身長が伸びた
夏休みもあと残り10日になった。
あゆみちゃんの家の薬局でのアルバイトは、毎日が本当に楽しかった。最初はレジ打ちや商品補充でいっぱいいっぱいだったけど、今では常連さんたちとも自然に話せるようになった。レジでお会計を済ませるときに「ゆうな君、今日も可愛いね」と言われるのも、もう慣れた。
ある朝、店内を掃除しているときに、倉庫の隅にビニール袋がかかった背の高い物を見つけた。前から気になっていたんだけど、ついそのビニール袋を取ってみた。中には、学校の保健室で見たことのある身長測定器が出てきた。あの、健康診断で使う棒みたいなやつだ。
何でこんな所にあるんだろうとよく見たら、スケールの木の柱にペンで年と線がいくつも書き込まれていた。一番上が161cmのところだったので、おそらくあゆみちゃんのご両親が、あゆみちゃんの成長記録を付けていたんだろうなと予想がついた。
僕の今の身長は158cm。その柱のスケールで158cmを見ると、2年前の中2のところに線が引いてあった。僕の中2の時は確か154cmくらいだったはず。その頃から既にあゆみちゃんの方が大きかったんだ……と、ため息をついてしまった。
そんな身長測定器を眺めていたら、あゆみちゃんが声を掛けてきた。「私の方が大きいでしょ!」自慢げな顔でね。「それね、毎年4月に測ってるんだ。お父さんが病院で要らなくなったのを貰ってきて、毎年記念に測っているんだ」そして、にやりと笑って、「そうだ! ゆうな君も測ってみる?」僕の方が背が低いって知ってるくせに、こういう時のあゆみちゃんはマウントを取りたがる。
悔しかったから、靴下を脱いで台に載った。あゆみちゃんが頭の上に木の板を載せて、身長を読み上げてくれた。
「158.4……違う、5だ。158.5だよ」4月の入学時の測定時は158cmだったから、5ヶ月で5mm伸びていた。
誤差かも知れないけど、嬉しくて「やった~伸びてる!」とガッツポーズをしてしまった。その様子を笑って見ていたあゆみちゃんが、「私も測ろうかな」と僕を退かせて台に載った。僕があゆみちゃんの身長を読み上げた。
「161.8」あゆみちゃんは4月から8mmも伸びていた。
「やっぱり伸びてたんだ! 最近、服が小さく感じてたんだよね。困っちゃうな」と、僕を見て言った。
続けてエプロンを脱いで、「もしかしたら胸も大きくなってるかも。メジャー持ってくるから、ゆうな君測ってくれない? また触って良いからさ」
「えぇ!?」僕が測るの? と思った瞬間
「バ~カ! 何顔真っ赤にして本気にしてるの!」あゆみちゃんが人差し指で僕の額をツンと押してきた。僕は顔を赤くして棒立ち状態。あゆみちゃんは小悪魔みたいに笑っていた。「ゆうな君さ、仕事しようね」僕はあゆみちゃんに手玉に取られていた。
そんな日々が続いたから、楽しかった。夏休みの課題も、わからないところをあゆみちゃんに教えてもらって、夏休み終了前に全て終わらせられそうだった。
それで、夏休みの最後の土曜日にお休みを貰って、2人で出掛けた。駅で待ち合わせをして、電車を乗り継いで僕の知らない街の駅で降りた。あゆみちゃんがスマホの地図アプリを開いて目的地を確認していた。僕はこういうのは苦手だからあゆみちゃんに頼ったけど、何人もの人が同じ目的地を目指して歩いていたから、途中でスマホを見るのを止めたよ。
そこは体育館だった。でも、学校にあるような体育館じゃなくて、観客席が何段もある大きな体育館。社交ダンスの学生大会の会場だった。控室にも入れる招待チケットをみゆきちゃんに貰っていたんだ。控室に行ってみようかと思っていたけど、人混みが凄くて諦めて客席に座った。
大会は僕らが教わったワルツ以外にも、幾つかの社交ダンスを踊る。一度に広いフロアに大勢のペアが踊って、迫力満点だった。予選を行い、審査員が点数を付けて上位のペアが勝ち残り、準決勝・決勝と戦い順位を競うものだった。みゆきちゃん姉弟のペアは順調に予選と準決勝を勝ち残った。
みゆきちゃん姉弟のダンスは綺麗だった。何週間しか社交ダンスを習っていない僕が言うのも変だけど、フロアで一番輝いていた。回転の滑らかさ、息の合ったリズム、優雅な上下動──僕らの練習を何倍も上回る洗練された動きに、胸が熱くなった。あの夏の一緒に汗を流したレッスンが、ここにつながってるんだと思うと、なんだか自分の事のように嬉しくて、目頭が熱くなった。
でも、決勝戦で2位で終わった。表彰式のステージで、みゆきちゃん姉弟は悔しそうな顔をしていたけど、先生は満足そうな笑顔が印象的だった。僕らは表彰式終了後に、あゆみちゃんと控室に行きお祝いを言った。みゆきちゃん姉弟はやり切った感じの笑顔が輝いていた。
この夏休み後に僕らは親を説得して、週2で社交ダンス教室に通う事になり、本格的にレッスンを受ける事になった。でも今回、僕はドレスじゃなくタキシードを着て踊る事になるんだけどね。ドレスを着れないのは少し寂しいけど、いつもは色々とマウントを取られている僕だからこそ、あゆみちゃんをリードするのが楽しみになった。
そして帰りの電車だけど、途中の駅であかり先輩と待ち合わせをした。あかり先輩は長い黒髪を後ろで結んで纏めて、浴衣を着ていた。僕らは3人で花火を見に行った。正直、最近は忙しくて女装する時間が無かったから、先輩の浴衣姿に憧れたよ。
もうすぐ高1の夏休みが終わろうとしていた。楽しかった。学園祭の興奮、ダンスの苦労と喜び、アルバイトの毎日──この夏は、僕の人生で一番輝いていた気がする。夏休みの終わりを告げる花火が夜空に弾け僕の心も静かに輝いていた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます
ゆうな君の高1の夏休みが終わろうとしています
次回から新学期が始まります




