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追放された飯炊き係の【万能調理】が神スキルだったので、荒野で極上グルメ帝国を築きます  作者: らいお


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第12話:勇者パーティ、借金生活に突入

 国境の村ブランカ。


 安宿の最も安い部屋。壁にはカビ、窓は隙間風、ベッドは薄い藁のマットレス。天井の隅には蜘蛛の巣が張り、床板は歩くたびにギシギシ鳴った。

 かつてSランクパーティとして王都の一等宿に泊まっていた面影は、どこにもなかった。


 その薄暗い部屋で、勇者アレクはテーブルに突っ伏していた。


「……借金、銀貨200枚」


 メルヴィンが帳簿を閉じた。汚れた眼鏡の奥の瞳は疲労に翳り、いつもの傲慢な光が消えている。


「宿代の滞納が銀貨50枚。食事代の未払いが銀貨30枚。装備の修理費が銀貨40枚。ポーション代が銀貨30枚。そして先日のCランク魔物討伐失敗の違約金が銀貨50枚。合計すると銀貨200枚……金貨2枚相当だ」


「金貨2枚……。Sランクの俺たちが、金貨2枚の借金で首が回らないだと……?」


「Sランクの活躍ができていないからだろう」


 メルヴィンの声は、いつもの皮肉めいた調子すら失っていた。ただ事実を述べている。それが余計に残酷だった。


 ここ一ヶ月、勇者パーティの衰退は目に見えて進んでいた。


 アレクの攻撃力はかつての七割。聖剣を振るう腕にキレがなく、Bランクの魔物相手でも苦戦する。以前なら一撃で仕留められた相手に、五合も六合も打ち合って、ようやく倒せるかどうか。

 メルヴィンの魔法詠唱は倍の時間がかかる。集中力が続かず、複合魔法はもう使えなくなっていた。文献で読んだ理論は頭にあるのに、体がついてこない。

 リーゼの回復魔法は三回が限界。かつては十回使えたのに。四回目を唱えようとすると目の前が暗くなり、膝から崩れ落ちる。


 そのすべてが、レンの料理のバフ効果が消えた結果だとは、彼らはまだ完全には理解していなかった。


「飯だけでもまともなものを食いたい……」


 アレクが呟いた。


 安食堂の定食は、塩味しかしない豆スープと、硬くて顎が痛くなるパンと、正体不明の漬物。一食銅貨5枚。

 食べられるだけマシだが、味は絶望的だった。噛めば噛むほど、あの味を思い出す。


「レンの飯の方が……」


 また言いかけて、口をつぐんだ。

 だが、今回はアレク自身が口に出していた。一ヶ月前なら「あんな味気ない飯」と吐き捨てていたはずの言葉が、今は違う響きを持っている。


「…………」


 三人の間に沈黙が落ちた。

 窓の外から、安食堂の喧騒が聞こえる。笑い声。食器の音。楽しそうに飯を食う冒険者たちの声。それすら、今の三人には刺さった。


「……リーゼ」


「なに?」


「お前、料理できるか?」


「はあ? 聖女に料理させる気? 冗談でしょ」


「メルヴィン」


「火魔法で肉を焼くことはできるが、炭になった肉を食いたいか?」


「…………」


 三人とも、料理ができなかった。

 二年間、すべてレンに任せていたからだ。朝食も、昼食も、夕食も。保存食の管理も、食材の調達も。料理に関する一切を、一人の男に丸投げしていた。

 当時は「雑用だから当然」だと思っていた。今になって、その「雑用」がどれほど生活を支えていたか、ようやく身に染みている。


「……ギルドに行こう」


 アレクが立ち上がった。


「レンのことだ。ギルドなら居場所を突き止められるかもしれない」



◇ ◇ ◇



 冒険者ギルド、ブランカ支部。


 受付カウンターの前で、アレクは拳をテーブルに叩きつけた。


「レンに呪いをかけられた! 追放した元パーティメンバーにだ!」


 受付嬢が困惑した顔で聞き返した。若い女性だが、冒険者相手の仕事を長年こなしてきた落ち着きがある。


「呪いですか。具体的にはどのような症状で?」


「あいつが去ってから俺たちのステータスが三割も下がった! 呪い以外に説明がつかない!」


「アレク様……失礼ですが、呪いの痕跡は検出されていますか?」


「メルヴィン」


「……されていない。魔法的な走査を三度行ったが、呪いの痕跡は一切確認できなかった。だが他に原因が思いつかない」


 受付嬢はため息を噛み殺した。


「呪いの痕跡がない以上、ギルドとしては動けません。それに、レン様は正規の手続きでパーティを脱退されています。追放の際の対応もギルドの規約に違反していません。むしろ――」


「むしろ?」


「手切れ金もなく追放した側のパーティに、ギルドとしては好意的な対応をする理由がありません」


 受付嬢の声は丁寧だったが、目は冷たかった。ギルド内でもレンの追放劇は噂になっていたのだろう。


 アレクの顔が真っ赤になった。


「ふざけるな! 俺は勇者だぞ! 国に認められた勇者が助けを求めているんだ!」


「勇者の称号は戦闘実績に基づくものです。現在のアレク様の実績は……」


 受付嬢がステータスボードを確認し、言葉を濁した。


「……Bランク相当、です」


「B……ランク……?」


 アレクの声から、力が抜けた。


 Sランクの勇者が、Bランク相当。

 それが、レンの料理のバフを失った勇者の実力だった。


「嘘だ……嘘だ……俺は勇者だ……Sランクの勇者なんだ……」


 アレクはギルドを出て、誰もいない路地裏に入った。

 汚れた壁に背中を預けた。壁の冷たさが、鎧越しに伝わってくる。


 ——いつからだ。


 いつから、こんなことになった。

 半年前までは、Sランクの勇者として国中の人間が自分を見上げていた。最高級の宿に泊まり、最高級の装備を身にまとい、どんなダンジョンでも先頭を切って進んだ。


 いや。先頭を切っていたのは、本当に自分だっただろうか。

 朝一番に起きて火を起こし、朝食を作り、夜は一番最後まで鍋の番をしていたのは——誰だった。


 拳を壁に叩きつけた。皮が剥けた。血が石壁に赤い跡を残した。痛みが、少しだけ頭の中の混乱をかき消してくれた。


「あの飯炊き係め……。絶対に見つけ出してやる。見つけ出して、もう一度飯を作らせてやる……!」


 だが、その声はもう、かつての勇者の威厳を失っていた。路地裏にうずくまる男の、ただの呟きだった。



◇ ◇ ◇



 夜。安宿の部屋。


 三人は無言で定食を食べていた。

 塩味しかしない豆スープ。硬いパン。正体不明の漬物。

 匙を口に運ぶたびに、顔が歪む。不味いのではない。味がしないのだ。塩と水と、それだけ。


 リーゼが匙を置いた。


「……ねえ」


「なんだよ」


「レンの料理って、いつもバフがついてたの?」


 沈黙。


 メルヴィンが静かに言った。窓の外を見ている。ガラスに映った自分の憔悴した顔を、どこか他人事のように眺めながら。


「……可能性はある。【料理人】のスキルの中には、料理にバフ効果を付与するものがあると文献で読んだことがある。まさかとは思うが……」


「まさかって何だよ」


「レンの料理が原因だった場合……呪いではなく、バフが切れただけということになる。つまり、我々のステータスは下がったのではなく、元に戻ったのだ。あの数値が、我々の本来の実力だったということだ」


 静寂。虫の声すら聞こえない。


「……嘘よ」


 リーゼが首を振った。栗色の髪がパサパサと揺れた。


「あんな……あんな味気ない料理に、そんな効果があるわけないじゃない」


「味気ないと思っていたのは、俺たちだけだったのかもな」


 メルヴィンが窓の外の暗闇を見つめた。


「毎朝、焼きたてのパンを焼いてくれた。毎晩、温かいシチューを作ってくれた。冒険の合間にはサンドイッチを持たせてくれた。疲れた日にはハーブティーを入れてくれた。雨の日は生姜のスープを出してくれた。怪我をした時は薬膳スープで手当てしてくれた」


「…………」


「あれが全部バフ付きだったとしたら……俺たちは二年間、とんでもない贅沢をしていたことになる。『ありがとう』の一言も言わずにな」


 アレクが拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。


「……うるせえ」


 硬いパンをちぎり、口に放り込んだ。

 顎が痛くなるほど噛んでも、旨味の欠片も出てこなかった。


 ――同じ夜。


 美食の砦では。

 レン、セレナ、ルナの三人が、温泉上がりに冷たいメロンジュースを飲みながら、星空を見上げていた。


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