知らないのなら教えてやる、ペンギンは剣より強いんだぜ
王国の片隅にたたずむカントの町。
ここに一人の――いや、“一羽”の男が足を踏み入れた。
男はまっすぐ酒場へと向かう。
ドアを開いた瞬間、客の注目は一斉に男に向いた。
なぜなら男は――ペンギンだった。
体長は1メートルほど。艶のある黒い毛皮に、白いお腹。可愛らしい外見だが、目つきだけは異様に鋭い。
旅の途中なのか背中にはリュックを背負っている。
「ペンギン?」
「ペンギンだ……」
「どう見てもペンギンよね……」
客がざわつく中、ペンギンは堂々とした足取りでよちよち歩きをし、カウンター席に腰かける。
「い、いらっしゃい」
酒場の主人がおそるおそる声をかける。
ペンギンは渋い眼差しと声で注文をする。
「氷水を……ロックで」
「氷水は元々ロックだと思いますが……」
「フッ、これは一本取られたな」
ペンギンはグラスで出された氷水を羽で持ち、器用に飲み始める。
「いい味だ……どこの雪解け水を使っている?」
「ただの井戸水ですけど……」
「フッ、これまた一本取られたな」
ペンギンのただならぬ迫力に、酒場の面々は遠巻きに見守ることしかできない。
そんな中、一人の若い娘が物怖じせずペンギンに歩み寄る。
栗色の髪をお下げにし、ジャンパースカートを着て、赤い靴を履いている。
「お隣、いい?」
娘の申し出に、ペンギンは氷をカランと鳴らしながらうなずく。
「レディの申し出を断るほど、野暮な生き方はしちゃいないさ」
そのまま娘は隣に座り、果実酒を注文する。
「私、エリーヌっていうの。あなたは?」
「俺はグインという。しがないペンギンさ」
名乗りつつ、ペンギンのグインは水を一口飲む。
「へぇ~、グインさんね。どこから来たの?」
「南極さ……」
これに周囲はまたしてもざわつく。
「な、南極……!?」
「遥か遠く、南の果てにあるとされる大陸だ……」
「すげえ……」
エリーヌは首を傾げる。
「どうして南極を出て旅をしているの?」
「ずっと南の果てにいると、北の果てってのを見たくなってな。今は北極に向かって旅をしている」
グインは氷水を飲む。
「北極……だいぶ遠いんじゃない?」
「まあな……。だが、焦る旅じゃない。気長に歩くさ」
エリーヌは好奇心旺盛な娘であり、次々に問いかける。
「南極って他にどんな人がいるの?」
「同じペンギンやアザラシ、カモメなんかもいるな」
「やっぱり寒いの?」
「南極の寒さを知ると、よその冬を楽園のように感じるようになるさ」
「もしかして、あなたって実は人間だったりして? 呪いでペンギンになってるとか」
「あいにくだが、生粋のペンギンさ」
グインも心なしか楽しそうに答える。
やがて、グラスの水も尽きた。
「さて、と。そろそろ出るか。マスター、お勘定」
「お勘定って……じゃあ氷代ぐらい貰っておきましょうか」
氷代を払うため、グインは自分のリュックを漁る。
「魚の干物だ。これじゃダメだろうか」
「それはちょっと……」
すると、エリーヌは自身の財布を取り出す。
「じゃあ、私が払ってあげるわ」
「いいのかい?」とグイン。
「ええ、これぐらいお安い御用! 色々お話を聞けたしね!」
「フッ、俺としたことが、レディに借りができたな」
「この町にはどれぐらいいるの?」
「一週間ぐらいは滞在させてもらうさ」
グインは席を立つと、よちよち歩きで酒場を出ていった。
その姿は渋く、そして可愛らしかった。
***
早朝、歩いているグインに、エリーヌが声をかける。
「あらグインさん、おはよう!」
グインは口を大きく開いてあくびをする。
「まだ眠いの?」
「まあな……。鳥たちの鳴き声で目を覚ましちまった。あいつらの朝は早くて困る」
「あなたも鳥でしょうが」
「フッ、朝っぱらから一本取られたな」
グインは子供たちともよく遊んだ。
「グイン、すっげー!」
「こんなに取れた!」
「かっこいい~」
「フッ、あまり褒めるな」
エリーヌが子供たちに尋ねる。
「みんな、グインさんとなにやってたの?」
「川で釣り! グインって釣りが超上手いんだ!」
「へぇ~、意外! ペンギンなのに器用なのねえ」
「だって自分で川にダイブして、魚取っちゃうんだもん!」
「それ……釣りなの?」
エリーヌがグインをじろりと見る。
「まあ、ペンギンならではの裏技ってやつだな」
町の住民もすっかりグインに慣れ、あちこちから声をかけられるようになる。
「グインさん、いい焼き魚あるよ!」
「今晩はウチに泊まったら?」
「グインさん、可愛い~!」
エリーヌがからかう。
「あなたもすっかり人気者ね~」
「フッ、ペンギンに人気があっても、塗料にしかならんぜ」
「え? 塗料?」
「ペン気ってことさ」
エリーヌは目を細める。
「グインさん、ギャグのセンスも南極由来?」
「すまなかった……」
この時ばかりはさすがのグインも凹んだ。
***
やがて、グインが町に来てからおよそ一週間が過ぎ――
グインが旅立ちの準備をしていると、エリーヌが声をかける。
「今日で行っちゃうの?」
「あんまり北極を待たせるわけにもいかないんでね」
「元気でね、グインさん!」
「ああ、お前さんやこの町のことは忘れないよ」
すると、大通りから悲鳴が――
「うわああああっ……!」
これを聞いたグインとエリーヌはすぐに大通りまで駆けつける。
そこでは剣を持った長髪の男が、ある屋台の店主に因縁をつけていた。
「少しくらい金を払えだと? 誰にモノ言ってやがる!」
店主は乱暴に蹴り飛ばされる。
「なんだあいつは?」とグイン。
エリーヌは顔をしかめる。
「ディウスっていう、ここらを縄張りにするならず者よ。時々この町にもやってきて、ああやって好き勝手するの」
「どこにでもああいうのはいるんだな。だが、相手は一人だ。なぜみんなで立ち向かわない?」
グインの疑問にエリーヌは首を横に振る。
「とても無理よ。ディウスはここらじゃ敵なしってくらいの剣の達人なんだから。元騎士って噂もあるくらいよ。あいつを捕まえようとした兵士もいたけど、何人も斬られて……今じゃ放置状態だもん」
ディウスはすっかり怯えている店主の胸倉を掴む。
「俺に支払いを要求した罪で、指の一本ぐらいは払わせてやろうか」
「や、やめてくれぇ……」
たまらずエリーヌが動いた。
「やめなさいっ!」
ディウスはエリーヌを見る。
「ん?」
「もう気は済んだでしょ! 放してあげてよ!」
すると、ディウスはニヤリと笑った。
「いいだろう、放してやる。ただし、お前が俺の物になればな」
「えっ……」
「さあ、どうする?」
ディウスは持っている剣で、店主の手の指を切ろうとする。
「……わ、分かったわ! あんたの物になってやる! だからやめてよ!」
ディウスは上機嫌になり、店主を投げ捨てる。
「うははっ! こりゃいい! 今日はちょいと飲み食いするつもりで来たが、いい拾い物ができたぜ! さっそくアジトに連れ込んでやる!」
ディウスはずかずかと歩み寄り、青ざめるエリーヌを乱暴に掴もうとする。
だが、その前にリュックを下ろしたグインが立った。
「あ? ……ペンギン?」
「グインさん!?」
ディウスもエリーヌも驚く。
「この子には氷水をおごってもらった借りがあってな。この子を自分の物にしたいなら、まず俺を倒してもらおうか」
「なんでペンギンが喋ってんだよ」
困惑しているディウスを、グインは挑発する。
「そんなことはどうでもいいだろう。それより、やらないのか? 俺が怖いのか?」
短気なディウスは一発でキレた。
「誰がてめえ如き怖がるかぁ! ブッ殺してやる!」
ディウスが殴りかかる。エリーヌは思わず目を閉じる。だが、その拳は空を切った。
「なっ……!?」
グインはディウスの身長よりも高く跳躍していた。
「跳ばないペンギンはただのペンギンだ」
グインは空中でつぶやくと、強烈な飛び蹴りを浴びせた。
「ぶげあっ!?」
ディウスはダウンし、グインは華麗に着地を決める。
「す、すごい……!」
エリーヌを始め、町の人間は目を丸くする。
「こ、このクソ鳥……!」
ディウスが起き上がる。
「もう容赦しねえ!」
ディウスは剣を構えた。ここからが本気だ。
「何人も斬ったこの剣でてめえをバラバラにしてやるぜ!」
グインはペンギンらしくクールに応じる。
「知らないのなら教えてやる……ペンギンは剣より強いんだぜ」
「ほざけぇっ!」
ディウスは猛然と斬りかかった。
その踏み込みは基本に忠実であり、しかも速い。
“元騎士”という噂に信憑性を持たせるには十分すぎるものだった。
ところが――
「おっと」
グインはあっさりかわす。
「くっ!? くそっ!」
並みの人間なら一太刀もかわせないディウスの連撃を、涼しい顔でかわしてみせる。
さらに、羽で強烈なビンタを喰らわせる。
「ぎゃんっ!」
再びダウンしたディウスを見て、グインは笑う。
「もう終わりか?」
「こ、の、クソペンギンがぁ~! 焼き鳥にしてやる!」
「あいにく俺は焼くには冷たすぎるぜ」
「うるせえ! これならどうだ!」
ディウスは足で砂を蹴り飛ばして、目潰しにした。
「……ッ!」
一瞬、グインは無防備になる。
「もらったァ!」
上段から振り下ろす強烈な一撃がグインの肩に当たった。
周囲から悲鳴が上がる。
だが、グインはビクともしなかった。
「言っただろ。ペンギンは剣よりも強いって」
「なにぃぃぃ……!?」
「こんな剣じゃ、極寒で鍛えられた俺の皮膚にはかすり傷もつけられん」
グインは剣の刃を羽で掴むと、そのままへし折ってしまう。
「そんな、バカな……!」
ディウスがたじろいでいる間に、グインは少し間合いを開ける。
「ついでにもう一つ教えてやろう。ペンギンが氷の上で腹を下にして滑ることを“トボガン”と言うんだが……俺はあれを必殺技に昇華させた」
グインは地面に腹をつけると、そのまま腹を下にして前方へ滑り出した。
その速度はさながら銃の弾丸の如し!
「う、うわああああっ!」
「闘暴銃!!!」
大地を滑る弾丸と化したグインは、地面から跳び、全身で体当たりを浴びせる。
「ぐはぁぁぁ……っ!」
まともに受けたディウスは数メートル吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
グインは立ち上がり、腹についた砂をはたく。
「丸一日は目を覚まさないだろ。縛り上げて、兵に連行させてくれ」
歓声が湧く。長い間、多くの人々を苦しめたならず者は、一羽のペンギンによってあっさり退治されてしまった。
「さて、借りも返せたし、俺はそろそろ行くとしよう」
グインは予定通り旅立とうとする。
「待って!」
「ん?」
呼び止めたのはエリーヌだった。
エリーヌは真剣な瞳で、グインにこう言った。
「私も……連れていって!」
エリーヌはグインがディウスを倒す姿を見て、すっかり惚れてしまった。
ぜひついていきたいと願った。
しかし――
「俺に惚れたら凍傷するぜ」
「……!」
「俺の旅は過酷で、あてのない旅だ。お前さんを連れては行けない。だが……いずれ手紙ぐらいは出そう」
「……うん!」
グインはカントの町を去っていく。
その姿は小さくありながら、この世の誰よりも頼もしく大きかった。
そう、まるで彼の故郷である南極大陸のように――
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




