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知らないのなら教えてやる、ペンギンは剣より強いんだぜ

掲載日:2026/02/10

 王国の片隅にたたずむカントの町。

 ここに一人の――いや、“一羽”の男が足を踏み入れた。


 男はまっすぐ酒場へと向かう。

 ドアを開いた瞬間、客の注目は一斉に男に向いた。

 なぜなら男は――ペンギンだった。


 体長は1メートルほど。艶のある黒い毛皮に、白いお腹。可愛らしい外見だが、目つきだけは異様に鋭い。

 旅の途中なのか背中にはリュックを背負っている。


「ペンギン?」

「ペンギンだ……」

「どう見てもペンギンよね……」


 客がざわつく中、ペンギンは堂々とした足取りでよちよち歩きをし、カウンター席に腰かける。


「い、いらっしゃい」


 酒場の主人がおそるおそる声をかける。

 ペンギンは渋い眼差しと声で注文をする。


「氷水を……ロックで」


「氷水は元々ロックだと思いますが……」


「フッ、これは一本取られたな」


 ペンギンはグラスで出された氷水を羽で持ち、器用に飲み始める。


「いい味だ……どこの雪解け水を使っている?」


「ただの井戸水ですけど……」


「フッ、これまた一本取られたな」


 ペンギンのただならぬ迫力に、酒場の面々は遠巻きに見守ることしかできない。

 そんな中、一人の若い娘が物怖じせずペンギンに歩み寄る。

 栗色の髪をお下げにし、ジャンパースカートを着て、赤い靴を履いている。


「お隣、いい?」


 娘の申し出に、ペンギンは氷をカランと鳴らしながらうなずく。


「レディの申し出を断るほど、野暮な生き方はしちゃいないさ」


 そのまま娘は隣に座り、果実酒を注文する。


「私、エリーヌっていうの。あなたは?」


「俺はグインという。しがないペンギンさ」


 名乗りつつ、ペンギンのグインは水を一口飲む。


「へぇ~、グインさんね。どこから来たの?」


「南極さ……」


 これに周囲はまたしてもざわつく。


「な、南極……!?」

「遥か遠く、南の果てにあるとされる大陸だ……」

「すげえ……」


 エリーヌは首を傾げる。


「どうして南極を出て旅をしているの?」


「ずっと南の果てにいると、北の果てってのを見たくなってな。今は北極に向かって旅をしている」


 グインは氷水を飲む。


「北極……だいぶ遠いんじゃない?」


「まあな……。だが、焦る旅じゃない。気長に歩くさ」


 エリーヌは好奇心旺盛な娘であり、次々に問いかける。


「南極って他にどんな人がいるの?」

「同じペンギンやアザラシ、カモメなんかもいるな」


「やっぱり寒いの?」

「南極の寒さを知ると、よその冬を楽園のように感じるようになるさ」


「もしかして、あなたって実は人間だったりして? 呪いでペンギンになってるとか」

「あいにくだが、生粋のペンギンさ」


 グインも心なしか楽しそうに答える。

 やがて、グラスの水も尽きた。


「さて、と。そろそろ出るか。マスター、お勘定」


「お勘定って……じゃあ氷代ぐらい貰っておきましょうか」


 氷代を払うため、グインは自分のリュックを漁る。


「魚の干物だ。これじゃダメだろうか」


「それはちょっと……」


 すると、エリーヌは自身の財布を取り出す。


「じゃあ、私が払ってあげるわ」


「いいのかい?」とグイン。


「ええ、これぐらいお安い御用! 色々お話を聞けたしね!」


「フッ、俺としたことが、レディに借りができたな」


「この町にはどれぐらいいるの?」


「一週間ぐらいは滞在させてもらうさ」


 グインは席を立つと、よちよち歩きで酒場を出ていった。

 その姿は渋く、そして可愛らしかった。



***



 早朝、歩いているグインに、エリーヌが声をかける。


「あらグインさん、おはよう!」


 グインは口を大きく開いてあくびをする。


「まだ眠いの?」


「まあな……。鳥たちの鳴き声(オーケストラ)で目を覚ましちまった。あいつらの朝は早くて困る」


「あなたも鳥でしょうが」


「フッ、朝っぱらから一本取られたな」


 グインは子供たちともよく遊んだ。


「グイン、すっげー!」

「こんなに取れた!」

「かっこいい~」


「フッ、あまり褒めるな」


 エリーヌが子供たちに尋ねる。


「みんな、グインさんとなにやってたの?」


「川で釣り! グインって釣りが超上手いんだ!」


「へぇ~、意外! ペンギンなのに器用なのねえ」


「だって自分で川にダイブして、魚取っちゃうんだもん!」


「それ……釣りなの?」


 エリーヌがグインをじろりと見る。


「まあ、ペンギンならではの裏技ってやつだな」


 町の住民もすっかりグインに慣れ、あちこちから声をかけられるようになる。


「グインさん、いい焼き魚あるよ!」

「今晩はウチに泊まったら?」

「グインさん、可愛い~!」


 エリーヌがからかう。


「あなたもすっかり人気者ね~」


「フッ、ペンギンに人気があっても、塗料にしかならんぜ」


「え? 塗料?」


「ペン()ってことさ」


 エリーヌは目を細める。


「グインさん、ギャグのセンスも南極由来?」


「すまなかった……」


 この時ばかりはさすがのグインも凹んだ。



***



 やがて、グインが町に来てからおよそ一週間が過ぎ――

 グインが旅立ちの準備をしていると、エリーヌが声をかける。


「今日で行っちゃうの?」


「あんまり北極を待たせるわけにもいかないんでね」


「元気でね、グインさん!」


「ああ、お前さんやこの町のことは忘れないよ」


 すると、大通りから悲鳴が――


「うわああああっ……!」


 これを聞いたグインとエリーヌはすぐに大通りまで駆けつける。


 そこでは剣を持った長髪の男が、ある屋台の店主に因縁をつけていた。


「少しくらい金を払えだと? 誰にモノ言ってやがる!」


 店主は乱暴に蹴り飛ばされる。


「なんだあいつは?」とグイン。


 エリーヌは顔をしかめる。


「ディウスっていう、ここらを縄張りにするならず者よ。時々この町にもやってきて、ああやって好き勝手するの」


「どこにでもああいうのはいるんだな。だが、相手は一人だ。なぜみんなで立ち向かわない?」


 グインの疑問にエリーヌは首を横に振る。


「とても無理よ。ディウスはここらじゃ敵なしってくらいの剣の達人なんだから。元騎士って噂もあるくらいよ。あいつを捕まえようとした兵士もいたけど、何人も斬られて……今じゃ放置状態だもん」


 ディウスはすっかり怯えている店主の胸倉を掴む。


「俺に支払いを要求した罪で、指の一本ぐらいは払わせてやろうか」


「や、やめてくれぇ……」


 たまらずエリーヌが動いた。


「やめなさいっ!」


 ディウスはエリーヌを見る。


「ん?」


「もう気は済んだでしょ! 放してあげてよ!」


 すると、ディウスはニヤリと笑った。


「いいだろう、放してやる。ただし、お前が俺の物になればな」


「えっ……」


「さあ、どうする?」


 ディウスは持っている剣で、店主の手の指を切ろうとする。


「……わ、分かったわ! あんたの物になってやる! だからやめてよ!」


 ディウスは上機嫌になり、店主を投げ捨てる。


「うははっ! こりゃいい! 今日はちょいと飲み食いするつもりで来たが、いい拾い物ができたぜ! さっそくアジトに連れ込んでやる!」


 ディウスはずかずかと歩み寄り、青ざめるエリーヌを乱暴に掴もうとする。

 だが、その前にリュックを下ろしたグインが立った。


「あ? ……ペンギン?」

「グインさん!?」


 ディウスもエリーヌも驚く。


「この子には氷水をおごってもらった借りがあってな。この子を自分の物にしたいなら、まず俺を倒してもらおうか」


「なんでペンギンが喋ってんだよ」


 困惑しているディウスを、グインは挑発する。


「そんなことはどうでもいいだろう。それより、やらないのか? 俺が怖いのか?」


 短気なディウスは一発でキレた。


「誰がてめえ如き怖がるかぁ! ブッ殺してやる!」


 ディウスが殴りかかる。エリーヌは思わず目を閉じる。だが、その拳は空を切った。


「なっ……!?」


 グインはディウスの身長よりも高く跳躍していた。


「跳ばないペンギンはただのペンギンだ」


 グインは空中でつぶやくと、強烈な飛び蹴りを浴びせた。


「ぶげあっ!?」


 ディウスはダウンし、グインは華麗に着地を決める。


「す、すごい……!」


 エリーヌを始め、町の人間は目を丸くする。


「こ、このクソ鳥……!」


 ディウスが起き上がる。


「もう容赦しねえ!」


 ディウスは剣を構えた。ここからが本気だ。


「何人も斬ったこの剣でてめえをバラバラにしてやるぜ!」


 グインはペンギンらしくクールに応じる。


「知らないのなら教えてやる……ペンギンは剣より強いんだぜ」


「ほざけぇっ!」


 ディウスは猛然と斬りかかった。

 その踏み込みは基本に忠実であり、しかも速い。

 “元騎士”という噂に信憑性を持たせるには十分すぎるものだった。

 ところが――


「おっと」


 グインはあっさりかわす。


「くっ!? くそっ!」


 並みの人間なら一太刀もかわせないディウスの連撃を、涼しい顔でかわしてみせる。

 さらに、羽で強烈なビンタを喰らわせる。


「ぎゃんっ!」


 再びダウンしたディウスを見て、グインは笑う。


「もう終わりか?」


「こ、の、クソペンギンがぁ~! 焼き鳥にしてやる!」


「あいにく俺は焼くには冷たすぎるぜ」


「うるせえ! これならどうだ!」


 ディウスは足で砂を蹴り飛ばして、目潰しにした。


「……ッ!」


 一瞬、グインは無防備になる。


「もらったァ!」


 上段から振り下ろす強烈な一撃がグインの肩に当たった。

 周囲から悲鳴が上がる。

 だが、グインはビクともしなかった。


「言っただろ。ペンギンは剣よりも強いって」


「なにぃぃぃ……!?」


「こんな剣じゃ、極寒で鍛えられた俺の皮膚にはかすり傷もつけられん」


 グインは剣の刃を羽で掴むと、そのままへし折ってしまう。


「そんな、バカな……!」


 ディウスがたじろいでいる間に、グインは少し間合いを開ける。


「ついでにもう一つ教えてやろう。ペンギンが氷の上で腹を下にして滑ることを“トボガン”と言うんだが……俺はあれを必殺技に昇華させた」


 グインは地面に腹をつけると、そのまま腹を下にして前方へ滑り出した。

 その速度はさながら銃の弾丸の如し!


「う、うわああああっ!」


闘暴(トボ)(ガン)!!!」


 大地を滑る弾丸と化したグインは、地面から跳び、全身で体当たりを浴びせる。


「ぐはぁぁぁ……っ!」


 まともに受けたディウスは数メートル吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。

 グインは立ち上がり、腹についた砂をはたく。


「丸一日は目を覚まさないだろ。縛り上げて、兵に連行させてくれ」


 歓声が湧く。長い間、多くの人々を苦しめたならず者は、一羽のペンギンによってあっさり退治されてしまった。


「さて、借りも返せたし、俺はそろそろ行くとしよう」


 グインは予定通り旅立とうとする。


「待って!」


「ん?」


 呼び止めたのはエリーヌだった。

 エリーヌは真剣な瞳で、グインにこう言った。


「私も……連れていって!」


 エリーヌはグインがディウスを倒す姿を見て、すっかり惚れてしまった。

 ぜひついていきたいと願った。

 しかし――


「俺に惚れたら凍傷(やけど)するぜ」


「……!」


「俺の旅は過酷で、あてのない旅だ。お前さんを連れては行けない。だが……いずれ手紙ぐらいは出そう」


「……うん!」


 グインはカントの町を去っていく。

 その姿は小さくありながら、この世の誰よりも頼もしく大きかった。

 そう、まるで彼の故郷である南極大陸のように――






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
今朝、このお話を読んでから「なんでペンギンなんだ?」と考え続けていた。 さきほど、やっとわかった。膝から崩れ落ちた。
これ一本とられたぜ!グインさんのギャグセンスが南極由来なのも好き(*´ω`*)
 な……、なんですかこれwww とても面白かったです。  いや……、グインさんかっこいいですね。ハードボイルドで渋い。「可愛い」と思われてることもありますけど。  言葉の一つ一つがムダに(失礼)かっ…
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