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引越し作業で

3学期が終わり、ついに春休みに入った。 


家に帰って成績表を親に見せた瞬間、お母さんが本気で驚きの声を上げた。


「ゆうな……これ、本当にあなたの成績!?」 1学期末のあの赤点だらけの成績表とは比べ物にならない。全体が右肩上がりで、特に2学期以降の伸びが凄まじかった。お父さんまで呼ばれて「奇跡だな」と何度も言われた。 


でも、母さんから続けて言われた言葉で、僕自身が一番驚いた。


「夏休み中の追試で合格点取れなかったら、学校から呼び出しがあるって言われてたのよ。でも……もう大丈夫みたいね」 


――追試? 呼び出し? 


そんな危機が迫っていたなんて、僕は知らなかった。本気で成績が上がって良かった……心の底からそう思った。 



それで春休みに入ってからの数日間、僕は毎日のようにあかり先輩と一緒にいた。嬉しかった。でも、正直、大変だったんだ。4月から始まる先輩の新生活に必要な物の買い物に、付き合わされていたからだ。 


最初は「先輩と二人きりで買い物だ!」と浮かれていたのに、すぐに現実が僕を襲ってきた。何故ならば僕は完全なる荷物係だった。 


商店街を歩きながら、先輩は「これ可愛い!」「これ絶対必要!」と目を輝かせて次々に買い物をし、買った袋を僕に渡してくる。背中のリュックはどんどん重くなり、両手には買い物袋が何個もぶら下がる。次第に肩が思い荷物で痛くなり、汗が止まらなくなった。 


「ゆうな君、ありがとう~! もう少しだからね!」 先輩の笑顔を見ると、文句なんて言えなかった。これもあかり先輩へのお礼だと思って、歯を食いしばった。


重かったけど……重かったけどね(笑)。 


豪邸に戻ると、あゆみちゃんの薬局からもらってきた空き段ボールを組み立て、買ってきた物を一つひとつ丁寧に梱包する作業の繰り返し。服も食器も日用品も、新聞紙でくるんで箱に詰めてガムテープで封印して中身がわかる様にマジックで書いていく。 


そして、明日から始まる3日間の予定が決まっていた。 


初日:あゆみちゃんも加わって、最終的な引越し荷物の梱包とバンへの積み込み。

2日目:先輩のアパートへの荷物搬入と整理。

3日目:いよいよ三人での遊園地! 


あゆみちゃんは「私も買い物に付き合いたかったのに……」と残念がっていたけど、春休みに入ってから薬局の手伝いが忙しくて参加できなかったらしい。それでも、明日からの3日間のために薬局では一生懸命働いていたらしい。 


そして、初日がやってきた。朝早くから先輩の豪邸へ行き、段ボール箱を組み立てる。僕の仕事は、詰め終わった箱にガムテープを貼って封印し中身をマジックで書いては、玄関ホールまで運ぶこと。 先輩とあゆみちゃんは楽しそうにおしゃべりしながら荷物を詰めていく。僕は重い箱を抱えて何往復もした。当然、すぐに汗だくになった。


それで作業の途中で、先輩に呼ばれた。


「ゆうな君、あゆみちゃんもちょっと来て」 


テーブルの上には、先輩が2・3年生の時に使っていた教科書とノートがずらりと並んでいた。


「これ、ゆうな君とあゆみちゃんにあげるね」 


教科書を開くと、赤ペンでびっしりメモ書きがされ、要点が色分けされて完璧に整理されている。ノートも綺麗な字でまとめられていて、まるで市販の参考書みたいだった。


「これで進級しても大丈夫だよ」 先輩の笑顔に、胸が熱くなった。買い物の荷物係は大変だったけど、この優しさに全部が吹き飛んだ。 


お昼は、お弁当屋さんで買ってきた同じお弁当を三人でわいわい食べた。普通のお弁当なのに、疲れた体には凄く美味しかった。 


休憩後、大きなバンが到着した。先輩の親戚の方が運転する引越し用の車で、明日も運んでくれるという。僕は積極的に重い箱を抱えてバンに積み込んだ。腕も足もパンパンになったけど、全部詰め込めた瞬間、達成感で胸がいっぱいになった。 


先輩が「よく頑張ったね」と頭を撫でてくれた。でも、明日の部屋までの運び入れを思うと……ちょっとゾッとした(笑)。


「明日も頑張ってね」 


先輩にそう言われて家に帰り、風呂で汗を流してベッドに倒れ込んだ。明日も頑張ろうと思いながら、そのまま眠ってしまった。 


2日目。 朝早く、駅で待ち合わせ。僕はすでに筋肉痛だったけど、元気に挨拶をした。 三人で電車に乗り、先輩のアパートへ。朝早い電車は空いていて座席に座れた僕は、電車の揺れと二人の楽しそうなおしゃべりを子守唄にして、すぐに寝てしまった。 


乗り換え駅で先輩に「ゆうな君、着くよ」と起こされ、寝ぼけ顔を笑われてしまった。何度か乗り換えて、ようやく下車駅に着いた。オープンキャンパスのときとは違う駅だった。大学の最寄り駅ではない。理由は聞かなかったけど、先輩なりに考えがあるんだろうなと思った。 


駅から徒歩数分でアパート到着。3階建ての建物の2階の部屋。一人暮らし用の部屋を想像していたのに、予想外に広い。すでに大きな家具や家電が運び込まれていて、全部中古で揃えたものらしい。先輩の指示でテーブルや椅子を動かす。


椅子は3脚あって、「ゆうな君とあゆみちゃんの分もだよ」と笑う先輩に、僕らは照れくさくなった。 洗濯機のホース接続、テレビのアンテナ線、組み立て家具……僕は初めてのことばかりで四苦八苦しながら頑張った。


先輩は「男の子はそういうの得意でしょ?」と言っていたけど、正直苦手だった。でも、先輩に喜んでもらいたくて必死だった。そんなとき、親戚の方のバンが到着。 


ここからが僕の本番だった。重い段ボール箱を抱えて階段を2階まで運ぶ。僕は上着を脱いでTシャツ一枚になり、首にタオルをぶら下げて汗だくで往復した。親戚の方も手伝ってくれたけど、重い荷物は積極的に僕が担当した。 


先輩とあゆみちゃんは途中で運ぶのを止めて、部屋の中で荷物の整理を始めた。おしゃべりをしながら楽しそうにね。もう何十往復したかわからないくらいフラフラになったとき、あゆみちゃんが「近所に美味しそうなお弁当屋さんがあるから、買ってきて」と先輩に言われ、お弁当と飲み物を買ってきてくれた。 


僕は貰ったスポーツ飲料を一気飲みして軽く休憩し、再び荷物の運び入れを続けた。最後の1箱を2階に運び終えてホッとした瞬間、今度は「畳んだ空の段ボール箱をバンに運んで」と指示されてドッと疲れが出てきたよ(笑)。 


先輩は親戚の方にお礼を言ってお弁当を渡し、帰ってもらっていた。 


僕は疲労困憊で部屋の椅子に座り、汗が引くのを待っていた。その時に、部屋の片隅にまだ未開封の段ボール箱があることに気づいた。 


(あれ? 二人とも忘れてるじゃん) 


そう思いながらガムテープを破って封を切った。中には半透明のクリアケースが入っていた。 


(こんなの梱包したっけ?) 


蓋を開けると、カラフルな布地が見えた。良い香りがして、ハンカチかな?と思い、指でつまんで持ち上げた。 僕は疲れで脳に酸素が行き渡っていなかったのだろう。少し冷静に考えれば、絶対にやってはいけない判断だった。 


持ち上げた瞬間、それは――あかり先輩のショーツだった。 


しかも、大人っぽいデザインの高そうな、ツルツルした生地の……。 


僕は一瞬で冷静になった。ヤバい。これは絶対にヤバい。慌てて元に戻そうとしたけど、綺麗に畳めなくてあたふたしていると、背中に視線を感じた。恐る恐る振り返ると――鬼の形相のあかり先輩が仁王立ちで僕を睨んでいた。


「ゆうな君、何をしてるのかな?」


自分のショーツを手にしている僕を見て先輩の声は震えながらも冷静だった。


「ご、ごめんなさい!」 思わず謝りながら、なぜか手に持ったショーツを差し出してしまった。 ビンタが飛んでくる覚悟をしたけど、それはなく、代わりに怒った声が飛んできた。


「ゆうな君! 段ボール箱の注意書き、読まなかったの!?」 


先輩は両手を腰に当てて仁王立ち。僕は「何も書いてなかったよ……」と小さく答えると、先輩は箱を手に取り、大きく書かれた注意書きを僕に見せた。


「ここ! 声に出して読みなさい!」 


僕は首のタオルで顔の汗を拭いてから、震える声で読み上げた。


「開封厳禁! 特にゆうな君!」 


先輩が「もう一度!」と言うので、僕は声を大きくして繰り返した。


「どうして? この字が読めなかったの?」 


僕は「ごめんなさい! ごめんなさい!」と何度も謝るしかできなかった。先輩は呆れた顔でため息をついたけど、結局許してくれた。「でもお昼は抜きだからね」下を向いていると「冗談に決まってるでしょ」と笑顔で言われ、僕はホッと胸を撫で下ろした。その様子を、あゆみちゃんは陰から口を押さえて笑って見ていたらしい。 


先輩はお湯を沸かしてインスタントの味噌汁を作ってくれ、お椀も三人分用意してくれた。


「いつ遊びに来てもいいように、食器は三人分揃えてあるよ」 その言葉に、胸がじんわり温かくなった。 お弁当屋さんのお弁当だったけど、とても美味しくて三人でテーブルを囲んで居るのもあり本当に美味しかった。いつかこれが日常になったらいいな……そんなことを思ってしまった。 


昼食後の休憩を挟んで荷物の整理を続け、15時過ぎにようやく一段落した。まだ全部終わっていないけど、先輩は「残りは後日やるから」と言い、僕らは帰ることにした。 


僕が靴を履こうとしたとき、靴箱の上の写真立てが倒れているのに気づいた。一緒に買い物に行った雑貨屋さんで買った、色違いの写真立ての一つだった。立ててあげようと手に取ると、中の写真が見えた。 


――学園祭のときの写真。僕がウェディングドレス姿で、両脇にあかり先輩とあゆみちゃんがタキシードで立っている。あのときの三人姉妹の写真だった。僕は一瞬で心がホッと熱くなった。この写真を靴箱の上に飾ってくれていることに、言葉にならない嬉しさがこみ上げてきた。 


でも写真立てを持っているところを、先輩に見られてしまった。


「見られないようにわざと伏せておいたのに……ゆうな君、見ちゃったんだ」 


あゆみちゃんも興味津々で覗き込んできたので、写真を見せた。あゆみちゃんも同じように顔をほころばせた。先輩は照れくさそうに笑いながら、「この写真、好きなんだよね……」と呟いた。 


帰り道を歩きながら気づいたんだ。アパートの近くには商店街があり、なんとなく僕らの住む街の雰囲気に似ていた。きっと先輩は、こういう街が好きなんだろうなと思った。 


下り方面の電車に乗って暫くして、あゆみちゃんがスマホの画面を見て落ち込んでいるのが見えた。 混んでいる車内で、あゆみちゃんが小声で何かを先輩に伝えている。先輩もがっかりした顔をしていた。 


何があったんだろう?と思っていると、先輩が小声で僕に囁いた。


「明日の遊園地だけど……あゆみちゃんが行けなくなったって」 


――えっ!? 心の中で叫んだけど、混んでいる電車内で詳しく聞くことはできなかった。 


あゆみちゃんはスマホを弄りながら、ずっとLINEで誰かとやり取りをしている。きっとお母さんだろうなと思いながら、僕は腕を伸ばして吊革を握って車窓を眺めた。 


電車を乗り継ぎ、下車駅に着いた。あゆみちゃんはずっと下を向いたまま、先輩に肩を抱かれて歩いていた。いつものたい焼き屋さんで、たい焼きを三つ買い、いつもの小さな公園のベンチに座った。 


あゆみちゃんは泣きそうな声で、ようやく遊園地に行けなくなった理由を語り始めた。 


――明日、三人で遊園地に行くはずだったのに。 


僕の胸に、静かなざわめきが広がっていった。



ここまで読んでいただいてありがとうございます

あかり先輩の引越しを手伝ったゆうな君でした

でも楽しみだった遊園地にはあゆみちゃん抜きで行く事になりそうですが・・・

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