卒業式
3月に入り、僕は在校生として卒業式に出席していた。
今まで、小学校や中学校で在校生として卒業式に出たことは何度かあった。でも、あの頃の僕にとっては卒業式はただの「面倒なイベントの一つ」でしかなかった。体育館の硬い椅子に座り、号令に合わせて起立したり礼をしたり、校歌を歌うだけの退屈な時間。早く終わらないかな、と時計ばかり見ていた。
でも、今日だけは違った。何日も前から胸がソワソワしていた。僕が卒業が卒業する訳でも無いのにね。だって、今の僕がこうしてここにいられるのは、全てあかり先輩のおかげだと言って良かったからね。出会いは、忘れられない春の日だった。
突然の痔の出血で、椅子から立てずにいた僕に、先輩は優しく声をかけてくれた。「大丈夫?……」と優しく声を掛けてくれた。肩を抱いて保健室まで連れて行ってくれて、関根先生に説明してくれる間もずっとそばにいてくれた。
それだけじゃない。「ナプキン、必要だよね。一緒に買いに行こうか」と、当たり前のように言って、薬局まで二人で歩いてくれてレジで会計まで済ませてくれた。あの時の温かい手の感触と、ほのかに甘いシャンプーの香り――今でもはっきり覚えている。
でも、意外だったのはあかり先輩は、そんな僕を女装させて本当に喜んでいた。 突然の出来事で最初は嫌だったのに、気づけば僕は女装の魅惑にすっかり囚われていた。先輩のメイクで指先が頰に触れるたび、心が溶けていくような感覚。鏡に映る自分は、まるで別人のように輝いていて――それから、僕はもう戻れなくなっていた。
あゆみちゃんと知り合えたのも、あかり先輩のおかげだった。それまで女っ気なんて全くなかった僕が、あゆみちゃんとあんなに仲良くなれて、本当に楽しい高校生活を送れるようになったなんて、奇跡に近かったと思う。
勉強だってそうだ。一時は2年生への進級すら危ないと言われていた僕だったのに、先輩が親身になって教えてくれたおかげで、今では成績はすっかり盛り返して中盤くらいまで上がった。もうすぐある3学期の期末テストも、もっと頑張って、1年生を最高の形で締めくくるつもりだ。
もしあかり先輩と出会えなかったら、今の僕は存在しなかったかもしれない。 あかり先輩には、いくら感謝してもしきれない。そんな、僕の人生を変えてくれた人だった。そんなあかり先輩の高校卒業式に、僕は在校生として出席する。今までなら退屈だったはずの卒業式を、僕は真剣な目で、息を潜めて見つめていた。
卒業生入場の列に、あかり先輩の姿が見えた瞬間、心臓が大きく跳ねた。学園祭でお世話になった生徒会の先輩たち、写真部の先輩たちの顔も並んでいる。最後の最後まで泣かないと決めていたのに、ちょっとうるっときてしまった。
卒業式は順調に進んでいた。そして、卒業生答辞の時間。 校長先生の前に、卒業生代表のあかり先輩の名前が呼ばれた。先輩が壇上に立ち、マイクに向かってスピーチを始めた瞬間――スピーカーから流れる、あの優しくて澄んだ声。僕の我慢していた涙腺は、一瞬で崩壊してしまった。
在校生なのに、僕は泣いてしまっていた。隣の席の同級生たちが、ちらちらと変な目で見てくる。でも、僕は慌ててハンカチを目に当てて、「花粉症で……涙が止まらないんだ」と小さな声で誤魔化した。 でも、本当は違った。あかり先輩の声には、それくらいの破壊力があったんだ。
卒業式が終了し、在校生の僕たちは教室に戻った。隣の席のあゆみちゃんも、目を真っ赤に腫らしていた。当たり前だよね。ホームルームでは担任の先生が「良い卒業式でしたね。皆さんも2年後の卒業式には、立派な卒業生になってください」と微笑み、「そのためにも、もうすぐの期末テストを頑張って下さい」と締めくくって解散となった。
教室には、お祝いの花束を抱えて校舎の出口へ急ぐ生徒の姿がちらほら。僕とあゆみちゃんも「先輩に花束を用意しようか」と話し合ったけど、「きっとあかり先輩は花束まみれだろうから、止めよう」と結論づけた。
下校しようと外に出ると、校門周辺はものすごい混雑だった。卒業生の先輩に花束を渡そうと待つ人、写真を撮る人、サインをもらう人――まるでお祭りのよう。その中で、一番賑わっていたのは、やはりあかり先輩の周りだった。高校のアイドル的存在だったあかり先輩は、在校生の女の子たちに囲まれていた。
一人ひとりから花束を受け取り、写真を撮り、握手までしている子もいる。あかり先輩の姿を見て泣いている女の子も大勢いた。本当にアイドルの特典会みたいだった。 両手に抱えきれなくなった花束をあかり先輩は、近くに立っていた中年の女性に渡していた。
その女性は――あかり先輩のお母さんの様だった。背も170cm近くあって、まるで女優さんのような美人。先輩にそっくりで、優しそうな笑顔。早く帰りたいだろうに、ずっとニコニコしながら花束を受け取っていた。後から聞いたけど、その女性はお母さんであかり先輩の卒業式の為に一時帰国したと教えてくれた。
僕とあゆみちゃんは、少し離れたところから最後までその様子を見守っていた。先輩と知り合えて、仲良くしてもらえたこと。本当に幸せだった。同時に、制服姿のあかり先輩の姿を、目に焼き付けようと必死だった。
やがて、花束が多すぎて手に持ちきれないと判断したあかり先輩とお母さんは、タクシーを呼んで帰っていった。僕は家に帰ると、すぐにテスト勉強を始めた。実は、あかり先輩に成績の目標値を決められていたんだ。
期末テストの結果で出る1年生時の平均点。だけど、その目標値は予想外に低くて、今の僕の成績からすれば余裕のラインだと思っていた。でも、余裕だからと言って僕は手を抜いたりはしなかった。僕はもっともっと頑張って、その目標値を大きく超えてやろうと企んでいたんだ。
大学進学で僕らの街を離れる前に、背は伸びなかったけど、成績だけは大きく伸ばした姿を見せて、先輩を驚かせて、安心させてあげたい。だから必死に勉強した。
あかり先輩への恩返しも、もちろん含めてね。 ページをめくる指先が、少し震えていた。でも、心は温かかった。
ありがとう、あかり先輩。
ここまで読んでいただいてありがとうございます
更新が遅れてゴメンナサイ
もう少しだけお話を続けたいと思いますので、少々お待ちして下さい




