚……トマト一個で?」
「はい! 通常の最高級トマトで銀貨五枚ですから、その二十倍です。『食べた瞬間に全ステータスが上がるトマト』なんて前代未聞ですぞ! 冒険者ギルドの幹部クラスが争奪戦を繰り広げておりまして、競売にかけたら一個金貨三枚までつり上がった回もありました」
「そんなことになってるのか……」
「それだけではありません! 黄金の小麦粉も大人気です。このパンの食感と風味は他の小麦では絶対に出せない。パン屋のギルドマスターが『全量買い取りたい』と言ってきましたが、独占はさせておりません。複数の取引先に分散させて、価格競争を促しています」
ロランドが別の帳簿を開いた。
「そして魔力メロン! これが予想を超える大ヒットでして。貴族の夫人方に爆発的に広がっております。『肌が綺麗になる果物』として口コミが止まりません。王妃様のお耳にまで入ったとか」
「王妃まで……」
「合計しますと——」
ロランドが帳簿をめくり、最終ページを示した。
「売上総額、金貨四百八十二枚。ロランド商会の手数料二割を差し引いて、レン殿の取り分は金貨三百八十五枚です」
「金貨三百八十五枚……!?」
セレナが椅子から立ち上がった。碧色の瞳が大きく見開かれている。
「それ、エルフ王国の宮廷の年間食費に匹敵する金額です……」
「マジか」
「マジです」
フィオナが腕を組んだ。
「つまりお前は、トマトとパンとメロンを売っただけで、一国の王族並みの収入を得たということか」
「一応、他にも売ってるけどな……」
「問題はこれからです!」
ロランドが興奮気味に身を乗り出した。丸い体が前のめりになり、テーブルの上の帳簿が揺れる。
「王都で噂になっているのは食材だけではありません。『これらの食材を生み出している料理人がいる』『荒野の砦に住んでいるらしい』という情報が出回っています。冒険者ギルド、商業ギルド、そして王宮からも問い合わせが来ております」
「王宮から?」
「はい。しかし私は、レン殿のプライバシーを守っております。所在地は明かしていません。……ただし」
ロランドの表情が少しだけ真剣になった。
「そろそろ、次の手を考える時期かもしれません。食材の販売だけでなく、もっと大きなビジネスの展開を」
「大きなビジネス?」
「バフ付き弁当です」
ロランドが鞄から一枚の設計図を取り出した。手描きの図面に、弁当箱の形状とメニュー案が細かく書き込まれている。
「冒険者向けバフ弁当。ダンジョン探索の前に食べれば、攻撃力や防御力が一時的に上昇する携帯食。これを大量生産して販売すれば——」
「ちょっと待て」
レンが手を上げた。
「大量生産は無理だ。俺一人で作れる量には限界がある。品質を落としてまで数を増やすつもりはない」
「ですよね……そう言われると思いました」
ロランドは残念そうだが、すぐに表情を切り替えた。優れた商人の適応力だ。
「では、限定販売のプレミアム弁当として展開しましょう。一日十食限定。予約制。価格は金貨五枚。希少性がブランド価値を高めます」
「金貨五枚の弁当って……」
「レン殿の料理なら安いくらいです。精霊トマトのサンドイッチに、コカトリスの唐揚げ、デザートに魔力メロン。バフ効果は攻撃力+40%と防御力+30%。Sランクの冒険者でも金貨五枚を喜んで払いますぞ」
レンは考え込んだ。
料理人として、自分の料理が評価されるのは嬉しい。だが、商売のために作りたいわけじゃない。食べた人が「美味い」と笑顔になる。それが一番大事だ。
「……まあ、考えておく」
「考える間に——」
ロランドが荷車の方を指差した。
「今回、王都からの依頼品を持ってきました。レン殿が注文していた食材と、追加で見つけた珍しい素材です」
荷車から次々と食材が降ろされた。
紅海の岩塩。砂漠地帯のスパイス十種。北の山脈で採れた天然蜂蜜。希少な黒胡椒。乾燥したバニラの鞘。深海で採れる昆布に似た海藻。
「そしてこちらが、特別に見つけてきた品です」
ロランドが大事そうに取り出した木箱を開けた。
中には、拳大の黄金色の卵が一つ。殻が微かに光を放っている。
「これは……」
「竜帝の卵。南の火山地帯の奥深くで発見されたものです。闇市場に流れる前に、コネを使って確保しました。真贋は保証します。……ただし、この素材を調理できる料理人が世界に存在するかどうかは、正直わかりません」
レンは卵を手に取った。
ずしりと重い。手のひらを通じて、膨大な魔力が脈動するように伝わってくる。
「【味覚解析】」
《素材名:竜帝の卵(品質:計測不能)》
《備考:神級食材。調理難度は最高ランク。成功した記録は歴史上一件のみ》
「……とんでもない素材だな」
「お値段は、金貨百枚です」
「高い」
「竜帝の卵ですぞ!? 本来なら金貨千枚でも足りません! コネがなければ手に入らない代物です!」
レンは卵を見つめた。
今の自分に、これを調理する技量があるか。正直、わからない。だが、いつか必ず使う時が来る。そんな予感があった。
「買う。【無尽蔵】に保管しておく」
「毎度ありがとうございます!」
ロランドが嬉しそうに帳簿に記入した。
◇ ◇ ◇
商談の後は、恒例の晩餐だ。
「せっかく新しいスパイスが手に入ったからな。試作品を食べてくれ」
レンがキッチンに立った。
今夜のメニューは、紅海の岩塩と砂漠スパイスを使ったコカトリスの丸焼き。
丸鶏にスパイスペーストを塗り込み、低温でじっくりとローストする。紅海の岩塩がミネラルの深みを与え、砂漠スパイスの複雑な香りが鶏肉の旨味と混ざり合う。
仕上げに天然蜂蜜を薄く塗り、最後に高温で皮をパリパリに焼き上げた。
食堂にロースト肉の香りが立ち込めた瞬間、ルナが獣形態で跳び上がった。
「にくっ! にくのにおいっ!!」
「ルナ、まだ焼けてない」
「にくっ!!」
完成したコカトリスの丸焼きがテーブルの中央に置かれると、全員が息を呑んだ。
飴色の表面。滴る肉汁。スパイスの芳醇な香り。ナイフを入れると、パリパリの皮の下からジューシーな白身がほろりと崩れた。
「……102点」
セレナが呟いた。
「新しいスパイスの相乗効果で、味の複雑さが一段上がっています。レン様の料理は進化し続けてますね……」
「いい仕入れをしてくれたからだ。ロランドさんのおかげだ」
「ロランド、感激ですぞ……!」
丸い商人は涙を流しながらチキンを頬張っていた。
フィオナはいつものように無言で食べていた。骨だけが積み上がっていく。三人前を食べ終え、四人前が始まっている。
ルナは一羽の半分を一人で食べた。
……追加でもう一羽焼くことになった。
こうして、美食の砦と王都を繋ぐ商路は、着実に広がり始めていた。




